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お花畑脳の婚約者が「来世でも結婚する運命の人と結婚したいから別れてくれ」と言い出した
プロローグ
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前々から、まるで妖精の国で生きているような男だとは思っていたけれど、ここまでお花畑な脳をしていたとは思わなかった。
セシル・フィーヴィーは頬を紅潮させて持論を展開する婚約者に白けた目を向けた。
デビット・エッグハルト、二十三歳。エッグハルト男爵家の嫡男である彼は、三年前からセシルの婚約者だ。
三年前、セシルの幼馴染であるカイル・ウォルト伯爵家で開かれたパーティーで知り合った。
あの日、デビットはとてもお酒に酔っていて、セシルを見るなり「天使だ!」と叫んで跪き、その場で求婚してきた。さすがに驚いたけれど、十七、八歳が適齢期と言われる中で、嫁き遅れと言われる十九歳だったセシルには、断るという選択肢は用意されていなかった。
十九になっても嫁ぎ先が見つからないと父親であるフィーヴィー伯爵にはチクチク言われ続けていたので、相手が誰であろうとも渡りに船。フィーヴィー伯爵は前妻の娘であるセシルのことを邪魔に思って、できるだけ早く追い出したくて仕方がない様子だったので、ここでデビットの手を取らなければ、どこぞの年寄りとの縁談を勧められるか修道院に放り込まれるかがおちだ。
セシルのことを天使だと言って熱烈な求婚をしてきたくらいだから、結婚しても父のようにセシルを邪険にしたりはしないだろう。
そんな打算にまみれた考えで受けた婚約だったが、セシルはすぐに後悔することになった。
なぜなら、このデビットという男。頭の中は脳ではなく花畑でも詰まっているのかと思うくらいに、頭が空っぽで夢見がちな阿呆だったからだ。
そして、すぐに家を追い出したがっていたくせに、なかなかセシルとデビットとの結婚が進まなかったのは、五つ年下の異母妹が、デビットに恋心を抱いてしまったからである。
異母妹キャロルは、恋愛小説が大好きな夢見る乙女である。夢見がちなデビットが、まるでおとぎ話の世界から飛び出してきた王子様のように映ったに違いない。
そんなこんなで、デビットと婚約して三年。セシルは二十二になってもまだ嫁ぐことができない「オールド・ミス」となっていた。
「……で、もう一度言ってくれないかしら?」
こんなんでも婚約者である。デビットを逃せば、本当にいかず後家で、父親から難ありな好色のじじいと結婚させられる。さすがに先ほどのデビットの発言は聞き間違いだろう、嘘であってほしいと思いながら訊ね返せば、デビットはきらきらと顔を輝かせて言った。
「だから、婚約を解消してくれないか。申し訳ないけれど、君とは結婚できない。だって、生まれ変わっても僕たちが夫婦でいる想像ができないんだよ。僕は永遠に、そう、何度生まれ変わっても結ばれる運命の女性と結婚したいんだ!」
「………………」
セシルはこめかみを押さえて天井を仰いだ。どうしよう。とんでもなく頭が痛くなってきた。
「……あんまり言いたくはないけど、あなた、わたしのことを天使だって言ったわよね?」
「言ったよ? それは間違いじゃない。君は僕にキャロルという女神を運んできてくれた、まさしく天使さ!」
「………………」
セシルにはもう、何も言う気力も残っていなかった。
デビットのその言葉ですべてが理解できたからだ。つまりは、デビットはいつの間にかキャロルに惹かれたのだろう。キャロルはもとよりデビットのことを王子様のように慕っていたし、後妻の娘であるキャロルを溺愛している父はキャロルのお願いを断るはずがない。
(ま……、キャロルがいつまでも婚約者を決めないから、嫌な予感はしていたんだけどね)
ため息しか出ない。なぜなら、このお花畑脳に何を言っても無駄だからだ。
「セシル、キャロルと僕の結婚式では、君を僕たちのキューピッドとして紹介するからね!」
「………………」
どうしよう、無性にこの男の顔を殴りつけたい。
セシルはぐっと拳を握って、それからすべてをあきらめたように、長く息を吐き出した。
セシル・フィーヴィーは頬を紅潮させて持論を展開する婚約者に白けた目を向けた。
デビット・エッグハルト、二十三歳。エッグハルト男爵家の嫡男である彼は、三年前からセシルの婚約者だ。
三年前、セシルの幼馴染であるカイル・ウォルト伯爵家で開かれたパーティーで知り合った。
あの日、デビットはとてもお酒に酔っていて、セシルを見るなり「天使だ!」と叫んで跪き、その場で求婚してきた。さすがに驚いたけれど、十七、八歳が適齢期と言われる中で、嫁き遅れと言われる十九歳だったセシルには、断るという選択肢は用意されていなかった。
十九になっても嫁ぎ先が見つからないと父親であるフィーヴィー伯爵にはチクチク言われ続けていたので、相手が誰であろうとも渡りに船。フィーヴィー伯爵は前妻の娘であるセシルのことを邪魔に思って、できるだけ早く追い出したくて仕方がない様子だったので、ここでデビットの手を取らなければ、どこぞの年寄りとの縁談を勧められるか修道院に放り込まれるかがおちだ。
セシルのことを天使だと言って熱烈な求婚をしてきたくらいだから、結婚しても父のようにセシルを邪険にしたりはしないだろう。
そんな打算にまみれた考えで受けた婚約だったが、セシルはすぐに後悔することになった。
なぜなら、このデビットという男。頭の中は脳ではなく花畑でも詰まっているのかと思うくらいに、頭が空っぽで夢見がちな阿呆だったからだ。
そして、すぐに家を追い出したがっていたくせに、なかなかセシルとデビットとの結婚が進まなかったのは、五つ年下の異母妹が、デビットに恋心を抱いてしまったからである。
異母妹キャロルは、恋愛小説が大好きな夢見る乙女である。夢見がちなデビットが、まるでおとぎ話の世界から飛び出してきた王子様のように映ったに違いない。
そんなこんなで、デビットと婚約して三年。セシルは二十二になってもまだ嫁ぐことができない「オールド・ミス」となっていた。
「……で、もう一度言ってくれないかしら?」
こんなんでも婚約者である。デビットを逃せば、本当にいかず後家で、父親から難ありな好色のじじいと結婚させられる。さすがに先ほどのデビットの発言は聞き間違いだろう、嘘であってほしいと思いながら訊ね返せば、デビットはきらきらと顔を輝かせて言った。
「だから、婚約を解消してくれないか。申し訳ないけれど、君とは結婚できない。だって、生まれ変わっても僕たちが夫婦でいる想像ができないんだよ。僕は永遠に、そう、何度生まれ変わっても結ばれる運命の女性と結婚したいんだ!」
「………………」
セシルはこめかみを押さえて天井を仰いだ。どうしよう。とんでもなく頭が痛くなってきた。
「……あんまり言いたくはないけど、あなた、わたしのことを天使だって言ったわよね?」
「言ったよ? それは間違いじゃない。君は僕にキャロルという女神を運んできてくれた、まさしく天使さ!」
「………………」
セシルにはもう、何も言う気力も残っていなかった。
デビットのその言葉ですべてが理解できたからだ。つまりは、デビットはいつの間にかキャロルに惹かれたのだろう。キャロルはもとよりデビットのことを王子様のように慕っていたし、後妻の娘であるキャロルを溺愛している父はキャロルのお願いを断るはずがない。
(ま……、キャロルがいつまでも婚約者を決めないから、嫌な予感はしていたんだけどね)
ため息しか出ない。なぜなら、このお花畑脳に何を言っても無駄だからだ。
「セシル、キャロルと僕の結婚式では、君を僕たちのキューピッドとして紹介するからね!」
「………………」
どうしよう、無性にこの男の顔を殴りつけたい。
セシルはぐっと拳を握って、それからすべてをあきらめたように、長く息を吐き出した。
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