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三章 廻転
五.家臣
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梅雨が続き、やっと晴れた六月。
翔隆はいつものように城下町で民衆と話をしたり、煎じた薬を分け与えていた。
「翔隆さま、いつもすまなんだねぇ」
「いや…俺は、出来る事をやっているだけだ。感謝される程の事ではないよ」
「翔隆さま! お陰様でこの子の病もすっかり良くなりゃあして!」
赤子を抱えた女が、嬉しそうに涙ぐみながら言い、翔隆に麦の入った籠を渡す。
「こんな物では、とてもお礼になりゃあせんなも…どうか、受け取ってちょうでゃあなも!」
「しかし、それでは食に困るのでは…」
「いいえ、平気だで! 是非とも、お受け取りちょうでゃあなも!」
翔隆は躊躇したが、母親の気持ちを汲んで受け取った。
「……ありがとう」
すると、その母親は何度も何度も頭を下げて帰っていった。
〈今日の分は、このくらいか…〉
手元の薬草も無くなったので、帰る事にした。
「では、また! 何かあったら長屋に来てくれ」
翔隆は、そう笑顔で言って立ち去る。
長屋に帰り、謝礼として貰ってしまった野菜や穀物を置くと、翔隆は城に向かう。
―――――その途中、違和感を感じて立ち止まる。
…いつもの裏道……誰かの気配を感じる。
〈…狭霧…? いや違う…?〉
殺意も何もない…ふと、足元を見ると、光に透けて糸が見えた。
〈…仕掛け…?〉
透明な糸を目で辿っていくと、木の上に幾つもの刃を取り付けた板が見えた。
「…危ないなぁ…」
翔隆は当たらない位置に避けてその糸を切り、誰かが仕掛けた罠を落とす。
〈一体、誰が……〉
不審に思いながらも歩いていくと、今度は矢の雨が降ってきた。
「なっ…⁉」
翔隆は、それらを躱して頭上を見上げた。
「誰だ‼」
叫んでも、反応はない。その内に、狭霧の〝気〟が漂い、殺気立ってきた。
「―――――」
いつもの狭霧の攻め方ではない。まして陽炎や疾風達とは、全く異なる…。
〈誰かが指示している…いや、雑魚か?!〉
そんな事はどうでもいい!
翔隆はとにかく、人気のない森に入っていった。
と、同じように、狭霧の者が姿を現す。
数は二十……戦っても安全だと思われる場所まで来ると、翔隆は背の剣を抜く。
一族は、構えると同時に斬り掛かってきた。…刃を交えて、気が付く。
〈……強者揃いだな…〉
だが、今の翔隆にとって手こずるような相手ではない。
一刻程で全員倒すと、翔隆は宙に向かって叫ぶ。
「隠れていないで出てこい!」
しん…木の葉だけが舞う。
その内、その気配が城に向かって移動した。
〈! 狙いは信長様かっ!?〉
翔隆は、急いで城に向かった。
だが、何処にも信長の姿が見当たらない…。
〈何処だ……?!〉
気持ちばかりが焦る…。
その内、塙直政を見付けたので、翔隆は慌てて駆け寄った。
「直政殿! 信長様は?!」
「殿なれば遠乗りに出ておるが……どうかしたのか?」
「いえ!」
それだけ言って走っていってしまった…。
…一方。
城下町を散策している濃姫と侍女達三人の前に、栗色の髪の男か女かも分からない、美しい童が現れた。
その童は、腰に手を当て、扇で口元を隠しながら、さりげなく立ち塞がっていた。
濃姫も似推里も、すぐに〝翔隆の敵〟だと直感し、身構える。
「何用じゃ?」
濃姫が問い掛けると、童はくすくすと笑う。
「貴女に用はござりませぬ。そこな娘………翔隆の女子に、用がありまして…」
「似推里…に?」
「手荒な真似は好きませぬ。共に、来て頂けますか?」
「否、と言ったら…?」
「至仕方ありませぬ…その時は、力づくで!」
その童は扇をパチリと閉じて、ニッと笑った。
殺意…は無い。
その真剣な眼差しには、敵意も無かった。
濃姫は似推里を見て、頷く。
「行ってきなされ。何やら翔隆の為でもあるようにも、思えるからの…」
「……分かりました」
そう言って似推里は、臆する事もなく、その童と共に歩いていった。
黙ってついてくると、河原に来た。
すると童は縄で、似推里を木に縛り付ける。
「痛くはないか?」
「変な事を聞くのね。あたしは、翔隆をおびき出す為の罠…なのでしょう?」
「勘の良い女子だ。然り…しばし、おとなしくしていてもらいたいだけだ」
穏やかな口調だ…だが、目的がいまいちはっきりとしない。
似推里は言われるままに、おとなしく黙って見つめていた。
するとその童は、しなやかな仕草で右手を上げると、一気に〝気〟を高めて《炎》を纏う。
鮮やかな、紫色の炎だ…。
似推里は見とれながら、
〈火傷をしないのかしら…〉
と、素朴な疑問を抱いた。
その気配に気付いた翔隆は、すぐ様河原に向かって走っていた。
「来たか…」
童が呟く。と、翔隆が慌てて走ってきたのが見えた。
その途端に、確かに紫色だった炎が、紅蓮に燃え上がったのだ!
〈色が変わった…!〉
似推里は驚いて童を見つめる。
「似推里――――!!」
翔隆は驚愕して剣を抜き、その童に近付く。
「似推里に何をした!!」
「まだ何も」
「貴様……っ!」
翔隆は今にも斬り掛かりそうな形相で、童を睨み付けている。
対して童は余裕の笑みを浮かべて、似推里に手を翳す。
「おっと、刃は収めて頂きたい。剣術は苦手なので…さもなくばこの女子ごと燃やすが…」
「くっ…」
翔隆は焦心する気持ちを抑えて、剣を収める。
「何が目的だっ!」
「―――貴公の、腕前を知りたい。術を以て勝負願おう!」
「何……っ!?」
こんな、十歳そこらの狭霧の童に突然、勝負を挑まれるとは思ってもみなかった…。
しかも、敵意がまるで無いのにも関わらず、《術》での勝負などと…いや、もしかしたら、何かの罠かもしれないし、伏兵がいるのかもしれない。
翔隆は、あらゆる可能性を考えながら、じりじりと間合いを詰めた。
そんな翔隆の姿を見て、童がクスッと笑う。
「勝負、願えますね?」
「似推里と俺の命を懸けて、か?」
「いいえ。あの女子は見届け人。どちらかの力、尽きるまでの勝負!」
信用出来るかどうかは判断が付きづらいが、質を取られているのだから条件を呑むしかない。
「分かった…《術》で勝負すれば良いのだな?」
「然り。…いざ、尋常に勝負!!」
そう言って童は《炎の矢》を幾つも放ってきた。
翔隆はそれらを躱しながら、同じ《炎の矢》で応戦する。炎がぶつかり、火の粉が散る…。
幼い割りには、大した〝力〟と技の持ち主だ。
翔隆はいつの間にか、相手のやり方に呑み込まれている自分に気が付く。
〈……っ! こいつ…〉
どうやら童は《炎》を操りながら、《幻術》も使っているようだ。
〈…試されている……?〉
翔隆は《霊術戦》をしながらも、その童の視線に、初めて出会った時の源助の眼差しを重ね見た…。
とにかく、このまま炎でやっていたのでは埒があかない。
翔隆は得意な《稲妻》と《炎》を駆使して戦い始めた。
「! 本気になられたか?!」
童は、《炎の盾》で身を守りながら応戦する。その内に、童の方が押されてきた。
やはり、修羅場の数の差が違い過ぎるのだろう…。
童の《炎の盾》が崩れ、その美しい着物に火が付いた途端に、慌てて手を上げた。
「負けだ! わたしの負け!」
「…?!」
「ふうー…さすがは、京羅さえも危惧するだけはある方ですね。もはや、勝負は付いている…そうであろう? 似推里とやら」
と、童が笑って似推里に言うと、彼女はコクッと頷いた。
それに頷き返すと、童は呆然としている翔隆を放っておいて似推里の側に行き、縄を解いてやる。
「無礼を許されよ」
一礼して言うと、翔隆の下に行き、跪く。
「無礼の数々、お許し願いませ。翔隆様」
「無礼…も何も……お主は狭霧で、俺の命を狙ってきたのではないのか…?」
「確かに、わたくしは狭霧ではありますが…甲斐での貴方様の〝力〟を見て、是非とも己が目で見て…一戦、交えてみたかったのです」
「なんの…為に…?」
「貴方様は狭霧の者でも家臣にする、と聞き申しました」
「そうだが…」
翔隆は戸惑いながらも答える。
すると童はニコリと微笑む。
「わたしの名は、嵩美と申しまする。今年で十二になります。是非とも、貴方様の配下に!」
突然の言葉に、翔隆は愕然とした。
「配…下!? ま、待て! 俺は、〔不知火の嫡子〕なのだぞ?! その意味が分かっているのかっ!?」
「はい。〝裏切りは二度まで〟…それが狭霧の掟です。しかしそのようなもの、わたしには関係ありませぬ。わたしは、強い男に……己が惚れた男にのみ、尽くす…と決めておりまする故…」
「…………」
言葉が、思い付かなかった。
断ろうにも、真剣な嵩美の瞳に圧倒されていたのだ。
…だが、狭霧の者が裏切った時の〝代償〟は…重たい。
それを、この少年は理解しているのであろうか?
「嵩美、といったな…。裏切ればどうなるか分かっていて、言っているのか?」
「無論。…睦月殿のように、呪詛を受けまする。…病など、その内容は様々です。それを承知の上での願い! 決して足手まといなどにはなりませぬし、邪魔になるような行為は一切至しませぬ」
「……………」
嵩美の言葉と表情からは、強い決意が窺える…。
ここまで知っていて言われては、断れない。
「…好きにするといい。ただ…俸禄などは、期待出来ぬぞ」
「そんなもの要りませぬ。わたしは、翔隆様を主と仰ぎ、仕えるのみ!」
さすがに、翔隆も根気負けしてしまう。
「……その忠義、ありがたく受けよう」
「では、貴方様に忠誠を! わたしは先に長屋に戻っておりまする」
「長屋って…待て! 急に…」
「ご心配召されまするな。迷惑は掛けませぬ」
そう言って、嵩美は笑って走り去ってしまった。
翔隆は溜め息を吐き、似推里を見る。
「…何やら巻き込んでしまって済まない…」
すると、似推里はくすっと笑う。
「良い家臣を持ったわね」
良い家臣……なのだろうか?
翔隆は、ふっと苦笑いをして似推里と共に城に戻った…。
その日の晩。
翔隆が長屋に帰ると、嵩美が両手を撞いて迎えた。
「お帰りなさいませ」
「あ…う、うむ…」
翔隆は、戸惑いながら中に入ってギョッとする。
あれだけ殺風景だった部屋の中に、女物の着物やら棚やらが並んでいて、まるで嫁入り道具でも持ち込んだかのようになっていたのだ。
言葉を失って突っ立っていると、嵩美が床を敷いて笑う。
「お疲れでしょう…ゆるりとお休み下さいまし。そうそう、まだ言っていませんでしたね。わたしは女子の着物を愛用しておりまする。美しい物が好きな性質でして…。銭なれば心配ご無用。明日から、お濃の方様の側女として働かせて戴く事になりました故…」
「侍女……⁈」
男なのに侍従として雇うとは…。
似推里が取り入ったとしか思えない。
「そ、そうか…」
よく見渡せば、土間の辺りまで綺麗に片付けられている……。
これ程機転が利くのであれば、侍女として充分やっていけるであろう…。
翔隆は複雑に思いながらも、新しい〝家臣〟とこれからここで毎日を過ごす事を、少し不安に感じていた……。
翔隆はいつものように城下町で民衆と話をしたり、煎じた薬を分け与えていた。
「翔隆さま、いつもすまなんだねぇ」
「いや…俺は、出来る事をやっているだけだ。感謝される程の事ではないよ」
「翔隆さま! お陰様でこの子の病もすっかり良くなりゃあして!」
赤子を抱えた女が、嬉しそうに涙ぐみながら言い、翔隆に麦の入った籠を渡す。
「こんな物では、とてもお礼になりゃあせんなも…どうか、受け取ってちょうでゃあなも!」
「しかし、それでは食に困るのでは…」
「いいえ、平気だで! 是非とも、お受け取りちょうでゃあなも!」
翔隆は躊躇したが、母親の気持ちを汲んで受け取った。
「……ありがとう」
すると、その母親は何度も何度も頭を下げて帰っていった。
〈今日の分は、このくらいか…〉
手元の薬草も無くなったので、帰る事にした。
「では、また! 何かあったら長屋に来てくれ」
翔隆は、そう笑顔で言って立ち去る。
長屋に帰り、謝礼として貰ってしまった野菜や穀物を置くと、翔隆は城に向かう。
―――――その途中、違和感を感じて立ち止まる。
…いつもの裏道……誰かの気配を感じる。
〈…狭霧…? いや違う…?〉
殺意も何もない…ふと、足元を見ると、光に透けて糸が見えた。
〈…仕掛け…?〉
透明な糸を目で辿っていくと、木の上に幾つもの刃を取り付けた板が見えた。
「…危ないなぁ…」
翔隆は当たらない位置に避けてその糸を切り、誰かが仕掛けた罠を落とす。
〈一体、誰が……〉
不審に思いながらも歩いていくと、今度は矢の雨が降ってきた。
「なっ…⁉」
翔隆は、それらを躱して頭上を見上げた。
「誰だ‼」
叫んでも、反応はない。その内に、狭霧の〝気〟が漂い、殺気立ってきた。
「―――――」
いつもの狭霧の攻め方ではない。まして陽炎や疾風達とは、全く異なる…。
〈誰かが指示している…いや、雑魚か?!〉
そんな事はどうでもいい!
翔隆はとにかく、人気のない森に入っていった。
と、同じように、狭霧の者が姿を現す。
数は二十……戦っても安全だと思われる場所まで来ると、翔隆は背の剣を抜く。
一族は、構えると同時に斬り掛かってきた。…刃を交えて、気が付く。
〈……強者揃いだな…〉
だが、今の翔隆にとって手こずるような相手ではない。
一刻程で全員倒すと、翔隆は宙に向かって叫ぶ。
「隠れていないで出てこい!」
しん…木の葉だけが舞う。
その内、その気配が城に向かって移動した。
〈! 狙いは信長様かっ!?〉
翔隆は、急いで城に向かった。
だが、何処にも信長の姿が見当たらない…。
〈何処だ……?!〉
気持ちばかりが焦る…。
その内、塙直政を見付けたので、翔隆は慌てて駆け寄った。
「直政殿! 信長様は?!」
「殿なれば遠乗りに出ておるが……どうかしたのか?」
「いえ!」
それだけ言って走っていってしまった…。
…一方。
城下町を散策している濃姫と侍女達三人の前に、栗色の髪の男か女かも分からない、美しい童が現れた。
その童は、腰に手を当て、扇で口元を隠しながら、さりげなく立ち塞がっていた。
濃姫も似推里も、すぐに〝翔隆の敵〟だと直感し、身構える。
「何用じゃ?」
濃姫が問い掛けると、童はくすくすと笑う。
「貴女に用はござりませぬ。そこな娘………翔隆の女子に、用がありまして…」
「似推里…に?」
「手荒な真似は好きませぬ。共に、来て頂けますか?」
「否、と言ったら…?」
「至仕方ありませぬ…その時は、力づくで!」
その童は扇をパチリと閉じて、ニッと笑った。
殺意…は無い。
その真剣な眼差しには、敵意も無かった。
濃姫は似推里を見て、頷く。
「行ってきなされ。何やら翔隆の為でもあるようにも、思えるからの…」
「……分かりました」
そう言って似推里は、臆する事もなく、その童と共に歩いていった。
黙ってついてくると、河原に来た。
すると童は縄で、似推里を木に縛り付ける。
「痛くはないか?」
「変な事を聞くのね。あたしは、翔隆をおびき出す為の罠…なのでしょう?」
「勘の良い女子だ。然り…しばし、おとなしくしていてもらいたいだけだ」
穏やかな口調だ…だが、目的がいまいちはっきりとしない。
似推里は言われるままに、おとなしく黙って見つめていた。
するとその童は、しなやかな仕草で右手を上げると、一気に〝気〟を高めて《炎》を纏う。
鮮やかな、紫色の炎だ…。
似推里は見とれながら、
〈火傷をしないのかしら…〉
と、素朴な疑問を抱いた。
その気配に気付いた翔隆は、すぐ様河原に向かって走っていた。
「来たか…」
童が呟く。と、翔隆が慌てて走ってきたのが見えた。
その途端に、確かに紫色だった炎が、紅蓮に燃え上がったのだ!
〈色が変わった…!〉
似推里は驚いて童を見つめる。
「似推里――――!!」
翔隆は驚愕して剣を抜き、その童に近付く。
「似推里に何をした!!」
「まだ何も」
「貴様……っ!」
翔隆は今にも斬り掛かりそうな形相で、童を睨み付けている。
対して童は余裕の笑みを浮かべて、似推里に手を翳す。
「おっと、刃は収めて頂きたい。剣術は苦手なので…さもなくばこの女子ごと燃やすが…」
「くっ…」
翔隆は焦心する気持ちを抑えて、剣を収める。
「何が目的だっ!」
「―――貴公の、腕前を知りたい。術を以て勝負願おう!」
「何……っ!?」
こんな、十歳そこらの狭霧の童に突然、勝負を挑まれるとは思ってもみなかった…。
しかも、敵意がまるで無いのにも関わらず、《術》での勝負などと…いや、もしかしたら、何かの罠かもしれないし、伏兵がいるのかもしれない。
翔隆は、あらゆる可能性を考えながら、じりじりと間合いを詰めた。
そんな翔隆の姿を見て、童がクスッと笑う。
「勝負、願えますね?」
「似推里と俺の命を懸けて、か?」
「いいえ。あの女子は見届け人。どちらかの力、尽きるまでの勝負!」
信用出来るかどうかは判断が付きづらいが、質を取られているのだから条件を呑むしかない。
「分かった…《術》で勝負すれば良いのだな?」
「然り。…いざ、尋常に勝負!!」
そう言って童は《炎の矢》を幾つも放ってきた。
翔隆はそれらを躱しながら、同じ《炎の矢》で応戦する。炎がぶつかり、火の粉が散る…。
幼い割りには、大した〝力〟と技の持ち主だ。
翔隆はいつの間にか、相手のやり方に呑み込まれている自分に気が付く。
〈……っ! こいつ…〉
どうやら童は《炎》を操りながら、《幻術》も使っているようだ。
〈…試されている……?〉
翔隆は《霊術戦》をしながらも、その童の視線に、初めて出会った時の源助の眼差しを重ね見た…。
とにかく、このまま炎でやっていたのでは埒があかない。
翔隆は得意な《稲妻》と《炎》を駆使して戦い始めた。
「! 本気になられたか?!」
童は、《炎の盾》で身を守りながら応戦する。その内に、童の方が押されてきた。
やはり、修羅場の数の差が違い過ぎるのだろう…。
童の《炎の盾》が崩れ、その美しい着物に火が付いた途端に、慌てて手を上げた。
「負けだ! わたしの負け!」
「…?!」
「ふうー…さすがは、京羅さえも危惧するだけはある方ですね。もはや、勝負は付いている…そうであろう? 似推里とやら」
と、童が笑って似推里に言うと、彼女はコクッと頷いた。
それに頷き返すと、童は呆然としている翔隆を放っておいて似推里の側に行き、縄を解いてやる。
「無礼を許されよ」
一礼して言うと、翔隆の下に行き、跪く。
「無礼の数々、お許し願いませ。翔隆様」
「無礼…も何も……お主は狭霧で、俺の命を狙ってきたのではないのか…?」
「確かに、わたくしは狭霧ではありますが…甲斐での貴方様の〝力〟を見て、是非とも己が目で見て…一戦、交えてみたかったのです」
「なんの…為に…?」
「貴方様は狭霧の者でも家臣にする、と聞き申しました」
「そうだが…」
翔隆は戸惑いながらも答える。
すると童はニコリと微笑む。
「わたしの名は、嵩美と申しまする。今年で十二になります。是非とも、貴方様の配下に!」
突然の言葉に、翔隆は愕然とした。
「配…下!? ま、待て! 俺は、〔不知火の嫡子〕なのだぞ?! その意味が分かっているのかっ!?」
「はい。〝裏切りは二度まで〟…それが狭霧の掟です。しかしそのようなもの、わたしには関係ありませぬ。わたしは、強い男に……己が惚れた男にのみ、尽くす…と決めておりまする故…」
「…………」
言葉が、思い付かなかった。
断ろうにも、真剣な嵩美の瞳に圧倒されていたのだ。
…だが、狭霧の者が裏切った時の〝代償〟は…重たい。
それを、この少年は理解しているのであろうか?
「嵩美、といったな…。裏切ればどうなるか分かっていて、言っているのか?」
「無論。…睦月殿のように、呪詛を受けまする。…病など、その内容は様々です。それを承知の上での願い! 決して足手まといなどにはなりませぬし、邪魔になるような行為は一切至しませぬ」
「……………」
嵩美の言葉と表情からは、強い決意が窺える…。
ここまで知っていて言われては、断れない。
「…好きにするといい。ただ…俸禄などは、期待出来ぬぞ」
「そんなもの要りませぬ。わたしは、翔隆様を主と仰ぎ、仕えるのみ!」
さすがに、翔隆も根気負けしてしまう。
「……その忠義、ありがたく受けよう」
「では、貴方様に忠誠を! わたしは先に長屋に戻っておりまする」
「長屋って…待て! 急に…」
「ご心配召されまするな。迷惑は掛けませぬ」
そう言って、嵩美は笑って走り去ってしまった。
翔隆は溜め息を吐き、似推里を見る。
「…何やら巻き込んでしまって済まない…」
すると、似推里はくすっと笑う。
「良い家臣を持ったわね」
良い家臣……なのだろうか?
翔隆は、ふっと苦笑いをして似推里と共に城に戻った…。
その日の晩。
翔隆が長屋に帰ると、嵩美が両手を撞いて迎えた。
「お帰りなさいませ」
「あ…う、うむ…」
翔隆は、戸惑いながら中に入ってギョッとする。
あれだけ殺風景だった部屋の中に、女物の着物やら棚やらが並んでいて、まるで嫁入り道具でも持ち込んだかのようになっていたのだ。
言葉を失って突っ立っていると、嵩美が床を敷いて笑う。
「お疲れでしょう…ゆるりとお休み下さいまし。そうそう、まだ言っていませんでしたね。わたしは女子の着物を愛用しておりまする。美しい物が好きな性質でして…。銭なれば心配ご無用。明日から、お濃の方様の側女として働かせて戴く事になりました故…」
「侍女……⁈」
男なのに侍従として雇うとは…。
似推里が取り入ったとしか思えない。
「そ、そうか…」
よく見渡せば、土間の辺りまで綺麗に片付けられている……。
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