スイセイ桜歌

五月萌

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第5章 美優の歩く世界

3 奥に進む

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地下第2フロア。

3人と1羽が岩肌を降りていく。
降りた先は不思議な世界がだった。
地面は不思議な紫色と白色と黒色そして、黄色の岩だった。
眼の前に見えるのは青色1色だ。遠くに岸辺が見える。しかし、かなり距離がある。
ビリ! バチ!
その湖には電気が流れているようで、万が一落ちたら命はないだろう。
遠くから水中を揺らす影が見受けられた。こちらに近づいてきている。足を水中につけて、浮いている。
アメンボの、月影だ。目が赤い。全長1メートルはある。このアメンボの月影は電流が流れても平気なのか感電しない。
鹿や人の骸骨、腐った肉体が水面に浮いている。
(命を落としてまで欲しかったものとはなんだろうか?)
美優は思案していると、横から博士のように太陽が解説し始めた。

「アメンボは昆虫網半翅目アメンボ科の総称である。アメンボは肉食で、水に落ちた虫などを食べるらしい。別名がミズグモ、カワグモ、スイバ、ミズスマシ、チョウマ、アシタカ。名前の由来は飴のような匂いと姿形の棒のようであるからして飴棒あめんぼと名付けられたようだ」
「そういうウンチクはいいからどうやって向こう岸に着けばいいのか考えよう」

そう言いながら美優はローリの顔を覗く。
ローリは顔をしかめている。
どうやら苦手な生物なのだと美優は感じ取った。

「箱を繋げて渡ろう!」
「アメンボの月影、絶対攻撃してくるよ」
「わたくしにお任せくださいませ。アメンボは鳥類が苦手なはずですわ」

ネニュファールは光ったかと思うと、ところどころミミズクの造形をしていながら人に戻っていた。

「まとめると、箱で橋をかけるようにして渡って、箱の上にアメンボの月影が乗って来たらネニュファールに倒してもらおう」
「ネニュファール、大きくなれるようになったのかい?」
「ええ、上空で試したら大きくなれましたわ」

ネニュファールは光りながら風を吹かせて、姿を変えた。1メートル程の大きさになった。

「アメンボの月影が来ないように箱の行く先に、翔んでもらうか」

太陽は顎に手を当てて考える。

「僕も箱を作るよ」
「ローリ、無理しないで、フェレットになっててもいいよ」
「皆が大変なときに逃げてられない、僕は一国の王だ、手伝わせてもらおう」
「わかった、じゃあ美優、ローリ、俺の順番で、湖にあたらないように気をつけながら、足元に箱を出してくれ。なるべく大きな」
「オッケー!」
「任せてくれたまえ」

皆走る構えで進む。

「パース」

美優の薄い白い箱は長さが10メートル位だ。皆、走り出した。

「パース」

今度はローリの薄いルービックキューブがバラバラになったかのような色の箱が9メートルほどだ。
どうもローリはコンディションが悪いらしい。

「パース」

太陽の薄いヒノキのような箱は3メートルほどだ。
アメンボは数匹寄ってきている。後5メートル位のところでネニュファールが牽制しているため、それ以上は近づかない。

「パース」

美優はもう一度箱を出した。10メートル位だ。
その時、アメンボが水を吐き出した。ネニュファールは間一髪のところで避ける。

「パース、ネニュファール、これを!」

ローリが手元に箱を出した、出てきたものはゴム製のグリップの大きめのナイフだった。それを、ローリは上空に投げる。
ネニュファールはナイフをくちばしでくわえた。

「そうか、ウォレスト」

太陽がピアノを出す。
グリッサンド奏法をした。
針がアメンボの月影たちを襲った。
避けた一匹のアメンボの月影にネニュファールのナイフが突き刺さった。
しかし、刺さったはいいが、普通のナイフのため細胞が戻ろうとして、ナイフが突き刺さったまま抜けなかった。そのアメンボの月影は動かなくなった。刺したところから緑色の液体が出てくる。

「パース」

ローリは冷静さを取り戻したかのように箱を出した。30メートルほどの大きな箱だった。
全員、全力疾走で走った。

「パース」

美優はアメンボの月影の水掛け攻撃から身を守った。

「パース」

太陽の箱でちょうど向こう岸まで到達した。

「ネニュファール、おいで!」

ローリの声で一目散にネニュファールは近づいた。
ホホホ!
どんどん小さくなっていく。15センチ位になってローリの腕に止まった。
(帰りは大変そうだな)
美優はなんとなく嫌な気持ちになっていた。

「はあはあ、美優、大丈夫だよ、お宝が眠ってるんだぜ? 疲れ吹っ飛ぶって!」
「うん、確かにそうだね、ありがとう」

美優は太陽の察しの良さに感謝した。
太陽はほっと息をつく。

「ネニュファール、しばらく休んでいてくれたまえ。おや? ここから降りられそうだね?」

ローリは風化された階段のようなものを発見した。

「そこだね、さすがローリ」
「俺だって気づいてたさ! 大体他の人が鼻がいいとか、耳がいいとか、不平等の中、俺も頑張ってるっつーか」

太陽は納得行かない様子でブツブツ独りごちる。
皆、無視しながら先を急ぐ。



地下第3フロア

やけに風が、強い。下が見えない、どうやら雲がかかっていて雷が起きているかのようだ。10万ボルトよりも強そうだ。そして大嵐のように吹き荒れている。かなり遠いが向こうの岸に階段のようなものが見える。

「ほう、これでは渡りたくても、箱ごと吹き飛ばされてしまうね」
「どうすればいい?」
「こんな時のために魔法曲があるんだよ」
「なんの曲だ?」
「えっと~? 翼をくださいとか?」
「翼をくださいでどうやって渡るんだよ、ふっ飛ばされるぞ、つーかガウカはどうやって行ったんだ?」
「風、嵐の歌とか?」
「嵐……ベートーベンのテンペストはどうかな? 嵐の曲だから相殺して風が吹かなくなるかもしれない」

ローリはのんびり言った。

「それだ! やってみよう、3人は休んでてくれ。俺が弾く」

「僕も弾けるよ。どうせなら強い嵐を起こしてみよう。ピアノソナタ17番、テンペスト、第3楽章が良さそうだね」
「わかったよ、じゃあ合図くれ、ウォレスト」
「ウォレ」

ローリはアインザッツをして曲をバイオリンで奏で始めた。

太陽も途中手が回らなくなって、ミスをしたが、持ちこたえてピアノの鍵盤を叩いた。
超絶技巧の演奏に美優は心臓が早鐘を打つ。
逆風が起こった。風と風はぶつかり合って木の枝や石がぶつかりあった。そして、曲は嵐のイメージ通りに懸命に終わった。
すると、砂、雑紙、木の枝、石、鉄鉱石、粘土、プラスチック、ペットボトル、廃プラスチックなどが一本の道になって浮かび上がった。

「よし行こう」

美優は先陣をきって走り出した。
細い道だけど土踏まずも安定している。怖くはなかった。
向こう岸にたどり着いた。
そこは木の枝が無数に絡まり合って、幹になり、足場となっていた。そこにはなにかに引っ掻かれたような爪痕があった。
ローリは肩にネニュファールを乗せて来ていた。太陽も小走りをしていた。

「なんとかここまでこれたな」
「ガーさんはここで半月化したのかもしれないね」
「そうだね。難しい曲弾いてくれてありがとう、2人共」
「「こちらこそありがとう」」

二人の声が被さった。

「なんだよ、真似するなよ」

ホホ! ホホー!

ネニュファールは太陽に怒ったかのように太陽の耳をついばむ。

「痛い! すみませんでした、真似したのは俺です」
「僕と一緒に言ったってことでいいのではないかい? 太陽君は気持ちを言葉にしただけだよ。ネニュファール、僕の友人にいたずらしないでくれたまえ」

ローリは見かねて太陽を養護する。

ホ!

ネニュファールは悲しそうに鳴いて、ローリの腕に止まった。

「おーよしよし」

ローリはいつもの調子に戻り、ネニュファールを撫でる。

ホホホ!

ネニュファールも元気いっぱいに鳴いた。
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