壊れた王のアンビバレント

宵の月

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確執

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 カーティスの胸に抱え込まれ、アルヴィナは、ガタガタと震えていた。とても後ろは振り返れなかった。

 (どうして……)

 両手で口を塞ぎ、嗚咽が漏れないように必死に堪える。熱も余韻も一瞬で消え去って、押し寄せる絶望感に、涙が溢れる。

 「………っ!?よくもっ!!恥知らずな!!」

 掴みかかろうとしたセレイアは、騎士に止められた。それでもなお、セレイアはひどく暴れ、投げつけられた扇が、カーティスに当たって床に落ちる。

 「ここに来る資格も理由も持たないお前が、誰の許しを得てここにいる?」
 「私は王妃よ!!」
 「だから?」
 「その雌犬に行けて、私に行けない所などどこにもないわ!!」
 「呆れたな。礼儀の教本を一冊贈っておこう。よく学ぶといい。」
 「カーティス!!貴方!!」
 「我が側妃はこうして義務を立派に果たしている。わざわざ確認に来る必要はない。」
 「………執務室で盛ることが側妃の義務ですって?」
 
 頭の上でカーティスが嗤った気配がした。ぴたりと震えは止まり、アルヴィナは諦観に目を閉じた。
 執務室で犬のように盛り、我を忘れてカーティスと繋がった。それを乗り込んでくるセレイアに見せつけることこそが、カーティスの目的だった。求められたのはそれだけで、必要なのもそれだけだった。
 
 「離しなさいよ!!汚らわしいフォーテルの野良犬が、私に触れることなど許されない!!」

 ぴくりとアルヴィナのカーティスに、縋る手が震えた。

 「許されないのはお前だ、王妃。国政の権限は王である私の差配。
 急がずともキロレスの使節には会談で会える。楽しみにしておけ。」
 「………っ!?」
 「お帰りはあちらだ。」
 「カーティス!!後悔するわよ!!」
 
 詰めかけた騎士に囲まれ、セレイアは無理やり執務室から連れ出された。バタンと扉が閉まる音がやけにアルヴィナの耳に残る。
 静けさが戻った執務室に、カーティスがくつくつと嗤う声が響いた。

 「アルヴィナ、ご苦労。下がっていい。」

 視線がカーティスと絡んだ。尊大に輝く瞳から目を伏せ、アルヴィナは静かに退室した。

 「お嬢様……」
 「………」

 一歩ごとに胸を突き刺す痛みが増し、涙となって落ちてゆく。
 相手はアルヴィナである必要もなかった。単に王妃に見せつけるための行為で、愛でも情欲ですらなかった。
 王妃の尊厳を傷つけ惨めに打ち据えるために見世物。そして同時にアルヴィナをも、ひどく貶め尊厳を傷つける。そんな行為に自分はどれだけ熱く身体を震わせていたか。
 とろりと伝った白濁の感触に、アルヴィナは足を止めた。涙を堪えられなくなって、アルヴィナは蹲った。

 「ノーラ、マルクス……お願い……早く部屋に……部屋に連れて行って……」
 「お嬢様……すぐに!!」

 するりと抱きあげられ、人目を避けるようにマルクスとノーラが駆け出した。
 涙に濡れる顔をマルクスに押し付け、アルヴィナは嗚咽を漏らした。

 (兄様……)

 優しくあたたかだった大好きだったカーティス兄様。

 (カーティス兄様……)

 王妃とカーティスの深い確執。カーティスはセレイアへの憎悪を晴らすために、アルヴィナを使った。
 愛でも欲情でもなく、カーティスを求めるセレイアを傷つけるために、アルヴィナを抱く。
 子がいない王妃を追い詰めるために、アルヴィナに子を望んでいる。

 (もう、やめよう……)

 思い出の欠片を探すのは。もうあたたかく慈しんでくれたカーティスはいない。見つけても裏切ったアルヴィナを、愛しはしない。
 
 「ノーラ、マルクス……本当にごめんなさい。」

 白亜宮の私室に落ち着き、アルヴィナは二人を振り返った。心配げにアルヴィナを見つめる二人に、安心させるように小さく微笑んだ。

 「お願いがあるの……」
 「何でも仰ってください。」
 「……できるだけ早い日程で、エクルド卿とお会いしたいの。」
 「分かりました。内密にお連れします。」
 「……ありがとう。」
 「お休みください、お嬢様……」
 「ええ……」

 立ち上がるアルヴィナを支えようとした、ノーラの手をやんわりと外して、アルヴィナは浴室に向かった。

 「………二人ともありがとう。」

 浴室に入る前に振り返り、アルヴィナは静かに微笑んだ。二人には透き通ったその笑みが、今にも壊れそうに思えて不安を募らせた。
 浴室から水音が聞こえ始め、マルクスは後ろ髪を引かれるように退室する。

 (お父様……お母様……)

 あたたかい水の雨の中に隠すように、アルヴィナは涙を流した。
 自ら捨て、もう二度と取り戻せないものを思った。静かに流れる涙が、アルヴィナにゆっくりと理解させていく。

 (できるだけのことを致します……どうか見守っていてください……)

 せめて両親が大切にしていたものを守れるように。犬などと二度と呼ばせない。
 失くしたものを探し続けても見つからない。このまま歩けなくなる前に、残った確かな大切なものを守ろう。
 尊厳を守れるだけの、自分を許せる何かをしなければ、もう立っていることすら難しい。

 (弁えていたつもりで、分かっていなかった……)

 裏切り切り捨てた罪深さは、覚悟していた以上に重い贖罪を求めてくる。
 浴室を出たアルヴィナは、真っ直ぐ寝台横のチェストに向かった。奥に隠した避妊薬を飲み、ほっと息をつく。

 (私が最後……)

 カーティスはあれほどセレイアを憎んでいても、週に一度の閨の義務を果たしている。セレイアに先に子ができれば、アルヴィナは捨て置かれることになるはず。

 (ジェリンに感謝ね……)

 いつか忘れ去られたら、どこかの離宮で静かに過ごすことができるかもしれない。
 子を強く望んでいるカーティスに、避妊はアルヴィナができる、小さな抵抗と声のない抗議だった。
 リーベンでの静かな日々が懐かしかった。ふとウォロックの笑みが浮かんで、使節団が立てられることを思い出し机に向かう。
 お茶を運んで来たノーラの声に顔を上げるまで、アルヴィナは辛い現実から目を逸らすように手紙を綴っていた。


※※※※※


 「………鎮痛薬の服用が多すぎます。」

 キリアンが書類から目を上げ、おずおずと進言した痩せた男をきつく睨みつけた。びくりと肩を震わせながらも、男は必死に繰り返す。

 「これ以上の服用は依存を引き起こします……」
 「……なんとかしろ。」
 「できません!これ以上は危険です!」
 「できないなどとは言わせない!!お前が……!!」
 「できないんです!!服用頻度を減らして、解毒を優先してください!!」
 「そうできるならとっくにそうしてる!!」

 簡素な椅子をなぎ倒して、キリアンはネロを睨みつけた。

 「お前が作った薬だ。必ずカーティスをもとに戻せ!そのために生かされているのを忘れるな!!」
 
 締め上げられた首元に、ネロが苦しそうに手をかける。

 「………キリアン卿!!離しなさい!!」
 
 食事を運んできたノーラが、室内の様子に慌てて駆け寄る。

 「キリアン卿!」
 「ネロ、忘れるな!そのためだけに生かされていると!」

 ノーラに押しのけられ、キリアンはようやくネロから手を離した。吐き捨てるように怒鳴りつけ、キリアンは部屋から出ていった。

 「……できない……できないんだよ……」

 床にへたりこんだまま、ネロは咳き込みながら泣き出した。

 「ネロ……大丈夫……落ち着いて……」
 「解毒しても、元になんか戻らない……記憶が消えるわけじゃないんだから……」
 「ネロ……落ち着いて……大丈夫だから……」

 ノーラが優しく背を撫で、ネロは溺れる者のようにノーラに縋った。

 「ノーラ、助けて!ノーラ……」

 泣きじゃくるネロに、ノーラはただその背中を慰めるようにただ抱きしめることしかできなかった。

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