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第一部 夫の生殺与奪の権利、いただきます

やり直し王女、夫の生殺与奪の権利を握る 3

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 そんな日々が五年ほど続いて、ヴィオレーヌは五歳になった。

 赤子の頃に毎日毎日自分と向き合ったおかげか、一歳をすぎるころには自分の中に魔力らしいものを発見して、三歳になるころには、簡単な魔術が使えるようになっていた。
 と言っても、風を起こしたりものを動かしたりするくらいのものであるが。

 父はヴィオレーヌが魔術を覚えたことに頭を抱えて、何としてもやめさそうと躍起になったが、それを止めてくれたのは父の後妻である義母だった。
 一度目の人生でもヴィオレーヌは義母ととても仲が良く、何かと味方になってくれた頼もしい存在だった。
 義母は「もう覚えてしまったのですし、中途半端に禁止する方が危険ですよ」と父に助言してくれ、父は渋々ヴィオレーヌに魔術の勉強を許可してくれた。

 しかしここで問題だったのは、ヴィオレーヌに流れる母の血だった。
 母は本当にとんでもない魔術師だったようだ。
 というのも、五歳を過ぎることには、ヴィオレーヌは教育係としてついたモルディア国の魔術師よりも優れた魔術の使い手になってしまったのである。

 もちろん、困ったのは父だ。
 強すぎる力を前は危険なのである。

 頭を抱えた父は、母が生前懇意にしていた魔術師たちに片っ端から連絡を取った。
 そしてヴィオレーヌが五歳になった時、師匠――アルベルダがやって来たのである。

 母の友人だったと言うアルベルダは、腰の曲がったおじいちゃんだった。
 大きな杖を支えにするように立っていて、今にも点に召されそうなほどよぼよぼのおじいちゃんは、ヴィオレーヌを見て目じりに皺をたたえて笑った。

「エイヴリルによく似ておるわ。顔立ちも、多すぎる力もな。これはほかの魔術師には荷が重かろうて」

 エイヴリルとは亡くなった母の名だ。
 聞けばアルベルダは母が幼いころに教鞭を取ったことがあるそうで、その縁でずっと懇意にしていたらしい。
 ヴィオレーヌが生まれたときは他国におり、母が亡くなったことも知らなかったのだそうだ。
 自分があの時にこの国にいたら、エイヴリルを救えたかもしれないと悲しそうに真っ白な眉を下げた。

「エイヴリルが全力の加護を与えた姫さんは、エイヴリル以上の魔術師になるかものぅ」

 楽しみじゃのうと好々爺然として笑うアルベルダは――、けれども、蓋を開ければ鬼だった。
 まったく持って容赦がなく、毎日魔力が底をつくまで魔術の修行を続けさせた。
 幼い子供になんて無茶をさせるんだと思わなくはなかったが、来る日のために力をつけておきたかったヴィオレーヌは黙って己の力を向上させることだけに時間を費やした。

 八歳になったときに、魔術だけでは心もとない気がすると、父にお願いして剣の勉強もはじめた。
 三歳年下の双子の弟が、剣術の勉強をはじめたと聞いたので一緒に教えてもらえるように頼んだのである。
 危険だからと父は嫌がったが、これもまた義母が味方してくれた。

「今の時代、女性は守られるだけの存在ではありませんよ」

 騎士団長の娘だった義母は、女性が剣術を学ぶことに肯定的で、渋る父をそう言ってやりこめてくれたのだ。
 そして、ここでも、母が死に際に与えてくれたとんでもない加護が役立った。
 ヴィオレーヌはどうやら身体能力が人よりも何倍も優れているらしい。
 アルベルダは「文字通り、死期を悟ったエイヴリルが命をかけて与えた加護なんじゃろう」と苦笑した。

 剣の腕もめきめきと上達したヴィオレーヌは、魔術、剣術に続いて、次は何をすべきかを考えた。
 そして目を付けたのが「癒し」――すなわち「聖魔術」だった。
 聖魔術は、魔術と名がつけられているが、アルベルダによると魔術とは似て非なるものらしい。
 人の病や傷を癒すその力は非常に稀有な力で、モルディア国にもその使い手は一人しかいない。
 その一人は現在神殿長をしているが、アルベルダとも知り合いだそうで、ものは試しにヴィオレーヌにその力が使えるかどうか見てやってほしいと言う申し出を快く引き受けてくれた。

 アルベルダから、母が死に際にヴィオレーヌに加護を与えたことを訊いた神殿長は、もしかしたらと考えたらしい。
 また、力が足りず母の命を救えなかったことを神殿長は今も悔やんでいて、もしもヴィオレーヌが母すら使えなかった聖魔術を使えるようになれば、きっと母も喜ぶだろうと思ったそうだ。

 結果――ヴィオレーヌは聖魔法も操ることができ、魔術、剣術に加えて聖魔術の勉強もはじまった。
 ヴィオレーヌの体を心配した父は、「一人で抱えすぎではないか?」とどれか一つに絞るように言ってきたけれど、何が何でも未来を改変したいヴィオレーヌは悠長なことを言っていられないのである。

 手に入れられる力はすべて手に入れる。
 殺される未来を回避し、ついでにルーファスにも一矢報いてやりたい。

(戦争と結婚は回避できない。だったら死なずにルーファス王太子と結婚して、二度と戦が起こらないようにルウェルハスト国で立ちまわるしかないわ)

 現在のルウェルハスト国王は穏健派だが、ヴィオレーヌを殺害しようとしたルーファスはそうではない気がした。少なくとも未来でマグドネル国を敵として認識している彼は、隙あらば戦争を起こしてマグドネル国を滅ぼそうとするだろう。それにモルディア国が巻き添えになるのは絶対に避けねばならない。

 そのためには、ルーファスに嫁いだあとで、彼の行動を監視しなければならない。最悪彼と刺し違えてでも止めるために、ヴィオレーヌには一人でも戦える力が必要なのだ。
 そうしてせっせと力をつけ続けたヴィオレーヌが十一歳になった時、師匠であるアルベルダが

 そして、とうとうその日がやって来た。
 マグドネル国が、ルウェルハスト国に戦を仕掛けたのである。

 ヴィオレーヌは、十三歳だった。





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