スイセイ桜歌

五月萌

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第3章 実真の歩く世界

2 三角伐人は最高の父さんだ

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  実真は母親の漓音に家の電話からケータイにかける。

「母さん、父さんが、死んだ」
『何言ってるの? 薄気味悪い冗談はやめてよ』


  それからしばらくして警察が訪ねてきた。 
  実真は自分は殺してないと主張した。殺害したのは花丸経、黒白元気、丸村正だと話すも証拠不十分として捕まえることはできないと言われた。
(おかしい、父さんを蹴ったのに)
  実真は怪しんだ。警察との癒着している申し合わせがあった様な感じがした。
  夕方もすぎてすっかり暗くなってきた。
  実真は学校まで走って向かった。
  不意に吹奏楽部の演奏が聞こえてきた。
(こんな時間まで部活してるんだ)
  その音たちは実真が学校についたことを物語っていた。
  実真は教室まで小走りで来ると、室内に入り、自分の席までたどり着く。

「俺のリュックがない!?」

  席のフックにかけておいたリュックがなくなっていた。机の中は荒らされてはいなかった。
  実真はいじめっ子グループを思い出す。
  ゴミ箱にもない。
  実真は探し続ける。
  30分はたった頃だった。

「三角君」
 
  思いもよらず、名前を呼ばれた。

「風神さん?」

  実真はひっくり返りそうになった。

「このリュック、あなたのでしょう?」

  美優は後ろ手に持ったリュックを差し出した。

「そうそう、俺の。なんで、風神さんが?」
「丸村君が落書きしておけと言って、出てったから、救出したの。まったくもう」

  美優はもうメガネをしてなかった。怒ったかのように頬をふくらませた。部活帰りのようだ。
  実真は見惚れる。

「俺なんかと喋って平気なのか?」
「そうだね……、ごめんね今日は無視して。明日も同じかもしれない。でも、一線越えたらあいつら叩き潰すからね」
「もう一線越えたような感じなんだけど?」
「どういう事?」
「俺の父さんが川に沈められて亡くなった」
「そう、本当に? 今日?」
「嘘じゃないよ、俺が隠れて見てたんだ。でも警察は証拠不十分だっていってる」
「ふうん」
「あのさ、この大バカな俺を殴ってくれ」
 
 実真がそういうと静寂の間が流れた。美優が考えあぐねいているのが分かる。

「もう無視するのはやめるよ。一緒に復讐しようか?」
「え!? 風神さんも一緒に?」
「私もむしゃくしゃするのよ、いじめなんて大嫌い」
「ありがとう」
「美優ぁ、何してるのよ、ゲッ!」

  美亜が教室に侵入してきた。実真を見て嫌そうに眉根を寄せていた。

「美亜、三角君のお父さんがあいつらにやられてさ、もう我慢しないでぶった切ろうよ」
「何よ、それ」
「俺の父さんが川で殺された」
「なんですって!?」
「美亜、どうする?」
「来週ね、決行するなら早い方がいいわね、忌引で休むと思うから」
「何の話なんだ?」
「分からなくていいわ」

  美亜はスクールバッグの中から3枚の用紙と万年筆を取りだした。

「あたしの言ったとおりに書きなさいよ。来週は休まずに来るのよ」

  実真は美亜に言われるがまま果たし状を書いた。

「三角君、LimeのID教えて」
「あ。はい」

  実真は初めて母親以外の異性と連絡先を交換した。
  そして葬儀も、無事終わり、日は経っていく。

 『おもらし君、どうやっていじめようか?』
  そんな幻聴に悩まされる実真だった。

「うるせぇ、うるせぇ」
  
  実真は取り払うように声を荒らげた。
  次の日。
(美優と美亜の話していた来週だ)
  実真はドキドキしながら教室に入った。

「三角君、おはよう」
「おはよう」
「こないだはごめんね」
「いいよ」
「ごめん」

  美優が挨拶したのを皮切りにクラスの皆が謝って周りに集まってきた。
  実真は謝ってきた人達を許すことにした。

「今日、あの例の書類を下駄箱に置いておいたよ。明日になっちゃうけど仲間増えるから三角君なら大丈夫だよ」

  美優はコソコソ話をするように実真の耳に語りかけた。
  
「仲間?」
「おい、おもらし君、お前、いい度胸してるじゃねぇか?」

  正が教室の扉出入口で実真とかちあった。

「来れなくてもいいんだぞ」

  実真は小さな声で反抗した。

「聞こえねぇな、覚えとけよ、ボコボコにしてやんよ」
「「俺達3人を同じ所に呼び出すなんて、舐めやがって」」
  元気と経も教室に突入した。

チャイムがなった。
  授業中に頭へ消しカスが飛んでくる。投げているのは秀明だ。
(仕方ないか、この子には大義名分がある)
  実真は授業に集中できなかった。そして本当の清掃中の時間にトイレは行っておいた。この間の二の舞になるのは避けたいところだ。
(最後の授業の終わりだ)
  実真は号令係にしたがう。そして靴箱で靴に入っていた草を捨てると靴を履いて、気合いも入れた。
  約束の一本杉に3人は集まっていた。しかし、不思議なことにもう1人の人物がどこから持ってきたのかピアノを弾いていた。彼は長めのウルフカットで耳は出ていて、黒い何かを着けていた。
  実真は遠巻きに眺めていた。


「果たし状、丸村正殿、午後のショートホームルームが終わったら裏山の一本杉まで来られたし。テイアという音楽が一世を風靡する大陸にて決闘を申し込む。怖かったら逃げていいぞ。 三角実真」

  正はくしゃくしゃにした紙を読み上げた。

「ピアニスト君、まさかお前がこれの審判か?」と正。
「何がテイアだ! そんな場所あるわけないだろ!」と元気。
「リコヨーテはテイアにあったと証明されてるぞ? 未確認生物の骨や羽などが出てきたそうだぞ? お前知ってるかピアノ男!」と経。

  学生服を着たピアニストは手と足だけを動かしている。

「なんか言わねーとピアノ壊すぞ!」
「この曲はシューマンの飛翔よ、突っ立ってないで行くわよ」

  実真の隣に美亜がいた。反対の隣には美優。

「ちょっとまって、心の準備が」
「大丈夫、木の渦巻きに飛び込むだけだよ」

  実真は両腕を掴まれて前に進んでいった。木陰から一本杉まで出てきた。

「風神さん? 竹中まで。どうしてここに?」
「あんたに復讐するのを手伝うためよ」

美亜は啖呵をきったように言った。

「太陽、私達も協奏するね、ウォレスト」
「おう」
「ええ?」

  実真はいかにも暗そうな男子高校生を美優が太陽と呼んだのに驚いたあと、美優の出現させたトランペットに腰を抜かしそうになった。

「ウォレスト」

  今度は美亜がクラリネットを回しながら出した。

  曲調が変わった。

「グリーンスリーブスだ」
 
  呟いたのは意外にも元気だ。

「お前らさ、俺らの戦闘用BGMにしてはのんびりすぎねえか?」

赤色の大きな渦巻きの断面が一本杉に現れる。それと同時に曲が終わった。

「さぁ、行くわよ」
「おりゃあ!」

実真は元気をぶん殴ってその渦巻きの中に入れた。

「逃げるなよ、決闘なんだから」
「ひえぇぇ」

  逃げる経と正。 

「よいしょ!」

  美優は経に巴投をした。経は投げられる直前、正の腕を掴み、2人とも引き込まれて行った。

「私達も入りますか?」
「音楽関係者以外入れないって言ってたのに、いいのか?」
「えーだって黙ってらんないでしょ、運が良ければ助かるよ」
「あのさ、何のためにこの中に入れたと思ってるわけ? あの3人は人の命の重みがわかるといいわね」
  美亜は美優の手をとって渦巻きの中に入っていった。

「復讐、おそらくできると思うけど、君はどうする? 間近で見るか?」

  太陽は実真と会話する。

「もちろんだ!」
「じゃあ、その中に入ってくれ。今までからこれからも見聞きした事は他言無用で頼む」
「わかった」 

  実真は挙動不審になりつつ、渦巻きの中に飛び込んだ。

「うわあああ」

  実真は変な感覚と体勢で真下に落ちていった。

「ああっ、わあ」

  転がり落ちた実真の前に太陽が着地する。

「よっと」
「太陽、結局連れてきたんだ、その子」

  美亜は苦笑いを浮かべている。

「おいここはどこなんだ!?」

  正はキョロキョロ見渡している。
  この場所は岩石地帯のようで、岩山が平らな土地と重なり合っている。

「風神さん、教えてくれよ」
「言ったじゃない? ここはテイア。音楽の大陸。……ちょうどよく、月影がきた音がするね」
「月影ってなんだよ?」
「待ってればわかるわよ、パース」

  美亜は地面に手をつけながら呟く。
  実真は足元がせり上がってくるのに気がついた。
  3メートル四方の足場に、美亜、実真、太陽、美優が乗っていた。そして、さらに縦に伸びていく足場の箱。黄色い幾何学模様の箱だ。

「ねぇ、三角君、何か楽器吹けたり、弾けたりできない?」
「あの、トランペットなら、子供の頃によく聴いてたから吹けるかもしれない」
「わかった、あなたの武楽器はトランペットね、パース」

  美優が出した箱に実真は驚く。ノートPCと同じくらいの大きさだ。そして、その中から銀色のトランペットを出して、実真に手渡した。

「吹いてみて?」
「いきます」

フシュー!

「ん?」

シュー

「いや、フシューじゃなくて、唇ブルブル震わせないと音出ないからね」
「マッピから練習だわね」
「マッピって一体?」
「マウスピースのことよ、ちなみにトランペットの場合、その部分が武楽器を形作る大切な部品だからなくさないでね、というか箱に入れておいて。パース・ストリングスと言えば出てくるから」

  美優の前に白い小さな箱が出現した。

「パース・ストリングス」

  実真の前にオレンジ色と緑色のミカンを思わせる小箱が現れた。

「これは……?」
「念じるだけで消えるわよ」

ギャルルルル
  実真は足元から生物の鳴き声を聞いた。

「助けてくれ! 誰か!」
「処刑の時間が始まったわ! うふふ」

  美亜は悪戯そうに笑う。
  実真は下を覗き込む。5メートル程の高さからだ。
  赤黒い恐竜が岩陰から出てきた。のそのそとゆっくり移動している。3メートル程の巨大なワニのような姿をしている。

「ステータスオープン、ステータスオープン」

  正は狼狽して、モゴモゴと何かを訴えていた。

「何がステータスオープンよ、そんなの出るわけないじゃない、ゲームじゃあるまいし」
「俺は確かに小便をかけたけど、皆だって無視してたじゃんか! 皆加害者だったんだぞ!」
「人の、父親の命を、奪っておいて、なんだその言い草」
「泳げると思ったんだよ! 死んだフリしてるだけだと思ったんだ!」

元気は青ざめた顔で叫ぶ。

「俺が悪かったよ! 三角実真さん、すいませんでした!」
 
  正は直角にお辞儀をした。

「今更謝られてももう遅い」
「そうよ、ウベラバスクスの月影に食われて死になさいよ」
「待った! これもいじめになるんじゃないか? 何も殺さなくとも、反省してるんだったら、許してやれよ」
「ちょっと太陽! あんたも死にたいのかしら?」
「殺さなきゃ、場所が知られるからね」
  
  美優は淡々と言った。

「三角、お前だって秀明に酷いこと言ってたじゃねぇか」
「俺はお前らにターゲットにされるのが嫌だったんだよ、あの後花瓶投げつけられたからチャラにはならないかもしれないが喧嘩両成敗だ」
「そんな事があったの?  ふーん」

  美優は顎に手を当てて、何かを考えている。
  その内に正が元気を盾にして押し倒している。まもなく元気は体の半分を失うことになりそうだ。

「作戦変更よ。太陽、あの3人救ってあげて」
「はいよ! ウォレスト」

  太陽はキーボードピアノを具現化させるとグリッサンド奏法をした。
黒鍵と白鍵の両方を両手で弾いて大きな60センチ程の針を生み出した。反対にグリッサンド奏法をするとその針はウベラバスクスの月影に向かって音速より早く飛んでいった。
グアアア!
ウベラバスクスの月影に針が刺さっている。両目を貫通させている。至る所に太い針は刺さっていて、赤紫色の血を流していた。

「うぎゃぁぁぁぁ」

  元気と正、経は腰を抜かしている。その際に元気の手から出血が見られた。左手の人差し指と中指が噛みちぎられていた。

「あの3人には利用価値がある。ここで殺してはもったいない。もっと地獄を味わえるようにしようじゃない」

  美優はウベラバスクスの月影を見ている。どうやら動けないようだ。

「心の瞳でおけ? ウォレスト、パース」

「いいわよ、ウォレスト」
  美亜はクラリネットを出して、トランペットを握る美優に返事をした。そして、手を箱に置き「パース」と言うと、地面に足場が近づいていった、そして再度「パース」と言うと指輪を入れる箱ほど小さくなった。

「何を言って」

実真は話の輪に入ろうとするも美優に止められる。

「三角君、いいから観ておいて」
「俺にも相談してくれ、まぁ弾けるからいいか、パース」

  太陽は茶色いヒノキのような箱を出した。キーボードピアノも大切そうに置かれている。
  武楽器を持った3人は一斉に音を生み始めた。

(知っている曲だ)
  実真の中学生時代に合唱コンクールで歌った曲だった。
(確か、三木たかし作曲で、荒木とよひさ作詞、横山潤子が編曲、そして坂本九が歌手として歌っていた)

  ウベラバスクスの月影の血や肉片が金貨、銀貨、銅貨、装飾品、貴金属類に変わる。それは舞い上がりながら、箱の中に入っていく。
  ウベラバスクスは化石のように白く艶やかに骨化していく。
  太陽の持つ箱は金色に光を放っていた。

「これって願い石?」
 
  太陽は箱から金色の石を出した。指輪ほど小さく摘める石だった。
「そうだよ、ついに太陽にも願いが叶う時がきたね」
「これはローリにくれてやる。お金と交換で」

  太陽は願い石を箱に入れた。箱はもう光っていない。

「さてと、これからどうするのよ? あいつら腕もいどく?」

  美亜はクラリネットを消すと美優に話しかけた。

「まだ三角君をいじめるつもり?」

  美優は仁王立ちすると、正、元気、経に問いかけた。

「いじめません」
「嘘ついたらただじゃおかないわよ」
「はい」
「それじゃあ、帰ろうぜ」
「あんたはいいわよね、別のクラスで」
「何だよ、ミアタウロス」
「あたしは牛の男か!」
「いいから太陽、この3人縛っておいて、パース」

  美優は矢を射るような目で太陽を見た後、焦げ茶のロープを箱から出す。

「悪いな」

  太陽は寂しそうに笑うと、正、元気、経の3人をロープで足は自由にして縛った。
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