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会社のトイレで
しおりを挟む朝のバタバタした時間が一段落し、美咲はホッと一息ついた。パソコンの操作にも少しずつ慣れてきたが、それでも自分が「拓也」としてこのオフィスにいることにはまだ違和感が拭えない。頭の中が疲れ切っていた彼女は、気分転換をしようと立ち上がり、トイレに向かうことにした。
歩き慣れた会社の廊下を進み、目の前に女子トイレのサインが見える。何の疑問もなく、美咲はドアを押して中に入った。
「ふう……」
一息つきながら鏡の前で髪を直し、手を洗おうとしたその瞬間、ふと違和感に気づいた。誰かが後ろから入ってきて、一瞬ピタリと動きを止めた気配がした。鏡越しに見えたのは、明らかに驚いた顔をした女性社員だった。
「あれ? 拓也さん……?」
その言葉が耳に届くと同時に、美咲の全身が凍りついた。
「あ……!」
自分の今の姿は「男性」――拓也の体だった。今いる場所は「女子トイレ」。その現実が一気に押し寄せ、冷や汗がじわりとにじみ出てきた。慌てて振り返ると、女性社員は眉をひそめ、不思議そうにこちらを見つめている。
「え、えっと……」
美咲は何とか言い訳を考えようとするが、頭が真っ白になり、全く言葉が出てこない。おまけに、慌てて出ようとするも体の大きさに慣れておらず、ドアにぶつかりかけてしまう。もう一度深く息をつき、冷静さを取り戻そうとするが、焦りが逆に彼女の行動を鈍らせてしまう。
「す、すみません!間違えました!」
なんとか絞り出した言葉に、自分でも驚くほど動揺しているのがわかった。女性社員はますます不審そうな顔をしながらも、「まあ、間違えることもあるか」と半ば呆れた様子で頷いてくれた。
「大丈夫ですか?疲れてるんですか?」
彼女の言葉に、美咲は顔を赤くしながら「うん、ちょっと寝不足で……」とだけ答え、すぐにその場を離れた。トイレを飛び出し、男子トイレに向かう途中、再び冷や汗が流れてきた。
「なんで、こんな単純なことを忘れてたのよ……!」
自分が今「男の体」だという事実に、まだ完全に慣れていないことを痛感した。トイレひとつですら、普段は意識しなくても自然にできることが、今はすべてが「初体験」。それがどれほど難しいか、美咲は改めて理解した。
男子トイレに無事に入り、冷たい水で顔を洗った彼女は、鏡に映る拓也の顔を見つめて小さくため息をついた。
「これからは、もっと気をつけないと……」
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