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介護保険拒否編

在宅介護、介護保険拒否編 7話

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「お前のことは面倒見させるために育てた」
「墓をまもるために育てた」
「血のつながらん子を育てて、ほれ見ぃ墓も荒れ放題、哀れなもんじゃと世間に笑われる」
 いつもの母の暴言にイラつきながら、洗濯をする。ここで疑問に思われる方もいるんじゃなかろうか。
 逃げようとは思わなかったのか?
 何度でもありますよ。何度も逃げようと思いました。幼い頃から母の理想通りに生きないと責められ大人になっても自由な時間を奪われ責められる毎日。

 俺は元々の両親から捨てられている。そんな自分が育ての親を捨てるのはいかがなものか?
 人間でありたい。
 人間以下の存在として物のような扱いを受け生きてきた。だからこそ人間でありたい。

 家の掃除をしていて過去の日記などを見つけた。父が倒れた時、母が懸命に病気に効く野菜や果物を調べてミキサーでジュースにしたり、当時の献身的な看病の実態が書かれていた。間違いなく愛情があったのだろう。
 調べていくと不自然に大きなお金が動いていることに気づく。80年代前半。
 何に使われたのだろう? 父に尋ねてもわからないという。母に尋ねてみた。
「どうしてもお礼にあげたかったんよ」
 真相は簡単にわかった。今の両親はタクシー運転手から幼い俺の情報を聞いていた。そして俺を養子にすることに決めた。タクシー運転手に出会わなければ俺のことを聞くことはできなかった。その謝礼に200万円ほど渡している。子供の謝礼に、現金が動く。
 明らかに人身売買だ。「おかんやそれはやってはいかん事やぞ」本人は悪気なぞ一切感じていなかった。
 何なのだろう。俺の命は買われた命だったのか?
 母の欲望を満たすために、母の願いを叶えるために、母の世話をする為に、買われた命だったのだろうか? 
 もしや俺が知らないだけで元々の両親から貧困という弱みにつけこみ子供を取り上げたんじゃなかろうか?

 介護中、その疑問は解決した。実の叔父を名乗る顔も知らないおっさんから借金を申し込まれる。当然、追い出した。持ち家世帯、車も持ってる。外から見たら、さぞ裕福にみえたことでしょう。
 その後、実の母が生活保護を受ける。俺のところには「扶養義務」があると連絡が来る。後に姉の分も。顔も知らん奴のことなど知らん、拒否する。
 当時は普通養子縁組しかなかった。養子になったところで戸籍から縁が切れていないのだ。今なら戸籍からも縁が切れる特別養子縁組という制度がある。
 福祉事務所などで色々事情を聞いてみた。どうもこいつら結婚と離婚を繰り返している。甥っ子や姪っ子も生まれているが全員名字が違っていた。どんな生活をしたらこうなるんだ。兄貴は死んでいた。もし俺が実の親の所にいたところでろくな育ち方はしていなかっただろう。幼い頃、母が両手にたくさんのあかぎれを作り、家事をしていたのを思い出す。倫理観は無茶苦茶だが愛情だけはあったのだ。年を取って病気をして、正気を失って、こんな年寄りを責めてどうなる。
 育ての親もクズだと認めるしかないが、愛情があるだけマシだったのだ。
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