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振り返れば婚約者がいる!~心配性の婚約者様が、四六時中はりついて離れてくれません!~
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第四妃とその実家の伯爵家、そして、十年前に死んだと思われていた第二王子が捕縛されたという報告を、わたしはベッドの上で聞いていた。
自分で刺した太ももの傷はさほど深くはなかったが、心配性のアーサーをはじめ、家族全員に安静を命じられて、ベッドの上に拘束されてしまったのだ。
わたしの部屋には、アーサーと、そして彼の上官であるクライドが、事情聴取に訪れていた。
「つまり、十年前に発見された遺体は、第二王子殿下ではなく彼の乳兄弟のものだった、と?」
クライドの確認に、わたしは大きく頷いた。
第四妃の出現で、わたしはずっと忘れていた記憶を取り戻した。
十年前――
わたしは、第二王子の婚約者だった。
第二王子に誘われて第四妃の実家に遊びに行っていたわたしは、ある晩、第二王子の乳兄弟と、その乳母とともに誘拐された。
甲高い悲鳴を聞いて目を覚ますと、わたしは知らない館にいた。
目の前には第二王子と、そして知らない男たちがいて、彼らの足元には第二王子の乳兄弟が事切れて横たわっていた。
そして、目の前で乳母が切り殺されて、ショックで気を失いかけたわたしに、第二王子が言った。――十年後、迎えに行く、と。
「十年前のあの日、どうしてか君だけが館の玄関に倒れていたんだ。俺は君が炎から逃れて玄関まで逃げてきたのかと思っていたんだが、君は、彼らに玄関まで運ばれたということか」
「そうだと思います」
炎に焼かれた館からは、焼死体が出た。死体は炭化していて、かろうじてそれが人であったと判別できるような、ひどいものだったらしい。
第二王子がどこにもいないことから、子供の死体は第二王子のものとして、大人の死体は身元不明者として扱われた。
乳母とその息子の姿が見えないことから、その二人は重要参考人として指名手配されることになったが、本当は逆だったのだ。
「第四妃の実家については、最近、怪しい動きがあると報告が上がっていたんだ。だが、第二王子は過激派に殺害されたと思われていたから、まさかそこが過激派の中心だとは思わなかった」
第四妃の伯爵家は、隣国に嫁いだヴェレリー王家最後の生き残りの王女の血を引いているそうだ。
もともとヴェレリー王家に仕えていた伯爵家は、秘密裏に、王女の産んだ子の一人を伯爵家の養子として迎え入れた。
そして、フェレメント王家に復讐するため、着々と準備を進めていたそうだ。
第四妃がフェレメント王家に嫁いだのは、彼らを油断させるためだったという。
幼少期からフェレメント王家への怨嗟を叩きこまれた第二王子は、自分の父や兄を、家族と認識してはいなかった。
わたしの叫びを聞いて、アーサーがすぐに城へ駆け戻ったとき、城に忍び込んだ第二王子は王太子に斬りかかる寸前だったという。
「どうもありがとう」
自嘲聴取を終えてクライドが退出すると、アーサーがベッドの縁に腰かけて、心配そうにわたしの顔を覗き込んだ。
「……十年前、君が過激派の犯人の顔を見たのではないかとは思っていたんだ」
わたしは事件のショックで当時の記憶を失っていたが、過激派の人間にはそんなことはわからない。
口封じのためにわたしが狙われるのではないかと、アーサーも、家族も、この十年間、気が気ではなかったそうだ。
アーサーや家族のいきすぎた心配性は、そのせいだったらしい。
アーサーがわたしの婚約者になったのは、身近に騎士を置いた方が安全だろうという配慮からだったという。
……つまり、アーサーは、巻き込まれちゃったのね。
アーサーは十年前、第二王子を守れなかったと自責の念を感じていた。
その代わりに、婚約者としてわたしを守ろうと必死になってくれていたのだろう。
これまでわたしに張り付いていたアーサーの行動の理由がわかって、すっきりしたはずなのに、なんだろう、胸の中がもやもやする。
つまるところアーサーは、わたしが好きで張り付いていたのではなくて、ただの任務だったのよね。
……なんか、胸の中が、寒い。
過激派が捕まって、これからアーサーはどうするのだろう。
もうわたしの婚約者でいる必要はないわけだから――この婚約は、解消されてしまうのだろうか。
いつアーサーの口から「さようなら」という一言が飛び出すかとびくびくしていると、アーサーがわたしの手をそっと握りしめた。
「クロエ。君のおかげで王太子殿下や陛下は無事だった。でも、もう二度と自分で自分自身を傷つけるのはやめてくれ」
小さく顔をあげると、今までにないくらいアーサーは心配そうな顔をしていた。
「過激派が捕まって、もう君を自由にしてあげられるのに、君がそんなだと、心配で心配で、やっぱり目が離せないよ」
「……じゃあ、今までのように、ずっとわたしに張り付くの?」
「今までよりも、もっと張り付くことになるかもしれない」
否定されると思っていたのに、「もっと」と言われて、わたしは目を丸くした。
「どういうこと?」
「…………だから……もうすぐ新居ができるんだ」
「新居?」
「……義父上には、過激派の一件が片づいて、君の安全が保障されたら、結婚を許可すると言われていた」
「え……?」
わたしはぱちぱちと目をしばたたいた。
アーサーは目元を赤く染めて、わたしの視線から逃げるように俯く。
「先走って新居の準備をはじめてしまっていたんだけど……でも、これで晴れて君と結婚できるはずだから……」
「まって」
わたしは慌ててアーサーの言葉を遮る。
「わたしたち、結婚するの?」
「え、したくないのか⁉」
「え、ええっと、そうじゃなくて……」
てっきり婚約は解消されると思ったから、結婚の話になって驚いただけだ。
アーサーは一度立ち上がると、わたしの片手を握ったまま、ベッドのすぐ横に片膝をついた。
「クロエ。俺はやっぱり君のことが心配で心配で、この先もずっと、それこそ一日中君にべったりと張り付いてしまうかもしれないけど……こんな俺でよかったら、結婚してくれませんか?」
堂々と四六時中張り付きます宣言をされてあきれたけれど、心の中に嬉しいと思う自分もいて、わたしはそんな自分自身がおかしくなる。
……ずっと張り付かれて、困っていたはずなのに、それ以上にアーサー様がいないといやなんだわ。
わたしもアーサーにつられて顔を赤く染めると、きゅっと彼の手を握り返して言った。
「張り付くのは、ほどほどにしてくださいね……?」
~~~完~~~
自分で刺した太ももの傷はさほど深くはなかったが、心配性のアーサーをはじめ、家族全員に安静を命じられて、ベッドの上に拘束されてしまったのだ。
わたしの部屋には、アーサーと、そして彼の上官であるクライドが、事情聴取に訪れていた。
「つまり、十年前に発見された遺体は、第二王子殿下ではなく彼の乳兄弟のものだった、と?」
クライドの確認に、わたしは大きく頷いた。
第四妃の出現で、わたしはずっと忘れていた記憶を取り戻した。
十年前――
わたしは、第二王子の婚約者だった。
第二王子に誘われて第四妃の実家に遊びに行っていたわたしは、ある晩、第二王子の乳兄弟と、その乳母とともに誘拐された。
甲高い悲鳴を聞いて目を覚ますと、わたしは知らない館にいた。
目の前には第二王子と、そして知らない男たちがいて、彼らの足元には第二王子の乳兄弟が事切れて横たわっていた。
そして、目の前で乳母が切り殺されて、ショックで気を失いかけたわたしに、第二王子が言った。――十年後、迎えに行く、と。
「十年前のあの日、どうしてか君だけが館の玄関に倒れていたんだ。俺は君が炎から逃れて玄関まで逃げてきたのかと思っていたんだが、君は、彼らに玄関まで運ばれたということか」
「そうだと思います」
炎に焼かれた館からは、焼死体が出た。死体は炭化していて、かろうじてそれが人であったと判別できるような、ひどいものだったらしい。
第二王子がどこにもいないことから、子供の死体は第二王子のものとして、大人の死体は身元不明者として扱われた。
乳母とその息子の姿が見えないことから、その二人は重要参考人として指名手配されることになったが、本当は逆だったのだ。
「第四妃の実家については、最近、怪しい動きがあると報告が上がっていたんだ。だが、第二王子は過激派に殺害されたと思われていたから、まさかそこが過激派の中心だとは思わなかった」
第四妃の伯爵家は、隣国に嫁いだヴェレリー王家最後の生き残りの王女の血を引いているそうだ。
もともとヴェレリー王家に仕えていた伯爵家は、秘密裏に、王女の産んだ子の一人を伯爵家の養子として迎え入れた。
そして、フェレメント王家に復讐するため、着々と準備を進めていたそうだ。
第四妃がフェレメント王家に嫁いだのは、彼らを油断させるためだったという。
幼少期からフェレメント王家への怨嗟を叩きこまれた第二王子は、自分の父や兄を、家族と認識してはいなかった。
わたしの叫びを聞いて、アーサーがすぐに城へ駆け戻ったとき、城に忍び込んだ第二王子は王太子に斬りかかる寸前だったという。
「どうもありがとう」
自嘲聴取を終えてクライドが退出すると、アーサーがベッドの縁に腰かけて、心配そうにわたしの顔を覗き込んだ。
「……十年前、君が過激派の犯人の顔を見たのではないかとは思っていたんだ」
わたしは事件のショックで当時の記憶を失っていたが、過激派の人間にはそんなことはわからない。
口封じのためにわたしが狙われるのではないかと、アーサーも、家族も、この十年間、気が気ではなかったそうだ。
アーサーや家族のいきすぎた心配性は、そのせいだったらしい。
アーサーがわたしの婚約者になったのは、身近に騎士を置いた方が安全だろうという配慮からだったという。
……つまり、アーサーは、巻き込まれちゃったのね。
アーサーは十年前、第二王子を守れなかったと自責の念を感じていた。
その代わりに、婚約者としてわたしを守ろうと必死になってくれていたのだろう。
これまでわたしに張り付いていたアーサーの行動の理由がわかって、すっきりしたはずなのに、なんだろう、胸の中がもやもやする。
つまるところアーサーは、わたしが好きで張り付いていたのではなくて、ただの任務だったのよね。
……なんか、胸の中が、寒い。
過激派が捕まって、これからアーサーはどうするのだろう。
もうわたしの婚約者でいる必要はないわけだから――この婚約は、解消されてしまうのだろうか。
いつアーサーの口から「さようなら」という一言が飛び出すかとびくびくしていると、アーサーがわたしの手をそっと握りしめた。
「クロエ。君のおかげで王太子殿下や陛下は無事だった。でも、もう二度と自分で自分自身を傷つけるのはやめてくれ」
小さく顔をあげると、今までにないくらいアーサーは心配そうな顔をしていた。
「過激派が捕まって、もう君を自由にしてあげられるのに、君がそんなだと、心配で心配で、やっぱり目が離せないよ」
「……じゃあ、今までのように、ずっとわたしに張り付くの?」
「今までよりも、もっと張り付くことになるかもしれない」
否定されると思っていたのに、「もっと」と言われて、わたしは目を丸くした。
「どういうこと?」
「…………だから……もうすぐ新居ができるんだ」
「新居?」
「……義父上には、過激派の一件が片づいて、君の安全が保障されたら、結婚を許可すると言われていた」
「え……?」
わたしはぱちぱちと目をしばたたいた。
アーサーは目元を赤く染めて、わたしの視線から逃げるように俯く。
「先走って新居の準備をはじめてしまっていたんだけど……でも、これで晴れて君と結婚できるはずだから……」
「まって」
わたしは慌ててアーサーの言葉を遮る。
「わたしたち、結婚するの?」
「え、したくないのか⁉」
「え、ええっと、そうじゃなくて……」
てっきり婚約は解消されると思ったから、結婚の話になって驚いただけだ。
アーサーは一度立ち上がると、わたしの片手を握ったまま、ベッドのすぐ横に片膝をついた。
「クロエ。俺はやっぱり君のことが心配で心配で、この先もずっと、それこそ一日中君にべったりと張り付いてしまうかもしれないけど……こんな俺でよかったら、結婚してくれませんか?」
堂々と四六時中張り付きます宣言をされてあきれたけれど、心の中に嬉しいと思う自分もいて、わたしはそんな自分自身がおかしくなる。
……ずっと張り付かれて、困っていたはずなのに、それ以上にアーサー様がいないといやなんだわ。
わたしもアーサーにつられて顔を赤く染めると、きゅっと彼の手を握り返して言った。
「張り付くのは、ほどほどにしてくださいね……?」
~~~完~~~
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