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外伝 男爵令嬢はやり直したくはない
天使の鉄鎚
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駆け出した尖塔のうえ、張り出したバルコニーに、レンブラントはいた。バカみたいに高笑いをして、そしてなにか話をしているけれど、風が強くて私からは聞こえない。
「こんにちは、レンブラント・レイノルズ」
私はできるだけ何気ないふうに出ていった。レンブラントは、まるで雷に撃たれたように私を見て固まったけれど、すぐに猫なで声になって、
「なんだ、わたしの姫君じゃないか」
と、両手を拡げた。私は注意深く、二・三歩ちかづいてゆく。
「どうだ、おまえは戻ってくると信じていたよ。じきに殿下も到着する。その前に、彼らを始末してしまおう」
始末、と言われて後ろを振り返ると、ローランドと、ぐったりと動かない公爵継嗣が縛り上げられていた。
「ローランド!」
私が声をあげると、彼は顔をあげ、それから
「どなたかわかりませんが、すぐに逃げてください…奴は狂っている」
そう、掠れた声で呟く。
ローランドも、わたしが分からないのだわ。と、私は胸の辺りの服を握った。当たり前ね、ローランドが護衛についたのは、私がクロードと結婚がきまってからだった。いまのローランドは、わたしのことなんて、顔見知りの男爵令嬢くらいにしか思っていない。
そうだわ、いまの私はただの、男爵令嬢。私が何かしたとしても、国も民も、揺るがない。
例え自分の実の父を殺したとしても。
ローランドの胸元へ、私は手を突っ込んだ。
「レミ!何をしている!」
レンブラントが叫ぶけれど、構わずそれを探り当てた。掌ほどの大きさの、凝った飾りのあるナイフだ。
銀の束に、金と銀の一対の獅子は、誇りある王宮の騎士の証だとローランドは話していた。王宮で唯一帯刀を赦された、近衛騎士団員のあかし。
「ローランド、ごめんなさい。新しいものをクロードさまからもらってね」
呆気にとられているローランドの、縛られたままの膝に鞘をおしつけ、私はレンブラントに向かって駆け出した。
「レミ、やめるんだ!なぜそんな、おとうさまがわからないのか?」
『レミ、おまえのような賎しい生まれの王妃のせいで、この国は滅ぶ。おまえが民の心を掴めなかったせいで!』
私はレンブラントの胴体めがけて、ナイフを突き立てた。
「痛い!やめろ!なぜだ、なぜそんな!」
もっと、と振りかざした手を、誰かが掴んだ。誰?と見上げると、子爵だった。
「レミ、やめてちょうだい!」
離れたところから、アイリスの声がきこえた。ぐるりとくびをまわすと、クロードと乗馬服姿のアイリスが、入り口ちかくに立っていた。
そうだ、レンブラントの頚をかき切らなくちゃ。
「離して。私が殺さなくては」
子爵の目を見て、そう話した。ここにいるだれも、ひとを殺したりしてはいけない。でも、私は。
「私はこの男がひとをころして作りだしたんだわ。だから、私が殺さなくては」
もう一度、と腕に力をこめると、子爵はわたしからナイフをとりあげた。
「あんたのせいじゃねえだろ、すくなくとも、あんたのせいじゃねえ」
まるで自分に言い聞かせるみたいに、子爵はそういってナイフを遠くへ放り投げた。
レンブラントは脇腹をおさえてクロードのほうへ這ってゆく。
「く、クロード殿下、ご覧になったでしょう?この盗賊は、女子供を操って……そうだ、貴方の馬、貴方の馬も!」
わたしの馬?とクロードはアイリスを掴んでいた手を緩めながら尋ねた。レンブラントが話しかける。
「ここへ来るとき、貴方の愛馬を襲った盗賊がいたでしょう?そいつらはなにか言っておりませんでしたか?」
ふむ、とクロードは首をかしげた。
「私と子爵はラングが用意した馬車で出たが…わたしの馬に乗っていたのはアイリスだね」
そういってわざとらしくアイリスの髪に手をやった。
「危ないところを助けてくださって有り難うございました、殿下」
アイリスも芝居がかって淑女の礼をとる。
「ラング!役立たずの下僕めが!」
とレンブラントが毒づく。どうやら馬車や馬にもなにか罠を張っていたらしい。
「さて、公爵を受け継ぐかたをこのように縛り上げ、わたしの婚約者を侮辱し、私の最も信頼する部下たちを愚弄し、このような騒ぎを起こした下賎の輩。公爵邸に雇われた下郎の分際で、どのような申し開きがあるというのかな?」
クロードは、帯刀していた剣をふるい、公爵継嗣とローランドの縄をときながら言った。
「それは、いや、しかし」
レンブラントがおろおろと話しかけると、そうだ、とクロードは口の端をひきあげた。
「たしか、お前の紹介状を書いたのは、クララベル男爵だったか」
そういって、私を見た。
「ええ、私の義父が、かいたもので間違いありません」
私はうなづき、レンブラントを見下ろした。
「クララベル男爵令嬢には、殺人未遂の嫌疑もかけられる。クララベル男爵領は、一度詳しく調べたほうが良さそうだな」
私は再び、うなづいた。そうなれば、大量の火薬は隠しきれない。義父は反逆罪で捕まるだろう。
レンブラントが、なんということだ、といいながらうずくまった。私はその横に座り込み、アイリスが公爵継嗣を介抱しているのをながめた。
トリスタンがやってきて、アイリスを安全な場所へと誘導していく。
やがて、クロードと話していた公爵継嗣が立ち上がり、レンブラントを縛り上げてから脇腹をめくり、なんだ、掠り傷か、と毒づくのをきいた。
「クロード殿下、近衛騎士のナイフの刃渡りは、次からもう一回り長いものにするといいですよ」
と微笑んだ。
やはり、ルーファス・オリバーは恐ろしい男だわ。
と、私はその一部始終を眺めておもった。
「こんにちは、レンブラント・レイノルズ」
私はできるだけ何気ないふうに出ていった。レンブラントは、まるで雷に撃たれたように私を見て固まったけれど、すぐに猫なで声になって、
「なんだ、わたしの姫君じゃないか」
と、両手を拡げた。私は注意深く、二・三歩ちかづいてゆく。
「どうだ、おまえは戻ってくると信じていたよ。じきに殿下も到着する。その前に、彼らを始末してしまおう」
始末、と言われて後ろを振り返ると、ローランドと、ぐったりと動かない公爵継嗣が縛り上げられていた。
「ローランド!」
私が声をあげると、彼は顔をあげ、それから
「どなたかわかりませんが、すぐに逃げてください…奴は狂っている」
そう、掠れた声で呟く。
ローランドも、わたしが分からないのだわ。と、私は胸の辺りの服を握った。当たり前ね、ローランドが護衛についたのは、私がクロードと結婚がきまってからだった。いまのローランドは、わたしのことなんて、顔見知りの男爵令嬢くらいにしか思っていない。
そうだわ、いまの私はただの、男爵令嬢。私が何かしたとしても、国も民も、揺るがない。
例え自分の実の父を殺したとしても。
ローランドの胸元へ、私は手を突っ込んだ。
「レミ!何をしている!」
レンブラントが叫ぶけれど、構わずそれを探り当てた。掌ほどの大きさの、凝った飾りのあるナイフだ。
銀の束に、金と銀の一対の獅子は、誇りある王宮の騎士の証だとローランドは話していた。王宮で唯一帯刀を赦された、近衛騎士団員のあかし。
「ローランド、ごめんなさい。新しいものをクロードさまからもらってね」
呆気にとられているローランドの、縛られたままの膝に鞘をおしつけ、私はレンブラントに向かって駆け出した。
「レミ、やめるんだ!なぜそんな、おとうさまがわからないのか?」
『レミ、おまえのような賎しい生まれの王妃のせいで、この国は滅ぶ。おまえが民の心を掴めなかったせいで!』
私はレンブラントの胴体めがけて、ナイフを突き立てた。
「痛い!やめろ!なぜだ、なぜそんな!」
もっと、と振りかざした手を、誰かが掴んだ。誰?と見上げると、子爵だった。
「レミ、やめてちょうだい!」
離れたところから、アイリスの声がきこえた。ぐるりとくびをまわすと、クロードと乗馬服姿のアイリスが、入り口ちかくに立っていた。
そうだ、レンブラントの頚をかき切らなくちゃ。
「離して。私が殺さなくては」
子爵の目を見て、そう話した。ここにいるだれも、ひとを殺したりしてはいけない。でも、私は。
「私はこの男がひとをころして作りだしたんだわ。だから、私が殺さなくては」
もう一度、と腕に力をこめると、子爵はわたしからナイフをとりあげた。
「あんたのせいじゃねえだろ、すくなくとも、あんたのせいじゃねえ」
まるで自分に言い聞かせるみたいに、子爵はそういってナイフを遠くへ放り投げた。
レンブラントは脇腹をおさえてクロードのほうへ這ってゆく。
「く、クロード殿下、ご覧になったでしょう?この盗賊は、女子供を操って……そうだ、貴方の馬、貴方の馬も!」
わたしの馬?とクロードはアイリスを掴んでいた手を緩めながら尋ねた。レンブラントが話しかける。
「ここへ来るとき、貴方の愛馬を襲った盗賊がいたでしょう?そいつらはなにか言っておりませんでしたか?」
ふむ、とクロードは首をかしげた。
「私と子爵はラングが用意した馬車で出たが…わたしの馬に乗っていたのはアイリスだね」
そういってわざとらしくアイリスの髪に手をやった。
「危ないところを助けてくださって有り難うございました、殿下」
アイリスも芝居がかって淑女の礼をとる。
「ラング!役立たずの下僕めが!」
とレンブラントが毒づく。どうやら馬車や馬にもなにか罠を張っていたらしい。
「さて、公爵を受け継ぐかたをこのように縛り上げ、わたしの婚約者を侮辱し、私の最も信頼する部下たちを愚弄し、このような騒ぎを起こした下賎の輩。公爵邸に雇われた下郎の分際で、どのような申し開きがあるというのかな?」
クロードは、帯刀していた剣をふるい、公爵継嗣とローランドの縄をときながら言った。
「それは、いや、しかし」
レンブラントがおろおろと話しかけると、そうだ、とクロードは口の端をひきあげた。
「たしか、お前の紹介状を書いたのは、クララベル男爵だったか」
そういって、私を見た。
「ええ、私の義父が、かいたもので間違いありません」
私はうなづき、レンブラントを見下ろした。
「クララベル男爵令嬢には、殺人未遂の嫌疑もかけられる。クララベル男爵領は、一度詳しく調べたほうが良さそうだな」
私は再び、うなづいた。そうなれば、大量の火薬は隠しきれない。義父は反逆罪で捕まるだろう。
レンブラントが、なんということだ、といいながらうずくまった。私はその横に座り込み、アイリスが公爵継嗣を介抱しているのをながめた。
トリスタンがやってきて、アイリスを安全な場所へと誘導していく。
やがて、クロードと話していた公爵継嗣が立ち上がり、レンブラントを縛り上げてから脇腹をめくり、なんだ、掠り傷か、と毒づくのをきいた。
「クロード殿下、近衛騎士のナイフの刃渡りは、次からもう一回り長いものにするといいですよ」
と微笑んだ。
やはり、ルーファス・オリバーは恐ろしい男だわ。
と、私はその一部始終を眺めておもった。
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