116 / 203
1章 幼少期編 I
103.マラーナの捜査(Side ティストーム密偵)
しおりを挟む【ティストーム密偵 視点】
放火犯たちを雇ったのは、マラーナの富裕層の子息たちであると、部下から報告が入った。
オマー領の食料を根こそぎ燃やし、橋を落として陸の孤島にさせ、マラーナと繋がる谷道を最後の望みとして残す。
そして準備していた食料を、法外の値で売りつけるつもりであったらしい。
しかし今年は雪解けが遅く、未だに谷を通ることができない。
計画通りに事が進まぬと、子息たちが酒場で管を巻いていたところに、部下が偶然居合わせた……偶然ではない。情報収集の基本は酒場なのだから。
シュシューア姫が危惧した北の大飢饉。
最後の一押しが、この『谷の雪解けの遅れ』だったのだと今ならわかる。
耳の後ろ辺りがゾワリとした。
《予言の書》と《異世界の知恵》……ティストームの掌中の珠。
『そろそろ出がらし~、もうあんまり出な~い、転生者はお役御免~、デュワ~♪』
最近聞いた姫の遊び歌だ。
ご本人はトルドンの王妃を目指していると周囲に吹聴しているが、王が手放すとはとても思えない。
それでなくとも姫が年頃になる頃には……トルドン自体が存在していないような気がする。
王はその準備を疾うに終えているのだ。発動は王次第(王妃が見放したら即)になっている。優しげな顔をして、うちの王さまは容赦がないのだ。
話を戻そう。
ティストーム王国オマー子爵領に山脈を挟んで隣接する、マラーナ海洋王国シュイック公爵領。
オマー領での任務を終えた俺たち密偵は、近くの港から商人を装ってシュイック領に潜入した。
先行していた部下は『子息らの放火計画を聞いてしまった』と、善意の通報者としてシュイック領兵詰所に駆け込んだ。
そして善意の通報者は、そのまま領兵団の補助役として潜り込むという荒業をやってのけた。
徒党を組む子息らの素行の悪さは現地では有名で、通報を受けた領兵は早々に捜査を開始した。
そして迷惑を被っていた住民の協力証言が次々にあがり、不可解なほどの大量の麦の保有が発覚した。
麦を保管していた倉庫の見張りが、領兵の姿を見て逃げ出そうとしていたことだけでも、ほぼ確定である。
捕らえた見張り役は雇い主の名を簡単に自供した。予想通りの子息たちが捕縛された。
犯行の理由は『遊ぶ金が欲しかった』
聞いた誰もが眉をひそめた。
シュイック公爵の指揮で深く捜査され、関わっていた現地商業ギルドの職員数名も捕らえられた。
次にマラーナ全国の福祉総院にも、公爵権限で強制調査が入れられた。
孤児院関係者が次々に捕縛されていった陰で、人身売買組織も一掃できたらしい。
指示は的確、早い判断力。
賢君と言われた公爵の手腕は見ていて気持ちのいいものだった。
順調にこの流れが終わりまで続くと思っていた。
しかし調査の途中で、シュイック公爵自身の長男の名が浮上したことで事態は一変する。
蜂の巣をつついたような大騒ぎになり、シュイック公爵の事件への追及は、恥知らずにも急激に軟化し始めた。
ティストームの民には死者が少ない事を挙げ、器物破損の賠償金・見舞金を子息らの親族が支払うことで、あっという間に落着とされてしまった。
その額は莫大であったが、放火自体の暗躍は有耶無耶のまま、シュイック公爵子息は己で何の罪を償うこともなく他国へ留学して行った。
平民であるギルド職員、孤児院関係者、富裕層の子息とその手下たちは、尋問が終了するとマラーナの法で死罪となったにも拘わらず、だ。
(人身売買組織の犯も当然死罪だが、上層部は買い手の捜査のために今はまだ生かされている)
雇った破落戸が子供を使うとは思わなかったと、シュイック公爵子息は今でもぼやいていると部下から報告が上がっている。
反省の色はないと、そのまま陛下に報告を上げた。
今は静観している我が王の覇が恐ろしい。
密偵は現地に馴染んだ数人を残して、一旦の解散指示を出した。
俺は裏の任務である【海苔】と【海綿】らしき海産物を持ち帰らなければならない。
シュシューア姫にねだられた王と第一王子からの勅命である。
224
あなたにおすすめの小説
憧れのスローライフを異世界で?
さくらもち
ファンタジー
アラフォー独身女子 雪菜は最近ではネット小説しか楽しみが無い寂しく会社と自宅を往復するだけの生活をしていたが、仕事中に突然目眩がして気がつくと転生したようで幼女だった。
日々成長しつつネット小説テンプレキターと転生先でのんびりスローライフをするための地盤堅めに邁進する。
異世界転生旅日記〜生活魔法は無限大!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
農家の四男に転生したルイ。
そんなルイは、五歳の高熱を出した闘病中に、前世の記憶を思い出し、ステータスを見れることに気付き、自分の能力を自覚した。
農家の四男には未来はないと、家族に隠れて金策を開始する。
十歳の時に行われたスキル鑑定の儀で、スキル【生活魔法 Lv.∞】と【鑑定 Lv.3】を授かったが、親父に「家の役には立たない」と、家を追い出される。
家を追い出されるきっかけとなった【生活魔法】だが、転生あるある?の思わぬ展開を迎えることになる。
ルイの安寧の地を求めた旅が、今始まる!
見切り発車。不定期更新。
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました
雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。
気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。
剣も魔法も使えないユウにできるのは、
子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。
……のはずが、なぜか料理や家事といった
日常のことだけが、やたらとうまくいく。
無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。
個性豊かな子供たちに囲まれて、
ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。
やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、
孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。
戦わない、争わない。
ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。
ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、
やさしい異世界孤児院ファンタジー。
悪役令息の継母に転生したからには、息子を悪役になんてさせません!
水都(みなと)
ファンタジー
伯爵夫人であるロゼッタ・シルヴァリーは夫の死後、ここが前世で読んでいたラノベの世界だと気づく。
ロゼッタはラノベで悪役令息だったリゼルの継母だ。金と地位が目当てで結婚したロゼッタは、夫の連れ子であるリゼルに無関心だった。
しかし、前世ではリゼルは推しキャラ。リゼルが断罪されると思い出したロゼッタは、リゼルが悪役令息にならないよう母として奮闘していく。
★ファンタジー小説大賞エントリー中です。
※完結しました!
溺愛少女、実はチートでした〜愛されすぎて大忙しです?〜
あいみ
ファンタジー
亡き祖母との約束を守るため、月影優里は誰にでも平等で優しかった。
困っている人がいればすぐに駆け付ける。
人が良すぎると周りからはよく怒られていた。
「人に優しくすれば自分も相手も、優しい気持ちになるでしょ?」
それは口癖。
最初こそ約束を守るためだったが、いつしか誰かのために何かをすることが大好きになっていく。
偽善でいい。他人にどう思われようと、ひ弱で非力な自分が手を差し出すことで一人でも多くの人が救われるのなら。
両親を亡くして邪魔者扱いされながらも親戚中をタライ回しに合っていた自分を、住みなれた田舎から出てきて引き取り育ててくれた祖父祖母のように。
優しく手を差し伸べられる存在になりたい。
変わらない生き方をして二十六歳を迎えた誕生日。
目の前で車に撥ねられそうな子供を庇い優はこの世を去った。
そのはずだった。
不思議なことに目が覚めると、埃まみれの床に倒れる幼女に転生していて……?
人や魔物。みんなに愛される幼女ライフが今、幕を開ける。
貴族令嬢、転生十秒で家出します。目指せ、おひとり様スローライフ
凜
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞にて奨励賞を頂きました。ありがとうございます!
貴族令嬢に転生したリルは、前世の記憶に混乱しつつも今世で恵まれていない環境なことに気が付き、突発で家出してしまう。
前世の社畜生活で疲れていたため、山奥で魔法の才能を生かしスローライフを目指すことにした。しかししょっぱなから魔物に襲われ、元王宮魔法士と出会ったり、はては皇子までやってきてと、なんだかスローライフとは違う毎日で……?
積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!
ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。
悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。
3歳で捨てられた件
玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。
それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。
キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる