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レイノルズの悪魔 南領へ行く
銀の流星と犬笛
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玄関の鉄でできた大きな扉のわきに、それよりは小さな、しかしどっしりした木製のドアがある。それをあけようと近づくと、バートがとんできてあけてくれた。
「ありがとうバート。馬はどっちかしら」
そう聞くと、バートは少し考えてから、
「ルーファスに案内させましょう」
そう言って、首から下げていた笛をふいた。
しかし、音はならずにわたしが不思議におもっていると、庭の方からかちゃかちゃと軽い足音がしてきて、白と黒のぶち模様の大きな犬がかけてきた。
「レディ。これは…」
「この子がルーファス?賢いわね、厩まで案内してくれる?」
私がそう言うと、犬は尻尾を振ってまたもと来た道を歩きだした。
「ありがとうバート、いってまいります!」
「レディ、その犬は!」
バートに手を振って、わたしは犬をおいかけはじめた。
バートは困った顔で私を呼び止めたけど、犬においてゆかれては困るので、適当に手をふりかえして、バスケットを抱えて追いかける。
「まって!まってルーファス!ルーファス!」
駆け出して少しすると、犬は背の高いセージの茂みのあたりで立ち止まって、こちらを見ている。
「ルーファス!」
犬を捕まえ、私はいたくないようできるだけ優しく頭を撫でてやる。
「いい子ねルーファス、厩はどっちなのかしら?」
「その犬は厩を知りませんよ、レディ・レイノルズ」
私のうしろに、いつのまにか赤毛の少年が駈けてきていた。屋敷から私たちを追ってきたのか息をきらせている。
「厩まで案内します、おまえもおいで?」
少年は屋敷の従僕見習いなのか、スタンドカラーのシャツにサスペンダー、ズボンは膝丈のニカーボッカだ。私は犬と少年の後ろを歩きだした。
「かわいいわね、よくしつけられてる」
私がいうと、少年は
「父の犬ですが、昼間は僕の仕事場に居るんです」
と答えた。
「仕事場?」
「僕は父の見習いをしていて、昼間はたいてい、奥の応接室や書斎の片付けをしたり、郵便をとりに町までいったり、奥様がお出しになるお手紙に切手を貼ったり、色々…」
そこで小さな小川を飛び越える。犬も少年も簡単に飛んだけれど、わたしは小川の手前でちょっと見回して、渡してある小さな板をわたる。
「あ、それ、腐ってるから気をつけて」
慌てて手を差しのべてくれた少年の手をとり、ぐらつきながらも渡った。
「後でちゃんとした橋をかけるよう言っておきます。今まで厩には大人しか行かなかったので」
手を繋いだままあるきながら、少年が言う。そんなに足場は悪くないのに、繋いだままの手から伝わるのは温かいというよりすこし熱いくらいの体温。
「厩番はいますし、銀の流星号はおとなしい馬ですが、相手は動物ですから決して一人では乗らないで下さいね」
「わかりました」
厩での注意などをぱらぱらと説明されているが、手を離してくれず、とうとう厩まできてしまった。
「あの、手を…」
怒るかしらと思いながら、声をかけてみると
「これは、失礼しました!」
そういってさっと手を離した。そこへ、作業着を着た若い男性がやってくる。
「ルーファス!なんだ、友達か?」
「ああジェイ、こちらは公爵令嬢様です」
私はぎょっとして、少年を見た。若い男性は私に会釈をしてから立ち去ってしまい、私はどうしたらいいかわからなくなった。
「……あなたが、ルーファスなの?犬は?」
「犬はバルト。僕の名前がルーファスで…」
変な沈黙が流れた。恥ずかしい、この少年のまえであの犬に私は何回ルーファスと声をかけただろうか。とりあえず謝らなくてはとスカートをひくと、ルーファスは両手を前に出してそれを止めた。
「父は!……家令のバートは、僕が行くところにバルトが必ず行くので、便利だといってあの犬笛を…犬が走り出せば大声を出したり、だれかに呼びに行かせずとも、来るからと」
申し訳ありません、横着ですね、とルーファスは頭をさげた。
わたしは急に笑いそうになってしまった。あの、生真面目そうなバートさんが、息子を呼ぶ手間を面倒くさがる一面があるだなんて。
「こちらこそ、確かめもせずにもごめんなさい。あらためまして、アイリス・マリアンナ・レイノルズですわ。夏の間こちらにお世話になります」
「ルーファス・オリバー、父は家令のアルバートです。犬はバルト、3歳」
もう我慢ならなかった、わたしたちは同じときに笑い出してしまい、結局さっきの作業着の男性が厩番を連れてきてくれるまで、ずっと笑っていた。
「ありがとうバート。馬はどっちかしら」
そう聞くと、バートは少し考えてから、
「ルーファスに案内させましょう」
そう言って、首から下げていた笛をふいた。
しかし、音はならずにわたしが不思議におもっていると、庭の方からかちゃかちゃと軽い足音がしてきて、白と黒のぶち模様の大きな犬がかけてきた。
「レディ。これは…」
「この子がルーファス?賢いわね、厩まで案内してくれる?」
私がそう言うと、犬は尻尾を振ってまたもと来た道を歩きだした。
「ありがとうバート、いってまいります!」
「レディ、その犬は!」
バートに手を振って、わたしは犬をおいかけはじめた。
バートは困った顔で私を呼び止めたけど、犬においてゆかれては困るので、適当に手をふりかえして、バスケットを抱えて追いかける。
「まって!まってルーファス!ルーファス!」
駆け出して少しすると、犬は背の高いセージの茂みのあたりで立ち止まって、こちらを見ている。
「ルーファス!」
犬を捕まえ、私はいたくないようできるだけ優しく頭を撫でてやる。
「いい子ねルーファス、厩はどっちなのかしら?」
「その犬は厩を知りませんよ、レディ・レイノルズ」
私のうしろに、いつのまにか赤毛の少年が駈けてきていた。屋敷から私たちを追ってきたのか息をきらせている。
「厩まで案内します、おまえもおいで?」
少年は屋敷の従僕見習いなのか、スタンドカラーのシャツにサスペンダー、ズボンは膝丈のニカーボッカだ。私は犬と少年の後ろを歩きだした。
「かわいいわね、よくしつけられてる」
私がいうと、少年は
「父の犬ですが、昼間は僕の仕事場に居るんです」
と答えた。
「仕事場?」
「僕は父の見習いをしていて、昼間はたいてい、奥の応接室や書斎の片付けをしたり、郵便をとりに町までいったり、奥様がお出しになるお手紙に切手を貼ったり、色々…」
そこで小さな小川を飛び越える。犬も少年も簡単に飛んだけれど、わたしは小川の手前でちょっと見回して、渡してある小さな板をわたる。
「あ、それ、腐ってるから気をつけて」
慌てて手を差しのべてくれた少年の手をとり、ぐらつきながらも渡った。
「後でちゃんとした橋をかけるよう言っておきます。今まで厩には大人しか行かなかったので」
手を繋いだままあるきながら、少年が言う。そんなに足場は悪くないのに、繋いだままの手から伝わるのは温かいというよりすこし熱いくらいの体温。
「厩番はいますし、銀の流星号はおとなしい馬ですが、相手は動物ですから決して一人では乗らないで下さいね」
「わかりました」
厩での注意などをぱらぱらと説明されているが、手を離してくれず、とうとう厩まできてしまった。
「あの、手を…」
怒るかしらと思いながら、声をかけてみると
「これは、失礼しました!」
そういってさっと手を離した。そこへ、作業着を着た若い男性がやってくる。
「ルーファス!なんだ、友達か?」
「ああジェイ、こちらは公爵令嬢様です」
私はぎょっとして、少年を見た。若い男性は私に会釈をしてから立ち去ってしまい、私はどうしたらいいかわからなくなった。
「……あなたが、ルーファスなの?犬は?」
「犬はバルト。僕の名前がルーファスで…」
変な沈黙が流れた。恥ずかしい、この少年のまえであの犬に私は何回ルーファスと声をかけただろうか。とりあえず謝らなくてはとスカートをひくと、ルーファスは両手を前に出してそれを止めた。
「父は!……家令のバートは、僕が行くところにバルトが必ず行くので、便利だといってあの犬笛を…犬が走り出せば大声を出したり、だれかに呼びに行かせずとも、来るからと」
申し訳ありません、横着ですね、とルーファスは頭をさげた。
わたしは急に笑いそうになってしまった。あの、生真面目そうなバートさんが、息子を呼ぶ手間を面倒くさがる一面があるだなんて。
「こちらこそ、確かめもせずにもごめんなさい。あらためまして、アイリス・マリアンナ・レイノルズですわ。夏の間こちらにお世話になります」
「ルーファス・オリバー、父は家令のアルバートです。犬はバルト、3歳」
もう我慢ならなかった、わたしたちは同じときに笑い出してしまい、結局さっきの作業着の男性が厩番を連れてきてくれるまで、ずっと笑っていた。
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