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レイノルズの悪魔、真相を究明する

悪魔、ヒロインと再会する

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「この騒ぎは私がローザリア侯爵令嬢をとらえるために、アイリスに頼んだんだ」
ええ、と、トリスは首をかしげた。鼻をすすってから、私とクロード少年の顔を交互にみている。

「それに、ローランドや近衛兵も部屋の外に待機してもらっていたのよ、だから、大丈夫。ね?」
ドレスのほうはトリスにハナをつけられて全く大丈夫ではないけれど。これでは夜会へは戻れそうもない。まあ、あとはルーファスに頼めるかしら。


「そういえば、ルーファスは?」
私がたずねると、トリスは少しだけ迷ったあと、
「ほら、あの、男爵令嬢のところです」
と、答えた。

そういえば、エルがそんなことを言ってたわね、
「私が行かせたんだ、例の君の家の」
「レンブラント?」
そう、とクロード少年が、頷いた。
「あの男はレミに異常にこだわってたってきいてさ、多分、私に取り入りたいクチだとすぐにピンときたのさ」
こんなことを平気でいうから、まだまだ子供だとおもうのだけど。

「それで、私とルーファスでレミ・クララベルを紹介するよう、レンブラントにたのんだのさ。勇気を称えてくれよ?公爵の目の前でそれをしたんだぞ?殺されると思ったよ」

ふう、とため息をつき、クロード少年は後ろ…大広間をみた。
「けど…」
とクロード少年がいいかけたとき、大扉が開き、招待客たちがでてきた。

次々と私に挨拶し、かえってゆく。スカートが気になったけれど、ありがたいことにさっきのエリザベス・ローザリア逮捕の騒動の興奮で、皆それどころではなかった。
「侯爵も、もう社交界では難しいでしょうな」
「おお、レディ・レイノルズ。クロード殿下がご一緒でしたか、それなら安心ですな」
と口々に言いながら、去っていく。

そこへ、ルーファスが戻ってきた。
「アイリス、大丈夫かい?」
はい、と答えようとした私の目に飛び込んできたのは、ルーファスの腕につかまってエスコートされている、ひとりの少女の姿だった。


「紹介するよ、クララベル男爵令嬢だ」


「はじめましてアイリス様。レミでございます」

そう言って、レミはかわいらしい仕草でクリーム色のドレスのスカートをひいて、美しく礼をして見せた。金色の美しい髪を編み込みに結い上げて、花をあみこんだそれは繊細な飴細工のようで、染みひとつない肌に薔薇色のほお。瞳はグレーがかった菫色。

レミはいつでも綺麗だ。
最初の時も、今も。

「アイリス?」
ルーファスが首をかしげた。

…挨拶、挨拶だわ。前は何とこたえたかしら?『名前を名乗った覚えはありません』?あるいは単に無視したかしら?
とにかく、なにか答えなくちゃ…ああ、トリス、なんで私のスカートに鼻水なんてつけたのよ…前の時もそうだったわ、レミはいつでも綺麗に手入れされていて、私は…


軽いパニックになっていたのか、立ち尽くしてしまった私の背に、誰かが暖かい手を添えてくれた。
「アイリス、大丈夫?」
クロード少年にそっと囁かれて、ほうっと我にかえった。

「アイリス・マリアンナ・レイノルズです。お会いできて嬉しいわ」
出来る限りの笑顔でわらいかけた。できるだけ丁寧にお辞儀もしてみせる。
ルーファスがレミに、
「ね、話したとおりでしょう」
と笑いかけると、レミは
「継嗣様のおっしゃる意味がわかりました」
と頷いた。

「随分仲良くなったようだけど、なんの話かな」
 クロード少年はレミとルーファスに、ニコニコと声をかけたけれど、私はこの表情を何度もみたことがある。
以前は大抵私に向けられていた、能面のように貼り付けた笑顔だ。

なんでいま機嫌が悪くなるのだろう。レミとルーファスが仲良く話しているから?
私はこっそりクロード少年の服の裾をつまみ、頭ひとつぶん上にあるその顔を見上げた。
「クロードさま」
思いの外不安げな声がでてしまって、口をおさえた。クロードは眉をひそめて、
「ルーファス。アイリスはさっきのいざこざで疲れているみたいだ。ここは任せていいかな?」

ルーファスが頷くと、レミはルーファスの腕を離してルーファスに頭をさげた。
「私は両親と帰るのでここで。お話できて楽しかったです継嗣様」
「僕もですよ、男爵令嬢」

立ち去るレミを見送り、私はクロード少年の服の裾を離した。
「アイリス、きょうはもう休んだほうがいい」
送るよ、と促されてあるきだした。トリスが駆け寄ってきて、私たちの後ろを黙ってついてくる。階段を登ったところで、他の侍女たちもそっと後ろをついてきた。
ぞろぞろと部屋へ向かうけれど、部屋の前までくるとさっと扉を開き、自分たちは使用人用の通路へと去っていく。

ふふ、とクロード少年はわらった。
「皆きみのことが心配みたいだね」
私はそっと、ドレスのスカートを見た。さっき、レミの前ではあんなに恥ずかしいと感じていたスカートの汚れに、ちょっと笑いが出た。
「そのようですね、あまり大冒険はしないようにしないと。しょっちゅうドレスを汚されてはかないません」
肩をすくめてみせる。クロード少年はすこしのあいだ、戸惑うような素振りをしてから、私の耳元で囁くように平気かい?ときいた。
「エルの言ったこと、口から出任せだとは思うけれど」

私は首をふった。私の両親が、普通の事故死でないことは、薄々感づいていた。だれが、なぜ、と思うと薄ら寒いものがあるけれど、今すぐにどうこうできるものでもない。それに…

「ありがとうございます。でも、わたしには」
半身体を動かして、扉から部屋のなかを見た。トリスと侍女たちが、壁際で私を待っているのがみえた。一番小柄なメイドが、ちらちらこちらを窺っているのが、リスのようで笑えてしまう。

「そうだな。ルーファスとローランドもいる。でも、気をつけるんだよ」
クロード少年が私の両腕をつかんだ。

見つめられて気恥ずかしくなり、うつむいた。
「ええ、わかってます」
ご褒美に口づけくらい、なんて思ったこともあったけれど、考えてみれば私にそんな経験はない。
気まずくなって、顔をそむけていると、クロード少年は手を離し、くるりと背をむけてから、

「じゃあ、また」
と片手をあげた。ふりかえることなく、立ち去って行く。真っ直ぐなレイノルズ邸の廊下、どんどん小さくなるクロードの背中になんとなく不安を感じて

「クロードさま」
と呼び止めようとして、ためらううちに、角をまがってその姿はみえなくなった。

今思えばそれが、子供時代のクロード少年との、別れの時だったのだ。










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