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聖女は魔王に嫁ぎます!
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悪魔――
その存在を信じているものは、どのくらいいるかしら?
千年ほど昔、魔界より現れた悪魔によって国が滅びかけたなんて話、おとぎ話と思っている子供も多いわよね。
でも、悪魔は本当にいるの。
その悪魔から国を守るために、五十年に一度行われる二つの儀式があるわ。
一つは聖女の選定儀式。
そしてもう一つは――、悪魔への生贄を決める儀式。
悪魔の生贄を決めるのは儀式だって言われているけれど、今回の生贄はもう決まっているの。
そう、わたし――シェイラ・エスリールよ。
聖女も生贄も王家の血を引く娘から選定される。
聖女は宮殿の裏にある聖なる森が選ぶとされているわ。
聖なる森と言いながら、あの森は不思議なのよ。
森の奥にある二つの建物――、神の神殿と悪魔の城と呼ばれる二つの建物がある。
聖なる森に悪魔の城があるなんて、変でしょ?
でも昔から、あの森には二人の建物があるの。
そして、扉を開くことができるのは、それぞれ聖女と生贄の乙女のみ。
近づいては駄目だと言われていたその森に、子供のころに迷い込んでしまったわたしは、その悪魔の城の扉を開いてしまった。
そう――、開けてしまったの。
あの日――、五歳のあの日から、エスリール国の末娘シェイラが悪魔の生贄なのよ。
「ふふふ、もうすぐ死ぬんだから、お父様も最後くらい贅沢をさせてあげればいいのにね」
五歳のあの日から、逃げ出せないようにだろう、わたしが幽閉されている暗い塔にやってきた二つ上の姉、マディーがくすくすと鈴を転がしたような声音で笑う。
黒髪に黒い瞳の陰気な外見のわたしと違い、金髪にエメラルド色の瞳を持ったマディーは、エスリール国では女神と謳われていた。
お父様――国王には末娘のわたしを含めて三人の娘がいる。わたし、マディー、そして一番上に五歳年上のアマリリスよ。
二人いるお兄様たちはわたしを汚らわしいものだと思っているから、わたしに会いに来たことはない。
会いに来るのはマディーとアマリリスの二人だけ。
もっともマディーはこうしてわたしを蔑んで甚振るためだけに来るんだから、むしろ来ないでほしいけれど。
お父様は、わたしが生まれ持った髪と瞳の色を見た瞬間に、わたしへの興味が失せてしまって、生贄に選ばれてからは、塔へ閉じ込めたあと、一度も会いに来てくれたことがないわ。
わたしのお母様はお父様の側室だけど、お父様ともお母様とも違う髪と瞳の色を持って生まれたわたしは、不義の子ではないかと言われているのよって笑いながら言ったのはマディーだった。
お母様は第二王子も産んでいたから、わたしのせいで処分されるようなことにはならなかったみたいだけど、わたしのせいでお父様からの愛を失ったって言って、わたしのことをひどく憎んでいる。
「ふん、泣きもしないなんて、気味の悪い子! 明日悪魔の生贄にされて殺されるっていうのにね! 悪魔ってそう簡単に殺してくれないらしいわよ? 三日三晩甚振り続けられて、ようやく死ねるんですって? 聞いてるの⁉」
マディーの言葉は鋭い棘のようで聞きたくない。
わたしはぼーっと鉄格子のはまった窓から外を見やった。
青い空。この空も見納めね。
「シェイラ! あんたは殺されるのよ! 悪魔に八つ裂きにされて殺されるの! それでこの国が五十年平和でいられるんだからありがたく思いなさい!」
どうして殺されてありがたく思わないといけないんだろう。
たまに思うけど、マディーって頭が弱いのかしら?
五歳から幽閉の身のわたしは、もちろん教育らしい教育を受けさせてもらっていなかったけれど、本だけは与えられた。本を持ってきてくれたのは上のお姉様のアマリリス。彼女は教育を受けられないわたしに文字の読み書きを教えて、たくさんの本を与えてくれた。いつか役に立つわよって。それはいつって訊いたら、悲しそうな顔をしたので、二回目は聞かなかった。
「マディー、いい加減にしなさい」
とにかくわたしを泣かせたくて仕方がないらしいマディーが騒ぎ続けていると、静かな声とともに部屋の扉が開かれた。
まっすぐな淡い金色の髪に、わたしの大好きな空の色の瞳。第一王女アマリリスが、眉をひそめて立っていた。
「誰かと思えば、アマリリスじゃない。妾腹同士、最後の慰めでも言いに来たのかしら?」
アマリリスはわたしのお母様とは別の側室の方から生まれた。マディーは正妃の子供よ。だからなのか、昔からマディーはわたしと同様にアマリリスのことも蔑んでいる。
マディーはふんっと鼻を鳴らして、「せいぜい最後の一日を楽しむことね」と言い残して去って行った。
アマリリスはマディーが出て行ったあと部屋の扉を閉めると、わたしのそばまで歩み寄ってきた。
「こんな時に変かもしれないけど……、シェイラ、十六歳のお誕生日おめでとう」
「ありがとうアマリリス」
アマリリスはわたしの手をそっと包み込むように握りしめた。
「あなたをここから出してあげられなくて、ごめんなさい」
そして、まるで泣かないわたしのかわりに泣くように、はらはらと涙をこぼす。
アマリリスは優しい。塔に閉じ込められてから、唯一優しくしてくれたお姉様。
わたしは塔に閉じ込められたその日から十一年――、ずっと覚悟してきたからか、明日生贄になると言うのに涙一つ出ないのよ。
子供のころはそれこそ、声がかれるまで、目が腫れてあかなくなるまで泣いたけれど、もう泣くことを忘れたかのように涙が出ない。
きっと、頭も心もあきらめてしまったのね。
明日の生贄の儀式のあと、聖女が選ばれるんだけど――、神殿に選ばれるのはきっとアマリリスじゃないかしら?
マディーは自分が選ばれると思っているみたいだけど、わたしはアマリリスだと思っている。
もちろん、王家の血を引く娘は、直系以外にも呼ばれているから、ほかの女の子の可能性だってあるけれど、選ばれるならアマリリスが選ばれてほしいな。
わたしは泣き止まないアマリリスの背中をさすりながら、小さく笑う。
アマリリス。こんな人生だったけど、あなたがいるから、ずいぶんましだったわ。幸せかどうかと言われたら違うと思うけど、でも、絶望だけじゃなかったのはあなたのおかげ。
口にすればアマリリスはさらに泣いてしまうだろうから言わないけれど、わたしは心の中で何度も感謝をしながら、姉の背中を撫で続けた。
その存在を信じているものは、どのくらいいるかしら?
千年ほど昔、魔界より現れた悪魔によって国が滅びかけたなんて話、おとぎ話と思っている子供も多いわよね。
でも、悪魔は本当にいるの。
その悪魔から国を守るために、五十年に一度行われる二つの儀式があるわ。
一つは聖女の選定儀式。
そしてもう一つは――、悪魔への生贄を決める儀式。
悪魔の生贄を決めるのは儀式だって言われているけれど、今回の生贄はもう決まっているの。
そう、わたし――シェイラ・エスリールよ。
聖女も生贄も王家の血を引く娘から選定される。
聖女は宮殿の裏にある聖なる森が選ぶとされているわ。
聖なる森と言いながら、あの森は不思議なのよ。
森の奥にある二つの建物――、神の神殿と悪魔の城と呼ばれる二つの建物がある。
聖なる森に悪魔の城があるなんて、変でしょ?
でも昔から、あの森には二人の建物があるの。
そして、扉を開くことができるのは、それぞれ聖女と生贄の乙女のみ。
近づいては駄目だと言われていたその森に、子供のころに迷い込んでしまったわたしは、その悪魔の城の扉を開いてしまった。
そう――、開けてしまったの。
あの日――、五歳のあの日から、エスリール国の末娘シェイラが悪魔の生贄なのよ。
「ふふふ、もうすぐ死ぬんだから、お父様も最後くらい贅沢をさせてあげればいいのにね」
五歳のあの日から、逃げ出せないようにだろう、わたしが幽閉されている暗い塔にやってきた二つ上の姉、マディーがくすくすと鈴を転がしたような声音で笑う。
黒髪に黒い瞳の陰気な外見のわたしと違い、金髪にエメラルド色の瞳を持ったマディーは、エスリール国では女神と謳われていた。
お父様――国王には末娘のわたしを含めて三人の娘がいる。わたし、マディー、そして一番上に五歳年上のアマリリスよ。
二人いるお兄様たちはわたしを汚らわしいものだと思っているから、わたしに会いに来たことはない。
会いに来るのはマディーとアマリリスの二人だけ。
もっともマディーはこうしてわたしを蔑んで甚振るためだけに来るんだから、むしろ来ないでほしいけれど。
お父様は、わたしが生まれ持った髪と瞳の色を見た瞬間に、わたしへの興味が失せてしまって、生贄に選ばれてからは、塔へ閉じ込めたあと、一度も会いに来てくれたことがないわ。
わたしのお母様はお父様の側室だけど、お父様ともお母様とも違う髪と瞳の色を持って生まれたわたしは、不義の子ではないかと言われているのよって笑いながら言ったのはマディーだった。
お母様は第二王子も産んでいたから、わたしのせいで処分されるようなことにはならなかったみたいだけど、わたしのせいでお父様からの愛を失ったって言って、わたしのことをひどく憎んでいる。
「ふん、泣きもしないなんて、気味の悪い子! 明日悪魔の生贄にされて殺されるっていうのにね! 悪魔ってそう簡単に殺してくれないらしいわよ? 三日三晩甚振り続けられて、ようやく死ねるんですって? 聞いてるの⁉」
マディーの言葉は鋭い棘のようで聞きたくない。
わたしはぼーっと鉄格子のはまった窓から外を見やった。
青い空。この空も見納めね。
「シェイラ! あんたは殺されるのよ! 悪魔に八つ裂きにされて殺されるの! それでこの国が五十年平和でいられるんだからありがたく思いなさい!」
どうして殺されてありがたく思わないといけないんだろう。
たまに思うけど、マディーって頭が弱いのかしら?
五歳から幽閉の身のわたしは、もちろん教育らしい教育を受けさせてもらっていなかったけれど、本だけは与えられた。本を持ってきてくれたのは上のお姉様のアマリリス。彼女は教育を受けられないわたしに文字の読み書きを教えて、たくさんの本を与えてくれた。いつか役に立つわよって。それはいつって訊いたら、悲しそうな顔をしたので、二回目は聞かなかった。
「マディー、いい加減にしなさい」
とにかくわたしを泣かせたくて仕方がないらしいマディーが騒ぎ続けていると、静かな声とともに部屋の扉が開かれた。
まっすぐな淡い金色の髪に、わたしの大好きな空の色の瞳。第一王女アマリリスが、眉をひそめて立っていた。
「誰かと思えば、アマリリスじゃない。妾腹同士、最後の慰めでも言いに来たのかしら?」
アマリリスはわたしのお母様とは別の側室の方から生まれた。マディーは正妃の子供よ。だからなのか、昔からマディーはわたしと同様にアマリリスのことも蔑んでいる。
マディーはふんっと鼻を鳴らして、「せいぜい最後の一日を楽しむことね」と言い残して去って行った。
アマリリスはマディーが出て行ったあと部屋の扉を閉めると、わたしのそばまで歩み寄ってきた。
「こんな時に変かもしれないけど……、シェイラ、十六歳のお誕生日おめでとう」
「ありがとうアマリリス」
アマリリスはわたしの手をそっと包み込むように握りしめた。
「あなたをここから出してあげられなくて、ごめんなさい」
そして、まるで泣かないわたしのかわりに泣くように、はらはらと涙をこぼす。
アマリリスは優しい。塔に閉じ込められてから、唯一優しくしてくれたお姉様。
わたしは塔に閉じ込められたその日から十一年――、ずっと覚悟してきたからか、明日生贄になると言うのに涙一つ出ないのよ。
子供のころはそれこそ、声がかれるまで、目が腫れてあかなくなるまで泣いたけれど、もう泣くことを忘れたかのように涙が出ない。
きっと、頭も心もあきらめてしまったのね。
明日の生贄の儀式のあと、聖女が選ばれるんだけど――、神殿に選ばれるのはきっとアマリリスじゃないかしら?
マディーは自分が選ばれると思っているみたいだけど、わたしはアマリリスだと思っている。
もちろん、王家の血を引く娘は、直系以外にも呼ばれているから、ほかの女の子の可能性だってあるけれど、選ばれるならアマリリスが選ばれてほしいな。
わたしは泣き止まないアマリリスの背中をさすりながら、小さく笑う。
アマリリス。こんな人生だったけど、あなたがいるから、ずいぶんましだったわ。幸せかどうかと言われたら違うと思うけど、でも、絶望だけじゃなかったのはあなたのおかげ。
口にすればアマリリスはさらに泣いてしまうだろうから言わないけれど、わたしは心の中で何度も感謝をしながら、姉の背中を撫で続けた。
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