スイセイ桜歌

五月萌

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第4章 ゆいなの歩く世界

21 月影のトナカイとの戦い

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 階段のてっぺんに上がると、階段の前にガウカが仁王立ちしていた。

「緑色の世界樹の膜から帰りたまえとのことじゃ。ドーリー頼んだぞい」

 ガウカはそれだけ言うと慌てた様子で城の中を駆け戻る。

「ガーさん、どうしたんだろう」
「ガーさん見てると、お祭りに桜歌も呼びたくなる」
「人混み激しいし、ガーさんも来るかもしれないのに、瓜二つの桜歌呼んだらわけわからなくなるよ」
「俺が呼びたいんだ。ローリなら許してくれるよ」
「わかったよ、まったくもう」

 そして、一同は城の船着き場からリコヨーテの町側の船着き場までぱっと移動した。

「ローリに会わなくても良かったの?」
「おう、後で電話入れっから」
「さっさと帰れ」

 ドーリーは我関せずと言った調子だ。

「帰っても暇だからテイア行こうよ。月影潰ししようよ?」
「そうだな」
「あの、私は?」
「どうしたいですか?」
「僭越ながら見届けたいです、月影の倒し方を」
「お前、メンコン派? ベトコン派? ブラコン派?」

 ドーリーは思い出したかのように3人に尋ねる。

「モツレク派です、皆行こう」

 美優はそう切り返すと、太陽の手をとり、歩き出した。

「メンコンだのベトコンだのブラコンだのモツレクって何?」
「メンデルスゾーンの協奏曲コンチェルトとか、ベートーヴェンのそれとか、ブラームスのそれとかだよ。モツレクはモーツアルトのレクイエムって意味だと思うよ」
「詳しいんだな」

 太陽の言葉に美優は無視すると、城の裏手に回った。その後、ビオと会ったあの公園まで来た。ゆいなもよそよそしくついてくる。城から最も離れた公園の、ビオが登って逃げようとしたフェンスの近くに緑の膜ができている。外からみると狭くてきつくなりそうだ。

「太陽、柳川さんを頼むね」

 美優はそう言うと緑の膜に入っていった。
バチッ

「どうぞ、柳川さん」
 太陽に言われて、ゆいなは怖かったけど入ることにした。
 ゆっくりと尻込みをしながら膜に指をつけた。
バチッ!
 吸引されるかのようにゆいなは引っ張られて膜の中へ入っていった。
 中はそれほど狭くないが広くもない。8畳くらいのルームのようだ。
バチッ!
 太陽も入ってくると、中心にある小さな挿し木を見た。

「木になるんだな」
「ウォレスト」

パー!
 美優はトランペットを出し、太陽に挑発的に音を鳴らす。。

「びっくりした、何、いきなり?」
「いや、ほんとにびっくりしたの?」
「したよ」
「まあいいや。早く月影に会いに行くぞ」
「変だな、ウォレスト」

 太陽はピアノを出した。

 突如始まった美優の高い音がピアノの音で絡まって相乗効果をうんでいる。
 プロと言っても過言ではないほどの綺羅びやかな演奏だった。
 緑色の膜の世界はぐるぐると回る。
 演奏の終わりと同時に世界は少し薄い緑色になった。
 大きな木が真ん中に生えている。

「オッケー、帰ってこれたね、じゃあもう1回、ジムノペディよ、準備はいいかい?」
「おう!」

 太陽が鍵盤を叩いて、曲が始まった。


 ゆったりとして哀愁あふれる演奏だった。
 美優のトランペットが長く続き終えるとまるで何事もなかったかのような世界だった。
 青色の濁流が大樹にできる。

「先に行くね」

 美優は迷わず、濁流に飛び込んだ。
 ゆいなもしげしげと近づき、中に入った。

 世界が、風景が落ちていく。
ドサッ

 ゆいなは尻餅をついた。

「いたた」
 ゆいなはおしりの痛みを気にしながら立ち上がり場所を移動する。
(太陽は近くの場所に降ってくるだろう)
 そう考えたからだ。
ドン!

「おっとっと」

 太陽は唯奈の先程いた場所に中腰で危なげに着地した。
 ゆいなは周りを見る。
 水の流れている川がある。
 芝生のようにかられている。
ピピピピ
シャーオ
ピキキキ!
 いろんな鳴き声がする。後、木々が揺れる音、擦れる音もする。
 ジャングルの中にいることがわかった。



 フルートとピアノの音が聞こえてきた。

「隠れなくても大丈夫です、これはクラシック、つまりクライスタルかリコヨーテに兵士として、もしくは住んでる人として奏でていますからね、戦っているのでしょう、見に行きますか?」
「この曲は、リヴィエのやさしい鳥たち、だな。見に行ってもいいのか?」
「仲間が増える分にはいいでしょう? 行きましょうか」

グクォオオオ!

 動物が叫んでいる声がする。
 川とは逆側の踏み潰されている道を通っていくと、大きな角のトナカイの月影が首から血液を流していた。近くに楽器を鳴らしているネムサヤと小春、そして戦っているバイオリンの剣を持つアリア、と、名前の分からない少年は、チェロを斧に変えていた。少年はクライスタルの目印のギンガムチェックのバンダナをつけている。

「私達も参戦しよう、ウォレスト」
「ウォレスト」

 太陽はピアノを出し、美優はトランペットを出した。

シャラララ!
パーーー!

 ピアノから出る針、トランペットから出る炎。二人の攻撃はトナカイの心臓を潰したようだ。
ガアアア!
 断末魔の声を上げてトナカイは左側に倒れた。

 ネムサヤと小春は箱にお金をためながら曲を吹き、または弾いている。

「パース、太陽、バラして食べるわよ」

 美優は箱の中に手を突っ込んでサバイバルナイフを2本取り出し、1本を太陽にもたせてそういった。そして、トナカイの月影の肩に狙いをつけて剥ぎ取ろうと刃を立てた。

「またジビエ料理かよ、パース」

 太陽は手慣れた様子でトナカイの月影のあばら肉を切り取って金貨になってしまう前に箱に入れていく。
 トナカイの月影は角のついている骨に変わって演奏も終わった。
 美優と太陽は多くの肉を手に入れたようだ。

「ありがとうございました、私達、クライスタルに行こうとしてるんですけど一緒にどうですか?」
「すみません。ありがたい話なんですが、私等、月影をハントしに来ましたのでまだ帰らないですね」

美優は即答する。

「アリアさん、彼はどういった経緯でここに?」

 太陽はチェリストの少年を見つめて言った。
 なんとなくダイチに似ている雰囲気だ。
 140センチメートルくらいで、黒髪に黒い目、少し黒い肌だ。

「クライスタルから家出したんですって、だから私達もちょうど借りを終えたからクライスタルへと」
「家出? なんでそんな? 美味しいもの食べられてぐっすり眠れたら幸せなんだよ?」
「食べるものがなくて、門番の目を盗んで出てきた。両親には邪魔者扱いされていた。それでもいつもは飯作ってくれるけど、一昨日から帰ってこなくて、わいはお腹空いて」
「毒親か。太陽のとこもそんな感じだったよね」


 いきなり音楽が聞こえてきた。

「枯れ葉、だね。ジョゼフ・コズマとジャック・プレヴェールが作ったとされているジャズのスタンダードの曲ね」
「どうするんだよ、フェルニカ兵だろ」
「とりあえず、この曲の反対側から私達もクライスタルに向かおう。お父さんが美味しいもの作ってくれるだろうから」
「待って、その前に金貨の分け前はどうするんだ? チェロとバイオリンで戦った人の分け前はどうなんだ?」
「こっちの世界ならいつでも箱が出せるから町についてからでもいいだろう?」
「金さっさともらってわいはリコヨーテに行きたい」
「じゃあリコヨーテは帰りにしよう、とりあえずクライスタル行かないと、ご飯も食べれないよ」
「わかった」

グウウウ
 少年の腹の虫がなった。

「少年、君の名は?」
正幸まさゆき
「マッサー。携帯食料あるけど食う?」
「マッサー? 食う!」
「パース」
 太陽はクライスタルで買った、カロリーメードなるものを箱から取り出した。四角くて紙でできている箱に入っているあるチョコレート味の栄養補助食品を正幸に手渡した。
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