31 / 133
第三章 紅に深く染みにし心かも
第三話 恋と原稿用紙
しおりを挟む
四月十四日――月曜日の朝。
食堂で一冴は朝食を摂っていた。
隣には梨恵が、前には菊花が坐っている。学年ごとに固まっている以外、席は決められていない。だが、最近はこの三人で同じテーブルに着く。
朝食は和食だった。ご飯と味噌汁・アスパラガスとベーコンの炒め物・納豆。しかし、量の少なさは慣れない。食事の時間の二時間ほど前から必ず空腹となった。
先日の出来事が圧しかかっている。
蘭が好きになった百二十三人は全て女性だったのだ。
ちらりと、上級生の席へ目をやる。
朝陽のさす窓を背後に、蘭が食事を摂っていた。姿勢も、箸の持ち方も、口への運び方も――全てが優雅だ。それでいて、ほほえみながら彩芽と会話を交わしており、食事を愉しんでいるように見える。
「それで――さういったものは最近は見ましたの?」
彩芽は首を横に振る。
「いや――そうそうあるもんじゃないからね。」
ふっと、蘭はこちらへ視線を向けた。
慌てて一冴は目をそらす。
――いったい何度目だ。
これでは中学一年の冬の繰り返しだ。
あの冬の日――厭な物でも見たような顔をして蘭は目を逸らした。自分という存在が、蘭にとってどのような価値を持つかを思い知らされたのだ。
あのときの傷が、いつか癒えればいいと思っていた。だが、今になってむしろ傷口は拡がっている。どうあれ、自分は蘭が愛する性別ではない。
――貴女が好きです。
そう言ったあと――どうなるのだろう。
ふと、菊花から話しかけられた。
「そういえば、いちごちゃん――アイデアは湧いた?」
一冴はさらに肩を落とす。
「うーん、まだ。」
文藝部での活動も一冴の悩みだ。
荒廃した街に立つ二人――そんな光景だけが漠然と浮かぶ。戦火の中で彼女らは出会う。場所は独逸――第二次世界大戦末期の伯林にした。
だが、そこから先が進まない。
どのように二人は出会い、どうなってゆくのか――全く分からないのだ。
「もう四月も二週間切ったよ?」菊花はうれしそうな顔となる。「このまんまじゃ文藝部にもいられなくなるんじゃない?」
「うーん。」
蘭に近づこうと思って入部したのに、いられなくなるのは困る。
「大変だな――文藝部は。」梨恵は苦笑する。「うちはテニス部だけん、力になれさあにないだけど。」
ふくれっつらで一冴は問う。
「――そういう菊花ちゃんはどうなのよ?」
「私はもう筋は決まったよ――暗号ものだけど。」
「暗号?」
「うん。『踊る人形』や『二銭銅貨』みたいなの。トリックを思いつくのは難しいけど――暗号なら色々とアイデアはあるから。今日でも、早月先輩にプロットを見てもらおうと思ってるんだけど。」
「――そう。」
がたりと椅子を引く音が聞こえる。
一冴の背後の席で、紅子が立ち上がったところだった。
トレーを持ち、返却口へと歩いてゆく。
菊花と同じ部屋なのに、一冴は紅子とあまり話したことがない。そもそも、クラスメイトとも積極的に交わろうとしないようだ。
ふと気にかかって一冴は尋ねる。
「菊花ちゃんって、紅子ちゃんとは話すの?」
「いや――あんまり。気づいたらゲームしてるか映画観てるし。」
「映画?」
「うん。パソコンで観てるの。」
梨恵が口をはさむ。
「談話室にも来んよな。」
どんな映画なの――と一冴は再び問うた。
「さあ――なんか洋画っぽいけど。」
「そう。」
食堂の外へ去ってゆく紅子を、一冴は視線で追った。
食堂で一冴は朝食を摂っていた。
隣には梨恵が、前には菊花が坐っている。学年ごとに固まっている以外、席は決められていない。だが、最近はこの三人で同じテーブルに着く。
朝食は和食だった。ご飯と味噌汁・アスパラガスとベーコンの炒め物・納豆。しかし、量の少なさは慣れない。食事の時間の二時間ほど前から必ず空腹となった。
先日の出来事が圧しかかっている。
蘭が好きになった百二十三人は全て女性だったのだ。
ちらりと、上級生の席へ目をやる。
朝陽のさす窓を背後に、蘭が食事を摂っていた。姿勢も、箸の持ち方も、口への運び方も――全てが優雅だ。それでいて、ほほえみながら彩芽と会話を交わしており、食事を愉しんでいるように見える。
「それで――さういったものは最近は見ましたの?」
彩芽は首を横に振る。
「いや――そうそうあるもんじゃないからね。」
ふっと、蘭はこちらへ視線を向けた。
慌てて一冴は目をそらす。
――いったい何度目だ。
これでは中学一年の冬の繰り返しだ。
あの冬の日――厭な物でも見たような顔をして蘭は目を逸らした。自分という存在が、蘭にとってどのような価値を持つかを思い知らされたのだ。
あのときの傷が、いつか癒えればいいと思っていた。だが、今になってむしろ傷口は拡がっている。どうあれ、自分は蘭が愛する性別ではない。
――貴女が好きです。
そう言ったあと――どうなるのだろう。
ふと、菊花から話しかけられた。
「そういえば、いちごちゃん――アイデアは湧いた?」
一冴はさらに肩を落とす。
「うーん、まだ。」
文藝部での活動も一冴の悩みだ。
荒廃した街に立つ二人――そんな光景だけが漠然と浮かぶ。戦火の中で彼女らは出会う。場所は独逸――第二次世界大戦末期の伯林にした。
だが、そこから先が進まない。
どのように二人は出会い、どうなってゆくのか――全く分からないのだ。
「もう四月も二週間切ったよ?」菊花はうれしそうな顔となる。「このまんまじゃ文藝部にもいられなくなるんじゃない?」
「うーん。」
蘭に近づこうと思って入部したのに、いられなくなるのは困る。
「大変だな――文藝部は。」梨恵は苦笑する。「うちはテニス部だけん、力になれさあにないだけど。」
ふくれっつらで一冴は問う。
「――そういう菊花ちゃんはどうなのよ?」
「私はもう筋は決まったよ――暗号ものだけど。」
「暗号?」
「うん。『踊る人形』や『二銭銅貨』みたいなの。トリックを思いつくのは難しいけど――暗号なら色々とアイデアはあるから。今日でも、早月先輩にプロットを見てもらおうと思ってるんだけど。」
「――そう。」
がたりと椅子を引く音が聞こえる。
一冴の背後の席で、紅子が立ち上がったところだった。
トレーを持ち、返却口へと歩いてゆく。
菊花と同じ部屋なのに、一冴は紅子とあまり話したことがない。そもそも、クラスメイトとも積極的に交わろうとしないようだ。
ふと気にかかって一冴は尋ねる。
「菊花ちゃんって、紅子ちゃんとは話すの?」
「いや――あんまり。気づいたらゲームしてるか映画観てるし。」
「映画?」
「うん。パソコンで観てるの。」
梨恵が口をはさむ。
「談話室にも来んよな。」
どんな映画なの――と一冴は再び問うた。
「さあ――なんか洋画っぽいけど。」
「そう。」
食堂の外へ去ってゆく紅子を、一冴は視線で追った。
0
お気に入りに追加
66
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
AV研は今日もハレンチ
楠富 つかさ
キャラ文芸
あなたが好きなAVはAudioVisual? それともAdultVideo?
AV研はオーディオヴィジュアル研究会の略称で、音楽や動画などメディア媒体の歴史を研究する集まり……というのは建前で、実はとんでもないものを研究していて――
薄暗い過去をちょっとショッキングなピンクで塗りつぶしていくネジの足りない群像劇、ここに開演!!
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
さくらと遥香
youmery
恋愛
国民的な人気を誇る女性アイドルグループの4期生として活動する、さくらと遥香(=かっきー)。
さくら視点で描かれる、かっきーとの百合恋愛ストーリーです。
◆あらすじ
さくらと遥香は、同じアイドルグループで活動する同期の2人。
さくらは"さくちゃん"、
遥香は名字にちなんで"かっきー"の愛称でメンバーやファンから愛されている。
同期の中で、加入当時から選抜メンバーに選ばれ続けているのはさくらと遥香だけ。
ときに"4期生のダブルエース"とも呼ばれる2人は、お互いに支え合いながら数々の試練を乗り越えてきた。
同期、仲間、戦友、コンビ。
2人の関係を表すにはどんな言葉がふさわしいか。それは2人にしか分からない。
そんな2人の関係に大きな変化が訪れたのは2022年2月、46時間の生配信番組の最中。
イラストを描くのが得意な遥香は、生配信中にメンバー全員の似顔絵を描き上げる企画に挑戦していた。
配信スタジオの一角を使って、休む間も惜しんで似顔絵を描き続ける遥香。
さくらは、眠そうな顔で頑張る遥香の姿を心配そうに見つめていた。
2日目の配信が終わった夜、さくらが遥香の様子を見に行くと誰もいないスタジオで2人きりに。
遥香の力になりたいさくらは、
「私に出来ることがあればなんでも言ってほしい」
と申し出る。
そこで、遥香から目をつむるように言われて待っていると、さくらは唇に柔らかい感触を感じて…
◆章構成と主な展開
・46時間TV編[完結]
(初キス、告白、両想い)
・付き合い始めた2人編[完結]
(交際スタート、グループ内での距離感の変化)
・かっきー1st写真集編[完結]
(少し大人なキス、肌と肌の触れ合い)
・お泊まり温泉旅行編[完結]
(お風呂、もう少し大人な関係へ)
・かっきー2回目のセンター編[完結]
(かっきーの誕生日お祝い)
・飛鳥さん卒コン編[完結]
(大好きな先輩に2人の関係を伝える)
・さくら1st写真集編[完結]
(お風呂で♡♡)
・Wセンター編[不定期更新中]
※女の子同士のキスやハグといった百合要素があります。抵抗のない方だけお楽しみください。
さくらと遥香(ショートストーリー)
youmery
恋愛
「さくらと遥香」46時間TV編で両想いになり、周りには内緒で付き合い始めたさくちゃんとかっきー。
その後のメインストーリーとはあまり関係してこない、単発で読めるショートストーリー集です。
※さくちゃん目線です。
※さくちゃんとかっきーは周りに内緒で付き合っています。メンバーにも事務所にも秘密にしています。
※メインストーリーの長編「さくらと遥香」を未読でも楽しめますが、46時間TV編だけでも読んでからお読みいただくことをおすすめします。
※ショートストーリーはpixivでもほぼ同内容で公開中です。
学園の美人三姉妹に告白して断られたけど、わたしが義妹になったら溺愛してくるようになった
白藍まこと
恋愛
主人公の花野明莉は、学園のアイドル 月森三姉妹を崇拝していた。
クールな長女の月森千夜、おっとり系な二女の月森日和、ポジティブ三女の月森華凛。
明莉は遠くからその姿を見守ることが出来れば満足だった。
しかし、その情熱を恋愛感情と捉えられたクラスメイトによって、明莉は月森三姉妹に告白を強いられてしまう。結果フラれて、クラスの居場所すらも失うことに。
そんな絶望に拍車をかけるように、親の再婚により明莉は月森三姉妹と一つ屋根の下で暮らす事になってしまう。義妹としてスタートした新生活は最悪な展開になると思われたが、徐々に明莉は三姉妹との距離を縮めていく。
三姉妹に溺愛されていく共同生活が始まろうとしていた。
※他サイトでも掲載中です。
〈社会人百合〉アキとハル
みなはらつかさ
恋愛
女の子拾いました――。
ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?
主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。
しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……?
絵:Novel AI
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる