「みえない僕と、きこえない君と」

橘 弥久莉

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第五章:薄明の中で

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 「……すっかり真っ暗だな」

 弥凪と二人、最寄り駅に降り立つと、
頭上には褐色かちいろの空が広がっていた。
 数時間前に見た幻想的な空色とは打って
変わって、いまは淡月たんげつさえも薄雲で
覆い隠されている。僕は楽しみにしていた
遠足が終わってしまったようなもの悲しさ
を覚えながら、繋いだままの弥凪の手を
引いて歩き出した。




 「僕たち、ここから電車で帰ります」

 そう言って、行きに3人で待ち合わせを
した駅で車を降りた僕に、町田さんは少し
戸惑ったような顔を見せた。

 「本当にいいの?家まで送るって」

 ちらりと咲さんを見やりながら、眉を
寄せる。

 「大丈夫ですよ。ここからならそんなに
かからないし、町田さんは咲さんを送って
あげてください」

 咲さんの家はちょっと遠いのだから、
と、それらしい理由を付け加え、弥凪
と笑みを向けると、

 「そう?じゃあ、気を付けてな」

 と、済まなそうに片手を上げ、彼は
車を発進させたのだった。
 もちろん、“途中で車を降りる”という
ことを提案したのは弥凪で、僕はこっそり
送られてきたメールの通りに事を運んだ
だけなのだけれど……

 それなのに、いまになって、

 (咲ちゃん、大丈夫かな?)などと、
町田さんが送りオオカミになりやしない
か心配し始めたので、僕は可笑しくて、
あはは、と声を上げた。

 (大丈夫だよ。ああ見えて、町田さん
はすごく真面目だから)

 そう、携帯に書いて見せると、弥凪は
ほっとしたように頷く。どちらかという
と、僕の方がこのまま弥凪と離れるのは
寂しい気がしているので、オオカミに
なる危険があるのは、むしろ僕の方だった。



 そんなことを考えているうちに、
弥凪の家と、僕のアパートに向かう道
の分岐点に差し掛かった。
 ひんやりとした夜風を受けながら、
のんびり歩いたつもりだったけれど、
名残惜しいと思うほどに、時は足早に
過ぎてゆく。

 僕はいくつもの街灯に照らされた
比較的明るい道を、しっかりと弥凪の
手を握りながら歩き出した。

 すると、突然、僕の手を、くい、と
弥凪が引いた。

 「………?」

 不思議に思って振り返ると、彼女は
唇を噛みしめ、俯いている。もしかして、
ご両親に怒られることを心配してるの
だろうか?
 毎日遅くまで僕のアパートで共に
過ごし、ついには朝帰りまでしてしまっ
たことを母親に叱責されたという話を
聞いてから、僕は彼女に会う回数を
減らし、休日も出来るだけ早く家へ送り
届けるよう、気を付けていた。

 「どうかした?」

 立ち止まったままの、彼女の顔を
覗く。心なしか、頬が赤く染まって
いるような気がするが、それが、日焼け
によるものなのか、それとも、何か別の
理由によるものなのか、わからない。
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