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2章 幼少期編 II
54.研究院 3
しおりを挟む女神ハイエットの尊顔を眺める暇もなく、アルベール兄さまはすぐさま左に曲がって進んでいく。
早歩きすればついていけるから、いちおう私に合わせてくれてはいるようだ。
レイラお姉さまのお陰でだいぶジェントルマンになってきたような気が……気のせいじゃないことを祈っている。
進むのは広くて長い長い廊下だ。
左側はずっとアーチ窓。右側は扉が開かれたままの大部屋が続いている。
入り口部分には『一の間』『二の間』などと表示板がかけられているけれど、テーブルと椅子が置かれているだけのフリースペースだと思う。
簡素だけど貧乏くさくはない。古いけどボロくもない。程々に壁装飾があって清潔で天井が高くて……
「ベール兄さま。わたくしはあんな感じの部屋に素敵なものを集めて、たくさんの人に見てもらえるようにしたいのです。ベール兄さまも一緒にやりませんか?」
「飾って公開するのか?」
「はい、ベール兄さまだったら『刀剣展』でしょうか。楽しそうでしょう?」
「──剣?!」
むふん、剣に反応しましたね。仲間にカモ~ン!
ベール兄さまの集めた剣コレクションが相当の数に上っていると、私は知っているのだ。
ベール兄さまも自慢のソードたちを誰かに披露したいはずである。
そして〈ベール王子コレクション〉を見たがっている子息が結構いるらしいとも小耳にも挟さんでいる。ふっ、これはルエ団長からの情報である。シブメンとの会話を盗み聞きしたのである。内緒なのである。
「ティストーム国王継承式典に蔵出しされる『建国剣』を父上に提供してもらおう!」
──…え?
「建国剣は展覧会の目玉になるぞ。展示場所は一番奥に作って謁見の間みたいに設置するんだ。騎士剣はその手前な。そうだ、歴代の剣型が騎士棟に保管されているのを見たことがある。良い機会だから蔵出ししてもらって、今使っている基本の剣8種と並べててみたらどうだろう。比較できて面白いぞ。俺の集めた剣は……子供用と短剣は入場してすぐの所だな。奥に行くにしたがって段々と長剣にしていって──」
──…ぬおっ、いきなり饒舌に。
「各家々にも声をかけて代々伝わる宝剣を貸し出ししてもらうぞ。展示したら持ち主も自慢できるし、俺…じゃなくて、客は普段目にすることのできないものが見られるんだ。漢だったら絶対観に来るだろう」
貸し出さない家はケチだと吹聴してやる……とか言ってますよ。「シュシューアのような事を言うぬな」と、アルベール兄さまにチクッと言われてるけど、なぜここで私の名前が出てくるのでしょう。モヤッとします。
しかし、剣への情熱が凄すぎる……というか、ちぃ兄の笑顔が黒いんですけど。アルベール兄さまに似てると思うのは気のせいかな?
「ベール兄さま、女性のお客様も必要です。華やかな区画も作りましょう。ええと、装飾品の何か、ええと……いい案はないですか?」
「護身用の、ドレスの下に隠すやつとか……あ、髪飾りに仕込む細い剣があった。耳飾りに針を仕込んだやつも──…………そう考えると、令嬢も結構怖いな」
「何を言うのです。か弱い身を装飾品で守るなんて健気ではないですか」
「そうか? シュシュが自分で装備したいからそう思うんじゃないか?…「んまぁ~っ」…そうだ、女優に女騎士の礼装束を着せて案内人にすれば場が明るくなりそうだぞ。多目的調理台では上手くいったみたいだし、人気俳優も呼んで剣にまつわるよもやま話をさせるのもいいかもな」
──実際の剣の重さを体験できる模擬剣を置くか。
──遊戯小間を作りましょう。ダーツ当て3回勝負。景品付きです。
──剣を題材にした絵を飾って……
──剣のデザイン画を募集して……
「今すぐやろう!」
あははは~。無理。
アルベール兄さまの結婚式が終わってからですね~……
うおっ、アルベール兄さまの侍従が歩きながら記録してる。書くのが早いあの人だ。
あれは携帯のインク壺? ファイルと一体型になってる? ……ああいう文具もあるのねぇ。
ん?……万年筆が必要になるのはこういう時か!
でも構造がわからないなぁ。触ったことないし、興味持ったこともないし。
ボールペンは……絶対無理。
フエルトペンだったらなんとか作れるか。中綿にインクを染み込ませたやつ。ペン先のフェルトを固くするのは圧縮だけでいける? 樹脂…漆とか使う?
「………はっ!」
私としたことが!
えんぴつと消しゴムをなぜ忘れていた!
色鉛筆も!
なぜ今手元にない!?
欲しい、欲しい、欲しいよーーーっ、ふわぁぁぁ…
「シュシュ、往くなっ!」
ブンッと繋いだ手を振られた。
ちょ、ちょっ、えんぴつだけでも……
「ア、アルアルアルベー……」
「わかった、そこの食堂で休憩だ」
私たち一行はギュワンと方向転換。
表示板が『大食堂』となっている大広間が休憩場所に選ばれた。
突如現れた異物に驚く食事中の院生たち。
すぐさまトレーを持って放射状に散っていく姿がパラパラッと見えた。
丸い空間が出来上がって、中心が王族、騎士と職員がぐるりと囲んで立つ。
私はアルベール兄さまの膝の上。ベール兄さまは隣。書記の人は正面に。
さてさてさて、どういう状況かというと……
媒体に往きそうになると、さっきみたいにベール兄さまに中断された事が何度か続いたのね。
そうしたら、音楽が無くても中途半端に繋げることが偶然出来るようになったり、ならなかったり……まだコントロールは出来ないけど、今は意識を残したまま媒体と繋がっている。今日はなんだかいい感じですよ。チャッピーのおかげかな?
筆記具、画材、るんるんるん♪
まずは私の記憶にあるものから、忘れないうちに書記の人に描いてもらう。
………………………………
鉛筆の作り方
①煤+粘土+水を練り混ぜて圧縮する。
②押し出し型で芯を形成する。
③乾かして1000~1200度の炉で焼く。
④溶かしたロウに漬けて乾かす。
④薄い平板に芯用の溝を掘る。
⑤溝に接着剤→芯→接着剤付き溝あり板でサンド。
⑥乾いたら1本々カットする。
………………………………
鉛筆削りは手でクルクル回すやつね。
色鉛筆……染料、顔料、オイル、ロウ、粉ろう石、糊。焼かない他は鉛筆と同じ。
………………………………
消しゴムの作り方
①天然ゴム+硫化油+研磨剤を混ぜる。
②型に入れて加熱する。
※硫化油=不飽和油(溶ける温度が低い油:植物油など)+硫黄
………………………………
よし、終了。もうこの情報は忘れちゃってもいいね。
……続きまぁ~す! るん♪
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