スイセイ桜歌

五月萌

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第5章 美優の歩く世界

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「そろそろ、美亜を呼んだほうがいいよね」

美優はケータイを取り出し、少しいじると、ケータイを耳にあてた。

『もっし! 美亜? 悪いんだけどさ、リコヨーテまで来れるかな? 帰れないんだよー、お願い! あ、太陽がアイス奢るって!』
「言ってねえよ!」
『うん、分かった、はーい』

美優は上機嫌で電話を切った。

「来てくれるって! アイスはハーゲンラッツのチーズタルトがいいって」
「おい、なんで俺が奢ることになってんだよ」
「1晩相手してあげるから、……だめ?」
「や、やめろよ! 本気にしちゃうだろ! ……分かったよ、奢るから、簡単にそういう事言うなよ?」
「うん」

美優は茶目っ気のある笑いを見せる。

「ついたのじゃ」

ガウカは足で蹴っていた石ころを脇に生えている木とクリスタルの間に蹴り入れた。
間近にある青い膜は圧倒的な存在感で来る人を待ち構えている。

「グリーンスリーブスだよ」
「わかってるって」
「ロー君に乱暴な口聞くでない!」
「中に入りますわよ?」
「はーい」

バチッ!
美優は中に静電気のような音を立てて入った。中には切り株を中心に澄んだ空気があるので、軽く深呼吸をした。

「ウォレスト」

美優はトランペットを出し、バンドがやっているようにくるくると回す。右手で第1と第2ピストンの間に中指、左手で第3のスライド管のリングに中指を入れて、回す。

「上手ですわね。ウォレスト」
ネニュファールも入ってきて開口一番。そしてニッケルハルパを出した。

「えへ、ありがとう」

美優は照れ笑いをした。
太陽とガウカ、そしてローリも入ってきた。

「「「ウォレスト」」」

各々の武楽器がでてきた。

「準備はいいかい? いくよ」


堂々とした人柄のあふれるバイオリンの音に、繊細なピアノの音。元気いっぱいなトランペットの音、低音の要の渋くて心を動かすようなコントラバスの音、そして、個性的なファンタジーの世界に出てきそうな安定したニッケルハルパの音。

「終わったよ」

太陽に美優は言われるまで気が付かなかった。瞳を閉じて、トランペットは音を出さずに構えていた。
リコヨーテについたようだ。城の中庭に全員出てきた。
美優は赤い膜から出ると、泣いている小さな影があった。
空は暗くて、高貴な明かりで中庭は照らされていた。

「お兄ちゃん! 遅いよ!」

桜歌はバラのトンネルのそばで声を荒らげた。半泣きの状態だった。

「桜歌! 悪いな」

太陽は膜から出ると桜歌に抱きついた。

その時、単調な音楽がローリの方から聴こえてきた。

「知らない番号からだ」

ローリは臆することなく電話に出た。
『やい、ローリ! よくも僕の願い石全部、砂にしやがったな。今、謝れば許してあげてもいいよ?』

電話の主はルフランだった。

『何で僕の番号を知っているんだい?』
『謝ったら教えてあげてもいいよ?』
『ほう、それならいい。要件はそれだけかい? 切るね』
『待ってよ!』
『願い石でも使ったのかい?』
『ギークギクギクギックカメラ! ……いやそんなことはない、スパイがいるんだ』
「ローリ、ケータイ貸して」

太陽はローリのケータイを手に怒鳴る。

『こんなにギクギク言ってるのに、違わねえわけないだろう! お前の迷惑にはもう懲り懲りだ。もうかけてくんなよ』
『君に言われなくともかけないよ!』

ブツッと通話は途絶えた。

「悪い、頭にきてやっちゃった!」
「構わないよ」

ローリはニコッと笑う。

「美亜さんが来たら、皆で日本に行こう」
「また今日と同じように、願い石が生誕したら、俺達で集めようぜ」
「そうだね、次はローリに献上しよう」
「良い心がけですわ」
「僕は、国の皆のために使うよ」

ローリに尊敬の眼差しで見つめる太陽に桜歌が手を引っ張る。

「桜歌、アイス食べるか?」
「お兄ちゃん、ちゃんとお財布と相談してる? 無理しないで。桜歌、見てるだけでいいから」
「大丈夫、今の俺はお金持ちだから!」
「じゃあ桜歌、チョコのカップのやつがいい!」
「はっはっは、可愛い!」
「ローリ様!」
「ロー君!」
「……ごめんよ、しかし、可愛いね」
「桜歌さんとはライバルになりますのね」
「わしもいるのじゃ! 桜歌だけみたいに言うんじゃないのじゃ」

ネニュファールは複雑そうに苦笑いを浮かべる。

「美亜さんの匂いだ。おーい、誰かいるかい?」
「「はい、国王様」」

ゆいなとカナがとんできた。メイド服がとても良く似合っている。

「これから日本に行く。舟を2艘を用意してくれたまえ」
「はっ! しばしお待ちを」

2人は急いで消えていった。
歩いて、舟場まで向かうこととなった。
ローリは安堵の様子を見せている。どうやらルコには止められていないようだ。

「桜歌、いじめられたりしなかったか?」
「桜歌は1人で待ってるって言ってね、ここでね、待ってたの」
「風邪ひくぞ? 馬鹿だなあ、桜歌は」
「太陽、そんな態度、ひどいよ!」
「馬鹿! 嬉しいんだよ、言わせるな!」
「まったくもう! 素直じゃないんだから」

廊下を歩いてた美優は目の端に黒いカラスのような人が走ってくるのが見えた。
それがルコだとわかったのは数分後だ。ゴテゴテのメイクに黒いゴスロリファッション。その姿は女王様そのものだ。

「ローレライ、あなた、無茶しすぎよ。日本に行かずに休みなさい」
「お言葉ですが、僕はまだまだ知らない日本の世界があります。去年の宝箱の1件から少しの猶予をくださると約束しましたよね」
「なんて口の聞き方! ちょっと黙ってないであなた達からもなにかいいなさいよ」
「少しに時間を、国王様にくださいませ! お願いします」
「「「お願いします」」」
「ガウカも行くの?」
「はいなのじゃ。ちょっとした時間がほしいのじゃ」
「……わかったわ。その代わり1時間で帰ってくるのよ?」
「「はい」」

ローリとガウカの声が被さった。

「失礼します」

ローリは軽く会釈する。

「「「失礼します!」」」

各々お辞儀をしてルコの前を通る。中でも美優は深々と頭を下げた。

「あー怖かった」

美優は舟に乗り込みながら言った。

「母上は甘えベタな女性だよ」
「ローリは怖くないの?」
「慣れてしまったよ」
「さあ、舟が移動します。掴まっていてください」とゆいなとカナが警告した。
舟は鈍く揺れて泳ぎだす。

桜歌はゲーム〈動物に森〉のふなうたをハミングする。

「懐かしいね」
「家においていたのはレトロゲームばっかだったもんな」
「ほう、なんの曲だい? ゲームはやったことがないから分からない」
「ローリ様はハマるととことん追求しますの。いけませんわ」
「ふふ、ローリの知らない曲があるとはね」
「一度聞けば、大体は弾けるよ、ウォレ」

ローリは子供っぽく口をとがらせる。そしてバイオリンを構えて、ふなうたを弾き出した。


少しのアレンジがいい味を出している。

「完成度高いわ!」

太陽はツッコミを入れた。
そして、直後、舟が到着した。

「美亜、今日は本当にありがとう!」
「いいわよ、別に、アイスのためよ!」
「太陽君、ひいひいしてないかい? 大丈夫かい?」
「切迫してるよ! お財布事情は悲しいニュースだよ」
「じゃあ桜歌、買わないで見てるよ」
「桜歌! それじゃあバビゴにしよう、1つに2つの」
「何よ! 当てつけかしら? あたしはハーゲンラッツのために来たと言っても過言じゃないのよ?」
「美亜はいいよ。俺らは仲良しだもんね、せーのっ」
「「ねー!」」
「いや、せーのっ、ねー! じゃないわよ!」

皆はひとしきり笑った後、お城の裏手にある、世界樹まで歩いた。緑色の膜がある。
美優は太陽の手を取ると我先に入った。
バチバチッ!
例の音が聞こえた。
美亜はすでに武楽器であるクラリネットを持って膜の中に入ってきた。桜歌も美亜の手を握っている。

「太陽! 桜歌ちゃん置いてったらだめじゃないのよ!」
「いや、美優が引っ張るから」
「言い訳はいいわ! とにかく、私のかっこいいシチリアーノ聴いていることね!」

ネニュファール、ローリ、ガウカがあとに入ってくる。
美亜がクラリネットのマウスピースをくわえた。

練習したような上手いシチリアーノがその場に流れた。
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