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仕事が終わって
しおりを挟む夕方、仕事を終えた美咲は、会社近くのファミレスに向かっていた。今日は一日中、慣れない男性の体で過ごし、頭も体も疲労困憊だった。おまけに、同僚たちとの会話に戸惑い、ミスをしないように必死に取り繕い続けていたせいで、精神的な疲れもピークに達していた。
ファミレスのドアを開けると、すでに先に到着していた拓也が、自分――美咲の体――で座っていた。彼女の体を使い慣れたように振る舞う拓也の姿を見て、美咲は少し複雑な気持ちになりながらも、安心感がこみ上げた。
「お疲れ様、拓也……じゃなくて、美咲か」と言いながら、彼の体で笑顔を作る。
「お疲れ、美咲……じゃなくて、俺か。なんか変な感じだな」
拓也も苦笑いしながら、目の前に座る美咲――つまり、自分の姿を見つめた。美咲はすぐに椅子に座り、ふうっと大きく息をついた。
「今日は本当に大変だったよ。もう、どうやってこの状況乗り越えればいいのかわからないくらい……」
「わかるよ。俺も、自分の体じゃないってだけで、何するにも違和感だらけだし、気疲れするよな」
美咲は苦笑いしながら、頷いた。ウェイトレスがメニューを持ってきたが、二人ともすぐには何も頼まず、しばらくそのまま座っていた。
「会社でさ、みんなが当然のように私のことを『拓也』として見てくるのが怖かったよ。仕事のこととか、会話の内容とか、全然わからないのに、いつもの拓也みたいに振る舞わなきゃいけなくて……。サッカーの話なんか、全然知らないのに!」
「えっ、サッカー? ああ、あいつらか。よく話すんだよ、俺の同僚たち。あの辺の話は流しておけば大丈夫だよ。でも、美咲がサッカーの話に対応するなんて、想像できないな」
「もう、笑いごとじゃないわよ……!」
美咲は恨めしそうに彼を見たが、拓也はさらに笑顔を見せた。
「でも、なんだかんだで一日乗り切ったんだろ? それはそれで、すごいよ。俺の仕事、やってくれたことに感謝してる」
「感謝なんていらないよ。むしろ、私の体で女の子同士の会話をやり過ごしてるあなたのほうがすごいわよ。ちゃんと私として振る舞ってくれてる?」
「もちろん。ちゃんと可愛く、優雅に……いや、冗談だよ。正直、これも慣れないよな。体が入れ替わってるってだけで、日常のすべてが崩れてる感じだよな、ついさっきまで脚を開いて座っていたけど慌てて脚を閉じたんだけどな、本当に女らしくするのは大変だね!」
二人は顔を見合わせて、少し笑い合った。しかし、どちらもまだこの奇妙な状況に完全には順応していない。体が入れ替わったという信じられない事態に対応しようと、それぞれが必死に「相手として」生活を続けているのだ。
ウェイトレスが注文を取りに来たので、美咲はコーヒーを頼み、拓也はオムライスを注文した。しばらく無言でメニューを閉じた後、ふと美咲が口を開いた。
「どうする? これ、いつまで続くんだろうね……」
拓也は少し考え込んだ後、小さく息をついて答えた。
「さあな。でも、今はやれることをやるしかない。とりあえず、二人で支え合っていくしかないだろう」
美咲はその言葉に頷いた。たとえどんなに大変でも、拓也がそばにいてくれるなら、この奇妙な状況も乗り越えられるかもしれない。彼女はそう信じていた。
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