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レイノルズの悪魔 よみがえる
天使と悪魔と婚約者
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「リディアに気に入られたらしいな」
やがておじいさまが、王宮からの客人が来たと知らせにきて私はリディア大伯母さまの席を離れた。あとでもう一度おいでとクッキーを口に詰め込まれ、もぐもぐと行儀悪くお礼をいう私をマリアテレサおば様が可愛いと撫でてくれる。マリアテレサおば様はリディア大伯母さまの娘なのかしら?
なんて考えていたら、おじいさまが私に話しかけてきた。
「夏に大伯母さまの領地へ招待を受けました」
口元になにかついていたのか、じっとおじいさまは私の顔をみつめて、そうか、と頷いた。
「リディアならおまえにちゃんとした令嬢教育をするだろう。しっかり学ぶように」
「はい」
いつものように大股でおじいさまが歩くので、わたしはドレスを巻き込まないよう、小走りでついてゆく。広い庭園に出されたいくつものタープとテーブルと椅子、白とクリーム色の世界。そのなかで、グレーのおじいさまのスーツが段々離れて行く。
風でつるされていたタープの裾がはためき、おじいさまの背がみえなくなった。
どっちに行ったんだろう?え、私、自分の家の茶会で迷子になったの?
おろおろと周りを見回すと、レンブラントと若い侍従がどこかの貴婦人にお茶を出しているのがみえた。貴婦人は幼い少女を連れていて、レンブラントの言葉に甲高い声で笑っている。幼い少女が侍従にねだって吊るされていたガーランドから小鳥の飾りをとってもらっていた。にこにことした愛らしい笑顔に、ああ、レミだわと思う。
では隣の貴婦人がレミのお母様なのね、と眺めていると、何故かふと心細いような気がしてエプロンの端を握りしめた。
レミがお母様の膝へとびつき、お母様はそのレミの髪をなおしてやっている。レンブラントがこちらを睨み、侍従になにか言うと侍従はわたしの前にあったタープの端を下ろしてしまう。あまりに勢いよくおろしたもので、ひっかかったガーランドから子馬の飾りが落ちて、私の足元へころがった。
それを拾っていると、突然。
「ほら、こっちだよ!」
誰かが突然私の手をひいた。ぐいぐいとひかれて、タープとタープ、テーブルとテーブルの間をどんどんかけてゆく。
途中で帽子が落ちそうになっても、手を引いている誰かはお構いなしだ。
「待って!待ってったら!」
やっと声を出せたのは、庭園を離れて木陰にかくれた四阿の陰にはいってからだった。
「ああ、ごめん。母上が婚約者を連れてくるっていうんだけど、どうせつまんない女の子だよ。ほら、この公爵家の娘らしいんだけど、今日会ったここの侍従達に聞いたら、なんかすごく性格悪いらしくてさ。偉い公爵の孫だか娘だかだからって、なんでそんな子!」
芝の上に座って、ペラペラと話しているのは私より少し年上の男の子。金の髪をきちんとまとめて、菫色のきらきらした目をしていて、顔も身なりもいいけれど、言うことややることは見習いの侍従の男の子とさして変わらないようにみえた。
「……ロード・クロードでいらっしゃいますか?」
「ああ!そうそう!名乗ってなかったかい?わたしはクロードだよ!この国の皇太子だ!」
ふむ、と私は首をかしげた。私の記憶では、クロードさまに初めてあったときには礼儀正しくて、物ごしも柔らかくて、大人っぽくていかにも完璧な貴公子だった。
でも、今私の前に座っている男の子は、走り回った挙げ句顔を真っ赤にして汗だくで、行儀悪く地面に座り込み、よく知りもしない女の子を噂話で悪しざまに言ってしまう…ようは普通の子供だわ。
ともかくおじいさまのところへ戻らなくては叱られてしまう。
「あの、私は…」
「当てるよ!ええと、エレノア!ペンドルトン子爵の一番下の子!」
「いいえ」
わたしが首をふると、あれ?とクロード少年は首をかしげた。
「じゃあ、マリア?ローザ?アリアナ?」
この子、女の子の顔がおぼえられないの?
「わかった!レミだ!そうだろ?クララベル男爵のとこの。可愛いとおもったんだよ、きみ、凄い噂になってるもんな。天使みたいだって!」
否定しようと口をひらきかけて、クロード少年の後ろに光る黒い瞳に口を閉ざした。
指差すとクロード少年も振り返り、めじかだ、と小さな声で呟いた。
「あいつら、球根を食べるから庭に入ったら殺されるんだ」
「かわいそう!」
口もとを覆って、声をたてないようふたりはめじかを見守る。こちらにきてはだめ、こちらにきてはだめ、とアイリスが祈るようにしていると、めじかは突然何かに驚いたように、茂みのほうへかけ去った。
「良かった…」
「きみはやさしい、ほんとに天使みたいだ!」
そういってクロード少年は私の手をまた掴み、立ち上がった。
「ここの敷地の向こうにいいものがあるんだ!わたしの友達がそこに集まってるから、おいでレミ!」
「クロードさま、どこへ?」
答えもなく、お構い無しにまたクロード少年が駆け出す。
どこへ行こうというのか、まずどこの令嬢であっても、こんなに走らせては弱ってしまうというものだ。クロードさまって、こんなに勝手だったのかしら。いや、確かに婚約破棄とか、けっこう勝手だった気もするんだけど、こんな強引ではなかったと…
息がきれ、めまいに見舞われはじめたころ、公爵邸の敷地をはずれて川べりの土手へ出た。木を、からまった蔦をつかってするすると降りていくクロード少年に、もうついて行けないわ、と思っていると、
「ほら!レミ!大丈夫だからおいで!舟屋があるんだよ、船下りができるんだ!」
呼ばれるけれど、とてもこんなところを降りるのは無理だ。
「なんだクロード、女の子連れてきたのか!」
下の方から男の子が数人声をかけてきた。
「驚くなよ、クララベルの大天使さまをおつれしたんだ!」
クロード少年が大袈裟にアイリスを紹介すると、少年たちは我先にと蔦に取り付き、クロードのところまで器用にのぼってくる。
「!ごめんなさい!わたし、レミ・クララベル様ではありませんの!…言えなくて…ずっと走ってきたので…わたしは、あの…」
このままでは詐欺だわ、とわたしは慌てて否定し、名前を言おうとしたのだが、
「いいよ、きみが可愛い女の子なのは変わんないさ。レイノルズの悪魔じゃなきゃね」
クロードと同じくらいの年頃の、やはり身なりのいい、しかし膝までトラウザースをめくりあげ、裸足のうえシャツの三番目あたりまでを開いている少年がそんな風にいうので、思わず口を閉ざした。
「レイノルズの悪魔…?」
「君みたいな天使は知らないよな!みんな言ってるよ、レイノルズじいさんの孫は、悪魔みたいなブスらしいぜ!」
え、私、そんな風に言われているの?と思わず帽子を深くかぶり直した。そこへ何か赤い丸いものが飛んできた。
「あげるよ!喉がかわいたろ?」
受け止めたのは林檎だった。どうやらこの
下の川で冷やしていたらしく、冷たくて濡れている。そっとかじってみると、じわりと甘い汁が口にひろがった。
「下に船があるんだ!あれにのって城の向こうの村までいってみないか?」
わくわくと、シャツを開襟にしている少年がいうと、クロード少年が首を振った
「ここから離れたら絶対怒られる。明日は全員一日勉強の日にされるよ。何せクロードはレイノルズの悪魔と今日!婚約すんだから」
林檎を投げてよこしてきた、銀色の髪を後ろで結わえて、薄むらさきのクラバットを襟に結んだ、クロード少年よりは年下の男の子が言う。
「クロードも大変だよな、うちのメイドが公爵邸のメイドに聞いた話だと、レイノルズの悪魔のやつは着替えのたびにマンドラゴラみたいな声で叫ぶんだってさ。気に入る服がみつかるまで、一時間でも。それでいつも、勝手に脱ぎ着できる下女みたいなワンピースしか着ないって」
ソバカスのあるひとなつっこい感じの男の子が私のそばまできて、頷いた。
「俺のとこの侍従も言ってた。食事も、何種類も何種類も並べさせた挙げ句、気に入らないと全部棄てさせるって。お茶も、ちょっとでも遅れたら手もつけないって」
…嘘だ。服のことも、食事も、みんな全くのでたらめだ。
「それ、ほんとうなの?見た人がいる?レイノルズ公爵には聞いてみたの?」
声が震えた。
「まさか!公爵はクロードとあの悪魔を結婚させて、自分が偉くなることしか考えて無いんだ」
「わたし、帰らなきゃ!」
もう、その場に座っていることなんてできなかった。これ以上そこにいたら、私はクロード少年にどんな無礼をするかもわからない。
「あっ!レミ!待って、レミ!夏至祭りの夜に、私の王宮で花火をあげるんだ!君もおいで、必ず、おいでよね!」
私はレミじゃない。クララベルの天使とか、レイノルズの悪魔とか、知りたくなんてなかったし、黙っていたって、レミにはなれない。はしっているうちに、涙で前がにじみ、茂みでエプロンにかぎ裂きができた。被っていたボンネットがはずれて髪がほつれた。
「アイリス!どこへいっていた!」
おじいさまの声に、わたしは立ち止まってから、
「クロードさまに誘われて、あの、小川へ……」
しどろもどろに返事をすると、
「挨拶できたのか。殿下もどこへ行かれたのかとおもっていたが、会えたならいい。来なさい」
今度こそ見失わないよう後ろをついて行くと、一際豪華なタープがはってある。その前に立っている、青と黒の騎士のかっこうの青年に、睨まれた…ローランドだわ、と思う。私が知っているのは、彼がレミ付きの護衛に選ばれた後だから、もう青年という年齢ではなかったけれど。
「アイリス、身なりを直しなさい」
おじいさまに言われてボンネットをかぶりなおし、ほつれた髪をなでつけ、破れたエプロンを握った。
「レイノルズ公爵と孫娘のアイリス・マリアンナがまかり越しました」
ローランドがタープの端をめくり、
「妃殿下がお待ちです」
と、通してくれた。おじいさまのうしろへついて、私はタープの下へ入っていった。
「レイノルズです、殿下」
一段高くなった場所に長椅子が置かれ、そこへかけている女性におじいさまが頭をさげた。私もふかぶかと礼をして、ご挨拶する。
「アイリス。先ほどクロードがお会いしたのはあなたね?」
妃殿下はおかしそうに扇で顔を扇ぐ。
「え、あの、…どうして」
思わず顔をあげてしまった。
「可愛い子、髪に蔦の葉がついているわ。それにこれはあなたのでしょう?」
差し出されたのは、ガーランドに吊ってあった子馬の飾りだ。手を伸ばすと扇で手を軽く叩かれた。
「だあめ、せっかく運命的な出会いをしたのですもの。これはクロードから受け取りなさい?あの子、すっかり『レミ』に夢中なのよ?」
おじいさまの眉が険しく寄った。
「お戯れはお止めください殿下、孫は…」
「いいじゃないの、親がかりで決めた相手なんかより、運命的な出会いをした神秘的な少女のほうがロマンティックでしょ?」
おじいさまは額に手をあて、首をふった
「おじさまだってロマンスはお好きでしょ?」
「殿下!」
ぎょっとしておじいさまは叫んだ。
そうか、お妃さまはおじいさまの妹の、ええと、まあご親戚なんだっけ?
「怒られちゃったわ。アイリス、とにかくあなた、クロードが自分で謎の少女の正体を見つけるまでは『レミ』でいなさいね?命令よ?」
無茶苦茶な方だわ、と私も額をおさえた。
「あ、花火の日は、本物のレミ・クララベルを呼びました。別の『レミ』だと知ったときのあの子の反応が楽しみだわ!」
「アイリスは夏じゅうリバーサンドのリディアのところで淑女教育を受けさせる」
おじいさまのことばに、より王妃さまの笑い声がひびいた。
「ますます可笑しいわ、あの子、夏じゅう『レミ』を探してまわるわよ!秋になったら、貴方をわたくしの宮殿へ呼ぶから、せいぜい劇的に現れてちょうだいね、リディアおばあちゃんのところでしっかりお勉強して、クロードを振り回しておやりなさいね!」
「殿下!」
これではわたしが悪女みたいだ。エプロンをぎゅっと握って、うつむいているとおじいさまの手が背中に添えられた。撫でてはくれないけれど、温かくて大きい手。
「アイリスには、そのような駆け引きは少々荷が重いかもしれません、殿下…このようなことになるなら、この婚約は無かったことに…」
「あら。あんまり二人が可愛いから、つい。悪のりしてしまったけど、そう難しくかんがえないで?」
慌てて王妃さまにいわれて、小さく頷いた。そのとき外から、王妃さま、そろそろお暇のお時間です、と声がかかった。
「今日は親子して失礼したわね?アイリス、また秋ばらの季節にね?」
ほほほ、とわざとらしくわらいながら、王妃さまはタープの奥へと去って行った。
やがておじいさまが、王宮からの客人が来たと知らせにきて私はリディア大伯母さまの席を離れた。あとでもう一度おいでとクッキーを口に詰め込まれ、もぐもぐと行儀悪くお礼をいう私をマリアテレサおば様が可愛いと撫でてくれる。マリアテレサおば様はリディア大伯母さまの娘なのかしら?
なんて考えていたら、おじいさまが私に話しかけてきた。
「夏に大伯母さまの領地へ招待を受けました」
口元になにかついていたのか、じっとおじいさまは私の顔をみつめて、そうか、と頷いた。
「リディアならおまえにちゃんとした令嬢教育をするだろう。しっかり学ぶように」
「はい」
いつものように大股でおじいさまが歩くので、わたしはドレスを巻き込まないよう、小走りでついてゆく。広い庭園に出されたいくつものタープとテーブルと椅子、白とクリーム色の世界。そのなかで、グレーのおじいさまのスーツが段々離れて行く。
風でつるされていたタープの裾がはためき、おじいさまの背がみえなくなった。
どっちに行ったんだろう?え、私、自分の家の茶会で迷子になったの?
おろおろと周りを見回すと、レンブラントと若い侍従がどこかの貴婦人にお茶を出しているのがみえた。貴婦人は幼い少女を連れていて、レンブラントの言葉に甲高い声で笑っている。幼い少女が侍従にねだって吊るされていたガーランドから小鳥の飾りをとってもらっていた。にこにことした愛らしい笑顔に、ああ、レミだわと思う。
では隣の貴婦人がレミのお母様なのね、と眺めていると、何故かふと心細いような気がしてエプロンの端を握りしめた。
レミがお母様の膝へとびつき、お母様はそのレミの髪をなおしてやっている。レンブラントがこちらを睨み、侍従になにか言うと侍従はわたしの前にあったタープの端を下ろしてしまう。あまりに勢いよくおろしたもので、ひっかかったガーランドから子馬の飾りが落ちて、私の足元へころがった。
それを拾っていると、突然。
「ほら、こっちだよ!」
誰かが突然私の手をひいた。ぐいぐいとひかれて、タープとタープ、テーブルとテーブルの間をどんどんかけてゆく。
途中で帽子が落ちそうになっても、手を引いている誰かはお構いなしだ。
「待って!待ってったら!」
やっと声を出せたのは、庭園を離れて木陰にかくれた四阿の陰にはいってからだった。
「ああ、ごめん。母上が婚約者を連れてくるっていうんだけど、どうせつまんない女の子だよ。ほら、この公爵家の娘らしいんだけど、今日会ったここの侍従達に聞いたら、なんかすごく性格悪いらしくてさ。偉い公爵の孫だか娘だかだからって、なんでそんな子!」
芝の上に座って、ペラペラと話しているのは私より少し年上の男の子。金の髪をきちんとまとめて、菫色のきらきらした目をしていて、顔も身なりもいいけれど、言うことややることは見習いの侍従の男の子とさして変わらないようにみえた。
「……ロード・クロードでいらっしゃいますか?」
「ああ!そうそう!名乗ってなかったかい?わたしはクロードだよ!この国の皇太子だ!」
ふむ、と私は首をかしげた。私の記憶では、クロードさまに初めてあったときには礼儀正しくて、物ごしも柔らかくて、大人っぽくていかにも完璧な貴公子だった。
でも、今私の前に座っている男の子は、走り回った挙げ句顔を真っ赤にして汗だくで、行儀悪く地面に座り込み、よく知りもしない女の子を噂話で悪しざまに言ってしまう…ようは普通の子供だわ。
ともかくおじいさまのところへ戻らなくては叱られてしまう。
「あの、私は…」
「当てるよ!ええと、エレノア!ペンドルトン子爵の一番下の子!」
「いいえ」
わたしが首をふると、あれ?とクロード少年は首をかしげた。
「じゃあ、マリア?ローザ?アリアナ?」
この子、女の子の顔がおぼえられないの?
「わかった!レミだ!そうだろ?クララベル男爵のとこの。可愛いとおもったんだよ、きみ、凄い噂になってるもんな。天使みたいだって!」
否定しようと口をひらきかけて、クロード少年の後ろに光る黒い瞳に口を閉ざした。
指差すとクロード少年も振り返り、めじかだ、と小さな声で呟いた。
「あいつら、球根を食べるから庭に入ったら殺されるんだ」
「かわいそう!」
口もとを覆って、声をたてないようふたりはめじかを見守る。こちらにきてはだめ、こちらにきてはだめ、とアイリスが祈るようにしていると、めじかは突然何かに驚いたように、茂みのほうへかけ去った。
「良かった…」
「きみはやさしい、ほんとに天使みたいだ!」
そういってクロード少年は私の手をまた掴み、立ち上がった。
「ここの敷地の向こうにいいものがあるんだ!わたしの友達がそこに集まってるから、おいでレミ!」
「クロードさま、どこへ?」
答えもなく、お構い無しにまたクロード少年が駆け出す。
どこへ行こうというのか、まずどこの令嬢であっても、こんなに走らせては弱ってしまうというものだ。クロードさまって、こんなに勝手だったのかしら。いや、確かに婚約破棄とか、けっこう勝手だった気もするんだけど、こんな強引ではなかったと…
息がきれ、めまいに見舞われはじめたころ、公爵邸の敷地をはずれて川べりの土手へ出た。木を、からまった蔦をつかってするすると降りていくクロード少年に、もうついて行けないわ、と思っていると、
「ほら!レミ!大丈夫だからおいで!舟屋があるんだよ、船下りができるんだ!」
呼ばれるけれど、とてもこんなところを降りるのは無理だ。
「なんだクロード、女の子連れてきたのか!」
下の方から男の子が数人声をかけてきた。
「驚くなよ、クララベルの大天使さまをおつれしたんだ!」
クロード少年が大袈裟にアイリスを紹介すると、少年たちは我先にと蔦に取り付き、クロードのところまで器用にのぼってくる。
「!ごめんなさい!わたし、レミ・クララベル様ではありませんの!…言えなくて…ずっと走ってきたので…わたしは、あの…」
このままでは詐欺だわ、とわたしは慌てて否定し、名前を言おうとしたのだが、
「いいよ、きみが可愛い女の子なのは変わんないさ。レイノルズの悪魔じゃなきゃね」
クロードと同じくらいの年頃の、やはり身なりのいい、しかし膝までトラウザースをめくりあげ、裸足のうえシャツの三番目あたりまでを開いている少年がそんな風にいうので、思わず口を閉ざした。
「レイノルズの悪魔…?」
「君みたいな天使は知らないよな!みんな言ってるよ、レイノルズじいさんの孫は、悪魔みたいなブスらしいぜ!」
え、私、そんな風に言われているの?と思わず帽子を深くかぶり直した。そこへ何か赤い丸いものが飛んできた。
「あげるよ!喉がかわいたろ?」
受け止めたのは林檎だった。どうやらこの
下の川で冷やしていたらしく、冷たくて濡れている。そっとかじってみると、じわりと甘い汁が口にひろがった。
「下に船があるんだ!あれにのって城の向こうの村までいってみないか?」
わくわくと、シャツを開襟にしている少年がいうと、クロード少年が首を振った
「ここから離れたら絶対怒られる。明日は全員一日勉強の日にされるよ。何せクロードはレイノルズの悪魔と今日!婚約すんだから」
林檎を投げてよこしてきた、銀色の髪を後ろで結わえて、薄むらさきのクラバットを襟に結んだ、クロード少年よりは年下の男の子が言う。
「クロードも大変だよな、うちのメイドが公爵邸のメイドに聞いた話だと、レイノルズの悪魔のやつは着替えのたびにマンドラゴラみたいな声で叫ぶんだってさ。気に入る服がみつかるまで、一時間でも。それでいつも、勝手に脱ぎ着できる下女みたいなワンピースしか着ないって」
ソバカスのあるひとなつっこい感じの男の子が私のそばまできて、頷いた。
「俺のとこの侍従も言ってた。食事も、何種類も何種類も並べさせた挙げ句、気に入らないと全部棄てさせるって。お茶も、ちょっとでも遅れたら手もつけないって」
…嘘だ。服のことも、食事も、みんな全くのでたらめだ。
「それ、ほんとうなの?見た人がいる?レイノルズ公爵には聞いてみたの?」
声が震えた。
「まさか!公爵はクロードとあの悪魔を結婚させて、自分が偉くなることしか考えて無いんだ」
「わたし、帰らなきゃ!」
もう、その場に座っていることなんてできなかった。これ以上そこにいたら、私はクロード少年にどんな無礼をするかもわからない。
「あっ!レミ!待って、レミ!夏至祭りの夜に、私の王宮で花火をあげるんだ!君もおいで、必ず、おいでよね!」
私はレミじゃない。クララベルの天使とか、レイノルズの悪魔とか、知りたくなんてなかったし、黙っていたって、レミにはなれない。はしっているうちに、涙で前がにじみ、茂みでエプロンにかぎ裂きができた。被っていたボンネットがはずれて髪がほつれた。
「アイリス!どこへいっていた!」
おじいさまの声に、わたしは立ち止まってから、
「クロードさまに誘われて、あの、小川へ……」
しどろもどろに返事をすると、
「挨拶できたのか。殿下もどこへ行かれたのかとおもっていたが、会えたならいい。来なさい」
今度こそ見失わないよう後ろをついて行くと、一際豪華なタープがはってある。その前に立っている、青と黒の騎士のかっこうの青年に、睨まれた…ローランドだわ、と思う。私が知っているのは、彼がレミ付きの護衛に選ばれた後だから、もう青年という年齢ではなかったけれど。
「アイリス、身なりを直しなさい」
おじいさまに言われてボンネットをかぶりなおし、ほつれた髪をなでつけ、破れたエプロンを握った。
「レイノルズ公爵と孫娘のアイリス・マリアンナがまかり越しました」
ローランドがタープの端をめくり、
「妃殿下がお待ちです」
と、通してくれた。おじいさまのうしろへついて、私はタープの下へ入っていった。
「レイノルズです、殿下」
一段高くなった場所に長椅子が置かれ、そこへかけている女性におじいさまが頭をさげた。私もふかぶかと礼をして、ご挨拶する。
「アイリス。先ほどクロードがお会いしたのはあなたね?」
妃殿下はおかしそうに扇で顔を扇ぐ。
「え、あの、…どうして」
思わず顔をあげてしまった。
「可愛い子、髪に蔦の葉がついているわ。それにこれはあなたのでしょう?」
差し出されたのは、ガーランドに吊ってあった子馬の飾りだ。手を伸ばすと扇で手を軽く叩かれた。
「だあめ、せっかく運命的な出会いをしたのですもの。これはクロードから受け取りなさい?あの子、すっかり『レミ』に夢中なのよ?」
おじいさまの眉が険しく寄った。
「お戯れはお止めください殿下、孫は…」
「いいじゃないの、親がかりで決めた相手なんかより、運命的な出会いをした神秘的な少女のほうがロマンティックでしょ?」
おじいさまは額に手をあて、首をふった
「おじさまだってロマンスはお好きでしょ?」
「殿下!」
ぎょっとしておじいさまは叫んだ。
そうか、お妃さまはおじいさまの妹の、ええと、まあご親戚なんだっけ?
「怒られちゃったわ。アイリス、とにかくあなた、クロードが自分で謎の少女の正体を見つけるまでは『レミ』でいなさいね?命令よ?」
無茶苦茶な方だわ、と私も額をおさえた。
「あ、花火の日は、本物のレミ・クララベルを呼びました。別の『レミ』だと知ったときのあの子の反応が楽しみだわ!」
「アイリスは夏じゅうリバーサンドのリディアのところで淑女教育を受けさせる」
おじいさまのことばに、より王妃さまの笑い声がひびいた。
「ますます可笑しいわ、あの子、夏じゅう『レミ』を探してまわるわよ!秋になったら、貴方をわたくしの宮殿へ呼ぶから、せいぜい劇的に現れてちょうだいね、リディアおばあちゃんのところでしっかりお勉強して、クロードを振り回しておやりなさいね!」
「殿下!」
これではわたしが悪女みたいだ。エプロンをぎゅっと握って、うつむいているとおじいさまの手が背中に添えられた。撫でてはくれないけれど、温かくて大きい手。
「アイリスには、そのような駆け引きは少々荷が重いかもしれません、殿下…このようなことになるなら、この婚約は無かったことに…」
「あら。あんまり二人が可愛いから、つい。悪のりしてしまったけど、そう難しくかんがえないで?」
慌てて王妃さまにいわれて、小さく頷いた。そのとき外から、王妃さま、そろそろお暇のお時間です、と声がかかった。
「今日は親子して失礼したわね?アイリス、また秋ばらの季節にね?」
ほほほ、とわざとらしくわらいながら、王妃さまはタープの奥へと去って行った。
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最推し悪役令嬢、アイシアお姉様の断罪回避転生ライフを今ここに開始する!
※長編版をご希望下さり、本当にありがとうございます<(_ _)>
既に書き終えた物な為、激しく拙いですが特に手直し他はしていません。
∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽
※小説家になろう様にも掲載させていただいています。
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※リアル都合等により不定期、且つまったり進行となっております。
※上記同理由で、予告等なしに更新停滞する事もあります。
※まだまだ至らなかったり稚拙だったりしますが、生暖かくお許しいただければ幸いです。
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