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三章 廻転

十五.相撲

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 青嵐が葉と花の香を運んでくる七月の終わり。
いよいよ入道雲も山のようにそびえてきた。

 そんな午後、武家屋敷の並ぶ一角で、前田犬千代と佐々内蔵助が相撲を取っていた。
「そうりゃ!!」
前田犬千代が佐々内蔵助を投げ飛ばすと、周りで見ていた者達がワアワアと騒ぐ。
「さあ次は!!」
血気盛んな年頃の者達が、前田犬千代と相撲を取っては負けている。
そこに翔隆が城帰りで通り掛かると、村の若い衆に囲まれる。
「な、なんだ?」
「あの傾きモンの前田さまを倒してってくれよ!」
「…何故? 恨みでもあったか?」
「なっがい刀でぶん殴られたんだぎゃ」
「…どうせ、その刀の悪口でも言ったんだろう?」
そう翔隆が言うと、その若いのは図星らしく黙る。
すると違う者が前に出て言う。
「この前、ウチの弟が殴られた。ちょっと隣を横切っただけなんだに…そりゃ、悪いのは分かってるけど、少しでも仇を取ってくれにゃあか?」
「ん~…」
そう言うこの若者は、見覚えがある。
翔隆が初めて村に出た時に逃げて行った中にいた。そして、大人と共に石を投げてきていたのも覚えている。
相手も、それに気付いたようで目を泳がせながら言う。
「あ…あん時ぁ、悪かっただに…白い鬼に食われちまうって本気で思って! それで…すまにゃあ!」
そう言って頭を下げると、何人かが同じく頭を下げた。
翔隆はふっと苦笑して、自分の荷を入れた風呂敷包みをその者に渡す。
「じゃあ、それ持っててくれ。薬も入ってるから開けるなよ」
「開けねえ!」
その者は笑って言う。
「ほらみんなどけどけ!」
集団を押し退けて翔隆を通らせると、皆が何事かと注目し、更に人が集まる。
「翔隆?」
前田犬千代が、村の衆を投げてから驚いて見る。
対して翔隆は小袖を脱いで後ろの者に渡して言う。
「相撲、相手が欲しいのだろう? 俺も久々だからな…」
「頑張れ鬼ー!」
「翔隆さま頑張れ!」
ワアワアと翔隆の応援の声ばかりが上がる。
「なんかムカつくが…負けやしねぇぞ! 寵愛だって俺のが上だからな!!」
犬千代が言い四股を踏む。
翔隆は長襦袢を脱いで腰紐に巻き込む。
「お手柔らかに頼むよ」
笑っていい、屈伸運動をしてから向かい合う。
すると、周りの者達が行司をした。
「みおうて~!!」
その声と共に、犬千代と翔隆が拳を地に付ける。
「はっけよい!!」
若い衆の言葉と共に、互いに正面からぶつかって腰紐を握る。
〈このまま投げーーー!?〉
思う間に、犬千代の体がぐるんと回って倒された。
「翔隆さまの勝ちだーーー!!」
ワアアーと歓声が上がる。
「…くっそ!! もっぺん!」
犬千代が悔しげに立ち上がり、唾を手の平に付けて向かい合う。
「みおうて~…」
若い衆が全員で言う。
先程と同じように、二人は拳を地に付ける。
「はっけよい!!」
のこった、のこったと皆が言うので、少しは張り合った方がいいのかと思い、翔隆は足を前に出して踏ん張る。
「このぅ…っ!」
「………」
犬千代が段々と本気で怒り出してきているのが分かる。
〈…どうするかな〉
投げたら、また挑んでくるだろう。いや、切り掛かってくるかもしれない。
かと言ってわざと負けて喜ぶ男ではない。
同輩として、わだかまりは残したくないのだが…。
そう思いながら前方を見つめて、翔隆は犬千代の耳元で呟く。
「犬千代」
「くすぐったぁ! 急に喋るな!」
犬千代はブルブルと首を振って投げようとする。
対して翔隆は前方に見える土煙を見て、冷や汗をかく。
「まずいぞ」
「何がマズイ言うんだがや…ぬう!」
「俺は先に…あ、駄目だ」
逃げようと思ったのに、馬が早かった。
「相撲をしてると聞いたぞ!」
そう言って馬で飛び込んできて、前田犬千代と翔隆の前に止まったのは言うまでもなく織田上総介信長。
「翔隆が珍しいな! 初めて会った時以来でにゃあか!?」
そう笑って言いながら馬を降り、破る勢いで小袖を脱ぎ捨てて二人を見る。
咄嗟に前田犬千代が跪こうとしたので、翔隆はそのまま足払いをして転ばせた。
「なっ…! い、今はお屋形さまの前なのに、おみゃあ!!」
「その前に勝負をしていた。手を離したお主が悪い」
翔隆は跪いてそう言う。
すると信長はニッとして頷いて犬千代に問う。
「これが鍔迫り合いであっても、おみゃあは敵の前で跪くのか?」
「っ! …いえ…」
その問いで、犬千代は落ち込んだように俯く。
「落ち込まんでいい、翔隆! やるぞ!」
「のぶ…お屋形様と!? それこそ初めてですね」
苦笑して言うと信長はすぐに拳を地に付いて相撲を取る態勢に入る。
仕方なく翔隆も立ち上がって向かい合うと、前田犬千代が離れて言う。
「み、見おうて~!」
「はっけよい!!」
周りの皆が言う。
バン! と、信長はいきなりの突きで容赦無く翔隆を追い込む。
「ま、ちょっ…技はよく知らなくて…!」
「では覚えろ! こうして突いて倒すのが突き倒しだ!」
叩き倒されて翔隆が尻もちを付くと、歓声と共に小さく
「頑張れ」
という声も上がる。
「頑張れ白鬼!」
「いけるぞ!」
「たわけ! お屋形さまを倒す家臣はいねえだに!」
「でもお屋形さまは、いつも相撲は真剣だ! 負けても斬ったりしねえでにゃあか!」
ザワザワと周りで口論が起きた。
それを信長はニヤリとして眺める。
「なんだ、わしより翔隆の方が人望があるのか」
「いえいえ、俺など…」
とても敵わないので失礼します、と言おうとしたのに若い衆達が応援し始めた。
「翔隆さま頑張れー!」
「お屋形さまだって倒せるだに!」
ワアワアと騒ぐものだから、信長が笑って言う。
「よぅし、倒しても許してやるから掛かってこい!」
「えぇー…」
翔隆は苦笑して向かい合った。
「…知りませんよ!?」
「お、言うたな!? やってみい!」
信長と翔隆は互いに拳を地に付ける。
「みおうて~…はっけよい!!」
掛け声と共に翔隆は肩から信長の懐に入り込んで腰紐を掴むと同時に体ごと宙に浮かせて倒した。
ワァーと歓声が上がる中、信長は驚きながらも笑って立ち上がる。
「こんな力があったか! よし、もういっぺん来い!!」
「お屋形様…ここに川はないんですから、怪我はしないで下さいね」
翔隆は息を切らしながら笑って言い、勝負に付き合った。
 その熱い戦いは、代わる代わる行われて、日暮れまで続いた。
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