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外伝 男爵令嬢はやり直したくはない

天使は疾走する

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私の母は言った。
「いつか王子様があなたを迎えに来るのよ」

父は言った。
「素直で、親の言うことをよくきくいい子供だ」

夫は言った。
「君を守るよ、だから僕についてきて」

   私は、そんな生き方、二度とごめんだわ。



私は馬車を降り、レイノルズ邸の入り口に立った。
「……レミ・クララベルです」
できるだけ大きな声をあげた。入り口を、まるで塞ぐようにしていた侍従たちが慌ててこちらへかけてきた。
「お、お嬢様、何故こちらに!ここは危険です、どうかお引き取りを!」
侍従のうちのひとりが、転がりでてきた。
に取り次いで。急ぎの用よ」
私が言うと、ハッとしたように、侍従のひとりがもうひとりに耳打ちする。

「では、あの、呼んで参ります。お嬢様はこちらでお待ちください」
そういって、ティールームへつれて行かれる。
腕を掴まれて、投げ込むようにしてソファへ投げ出された。こんなこと、誰にもされたことがない。
恐ろしさに身がすくんだけれど、ドアへ向かおうと立ち上がると外からガチャリと音がした。


「……!鍵をかけられました!」
慌てた様子で、トリスタンがドアへ駆け寄る。
「なぜティールームに鍵が?」

私も何年かはここへ住んだけれど、そんなものを見たことはなかった。
「アイリス様を閉じ込めるためのものです。時間通りに食事や講義に間に合わさせないために、レンブラントが外鍵をつけさせたので」
トリスタンは、悔しそうに扉をたたいている。


私の拳は怒りでふるえていた。私の知っている、昔のアイリスを思い出す。美しい顔をしていながら、いつでも場にそぐわない服をきて、それでもしゃんと背筋を伸ばしていた、あの幼いアイリスを。

……赦せない。

私は勢いよく駆け出した。向かうのは、使用人用の出入口。
「いけません男爵令嬢様!」
トリスタンが慌ててついてくる。
「なにがいけないの?いまはそんなこといってられないでしょう?ひとの命がかかっているのよ?」
それをきいて、トリスタンは私の後ろをついてくる。

狭く暗い使用人用の通路を、靴を脱いでひた走ってゆく。何度か隣室へ繋がるドアへとりついたけれど、皆鍵がかかっていた。

狭い。トレーンを長くひいたスカートが邪魔になり、かき集めて持ち上げた。
「な、はしたない!誰が見るかわからないところですよ!」
と、トリスタンは注意してくるけれど、それどころではない。
使用人用通路は、中庭風につくられた洗濯場へ繋がる明り取りがあちこちにある。少々高くつくられてはいるが、人ひとりくらいとおれそう。
「夜会服でなくてよかったわ」
つぶやいて、窓によじのぼった。うそでしょう、と後ろから来たトリスタンが青くなる。

飛び降りれば、石畳なので少し足がいたかったが、そんなことを言ってはいられない。



「レンブラント!!」

どこかで、ローランドの声がした。上を見上げると、屋根のむこうに尖塔がみえる。あれだわ、と確信して、私は再びかけだした。
「だん、男爵令嬢様、お止めください!やめて、あぶないってば!」
トリスタンの口調があらっぽくなってきているけれど、私は構わず外へ取り付けられた梯子をのぼりだす。

「あなたは下にいてもいいのですよ、私はなにがなんでも彼処へいきます!」
はあ?とトリスタンは梯子にとりつきながら聞き返した。
「私、人質になりにゆくので!」
人質、と言うと、さらにトリスタンがおかしな顔をする。真下にいるのであまりじっとも見られないけれど、公爵家の高貴な侍女でもあんな顔をするのね、と笑ってしまいそうだった。

屋根づたいに、三階へ。そこから、尖塔の窓へとりついた。
「いや、高すぎる、高すぎますよ!聞いてる?危ないからやめようってば!」
トリスタンはちょっと上るたびに叫ぶ。
「やめてちょうだい、笑っちゃって手元が狂うじゃない」
尖塔の窓へのぼり、トリスタンに手を貸しながら私は笑いをこらえるのに必死だった。

そして、わたしたちは、アイリスたちのいる尖塔へとたどり着いた。しかし、下のほうから何か、扉を叩くような音がする。
「……子爵の声?」
私が言うと、トリスタンは階段をかけ降りてゆく。
「トリスタン様、何をするつもりなの?」

私が言うと、トリスタンは私を振り返り、
「ここはあたしが10歳から勤めた屋敷なの!あの扉の開けかたくらい知ってる!あんたは上へ!お嬢さんを助けてくれるんでしょ!」
崩れた口調のまま、トリスタンは上を指差した。そうだわ、と私は塔をかけあがる。

後ろから、なにかが爆発するような大きな音がしたけれど、振り返る余裕はない。私は尖塔の、出入口へと急いだ。




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