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三章 廻転

十四.謀略の先手

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 七月十二日。
坂井大膳・織田三位・河尻左馬丞らが、清洲城の斯波しば義統よしむね…通称〝武衛ぶえさま〟を攻めた。
斯波しば義統よしむねは重臣達と切腹。

 〝武衛さま〟の嫡子である岩龍丸は川漁に出ていて、そのまま取るものも取り敢えず信長を頼って来たので天王坊に匿った。

 すると十八日には柴田勝家が清洲城を攻めた。
斯波義統を討った謀反人を討つ為である。
 これにより、河尻左馬丞、織田三位といった織田大和守信友の家老が討たれた。

 織田勘十郎達成みちなりはまだ兄と協力をしていた。
織田信友と通じているのは林美作守だからだ。
それに、斯波しば義統は主家。
謀反人を討つのは、家来として当然の事であると考えているからである。


 守護代は織田信友。
しかしその補佐をするのが坂井大膳一人となってしまった。
謀略や策略は好きとはいえ、国政を一人では回しきれない…。
そう感じた坂井大膳は、織田信光を頼ろうと思う。
実権を握っているのは自分でも、勝手に補佐を決めると後々まずいので、一応信友あるじに相談した。
「豊前守をまつりごとに加わらせてやるというのはいかがでしょう」
そう言うと、この頃暗かった信友がパッと笑顔になる。
「ならば南くるわを使えるようにしてやろう! そのついでに信長めをおびき寄せて殺す算段であろう! そちの悪知恵は尽きぬな!」
「はは…殿には敵いませぬ」
そこまで考えが及んでいなかったので、大膳はそう言った。
確かに、信長を殺す絶好の機だ。
起請文きしょうもんを取っておかねばな…〉
そう思い坂井大膳は守山城へ向かった。





 清洲城には下四郡の守護代・織田信友。
岩倉城には織田信安。
唯一の味方は守山城の織田信光。

この三人が一番勢力があり厄介な存在であった。
特に清洲の織田信友は、生前の信秀と宿敵であった為、打倒信長に燃えている。

その信友が近頃、叔父に当たる信光に何やら働き掛け企てている…との情報を、偶然にも翔隆が耳にした。

翔隆は善意で、日頃から城下や村の者にかつての睦月のように薬を煎じてやったり、食に困っている者に食べ物を分けたりして親睦を深めていた。
その為人望が厚く、遠くの村からわざわざ翔隆を尋ねてやってくる者がいる程だった。

その中に、清洲から来た足軽がいて
「確かに清洲の坂井さまが守山城に行った」という情報を教えてくれたのである。
 翔隆は、すぐにその事を信長に知らせた。


「それはまことか?」
「はい。その者が清洲の者である事も、坂井大膳が守山城に行った事も確かめました。しかし、何を話したかまでは…。今から調べて参りますか?」
「いや、良い。守山に行くぞ!」
信長は立ち上がって言う。
「危のうござりまする!」
森可成が止めようとするが、既にドカドカと早足で行ってしまうので、仕方なく森可成と側に居た翔隆、前田犬千代、丹羽長秀、佐々内蔵助、池田勝三郎が続いた。



 守山城に来ると、森可成と丹羽長秀は馬を繋いである桜の木の下に待機し、信長は翔隆のみを引き連れて人払いをして信光と対面。前田犬千代と佐々内蔵助と池田勝三郎は次の間に控えた。
信光は、久方振りに会う当主に平伏する。
「ご無沙汰しておりまするな、殿。村木砦以来かな。わざわざお出でになられるとは、如何なる御用ですかな?」
静かな口調で言うと、信長はあぐらを掻いたまま真顔で信光を見る。
「叔父御は、この信長をどう見る?」
突然の訪問にして、この質問とは…。
信光は目を丸くして驚くが、平静を保つ。
「…どう、とは……?」
「正直に申せ。わしをどのように思うておる?」
「……!」
  まさか、坂井大膳との事がばれたのか?!
さすがに、信光は心中で冷や汗を掻く。
対して信長は、少し笑みを浮かべてこちらを見据えている…。
〈やはり知られた………いや。まあ良い、この際だ〉
信光もじっと信長の目を見て、話す。
「…拙者も嘘は申せぬ性質故、はっきりと申し上げる。―――確かに、拙者は上総どのを〝うつけ〟と思うておる。しかし、それなりの補佐を務めようとも、思うておりまする」
本心かどうかは怪しいが、嘘とも思えない発言だ。
「ほお…うつけと知りつつ補佐をする、と?」
「殿がこれより先、ご成長遊ばされる…と思えばこそ」
これは本心だろう…信光には叛意が無い。
ただ信友の方が有利と見て、協力の意を示したに違いない。
その心底を見抜き、信長はニタリとする。
「そうか、ならば話は早い! お主、信友が臣の坂井大膳と通じておろう!」
そう言うと、信光はギクリとして蒼白した。
「そ…そんな事は…」
「言い訳無用!」
突然、翔隆が話す。
「既に、侍女や小姓などより、証拠は掴んでおりまする」
「南蛮人めが! 何を…」
信光が怒鳴り掛けると、信長がそれを手で制した。
「叔父御、落ち着かれよ。通じていて良い……いや、寧ろ通じていてくれた方が、好都合なのだ」
「な…っ?!」
信光は、信長主従の言葉に動揺した。
そんな信光に、信長はツ…と近寄る。
「良いか、叔父御…ここからは叔父御に掛かっているのだ」
「な…何が………」
ゴクリと唾を飲み込んで聞くと、信長はスッと離れる。
「機が熟せば、分かろう」
そっけなく言い立ち上がる。そして、ニッと笑い言う。
「後で此奴を遣わす故、それまでは好きにされよ」
「好きに、とは…」
どういう意味か問おうとして信長を見た瞬間、信光は言葉を失った。
信長が真剣な眼差しで、真っすぐこちらを見ていたからだ。
その瞳が、何かを訴えているようでもあったのだ…。
「では、いいな!」
何かの念を押すように言い放ち、廊下に出ると信長は呼び止める間もなく、行ってしまった。
それを見送っていると、横から翔隆が耳打ちしてくる。
「…好きに通じて欲しい、との仰せです」
「?!」
「お分かり頂けましょう?」
「ーーー共に計らおう、との意味か」
その言葉に翔隆はただ微笑する。
「仔細は後程、事が進み次第」
そう言い翔隆も一礼して立ち去った。
〈…寧ろ通じて機を狙おうとの考えか〉
共謀して信友を討つーーーその意は分かった。





「…前にも申しましたが、大和守様と共に守護代をなさって頂きたいのです」
坂井大膳はそう織田信光に懇願した。
すると信光は真顔で頷く。
「あい分かった。大膳の望む通りに致そう」
「その…起請文きしょうもんもお願いしたいのですが…」
「うむ」
答えて、信光は〝二心は無い〟という起請文を書いて坂井大膳に渡した。
「ありがとうございます、それではくるわの準備が整いましたら、また参ります」
そう言い、坂井大膳はその場を後にした。
見送って暫くしてから、信光はそのままの体勢で言う。
「あれで、良かったのか?」
そう聞くと、スッと襖の陰から翔隆が現れて頷く。
「はい。これで手筈が整いましょう」
これで信光が清洲城に入った時に、信長を呼んで信友を討つ算段が付いた。
「…これで信友めを返り討ちに出来るがーーー於多井川おたいがわより東半分…相違無いな?」
「はい」
それは、信長と信光の密書のやり取りでの約束だ。
清洲城を手に入れたら、尾張の下四郡の…於多井川より東を信光の物とする、という約束。
「…わしが、約束をたがえたら…」
「豊前守様は元よりお屋形様にお味方されている叔父ではありませんか。今更信友に付いたとて、何の利がございましょう?」
信友の言葉を遮って翔隆が言うと、信友はフッと苦笑する。
かたや国主である〝武衛さま〟を殺した不忠者共である守護代。
かたや美濃に後ろ盾の居る織田総領…。
比べるまでもない。
「では、その頃にまた…」
そう言い翔隆は風と共に消えた。
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