32 / 133
第三章 紅に深く染みにし心かも
第四話 男の娘は体育が色々大変
しおりを挟む
その日の一時間目は、入学して初めての体育だった。
身体測定のときと同じことが起こらないよう、一冴は菊花と打ち合わせをしている――早めに一冴が更衣室で着替え、出てゆくこととしたのだ。
朝学活が終わると、すぐに一冴は教室を出た。
更衣室へ這入る。
当然、まだ誰もいない。
クラスメイトが来る前に着替えをすませた。
更衣室から出て、校庭へ向かう。
途中で梨恵とすれ違った。
「あ――いちごちゃん、先に着替えとっただかあ。」
「え――うん。まあ。」
言葉を濁し、梨恵から逃げる。
――俺はここにいちゃいけない人間だ。
梨恵はそれを知らない。一冴のことも警戒していない。
――女子更衣室にいたら普通は逮捕されるのに。
校庭へ出る。
やがてクラスメイト達が集まり、授業が始まった。
教師に命じられ、校庭を一周する。
周囲の女子に合わせて走った。一冴は運動があまり好きではない。それでも体力は男女で違う。女子らしく見られるためには、本来の力を抑えなければならない。
問題は、その次のハードル走だ。
校庭の中央には、百メートルの白線が五つ引かれている。その途中にハードルが四つ置かれていた。
クラスメイトと共にスタートラインへ立つ。
そして体育教師が声をかけた。
「よーい――スタート!」
四人の生徒が一斉に走り出す。
最初は隣の女子に合わせて走った。しかしハードルを前にして、それを飛び越えることに意識が集中する。地面を蹴り、飛び越えた。地に足が着くと同時に、爽快感に包まれる。次のハードルが目に入った。駆け――跳ね――飛び越える。さらに次のハードルへ意識を集中させる。
ゴールに着いたとき、クラスで最も高い成績を一冴は弾き出していた。
背後から歓声が上がる。
「すげー。」
「マジか。」
「いちごちゃんすごーい。」
冷や汗が流れる。力を抑えるはずだったのに、思わず忘れていたのだ。
それに続く走り幅跳びでは、一冴はさらに優秀な記録を打ち出すこととなる。
授業が終わった後は、運動好きのクラスメイトたちが次々と話しかけてきた。
「上原さんって、中学のときはどこか運動部に入ってたの?」
「あ――いや――別に。」
「凄い運動能力だね? 陸上部入りなよ!」
「そういうのは――別に――好きじゃないから。」
「好きじゃないなら何であんな運動能力高いわけ?」
「さ――さあ。」
更衣室へと戻る。
制服を仕舞ってある棚に近づいたとき、床に落ちていたトランクスに目が留まった。
背筋が冷える。
クラスメイト達が騒ぎ始めた。
「何あれ?」
「トランクスじゃね?」
「男物の?」
「何で落ちてんの?」
――知るか。
とりあえず、菊花が帰って来る前に着替えなければならない。
授業前と同じく、体操着の上にセーラー服を羽織り、スカートを履いた。
着替えを終え、更衣室から出る。
同時に、菊花とすれ違った。
――やっぱり着替えは見られたくないんだろうな。
キャーキャーという声が更衣室から聞こえている。トランクスを見て騒いでいるのだ。女子更衣室に――いや女子校に落ちているはずがない物だから当然だ。
しかし、なぜ落ちていたのか。
二時間目の授業のあいだも、トランクスのことは気にかかっていた。
授業が終わり、手洗いへ向かう。
唐突に、スカートを背後からつまみ上げられた。
「ひゃっ!」
振り返ると、菊花が立っていた。
「な――何すんの、菊花ちゃん?」
「いや――なに履いてるのかなって思って。」
「そ――そんなもん、体操着に決まってるでしょ。」
「あっ、そう。」
そして、疑うような視線を菊花は向ける。
「あのトランクスって、あんたの?」
「ち、違うけど?」一冴は声をひそめる。「大体からして、男物の下着なんか持ってくるわけないじゃん。」
「じゃあ、あんなもんが更衣室に何で落ちてたの?」
「知るわけないでしょ。」
「まあ――そうか。」
しかし、一冴自身も疑問だった。
この学校に、トランクスを履いている人間などいない。
それでは――誰が。
身体測定のときと同じことが起こらないよう、一冴は菊花と打ち合わせをしている――早めに一冴が更衣室で着替え、出てゆくこととしたのだ。
朝学活が終わると、すぐに一冴は教室を出た。
更衣室へ這入る。
当然、まだ誰もいない。
クラスメイトが来る前に着替えをすませた。
更衣室から出て、校庭へ向かう。
途中で梨恵とすれ違った。
「あ――いちごちゃん、先に着替えとっただかあ。」
「え――うん。まあ。」
言葉を濁し、梨恵から逃げる。
――俺はここにいちゃいけない人間だ。
梨恵はそれを知らない。一冴のことも警戒していない。
――女子更衣室にいたら普通は逮捕されるのに。
校庭へ出る。
やがてクラスメイト達が集まり、授業が始まった。
教師に命じられ、校庭を一周する。
周囲の女子に合わせて走った。一冴は運動があまり好きではない。それでも体力は男女で違う。女子らしく見られるためには、本来の力を抑えなければならない。
問題は、その次のハードル走だ。
校庭の中央には、百メートルの白線が五つ引かれている。その途中にハードルが四つ置かれていた。
クラスメイトと共にスタートラインへ立つ。
そして体育教師が声をかけた。
「よーい――スタート!」
四人の生徒が一斉に走り出す。
最初は隣の女子に合わせて走った。しかしハードルを前にして、それを飛び越えることに意識が集中する。地面を蹴り、飛び越えた。地に足が着くと同時に、爽快感に包まれる。次のハードルが目に入った。駆け――跳ね――飛び越える。さらに次のハードルへ意識を集中させる。
ゴールに着いたとき、クラスで最も高い成績を一冴は弾き出していた。
背後から歓声が上がる。
「すげー。」
「マジか。」
「いちごちゃんすごーい。」
冷や汗が流れる。力を抑えるはずだったのに、思わず忘れていたのだ。
それに続く走り幅跳びでは、一冴はさらに優秀な記録を打ち出すこととなる。
授業が終わった後は、運動好きのクラスメイトたちが次々と話しかけてきた。
「上原さんって、中学のときはどこか運動部に入ってたの?」
「あ――いや――別に。」
「凄い運動能力だね? 陸上部入りなよ!」
「そういうのは――別に――好きじゃないから。」
「好きじゃないなら何であんな運動能力高いわけ?」
「さ――さあ。」
更衣室へと戻る。
制服を仕舞ってある棚に近づいたとき、床に落ちていたトランクスに目が留まった。
背筋が冷える。
クラスメイト達が騒ぎ始めた。
「何あれ?」
「トランクスじゃね?」
「男物の?」
「何で落ちてんの?」
――知るか。
とりあえず、菊花が帰って来る前に着替えなければならない。
授業前と同じく、体操着の上にセーラー服を羽織り、スカートを履いた。
着替えを終え、更衣室から出る。
同時に、菊花とすれ違った。
――やっぱり着替えは見られたくないんだろうな。
キャーキャーという声が更衣室から聞こえている。トランクスを見て騒いでいるのだ。女子更衣室に――いや女子校に落ちているはずがない物だから当然だ。
しかし、なぜ落ちていたのか。
二時間目の授業のあいだも、トランクスのことは気にかかっていた。
授業が終わり、手洗いへ向かう。
唐突に、スカートを背後からつまみ上げられた。
「ひゃっ!」
振り返ると、菊花が立っていた。
「な――何すんの、菊花ちゃん?」
「いや――なに履いてるのかなって思って。」
「そ――そんなもん、体操着に決まってるでしょ。」
「あっ、そう。」
そして、疑うような視線を菊花は向ける。
「あのトランクスって、あんたの?」
「ち、違うけど?」一冴は声をひそめる。「大体からして、男物の下着なんか持ってくるわけないじゃん。」
「じゃあ、あんなもんが更衣室に何で落ちてたの?」
「知るわけないでしょ。」
「まあ――そうか。」
しかし、一冴自身も疑問だった。
この学校に、トランクスを履いている人間などいない。
それでは――誰が。
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする
夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】
主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。
そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。
「え?私たち、付き合ってますよね?」
なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。
「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。
プール終わり、自分のバッグにクラスメイトのパンツが入っていたらどうする?
九拾七
青春
プールの授業が午前中のときは水着を着こんでいく。
で、パンツを持っていくのを忘れる。
というのはよくある笑い話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる