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拓也の同僚と
しおりを挟む午前中の仕事が一段落し、美咲は自分のデスクに座り、ホッと一息ついていた。しかし、その束の間の休息はすぐに終わりを迎える。同僚の男性社員が笑顔で美咲――いや、拓也に話しかけてきたのだ。
「おい、拓也! 昨日、例のサッカーの試合見たか?」
「え……?」
美咲は一瞬、何の話をしているのかわからず、困惑の表情を浮かべた。サッカー? 昨日の試合? 拓也がよく話していたかもしれないが、彼女自身はスポーツにそれほど興味がなく、もちろん試合のことも全く知らない。
「お前、サッカー好きだろ? 昨日は絶対見てると思ったんだけどな。まさか寝落ちとか?」
同僚は楽しそうに話し続けるが、内心パニック状態の美咲は何をどう返せばいいのか必死に考えた。サッカーの試合について全く知らないため、適当に合わせるしかない。
「え、ああ、うん、ちょっと……うん、見たけどさ……」
曖昧な返事を返すが、すぐに同僚が食いついてきた。
「おっ、やっぱり見てたか! あの後半の逆転ゴール、やばくなかったか? あれで勝てるとは思わなかったよな!」
「そ、そうだよね!あの……うん、すごかった……よね?」
美咲は適当に相槌を打ちながら、どうにか話を続けようとしたが、具体的な話を振られるたびに答えに詰まってしまう。同僚の期待に応えるどころか、どんどん怪しさが増していくのが自分でもわかっていた。
「お前、何だか今日は様子が変だな。大丈夫か? いつもならもっと熱く語るのに、今日は控えめじゃん」
「えっ? あ、いや、ちょっと疲れてるだけかも……」
笑ってごまかそうとするが、内心は焦りまくりだ。自分が「拓也」としてここにいるという事実が、どれほど難しいか痛感する瞬間だった。自分の中身は女性である美咲なのに、周囲は当然「拓也」として接してくる。会話の内容や興味の対象、日常のちょっとした話題すら、全く異なる世界にいるような感覚だ。
「まあ、たまにはそんな日もあるよな。今度飲みに行こうぜ、そこで詳しく話そう。今日はもう、無理すんなよ」
同僚は笑顔で肩を叩いて立ち去ったが、その瞬間、美咲はほっと息をついた。
「飲み会……どうしよう……」
男性同士の付き合いや会話、ましてや飲み会となると、さらにハードルが高い。美咲は頭を抱え、これからの会社生活がますます大変になることを実感していた。
「とにかく、バレないようにしないと……」
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