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聖女は魔王に嫁ぎます!
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次の日――
十一年ぶりに塔の外へと出されたわたしは、逃げられないように手足を拘束されて、聖なる森の悪魔の城の前まで運ばれた。
悪魔の城の前には十一年ぶりに見るお父様やお母様、王妃様に二人のお兄様とマディー、それから泣きじゃくっているアマリリス。そのほか、たぶん大臣とか公爵とか、国にとっての重鎮と呼ばれる人たちが集まっていた。
わたしは手足を拘束されたまま、兵士二人に両脇を抱えられて立たされた。
目があったお父様は、ピクリとも眉を動かさなかった。
お母様とお兄様二人は、まるで汚いものを見るように目をそらした。
マディーはくすくす笑っていたし、王妃様ははじめから関心がないのか、早く終われと言わんばかりに冷めた表情をしていた。
アマリリスだけが目を真っ赤にして泣いていて、わたしは姉が泣いてくれるだけでも救われた気がした。
「連れて行け」
てっきり何らかの口上くらいあるのだろうと思っていたけれども、お父様はそっけなく兵士たちにそう命じた。
わたしは両脇を抱えられたまま、悪魔の城のそばにある泉へと運ばれる。
「シェイラ……!」
思わず飛び出しかけたアマリリスを、兵士たちが抑え込んでいるのが視界の端に映った。
わたしはちらっと振り返って、アマリリスに微笑んだ。元気でね――、口の動きだけでそう告げた直後、兵士の一人がわたしの頭を押さえつけて、泉の中に沈めこむ。
途端に鼻や口から入り込む水に、わたしは苦しくてもがくけれども、両手足を拘束されている上で屈強な男に抑え込まれたら、抵抗なんてできやしない。
マディーの嘘つき!
何が三日三晩よ。
溺死じゃないの。
甚振られて殺されるくらいなら溺死の方がいいのかもしれないけど、これはこれでものすごく苦しい。
暴れるたびに拘束具がガチャガチャ鳴って、次第に意識がもうろうとしてくる。
抵抗する力もなくなった、その時だった。
意識が薄れて遠くなった耳に、「ぎゃあああ!」とまるで断末魔のような悲鳴が聞こえてきて、そのあと、わたしは何者かに水面に引き上げられた。
激しく咳き込んで、胸の中に入った水を必死で吐き出したわたしの霞む視界に飛び込んできたのは、真っ黒い髪に赤い瞳をした、すごく美しい人だった。
肌は白くて、耳の先が少し尖っている。切れ長の目は冷たそうだけど、わたしを見下ろして、少しだけ笑った顔は、優しそうだった。
彼はわたしを抱きかかえているけど、いったいどこから現れたのかしら?
まだ頭がぼーっとしていて、考えがまとまらない。
彼はわたしの抱えたまま、お父様へ視線を向けた。
わたしもその視線を追って――、そして、息を呑む。
わたしを池に沈めようとしていた二人の兵士が、鮮血で真っ赤に染まって倒れていたからだ。
お父様たちは腰を抜かして、こちらを茫然と見上げていた。
まさか――、って思いが脳裏をよぎる。
わたしを抱え上げている彼はお父様を一瞥したのち、とても冷ややかに笑った。
「この娘は俺への生贄と言うことでいいのか?」
お父様は腰を抜かしたまま、コクコクと何度も頷く。
幼いころ、わたしを冷たく睥睨していたお父様が、こんなにも真っ青な顔をするのははじめて見たわ。
彼は「そうか」と小さくつぶやいてから、わたしを見下ろし、そしてわたしを拘束している手足の拘束具を見て、眉間にしわを寄せた。
「知らないうちにずいぶんと風習が変わったものだ。まさか聖女を拘束して魔王の生贄にささげるなんてな。まあ、俺としてはどうでもいいことだが」
そう言ってわたしを片手で抱えなおした彼が、わたしの手足の拘束具に触れる。ガチャンとあっけなくそれは外れて、地面に転がった。
「ま、まおう?」
わたしは彼を見上げて首をひねる。
魔王って何だろう。はじめて聞く単語。
不思議そうな顔をしていると、彼は少し考えて「悪魔の王様だ」と教えてくれた。そっか、悪魔の王様か。じゃあ、この人は偉い人ね。わたしはその偉い人の生贄みたい。このあとどんなふうに殺されるのかはわからないけど、少なくともわたしを拘束した兵士たちよりは優しそうだから、あんまり痛くしないでくれるかな?
だけども、お父様たちは、それよりももっとほかのことが気になったみたいよ。
「聖女⁉」
声を裏返して叫ぶお父様に、わたしはきょとんとする。
そう言えばさっき、ここの魔王様が「聖女」がどうとか言っていたわね。
「その娘が――シェイラが聖女だと言うのか! ……いや、言うのですか?」
お父様が敬語を使うなんて!
最期に面白いものが見られたわ!
魔王様はわたしを両手でしっかりと抱えなおして、ふふんとそれはそれは楽しそうに笑うの。
「まさか、気が付かなかったのか? 聖女はこの娘だ。そなたの国はこののち五十年聖女の加護を失うな。俺の国の悪魔たちには手出しをするなとは言っておいてやるが――、あと六人の魔王とその国の魔族たちは、どうするかな?」
魔王様、あはははは――なんて子供みたいに無邪気に笑っているけど、お父様なんて今にも卒倒しそうなほど白い顔をしているわよ。
ふぅん、でもわたし、聖女なの?
全然実感がないんだけど、聖女って魔王の生贄になっていいのかしら?
聖女と悪魔、相反しそうな関係じゃない?
こんなことをのんびり考えているあたり、たぶんわたしは混乱しているんだと思う。
お父様が地べたに手を突きながら「待ってくれ」「シェイラは生贄ではない」とかなんとか騒いでいるけど、魔王様は知らん顔。
行くぞと言われたから、わたしは最後に目を見開いているアマリリスを見て――、そして何か言う前に、魔王様とともに姿を消した。
十一年ぶりに塔の外へと出されたわたしは、逃げられないように手足を拘束されて、聖なる森の悪魔の城の前まで運ばれた。
悪魔の城の前には十一年ぶりに見るお父様やお母様、王妃様に二人のお兄様とマディー、それから泣きじゃくっているアマリリス。そのほか、たぶん大臣とか公爵とか、国にとっての重鎮と呼ばれる人たちが集まっていた。
わたしは手足を拘束されたまま、兵士二人に両脇を抱えられて立たされた。
目があったお父様は、ピクリとも眉を動かさなかった。
お母様とお兄様二人は、まるで汚いものを見るように目をそらした。
マディーはくすくす笑っていたし、王妃様ははじめから関心がないのか、早く終われと言わんばかりに冷めた表情をしていた。
アマリリスだけが目を真っ赤にして泣いていて、わたしは姉が泣いてくれるだけでも救われた気がした。
「連れて行け」
てっきり何らかの口上くらいあるのだろうと思っていたけれども、お父様はそっけなく兵士たちにそう命じた。
わたしは両脇を抱えられたまま、悪魔の城のそばにある泉へと運ばれる。
「シェイラ……!」
思わず飛び出しかけたアマリリスを、兵士たちが抑え込んでいるのが視界の端に映った。
わたしはちらっと振り返って、アマリリスに微笑んだ。元気でね――、口の動きだけでそう告げた直後、兵士の一人がわたしの頭を押さえつけて、泉の中に沈めこむ。
途端に鼻や口から入り込む水に、わたしは苦しくてもがくけれども、両手足を拘束されている上で屈強な男に抑え込まれたら、抵抗なんてできやしない。
マディーの嘘つき!
何が三日三晩よ。
溺死じゃないの。
甚振られて殺されるくらいなら溺死の方がいいのかもしれないけど、これはこれでものすごく苦しい。
暴れるたびに拘束具がガチャガチャ鳴って、次第に意識がもうろうとしてくる。
抵抗する力もなくなった、その時だった。
意識が薄れて遠くなった耳に、「ぎゃあああ!」とまるで断末魔のような悲鳴が聞こえてきて、そのあと、わたしは何者かに水面に引き上げられた。
激しく咳き込んで、胸の中に入った水を必死で吐き出したわたしの霞む視界に飛び込んできたのは、真っ黒い髪に赤い瞳をした、すごく美しい人だった。
肌は白くて、耳の先が少し尖っている。切れ長の目は冷たそうだけど、わたしを見下ろして、少しだけ笑った顔は、優しそうだった。
彼はわたしを抱きかかえているけど、いったいどこから現れたのかしら?
まだ頭がぼーっとしていて、考えがまとまらない。
彼はわたしの抱えたまま、お父様へ視線を向けた。
わたしもその視線を追って――、そして、息を呑む。
わたしを池に沈めようとしていた二人の兵士が、鮮血で真っ赤に染まって倒れていたからだ。
お父様たちは腰を抜かして、こちらを茫然と見上げていた。
まさか――、って思いが脳裏をよぎる。
わたしを抱え上げている彼はお父様を一瞥したのち、とても冷ややかに笑った。
「この娘は俺への生贄と言うことでいいのか?」
お父様は腰を抜かしたまま、コクコクと何度も頷く。
幼いころ、わたしを冷たく睥睨していたお父様が、こんなにも真っ青な顔をするのははじめて見たわ。
彼は「そうか」と小さくつぶやいてから、わたしを見下ろし、そしてわたしを拘束している手足の拘束具を見て、眉間にしわを寄せた。
「知らないうちにずいぶんと風習が変わったものだ。まさか聖女を拘束して魔王の生贄にささげるなんてな。まあ、俺としてはどうでもいいことだが」
そう言ってわたしを片手で抱えなおした彼が、わたしの手足の拘束具に触れる。ガチャンとあっけなくそれは外れて、地面に転がった。
「ま、まおう?」
わたしは彼を見上げて首をひねる。
魔王って何だろう。はじめて聞く単語。
不思議そうな顔をしていると、彼は少し考えて「悪魔の王様だ」と教えてくれた。そっか、悪魔の王様か。じゃあ、この人は偉い人ね。わたしはその偉い人の生贄みたい。このあとどんなふうに殺されるのかはわからないけど、少なくともわたしを拘束した兵士たちよりは優しそうだから、あんまり痛くしないでくれるかな?
だけども、お父様たちは、それよりももっとほかのことが気になったみたいよ。
「聖女⁉」
声を裏返して叫ぶお父様に、わたしはきょとんとする。
そう言えばさっき、ここの魔王様が「聖女」がどうとか言っていたわね。
「その娘が――シェイラが聖女だと言うのか! ……いや、言うのですか?」
お父様が敬語を使うなんて!
最期に面白いものが見られたわ!
魔王様はわたしを両手でしっかりと抱えなおして、ふふんとそれはそれは楽しそうに笑うの。
「まさか、気が付かなかったのか? 聖女はこの娘だ。そなたの国はこののち五十年聖女の加護を失うな。俺の国の悪魔たちには手出しをするなとは言っておいてやるが――、あと六人の魔王とその国の魔族たちは、どうするかな?」
魔王様、あはははは――なんて子供みたいに無邪気に笑っているけど、お父様なんて今にも卒倒しそうなほど白い顔をしているわよ。
ふぅん、でもわたし、聖女なの?
全然実感がないんだけど、聖女って魔王の生贄になっていいのかしら?
聖女と悪魔、相反しそうな関係じゃない?
こんなことをのんびり考えているあたり、たぶんわたしは混乱しているんだと思う。
お父様が地べたに手を突きながら「待ってくれ」「シェイラは生贄ではない」とかなんとか騒いでいるけど、魔王様は知らん顔。
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