美咲の初体験

廣瀬純七

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拓也の会社で

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美咲は、重たいスーツのジャケットを羽織り、鏡の前で自分の姿を確認した。そこに映るのは、自分ではなく、彼氏の拓也の姿。背の高い、がっしりとした男性の姿に違和感を覚えながら、出社するための準備を進めた。

「本当に、このまま会社に行くの……?」

彼の仕事について大まかには聞いていたが、詳細や業務の内容まではほとんど知らない。それでも、周囲に不審がられないためには、今日も「拓也」として会社に行かなくてはならない。覚悟を決め、彼の通勤バッグを持って家を出た。

会社のビルに到着し、いつもより早足でエレベーターに乗り込む。少し緊張で汗ばんだ手を拭いながら、同僚たちにどう接するべきかを考えた。エレベーターが目的の階に到着し、ドアが開くと、オフィスに広がる風景が目に飛び込んできた。

「おはようございます、拓也さん!」

元気よく挨拶してくる女性社員。彼女の名前は……えっと、何だっけ? 頭の中で必死に記憶を掘り起こそうとするが、どうしても思い出せない。美咲は慌ててぎこちない笑顔を作り、短く「お、おはよう」と返した。

「今日の会議、よろしくお願いしますね!」

「会議……?」

頭の中が真っ白になる。何の会議のことだ? 拓也が前もって話していたことを必死に思い出そうとするが、全く記憶にない。焦りが一気に募る中、美咲はとりあえず曖昧に頷き、その場をやり過ごそうとした。

「う、うん、よろしく……」

なんとか会話を切り抜けたものの、胸の中でドキドキが止まらない。周りにバレないように必死に平静を装おうとしながら、自分のデスクに向かった。そこに座ると、見慣れないパソコンと書類が山積みになっていて、完全に途方に暮れてしまった。

「これ……どうやって使うの……?」

パソコンを開けると、画面にはパスワード入力の画面。美咲は固まった。パスワードなんて知らない。拓也が普段何を使っているかなんて、話したこともない。冷や汗が背中を流れ始めた。

「えーっと……思い出せ、拓也なら……」

適当に誕生日や彼がよく話していたキーワードを試してみるが、全て失敗。心の中で「ああ、もう!」と叫びながら、仕方なく周りの様子を伺う。しかし誰も見ていないようで、ほっとしながら次の手を考えた。

その時、後ろから声がかかった。

「拓也、パスワード忘れたのか?」

振り返ると、拓也の同僚らしき男性が不思議そうな顔で見ていた。彼の顔も名前も分からないが、どうにか取り繕わなければならない。

「え、あ、ちょっと最近変えたばかりで……忘れちゃってさ。なんだっけ……?」

美咲は曖昧に笑ってごまかすと、同僚は「お前らしいな」と笑い、あっさりとパスワードを教えてくれた。なんとかログインに成功し、ほっとしたものの、次は目の前に広がる大量のメールとファイルに再び絶望する。

「これ……どうすればいいのよ……」

一つ一つのメールが、彼女にとっては全く意味を成さない内容だった。専門的な用語や仕事の進行状況、プロジェクトの締め切り……すべてがチンプンカンプン。こんな状況でどうやって仕事をこなせばいいのか、全く見当がつかない。

その上、周りからは「拓也さん」として見られているプレッシャーがどんどん重くのしかかる。彼女は深呼吸して、とりあえず最初のメールを開き、できるだけ自然に見えるように作業を始めた。

「お願いだから、今日は何事もなく終わって……」

心の中で祈りながら、美咲は一日を無事に乗り切れることを願うばかりだった。

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