306 / 336
終 黒の章
十三
しおりを挟む
「之はー」
王翦は往来の激しい街道に残る、黒く濃い沁みを見遣って、身を屈めた。
「血の痕か」
指で擦る。臭気はない。が、血痕が残っている以上、まだ日は浅い。確信はない。だが、直感はある。之は白起のものだ。
「おい。お前」
不意に声を掛けられた。返事をする前に、露店の裏へと引き摺りこまれていく。
「何をする!?」
「黙れ」
と浅黒い肌の男は指を立てた。
「俺だ。摎だ」
「摎殿。あっ」
慌てて口を噤む。摎の姿を、何度か眼にしたことはあるが、何時みても別人のように姿を変えている。今は浅黒い露店の商人然とした姿に変貌していた。
「何故、此処にお前がいる?」
「何故って、決まっているでしょう。そういう摎殿こそ」
摎は四顧すると、
「人目に付かない場所に移動しよう」
と声を潜ませた。
「だったら、俺が使っている宿に行きましょう」
二人は時をずらして、宿の一室に合流した。摎はまた姿を変えていた。次は如何にも冴えない初老の男の姿をしていた。
「殿が捕まった」
「えっ!?」
声が上擦る。
「范雎の罠にかかったのだ」
声色には落胆が窺える。言い様のない巨大な不安が胸中に渦巻く。
「じゃあ、殿は?」
「殺されてはいない。だが、日々凄惨な拷問を受けている」
唾を呑む。
王翦は往来の激しい街道に残る、黒く濃い沁みを見遣って、身を屈めた。
「血の痕か」
指で擦る。臭気はない。が、血痕が残っている以上、まだ日は浅い。確信はない。だが、直感はある。之は白起のものだ。
「おい。お前」
不意に声を掛けられた。返事をする前に、露店の裏へと引き摺りこまれていく。
「何をする!?」
「黙れ」
と浅黒い肌の男は指を立てた。
「俺だ。摎だ」
「摎殿。あっ」
慌てて口を噤む。摎の姿を、何度か眼にしたことはあるが、何時みても別人のように姿を変えている。今は浅黒い露店の商人然とした姿に変貌していた。
「何故、此処にお前がいる?」
「何故って、決まっているでしょう。そういう摎殿こそ」
摎は四顧すると、
「人目に付かない場所に移動しよう」
と声を潜ませた。
「だったら、俺が使っている宿に行きましょう」
二人は時をずらして、宿の一室に合流した。摎はまた姿を変えていた。次は如何にも冴えない初老の男の姿をしていた。
「殿が捕まった」
「えっ!?」
声が上擦る。
「范雎の罠にかかったのだ」
声色には落胆が窺える。言い様のない巨大な不安が胸中に渦巻く。
「じゃあ、殿は?」
「殺されてはいない。だが、日々凄惨な拷問を受けている」
唾を呑む。
0
お気に入りに追加
15
あなたにおすすめの小説
信忠 ~“奇妙”と呼ばれた男~
佐倉伸哉
歴史・時代
その男は、幼名を“奇妙丸”という。人の名前につけるような単語ではないが、名付けた父親が父親だけに仕方がないと思われた。
父親の名前は、織田信長。その男の名は――織田信忠。
稀代の英邁を父に持ち、その父から『天下の儀も御与奪なさるべき旨』と認められた。しかし、彼は父と同じ日に命を落としてしまう。
明智勢が本能寺に殺到し、信忠は京から脱出する事も可能だった。それなのに、どうして彼はそれを選ばなかったのか? その決断の裏には、彼の辿って来た道が関係していた――。
◇この作品は『小説家になろう(https://ncode.syosetu.com/n9394ie/)』『カクヨム(https://kakuyomu.jp/works/16818093085367901420)』でも同時掲載しています◇
国殤(こくしょう)
松井暁彦
歴史・時代
目前まで迫る秦の天下統一。
秦王政は最大の難敵である強国楚の侵攻を開始する。
楚征伐の指揮を任されたのは若き勇猛な将軍李信。
疾風の如く楚の城郭を次々に降していく李信だったが、彼の前に楚最強の将軍項燕が立ちはだかる。
項燕の出現によって狂い始める秦王政の計画。項燕に対抗するために、秦王政は隠棲した王翦の元へと向かう。
今、項燕と王翦の国の存亡をかけた戦いが幕を開ける。
劉備が勝つ三国志
みらいつりびと
歴史・時代
劉備とは楽団のような人である。
優秀な指揮者と演奏者たちがいるとき、素晴らしい音色を奏でた。
初期の劉備楽団には、指揮者がいなかった。
関羽と張飛という有能な演奏者はいたが、彼らだけではよい演奏にはならなかった。
諸葛亮という優秀なコンダクターを得て、中国史に残る名演を奏でることができた。
劉備楽団の演奏の数々と終演を描きたいと思う。史実とは異なる演奏を……。
劉備が主人公の架空戦記です。全61話。
前半は史実寄りですが、徐々に架空の物語へとシフトしていきます。
信長の秘書
にゃんこ先生
歴史・時代
右筆(ゆうひつ)。
それは、武家の秘書役を行う文官のことである。
文章の代筆が本来の職務であったが、時代が進むにつれて公文書や記録の作成などを行い、事務官僚としての役目を担うようになった。
この物語は、とある男が武家に右筆として仕官し、無自覚に主家を動かし、戦国乱世を生き抜く物語である。
などと格好つけてしまいましたが、実際はただのゆる~いお話です。
皇国の栄光
ypaaaaaaa
歴史・時代
1929年に起こった世界恐慌。
日本はこの影響で不況に陥るが、大々的な植民地の開発や産業の重工業化によっていち早く不況から抜け出した。この功績を受け犬養毅首相は国民から熱烈に支持されていた。そして彼は社会改革と並行して秘密裏に軍備の拡張を開始していた。
激動の昭和時代。
皇国の行く末は旭日が輝く朝だろうか?
それとも47の星が照らす夜だろうか?
趣味の範囲で書いているので違うところもあると思います。
こんなことがあったらいいな程度で見ていただくと幸いです
狩野岑信 元禄二刀流絵巻
仁獅寺永雪
歴史・時代
狩野岑信は、江戸中期の幕府御用絵師である。竹川町狩野家の次男に生まれながら、特に分家を許された上、父や兄を差し置いて江戸画壇の頂点となる狩野派総上席の地位を与えられた。さらに、狩野派最初の奥絵師ともなった。
特筆すべき代表作もないことから、従来、時の将軍に気に入られて出世しただけの男と見られてきた。
しかし、彼は、主君が将軍になったその年に死んでいるのである。これはどういうことなのか。
彼の特異な点は、「松本友盛」という主君から賜った別名(むしろ本名)があったことだ。この名前で、土圭之間詰め番士という武官職をも務めていた。
舞台は、赤穂事件のあった元禄時代、生類憐れみの令に支配された江戸の町。主人公は、様々な歴史上の事件や人物とも関りながら成長して行く。
これは、絵師と武士、二つの名前と二つの役職を持ち、張り巡らされた陰謀から主君を守り、遂に六代将軍に押し上げた謎の男・狩野岑信の一生を読み解く物語である。
投稿二作目、最後までお楽しみいただければ幸いです。
不屈の葵
ヌマサン
歴史・時代
戦国乱世、不屈の魂が未来を掴む!
これは三河の弱小国主から天下人へ、不屈の精神で戦国を駆け抜けた男の壮大な物語。
幾多の戦乱を生き抜き、不屈の精神で三河の弱小国衆から天下統一を成し遂げた男、徳川家康。
本作は家康の幼少期から晩年までを壮大なスケールで描き、戦国時代の激動と一人の男の成長物語を鮮やかに描く。
家康の苦悩、決断、そして成功と失敗。様々な人間ドラマを通して、人生とは何かを問いかける。
今川義元、織田信長、羽柴秀吉、武田信玄――家康の波乱万丈な人生を彩る個性豊かな名将たちも続々と登場。
家康との関わりを通して、彼らの生き様も鮮やかに描かれる。
笑いあり、涙ありの壮大なスケールで描く、単なる英雄譚ではなく、一人の人間として苦悩し、成長していく家康の姿を描いた壮大な歴史小説。
戦国時代の風雲児たちの活躍、人間ドラマ、そして家康の不屈の精神が、読者を戦国時代に誘う。
愛、友情、そして裏切り…戦国時代に渦巻く人間ドラマにも要注目!
歴史ファン必読の感動と興奮が止まらない歴史小説『不屈の葵』
ぜひ、手に取って、戦国時代の熱き息吹を感じてください!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる