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三章 廻転
六.一族の集会
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丁度過ごし易い気候が続く、九月。
風麻呂が文を足に付けて、やってきたのだ。
「…?」
珍しい、などと思いながら読むと、翔隆は瞬時にして蒼白する。
それは、竹中源助の言っていた〝一族の集会〟を知らせる重要な文だったのだ。
〈まずい…!〉
すっかり忘れてしまっていた…。
翔隆は帰る旨を話して陽の暮れる中、死ぬ思いで走っていった…。
――――深夜。
近江の琵琶湖湖畔に異様な集団の影があった。その数、百余名程。
火も焚かず月明かりの中、きちんと列を成している。そして前方には、翔隆が立っていた。
「頼りない面構えじゃのう」
「真、嫡子なのか?」
「今更、なんでこんな子供を…」
皆の罵声と白い目線が痛い。
〈俺は、長になると決めて…来たんだ〉
今更、迷いはない。
…しかし、不安は大きい。
緊張と重圧の中で、今まで一族の意見を纏め、長の代理を務めてきた近江と伊賀の頭領である武宮(四十五歳)が翔隆の隣りで言う。
「…話した通りだ。では、この者を〝長〟と認める者は西へ! 認めない者は東へ移動せよ!」
その一言で、皆は動き出した。
…結果は一目瞭然。
西側に居るのは竹中源助(十歳)と矢佐介(三十六歳)ら部下、それに甲斐の頭領の凪間(三十七歳)とその部下達。
「決まりだな」
武宮の言葉に、翔隆は焦心して皆の前に立つ。
「待ってくれ! 認められぬのは重々承知している! 追放でも構わない。しかし! このままバラバラに戦っていては、統率された狭霧になど敵う筈もないのだ! 何故分からないんだ!!」
心からの叫びであった。
「今までわしらで守ってきたんじゃ! 口出しするな若造がっ!」
「掟破りの長など言語道断!」
「帰れ!」
「今頃のこのこ現れて長になろうなどと、片腹痛いわい!」
返ってくる言葉は、非難と罵声のみ…。それを制して、武宮が西側を見た。
「…認めた訳は?」
「惚れたのさ」
あっさりと源助が言う。
すると、会った事もない凪間が頷いた。
「同感だ! 甲斐で偶然見たのだが…あの戦い振りを見て、惚れぬ方がおかしい!」
凪間は興奮して、頬を紅潮させて言った。
その言葉に、翔隆は甲斐での己の行動を振り返る。
〈…ああ! 清修と戦った時の…!〉
義深に一族との戦い方を教えていた、あの時…。
それを見て、自分に惚れて認めてくれた者が居たとは、思ってもみなかった。
「それ程言うのならば、証明してもらおう!」
三河の頭領である偲原(三十三歳)が怒鳴るように言う。
…木下藤吉郎に世話になっていた時に、会った男だ…。
証明しろ、と言われても何をすればいいのか分からない。
「何も出来ないのか」
「もはや追放と決まっているのだ。悪足掻きは見苦しいわい」
「早く消え失せろ!」
他を寄せ付けたくないという閉鎖的で、頑固な態度…。
それを聞く内に、翔隆は怒りすら込み上げてくるが、ぐっと堪えて皆を睨み付けた。
「信用ならない、か……。そうだな。俺は好きで一族に…それも嫡子などに生まれた訳じゃない」
「ハッ! 本性を現したか! やはり貴様など…」
「だが!」
誰かの言葉を遮り、翔隆は強い口調で叫んだ。
「狭霧の余りにも汚いやり方を、見過ごす事など出来ん! 父が見離した一族を何とか統率し、奴らを封じようと思ったからこそ、掟破りを承知の上で…主君を持ちながらも! 必死に強くなろうと努力してきた! 自分の為ではなく! 各地で戦う同胞達の為にも! 強くなくては長にはなれぬと判断して!!」
そう―――――…。
自分が何者なのかも知らずに、十五まで生きてきた。
そして唐突に、立て続けに真実を突き付けられ教えられ……混乱したまま突き進んで、苦しみ悩み、辛い戦いを強いられてきた。
だが、それでも戦うのは…!
「それでも! 自分は〝嫡子〟なのだという責務を果たす為にっ………。だが、どうしても受け入れられぬとあらば、是非もない…」
そう言って翔隆は〝気〟を高ぶらせ、剣を抜く。すると皆はザワめいて後退った。
「俺は……俺を、必要としてくれる者達と共に…狭霧と……身内と戦っていく! 分からず屋共などいらん!」
「何を⁉」
それは、皆を挑発した言葉だった。
「…クククク…ハーハッハッハッハッ! 掛かって来いよ…認めぬのだろう? それとも、怖くて手も出せぬのかっ?! 殺せるものなら、殺してみるがいい!!」
そう叫ぶと、翔隆は《雷》の槍を幾つも大地や木々、湖に落とした。
ここまで挑発されて、向かってこない者はいまい。
「うおおおおお!!」
怒りと悔しさの余り、大半の者が翔隆に一斉に襲い掛かっていった。
咄嗟に源助達が助勢しようとするが、一喝される。
「手出し無用!」
「しかし…っ」
「良いっ!!」
翔隆はそう制して着物を脱ぐと、〝気〟で胴と手足の仕込みを切って外した。
いつも己を制御していた重りが無くなると、翔隆の動きは驚く程速くなる。
一気に周りを取り囲む者を薙ぎ払うと同時に、何十人もの一族を倒していった。
それを見ている内に、源助はある事に気付きニヤリとする。
「凪間、気付いてか?」
「ん?」
「翔隆様は、力を決して一族の者に当たらぬように配慮なされておる。しかも全て、剣の腹で攻撃されている…」
そう言われてよく見れば、《炎》は相手を擦って消えているし、《雷》は一族の合間に落とし、《気功派》で相手を退けているだけであった。
「凄い……たかが二年でこれ程までに成長なさるとは…」
思わず矢佐介が呟いた。
凪間(なぎま)も目を輝かせて見つめた。
しかしながら、一族の翔隆に対する攻撃は容赦がない。《風撃》や《水撃》、葉や枝や石等を狙いを定めて放ってくる。
見ているのが痛々しい戦いが、寅の三刻(午前五時)まで続いた…。
翔隆は一人、肩で息をしながらボロボロの姿で立っている。
対して、残る同族は八人。
他の者は皆、呻いて地べたに倒れ込んでいた。
まだ戦いを挑もうとする八名を見て、武宮がパンと手を叩く。
「やめよ! 皆を起こして並べ!」
「何故だ!」
「いいから並べ!」
一喝され、八名は倒れている者達を起こしていく。
それだけで、この武宮の人望がどれ程のものかが分かる。並んだ面々を見渡すと、武宮は真顔になって問う。
「皆、痛む所は?」
「背と腹だ」
「横っ腹に足!」
「右腕に背じゃあ!」
次々に言うのを頷いて聞くと、
「傷は負うたか?」
と、聞いた。
すると今度は互いに見合ったり己の体を調べたりするが、当然ある筈も無い。
確認すると、武宮は翔隆に目を移す。
翔隆は息を整え満身創痍で少し蒼白している。
が、己の身より何よりも皆の事を切なげな眼差しで見つめていた。
〈これだけの人数を相手に一人に対し、二つの打撃…傷すら付けぬ。大した腕だが………〉
そう考え、武宮は翔隆を真っすぐに見据えた。
「一体、何を考えている?」
すると翔隆は、微苦笑を浮かべる。
「―――そうだな。本当に、何を考えているのやら…………自分でも分からんよ」
「どういうつもりだ。敵対するかのように挑発しておきながら、己は本気を出さぬとは」
「…本気? 本気など出せんよ」
「負けるから、か?」
「いや…勝ち負けの問題ではない。元より同族ではないか…刃など向けられぬ。狭霧でも、信じた者は殺せぬ…!」
「――――死しても…か?」
「命を懸けずして、こんな事が出来るのか? 俺は嫡子であり、織田家臣でもある。…死を恐れていては、何も出来ぬではないか」
「では! 肉親でも手を掛けられるというのか?」
次々と質問ばかりしてくる。これには、さすがに翔隆も苛立ち始めた。
「どうしても敵となるのならば斬る! …もう幾度か刃を交えているのだ…。それが一族の為であり、世の武将方の為ならば! やらねばなるまい!」
「では…」
武宮が言い掛けると、偲原が肩を掴んで止めた。
「偲原……」
「問答は良かろう」
そう武宮に言い、偲原は翔隆を睨み付けた。
「―――では! そこまで言う真の実力とやら、見せてもらおうか!」
「…………皆…何処ぞへ隠れていろ…なるべく、遠くへ……。決して出るなよっ!!」
一族の頑なな態度と、消極的で猜疑の視線に怒りが込み上げて、翔隆は目を吊り上げて言った。
「承知」
一族は皆、一瞬にしてサッと四散した。
残ったのは、ふらふらな翔隆一人。
翔隆は大きく深呼吸をすると何を思うてか、いきなり〝気〟を最大限に高めて《思考派》で叫ぶ。
⦅…近江の狭霧に告ぐ! 琵琶湖にて不知火が嫡子、翔隆! 貴様らと一戦交えたし! 我こそは、と思う者あらば参れっ!!⦆
「なっ…!!」
途端に隠れていた同族達は〝気〟を殺して、更に身を潜めた。
それとほぼ同時に白茶の髪の者達が、あちらこちらから現れる。
十、五十、百とどんどん増え、あっという間にその数およそ八百近くにまでなった。
そして一斉に襲い掛かろうとした刹那。
翔隆は、
「うおあああああああぁーっ!!」
と叫んで、溜め込んだ〝気〟を一気に体の外へ放出した。
カッと閃光が散り、気が巨大な光となって広がっていく…そして、目も開けていられぬ程の光はやがて、
―――ドオォ…ン
と、大爆発を起こしたのだ!
辺りは爆風に包まれて、草木が吹き飛ばされていく。
今までの怒り、苦しみ、憎しみという感情が溢れ出し、翔隆の内に秘めた《炎》と《雷》の《力》が摩擦を生じさせて、こうなったのだろう。
一瞬にして、勝負はついた。
砂塵の中、立っているのは翔隆のみ。
その周りには、五百名程の狭霧一族の屍が転がっている。
他の者は、瞬時にして逃げたのであろう。
未だかつて、誰一人として、これ程の《力》による爆発を見た事はなかった…。
隠れていた一族の者達は、よろよろと出てきて集まる。
そして、武宮が動揺を隠せずに震えながら言った。
「ま、まさか、こ…これ程とは……思いも…」
「俺もだ。こんなつもりではなかった…。土地を荒らしてしまって、済まない」
翔隆は、まず詫びて深々と頭を下げた。そして、悲壮な表情で皆を見渡す。
「せめて、追放にしてはもらえまいか? 俺は各地の大名や武将達と接しながら、勝手に狭霧と戦っていく。ただ………一つだけ、頼みがある。狭霧といえど、〝人〟なのだ……。中には、良心や仁義を持った者もいる。だから、皆殺しは…なるべく避けて欲しい…」
「何を弱気な! こんな凄い《力》を持った嫡子を、放っておけぬではないか!」
突然そう言ったのは、一番猛反対していた偲原だ。
「わしも、惚れ申した!」
偲原の言葉に、翔隆だけでなく皆が驚き、戸惑ったり真剣に考え始めたりした。
そんな様子を見て、翔隆は優しく皆に語り掛ける。
「……なあ、皆…。未熟な俺ではあるが、もしも〝長〟として見てくれる気があるのならば、これだけは、約束する」
誰も、何も言わずに聞いている。
「〝長〟として、皆を守り抜く。皆を導き―――強くしていきたい。今のやり方では、団結力に欠ける…もっと結束を固めねば、いつかは滅び兼ねない。だから、そう…武家のようなやり方で。そうすれば、必ず強くなれる。今はまだ、こんな事しか言えないが…俺はもっと強くなる。強くなって、この乱世も一族の戦いも…一刻も早く終わらせたいのだ! こんな、苦しく辛い思いは、もう二度と……誰にも味合わせたくはないから、俺は戦う…!」
パンパンパン、と拍手が聞こえた。竹中源助達だ。
「いつまでも話しおうていたとて、きりがない。こうしようではないか。嫡子を信じる者だけが付いていく……な?」
凪間が提案すると、皆はそれぞれに唸ったり頷いたりしながらも、それに賛同した。
そうして散っていき、その場に残ったのは〝嫡子を長と仰ぐ者〟。
竹中源助、矢佐介に凪間は勿論の事、偲原、そして美作・備前・備中の頭領の上泉(二十九歳)。
尾張の新頭領の飛白(二十八歳)と、駿河・伊豆の頭領の高信(二十歳)が、翔隆の側に居た。
自分を信じてくれた者達を見つめて、翔隆は照れながら嬉しそうに微笑む。
「皆…本当にありがとう。後で知らせをやるから、今は一刻も早く集落に戻って一族の者を安心させてやってくれ」
「はっ!」
凪間、偲原、上泉、高信の四名は、明るい返事をして誇らしげに帰っていった。
それを見送り、源助が言う。
「ご同行至しまする」
「ん………だが………どうも、共に―――行けそうに…ない………」
言葉の途中で、翔隆はドサリと倒れた。
「翔隆様!」
すぐに飛白が抱き起こすと、翔隆は心地良さそうに眠っていた…。
「……あれだけの《力》を使ったのだから、倒れて当然でしょうに………無茶なお方だ。私がお送りしましょう」
飛白が翔隆を背負うと、源助は笑って頷く。
「うむ。まあ、我らもいる故、安心せい!」
すると、飛白は微笑み返して共に走り出した―――。
まだ数こそ少ないが、この者達が翔隆の一族としての最初の配下…。
恐らく…これから先、何があろうとも翔隆に付き従うと決意してくれた者達なのだ。
その頭領達の期待を、思いを裏切るまい――――。
そう、翔隆は夢の中で誓った…。
風麻呂が文を足に付けて、やってきたのだ。
「…?」
珍しい、などと思いながら読むと、翔隆は瞬時にして蒼白する。
それは、竹中源助の言っていた〝一族の集会〟を知らせる重要な文だったのだ。
〈まずい…!〉
すっかり忘れてしまっていた…。
翔隆は帰る旨を話して陽の暮れる中、死ぬ思いで走っていった…。
――――深夜。
近江の琵琶湖湖畔に異様な集団の影があった。その数、百余名程。
火も焚かず月明かりの中、きちんと列を成している。そして前方には、翔隆が立っていた。
「頼りない面構えじゃのう」
「真、嫡子なのか?」
「今更、なんでこんな子供を…」
皆の罵声と白い目線が痛い。
〈俺は、長になると決めて…来たんだ〉
今更、迷いはない。
…しかし、不安は大きい。
緊張と重圧の中で、今まで一族の意見を纏め、長の代理を務めてきた近江と伊賀の頭領である武宮(四十五歳)が翔隆の隣りで言う。
「…話した通りだ。では、この者を〝長〟と認める者は西へ! 認めない者は東へ移動せよ!」
その一言で、皆は動き出した。
…結果は一目瞭然。
西側に居るのは竹中源助(十歳)と矢佐介(三十六歳)ら部下、それに甲斐の頭領の凪間(三十七歳)とその部下達。
「決まりだな」
武宮の言葉に、翔隆は焦心して皆の前に立つ。
「待ってくれ! 認められぬのは重々承知している! 追放でも構わない。しかし! このままバラバラに戦っていては、統率された狭霧になど敵う筈もないのだ! 何故分からないんだ!!」
心からの叫びであった。
「今までわしらで守ってきたんじゃ! 口出しするな若造がっ!」
「掟破りの長など言語道断!」
「帰れ!」
「今頃のこのこ現れて長になろうなどと、片腹痛いわい!」
返ってくる言葉は、非難と罵声のみ…。それを制して、武宮が西側を見た。
「…認めた訳は?」
「惚れたのさ」
あっさりと源助が言う。
すると、会った事もない凪間が頷いた。
「同感だ! 甲斐で偶然見たのだが…あの戦い振りを見て、惚れぬ方がおかしい!」
凪間は興奮して、頬を紅潮させて言った。
その言葉に、翔隆は甲斐での己の行動を振り返る。
〈…ああ! 清修と戦った時の…!〉
義深に一族との戦い方を教えていた、あの時…。
それを見て、自分に惚れて認めてくれた者が居たとは、思ってもみなかった。
「それ程言うのならば、証明してもらおう!」
三河の頭領である偲原(三十三歳)が怒鳴るように言う。
…木下藤吉郎に世話になっていた時に、会った男だ…。
証明しろ、と言われても何をすればいいのか分からない。
「何も出来ないのか」
「もはや追放と決まっているのだ。悪足掻きは見苦しいわい」
「早く消え失せろ!」
他を寄せ付けたくないという閉鎖的で、頑固な態度…。
それを聞く内に、翔隆は怒りすら込み上げてくるが、ぐっと堪えて皆を睨み付けた。
「信用ならない、か……。そうだな。俺は好きで一族に…それも嫡子などに生まれた訳じゃない」
「ハッ! 本性を現したか! やはり貴様など…」
「だが!」
誰かの言葉を遮り、翔隆は強い口調で叫んだ。
「狭霧の余りにも汚いやり方を、見過ごす事など出来ん! 父が見離した一族を何とか統率し、奴らを封じようと思ったからこそ、掟破りを承知の上で…主君を持ちながらも! 必死に強くなろうと努力してきた! 自分の為ではなく! 各地で戦う同胞達の為にも! 強くなくては長にはなれぬと判断して!!」
そう―――――…。
自分が何者なのかも知らずに、十五まで生きてきた。
そして唐突に、立て続けに真実を突き付けられ教えられ……混乱したまま突き進んで、苦しみ悩み、辛い戦いを強いられてきた。
だが、それでも戦うのは…!
「それでも! 自分は〝嫡子〟なのだという責務を果たす為にっ………。だが、どうしても受け入れられぬとあらば、是非もない…」
そう言って翔隆は〝気〟を高ぶらせ、剣を抜く。すると皆はザワめいて後退った。
「俺は……俺を、必要としてくれる者達と共に…狭霧と……身内と戦っていく! 分からず屋共などいらん!」
「何を⁉」
それは、皆を挑発した言葉だった。
「…クククク…ハーハッハッハッハッ! 掛かって来いよ…認めぬのだろう? それとも、怖くて手も出せぬのかっ?! 殺せるものなら、殺してみるがいい!!」
そう叫ぶと、翔隆は《雷》の槍を幾つも大地や木々、湖に落とした。
ここまで挑発されて、向かってこない者はいまい。
「うおおおおお!!」
怒りと悔しさの余り、大半の者が翔隆に一斉に襲い掛かっていった。
咄嗟に源助達が助勢しようとするが、一喝される。
「手出し無用!」
「しかし…っ」
「良いっ!!」
翔隆はそう制して着物を脱ぐと、〝気〟で胴と手足の仕込みを切って外した。
いつも己を制御していた重りが無くなると、翔隆の動きは驚く程速くなる。
一気に周りを取り囲む者を薙ぎ払うと同時に、何十人もの一族を倒していった。
それを見ている内に、源助はある事に気付きニヤリとする。
「凪間、気付いてか?」
「ん?」
「翔隆様は、力を決して一族の者に当たらぬように配慮なされておる。しかも全て、剣の腹で攻撃されている…」
そう言われてよく見れば、《炎》は相手を擦って消えているし、《雷》は一族の合間に落とし、《気功派》で相手を退けているだけであった。
「凄い……たかが二年でこれ程までに成長なさるとは…」
思わず矢佐介が呟いた。
凪間(なぎま)も目を輝かせて見つめた。
しかしながら、一族の翔隆に対する攻撃は容赦がない。《風撃》や《水撃》、葉や枝や石等を狙いを定めて放ってくる。
見ているのが痛々しい戦いが、寅の三刻(午前五時)まで続いた…。
翔隆は一人、肩で息をしながらボロボロの姿で立っている。
対して、残る同族は八人。
他の者は皆、呻いて地べたに倒れ込んでいた。
まだ戦いを挑もうとする八名を見て、武宮がパンと手を叩く。
「やめよ! 皆を起こして並べ!」
「何故だ!」
「いいから並べ!」
一喝され、八名は倒れている者達を起こしていく。
それだけで、この武宮の人望がどれ程のものかが分かる。並んだ面々を見渡すと、武宮は真顔になって問う。
「皆、痛む所は?」
「背と腹だ」
「横っ腹に足!」
「右腕に背じゃあ!」
次々に言うのを頷いて聞くと、
「傷は負うたか?」
と、聞いた。
すると今度は互いに見合ったり己の体を調べたりするが、当然ある筈も無い。
確認すると、武宮は翔隆に目を移す。
翔隆は息を整え満身創痍で少し蒼白している。
が、己の身より何よりも皆の事を切なげな眼差しで見つめていた。
〈これだけの人数を相手に一人に対し、二つの打撃…傷すら付けぬ。大した腕だが………〉
そう考え、武宮は翔隆を真っすぐに見据えた。
「一体、何を考えている?」
すると翔隆は、微苦笑を浮かべる。
「―――そうだな。本当に、何を考えているのやら…………自分でも分からんよ」
「どういうつもりだ。敵対するかのように挑発しておきながら、己は本気を出さぬとは」
「…本気? 本気など出せんよ」
「負けるから、か?」
「いや…勝ち負けの問題ではない。元より同族ではないか…刃など向けられぬ。狭霧でも、信じた者は殺せぬ…!」
「――――死しても…か?」
「命を懸けずして、こんな事が出来るのか? 俺は嫡子であり、織田家臣でもある。…死を恐れていては、何も出来ぬではないか」
「では! 肉親でも手を掛けられるというのか?」
次々と質問ばかりしてくる。これには、さすがに翔隆も苛立ち始めた。
「どうしても敵となるのならば斬る! …もう幾度か刃を交えているのだ…。それが一族の為であり、世の武将方の為ならば! やらねばなるまい!」
「では…」
武宮が言い掛けると、偲原が肩を掴んで止めた。
「偲原……」
「問答は良かろう」
そう武宮に言い、偲原は翔隆を睨み付けた。
「―――では! そこまで言う真の実力とやら、見せてもらおうか!」
「…………皆…何処ぞへ隠れていろ…なるべく、遠くへ……。決して出るなよっ!!」
一族の頑なな態度と、消極的で猜疑の視線に怒りが込み上げて、翔隆は目を吊り上げて言った。
「承知」
一族は皆、一瞬にしてサッと四散した。
残ったのは、ふらふらな翔隆一人。
翔隆は大きく深呼吸をすると何を思うてか、いきなり〝気〟を最大限に高めて《思考派》で叫ぶ。
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「なっ…!!」
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「うおあああああああぁーっ!!」
と叫んで、溜め込んだ〝気〟を一気に体の外へ放出した。
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―――ドオォ…ン
と、大爆発を起こしたのだ!
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「……なあ、皆…。未熟な俺ではあるが、もしも〝長〟として見てくれる気があるのならば、これだけは、約束する」
誰も、何も言わずに聞いている。
「〝長〟として、皆を守り抜く。皆を導き―――強くしていきたい。今のやり方では、団結力に欠ける…もっと結束を固めねば、いつかは滅び兼ねない。だから、そう…武家のようなやり方で。そうすれば、必ず強くなれる。今はまだ、こんな事しか言えないが…俺はもっと強くなる。強くなって、この乱世も一族の戦いも…一刻も早く終わらせたいのだ! こんな、苦しく辛い思いは、もう二度と……誰にも味合わせたくはないから、俺は戦う…!」
パンパンパン、と拍手が聞こえた。竹中源助達だ。
「いつまでも話しおうていたとて、きりがない。こうしようではないか。嫡子を信じる者だけが付いていく……な?」
凪間が提案すると、皆はそれぞれに唸ったり頷いたりしながらも、それに賛同した。
そうして散っていき、その場に残ったのは〝嫡子を長と仰ぐ者〟。
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尾張の新頭領の飛白(二十八歳)と、駿河・伊豆の頭領の高信(二十歳)が、翔隆の側に居た。
自分を信じてくれた者達を見つめて、翔隆は照れながら嬉しそうに微笑む。
「皆…本当にありがとう。後で知らせをやるから、今は一刻も早く集落に戻って一族の者を安心させてやってくれ」
「はっ!」
凪間、偲原、上泉、高信の四名は、明るい返事をして誇らしげに帰っていった。
それを見送り、源助が言う。
「ご同行至しまする」
「ん………だが………どうも、共に―――行けそうに…ない………」
言葉の途中で、翔隆はドサリと倒れた。
「翔隆様!」
すぐに飛白が抱き起こすと、翔隆は心地良さそうに眠っていた…。
「……あれだけの《力》を使ったのだから、倒れて当然でしょうに………無茶なお方だ。私がお送りしましょう」
飛白が翔隆を背負うと、源助は笑って頷く。
「うむ。まあ、我らもいる故、安心せい!」
すると、飛白は微笑み返して共に走り出した―――。
まだ数こそ少ないが、この者達が翔隆の一族としての最初の配下…。
恐らく…これから先、何があろうとも翔隆に付き従うと決意してくれた者達なのだ。
その頭領達の期待を、思いを裏切るまい――――。
そう、翔隆は夢の中で誓った…。
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「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
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でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
本能寺からの決死の脱出 ~尾張の大うつけ 織田信長 天下を統一す~
bekichi
歴史・時代
戦国時代の日本を背景に、織田信長の若き日の物語を語る。荒れ狂う風が尾張の大地を駆け巡る中、夜空の星々はこれから繰り広げられる壮絶な戦いの予兆のように輝いている。この混沌とした時代において、信長はまだ無名であったが、彼の野望はやがて天下を揺るがすことになる。信長は、父・信秀の治世に疑問を持ちながらも、独自の力を蓄え、異なる理想を追求し、反逆者とみなされることもあれば期待の星と讃えられることもあった。彼の目標は、乱世を統一し平和な時代を創ることにあった。物語は信長の足跡を追い、若き日の友情、父との確執、大名との駆け引きを描く。信長の人生は、斎藤道三、明智光秀、羽柴秀吉、徳川家康、伊達政宗といった時代の英傑たちとの交流とともに、一つの大きな物語を形成する。この物語は、信長の未知なる野望の軌跡を描くものである。
甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ
朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】
戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。
永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。
信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。
この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。
*ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。
四代目 豊臣秀勝
克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。
読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。
史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。
秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。
小牧長久手で秀吉は勝てるのか?
朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか?
朝鮮征伐は行われるのか?
秀頼は生まれるのか。
秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?
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