スイセイ桜歌

五月萌

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第3章 実真の歩く世界

3 留学生

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  そこから移動する事になったのだが、ジャングルに入ると言うので、虫除けスプレーをかけることになった。実真と美亜と美優と太陽は自分でかけて、正、元気、経は太陽にかけてもらった。ついでに元気の指に消毒液と大きなバンドエイドと包帯を巻いた。元気は元気ではなくなってしまった。
  太陽が箱からギンガムチェック柄のリボンを左腕にまくと耳に黒い平たい円錐状のものを耳に着けた。
  美亜はギンガムチェック柄のリボンをつける。太陽と同じく耳に黒い平たい円錐状のものを挟んだ。
  美優は髪留めをギンガムチェック柄のリボンに変える。太陽と同じく耳に黒い平たい円錐状のものをつけた。

「その耳のは何だ?」
「これは彗星証といって自動翻訳機よ」

 実真も美優から借りて着けることになった。
 そうこうしているうちにコウモリの月影が空を飛翔している姿を見せた。まだ遠くにいるがおおよそ1メートルの大きな赤い目をしたコウモリの月影だ。

「ウォレスト」

ポーーー!
  美亜のクラリネットから音が聞こえてきた。
  吹き終わると同時に、クラリネットを逆さにした。
  金色の玉のような光がベルにくっついていた。
  美優が空にかざすと、雷が落ちてきた。
ドゴゴゴ
  コウモリの月影は即座に電撃を避けるとその近くの木に逆さまにとまった。

「いっけぇぇえ」

  美亜はクラリネットを振り回すと、地面に着く寸前の雷を綱渡りさせるかのように横に移動させた。そして木の方に放電していった。
ドカーーン!
ピィイイイ!
  凄まじい電撃に木が根本から割れた。コウモリも黒焦げになっていた。

「さてと、次はなんの曲にするのよ?」
「岩沢千早が作詞、橋本祥路が作曲した、遠い日の歌、吹くよ、ウォレスト、パース」
「俺にも聞け! 合唱曲縛りかよ、ウォレスト、パース」
「太陽、もしかして弾けないの?」

  美亜は気を許したかのように太陽に近づく。それを鷹の目で美優が見ていた。

「いやいやこれは弾けるよ。でも流石に何でもってわけじゃないし、……ローリくらいになれば一流だけどさ」
「始めよ?」
「おう」

  この曲はカノンをカバーした曲だ。
  太陽は楽しそうに弾く。
  美亜と美優も負けじと明るい音をたてる。
  その曲がコウモリの月影の血肉を金貨などに変えて骨にしていくので、相対的に不気味だった。
  そして曲は終わりの音がなった。
  ジャングルに入ると直ぐに道が見えなくなった。
  太陽はナイフを出して、けもの道を先陣をきって、切り進む。

「きゃ、蛇!」

  美優は太陽の後ろに隠れる。

「この蛇はヒバカリの子へびだな。毒はないし威嚇はするけど比較的大人しい種類だ。ふん!」

  太陽はヒバカリの頭にナイフを突き立てた。

「ひゃああ」
「大丈夫、すぐに収まる」

  太陽は努めて明るく振舞った。
  ヒバカリはうにょうにょとうねった後、力尽きた。

「よし先を進もう」
  
  実真一行はジャングルを進んだ。
  ジャングルから馬車道にうつる。そしてクライスタルにたどり着いた。

「この子達どうしようか」
「訓練兵志願でいいんじゃないか?」
「そうだね、手やられてるけど仕方ないよね!」
「クライスタルはもうすぐよ!」
  
  美亜の大声に負けない大きなクリスタルが目に入った。真っ青なクリスタルが転々と目につく。坂の上からだと街自体が神々しい存在に見えてきた。
  実真はどんな店があってどんな人が住んでいるのか気になった。大きな坂を降りてから気がついたのだが、街には広く高い壁があった。検問の小屋も目に飛び込んできた。検問の人の小屋の屋根にはギンガムチェックの赤い旗が風に揺られている。

「何用だ!」
検問の審査が行われる。

「兵士番号六七八八番の竹中美亜です」
「兵士番号五六八〇番風神美優です」
「兵士番号二〇〇〇九番の石井太陽です。こちらは訓練兵志願の者たちです」
「箱を出してみろ」
「あんた達パース・ストリングスを出しなさい」
「「「パース・ストリングス」」」

  実真はみかんのような色の箱。
  正はスカンジナヴィアンクロスの文様で白と緑と青の箱だ。
  元気は名前の通り黒と白の縦じまの模様。
  経も名前の通り、白地に赤い花丸の箱だ。

「身体検査を受けてもらいます。犬にも協力してもらって。フィファ」

 そう門番は言った。

 フィファと呼ばれたもうひとりの門番は体を光らせて犬に変わった。シベリアンハスキーのようだった。

「ワン」

 フィファが一声鳴くと毛が一気に抜けて人間に戻った。
  
「危険物はなさそうだな、武楽器は?」
「彼がトランペッターで、後は武楽器使いではない一般人です」

  美優は実真を手で示した。
  門番は頷くと、門を開くように手で合図した。

「門を開け」
「はい!」

  実真達はクライスタルに入ってこれた。

「皆帰ろう、お腹ぺこぺこだよ」
「おい、お前ら、ここでの事とか話すなよ、入れ歯になりたくなかったら」
「「「は、はい」」」

  そして、美優に先導され不思議な円形の青い膜の前まで来た。

「この中に入るぞ」
「大丈夫なんですか?」
「あんた、取り残されたいの?」
「大丈夫、入ってじっとしててくれ、1番の安全策だ」

バチッ
  太陽は膜の中に入っていった。電気のような音がした。

「ほら、あんた達も入りなさいよ」

  美亜がせっつくと正は素直に入っていった。
バチッ

「大丈夫か?」
「ほら、続いて」

美亜に言われて元気と経と実真が中に入った。
バチッバチッバチッバチッ

  実真は痛みを感じなかった。中は案外広い。そして大きな切り株があった。
  美優と美亜も突入する。 

「「「ウォレスト」」」

キーボードピアノ、クラリネット、トランペットが出てきた。

「いくわよ」
「せーの!」


それは来た時に聴いた曲、グリーンスリーブスだった。
「帰ってこれたんだ」
「良かったー」
「この指どうしてくれるんだ」

元気は自分を取り戻したかのように美優に攻め寄った。
「早いところ病院に行った方がいいわよ」
「なんて言えばいいんだ」
「ヤのつく組員の人に詰められたでいいんじゃないかしら?」
「言い訳、上手いな。チビっ子」
「何よ! あんたと違ってあたしは毎日、牛乳を飲んでるのよ」
「俺が怒られるだろう」
「知ったこっちゃないわよ」
「指2本だけで済んで良かったね。太陽に感謝してね。あなた達が今生きているのは太陽のおかげなんだから」

 美優は妖艶な笑みを浮かべる。

「早く帰ろう、だいぶ暗いし、何なら雨が振りそうだ」

 太陽は空を見上げる。
ガアアン
 雲行きが怪しい、雷が遠くから聞こえてくる。

「また明日、学校でね」
「じゃな」

 実真は皆と分かれた後、家路を急ぐ。家につくと同時に雨が降ってきた。

「おかえりなさい」
「ただいま」
 実真は凛音の微笑みで汚く濁った心が洗われるような気がした。


次の日。
 雨が降っていたが、実真は何事もなく学校に来た。早い時間なので人はまばらだ。席についた瞬間だった。

「連れションしようぜ」

 何事もなかったかのように、正は実真に話しかけた。

「今日は何もしないな?」
「おう」

 実真は尿意を催して、正と2人で男子トイレに向かった。

「お前、風神さんに言うなっていっただろ。何、風神さんに助けてもらって平然としてられるんだよ」

中に入るやいなや、正は実真を睨みつけた。

「昨日の反省はどうしたんだよ」
「父親じゃなくてお前を殺しておくべきだった。……死ね」

 コンパクトナイフを正はポケットから取り出した

「もう怖くないよ」
「な、なんだと? 元気、経、集合だ」

 正が言うと大便器の個室から2人は出てきた。

「刺したきゃ刺せばいい。ここはテイアと違って世界は狭い。人の目もある。そしてやったら少年院行きだぞ」

 実真の張り上げた声がトイレ内にこだまする。

「だったら、お前が自殺したように見せればいいんだな」

 正は不気味に笑うと、経と元気に個室に引き込まれた。

「卑怯な手を使うな」
「お前、黙ってねーと、風神さん、襲っちゃうよ」

 トイレの便器の中に顔を押し込まれる。
 張ってある水で息ができなかった。

「やめたまえ、君たち!」

 ハリのある声で、小柄でイケメンな男子高生が威圧した。その人は藍色の頭髪と藍色の瞳をしていた。トイレの個室を覗いてそういった。

「ゴフォッ、ゴフォッ」
「何してるのよ?」
「竹中さん!」
「全く反省してないわね。やっぱり奴隷商人に売った方が良いかな」
「ここ男子トイレだぞ」
「何よ? 美優に話しちゃおうかしら」    
「冗談でーす。こいつがMでさ、便器に顔突っ込ませてくれと言われたんだ」

 正は苦し紛れにそう答えた。

「そうかしら? 嫌がっているように見えたけど」
「そうそう、俺が言ったんだ」

 実真は思ったことがあった。
(自分さえ耐えれば傷つく人が少ないのでは? それに仮に復讐するとしても正達が傷つく。そして風神さんが襲われたらどうする?)

「あんたおかしな趣味してるわね」
「おや? 髪が濡れてるね。このタオル使うかい?」
「その前に顔を洗わせてくれ」

 実真は立ち上がると洗面所の方で顔と髪の毛を洗った。
 そして、その中性的な顔の人にタオルを借りた。アーガイルチェックのタオルには柔軟剤のいい匂いがした。


「ありがとう、洗って返すよ。えっと」
「僕はローリ。一週間限定の留学生だよ。よろしく頼むよ」

 ローリは胸を叩いてそういった。

「ありがとう、ローリ。俺の名前は三角実真っていうんだ」
「実真君と呼ばせてもらうね。雨の日は髪がうねって最悪のコンディションなんだ」
「友情深めてんじゃねーよ。そいつより、俺等は親友だもんな?」
「……ああ、そうだな」
「このことはローリに一任することになったから」
「うん、何でも言ってくれたまえ」

(いきなり来た留学生に何が分かる)
 実真はフラフラと男子トイレから出ていった。

「まあまあ。大丈夫ですの? ローリ様が騒いでいたようですわね」

 ピンクの髪をしたピンク色の目をした女子高生が男子トイレの前で立っていた。
 実真はその可愛さに戸惑いを隠せないでいた。

「だ、大丈夫」
「あまりジロジロ見ないでくれますの? わたくしの顔になにかついてらっしゃいます?」

 彼女にそう言われるまで気づかずに凝視していた。
「あ、いえ」
「ネニュファール」と呼んだのはローリだ。
 実真はそそくさと退場した。

 教室に担任の教師が入ってきた。さっき出会った、隣にいる教師と比べて一目瞭然のハンサムで中性的な男子高生が入ってきた。
「今日から一週間限定の留学生の星乃輪ローリだ。リコヨーテ人で日本語は堪能している。自己紹介を」
「おはようございます。僕の名前は星乃輪ローリと申します。趣味はバイオリンと読書です。よろしくお願いします」

 ローリは微笑んでお辞儀し、黒板に名前を書いた。

「かっこよくない?」
「うん、やばいね」

 女子高生のひそひそ話は実真の隣でも行われていた。

「窓際の一番うしろの席が星乃輪の席だ。竹中、決まり事など教えてやってくれ」

「はーい」

 美亜はめんどくさそうに返事をした。
 ほとんどのクラスの女子が美亜に注目した。

「よろしく」
「よろしくしたまえ」
「ところで~~~~」

 美亜は小さな声で何かを訊いている。

「うん、そうだよ」
「はあ~」

 美亜はため息をついた。

「それでは朝のショートホームルームを始める」

 担任の教師が厳格な表情で声をはなった。そして、しばらくして出ていった。

「何を訊いていた? 美亜?」

 沙羅が珍しく問いかける。

「隣のクラスに新しい留学生が来てないかと思って、そしたら2人来てるってね」
「見に行く?」
「いいわよ」
「ちょっと、私も行きたい」

 美優と美亜と沙羅はクラスメート達に囲まれるローリをよそに、立ち上がって、教室を出ていった。
(俺も見に行こう。おそらくピンク髪の子がいるだろう)
 実真は席から立つと、廊下の方へ行った。
「囲まれてて見えないわね」

「ネニュファール=ラインコット。星乃輪ガウ」

 沙羅が呟いた。

「え、なんで名前がわかるの?」
「黒板」

 沙羅は黒板を指差す。
 美亜と美優はよく黒板を見ると確かに小さい文字で名前が書いてあった。

「達筆ね、ネニュファール」

美亜が呟いていると実真は太陽と目があった。

「太陽!」
「美優、なんかあった?」
「なんで何もなかったら来ちゃいけないのよ」
「いやあ、美優には何を捧げても守りたいから何かあったらすぐに助けたくて」
「何よ! 美優の犬ね」
「ああ、その通りだ」
「それより、留学生来たのね」
「そうそう、明日、釣りに行く予定」
「何よ、あんた、あたしも混ぜなさいよ」
「吹部だろ、土曜日は」
「あんたこそバイトは?」
「代わってもらって、休む予定だが?」
「休むって。どうせあたしのママに代わってもらうんでしょう?」
「御名答」
「ママにいいつけてやる」
「あの、太陽君」
「どうしたんだ、俺は太陽と呼んでくれ、実真君」
「俺も実真でいい。俺も連れて行ってくれないか?」
「ああ、リコヨーテ人とテイア人来るから、それはできない。ごめんよ」
「ローリは?」
「主宰だよ?」
「ローリは俺がいじめられないかの見張りだろ」

太陽は言葉に詰まった。

「ややこしくなるから、明日は無理だけど、今度学校終わった後ならいいよ。俺と実真だけになるけど」
「わかったよ。じゃあな太陽」
「おう、実真」
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