98 / 109
第十三章 新世界
新世界(4)
しおりを挟む
物理の授業が始まる前に机の下で開いた動画ファイル。
それが映し出していたのは真白先生と香奈恵さんのベッドシーンだった。
これから授業を受ける教師と、その奥さんが液晶画面でまぐわう。
真白先生が香奈恵さんの乳房を揉み、香奈恵さんがせがむように真白先生の唇を求める。
香奈恵さんの上体を後ろに倒すと、その屹立した槍を股間へとあてがった。
理科実験室で明莉が咥えていた肉棒がずぶずぶと香奈恵さんの中に侵入していく。
僕がこの二週間で何度も抱いた女性が、動画の中で別の男に抱かれている。
面と向かって「愛している」とまで言った女性が。
僕はいったい何を見ているのだろう?
授業開始時間前にどうしてこんなものを見ているのだろう?
どうして香奈恵さんは僕にわざわざこんな動画を送ってきたのだろう?
他人に抱かれる香奈恵さんの姿を見て、――それでも僕の股間は激しく勃起していた。
香奈恵さんは真白先生の奥さんだから、セックスするのは当たり前と頭は理解している。
ただどこかで香奈恵さんは僕のものになってくれているのだという淡い期待もあった。
僕へと寄りかかる彼女。だから真白先生とのセックスは拒否しているのだと。
そうではなかった。
もちろん一昨日彼女が言っていた言葉を実行に移したということなのかもしれない。
――「あの人ともエッチして、アリバイを作っておかなきゃ」という言葉。
中出しした僕の子種が着床していた時に、真白先生の子供だと思わせるアリバイづくり。
でもそうだとすれば、それを匂わすやり取りをLINEでやるべきではないだろう。
――この回線はEL-SPYで監視されているのだ。
チャイムが鳴った。前方の扉が開いて真白先生が入ってくる。
薄手のセーターの上にジャケットを羽織り、黒縁眼鏡を掛けた美形の物理教師。
いつもと同じスタイル。女子生徒に人気の若い先生がカツカツと教卓へと近づく。
理科実験室で明莉にフェラチオをさせて、生徒指導室で僕にセックスを見せつけた。
僕に盗作疑惑をなすりつけた。そして今でも香奈恵さんのことは抱き続けている。
全てはこの男のせいだ。この男が……この男が――僕の世界を歪めている。
喉元に込み上げてくるものを覚える。
胸の奥で心が軋む。
目眩がした。
――起立、礼、……着席!
日直の号令で授業開始が告げられる。
真白先生がいつものようによく通る声で授業内容の説明を開始した。
前回やった内容の復習から、本日の大まかな概要まで。
教室の中で生徒たちが教科書を開く音が聞こえる。
真白先生の授業は比較的人気だから、多くの生徒が素直に先生の話に耳を傾けている。
もちろん中には早速机に突っ伏して、話を開きさえしない生徒もいるけれど。
明莉も、森さんも、まっすぐに真白先生の方を見つめていた。
教室を見回すと他の女子たちも皆、真白先生のことを見上げている。
机の中のスマートフォンでは香奈恵さんが真白先生の上に跨り、腰を振っていった。
分からない。もう分からない。何もかもが分からなくなってきた。
「――じゃあ、ここの部分を誰か解けるか? ちょっと難しいから――悠木秋翔。ちょっと解いてみてくれ」
突然名前を呼ばれて、僕は驚いて顔を上げる。
教壇の上の物理教師――真白先生と目が合った。
彼は目を細めている。落ち着いた表情。
一見穏やかな表情の奥の瞳は、必ずしも笑っていない。
僕はスマートフォンを机の奥にしまった。
「――すみません。ちょっとボケッとしていました。――問題……ですか?」
「正直だなぁ。授業を聞いていなかったのを堂々と表明するなんて。……まぁいいや、聞いていなかったのがこの瞬間だけだったと期待するよ」
真白先生が拗ねたように冗談っぽく肩を竦めると、教室からクスクスと笑い声が生じた。
内容は電磁気学の問題。ファラデーの電磁誘導の法則を使ったただの数学問題。
だから問題は――きっと解ける。
「――わかりました」
僕は立ち上がると、教室中の視線を感じながら、一歩ずつ教壇へと向かった。
教室中の視線が僕に刺さる。突然の不安感が僕を襲い始めた。
視界に靄がかかる。動悸が激しくなる。頭が熱を持ち始める。
ようやく黒板の前に到達した僕は、白色のチョークを手に取った。
その色は誰かのキャミソールの色みたいだと思った。
「ちょっと気を抜いていたとしても、悠木くんなら解けるんじゃないかな?」
「――買い被りだと思いますけれど?」
チョークを掲げて、答案を黒板へと刻み始める。
隣に立った真白先生が語りかけてくる。
「最近は悠木くんも課外活動が忙しいみたいだけれど、だからと言ってすぐに勉学に影響が出たりしないのは、さすがだね。――秋に復帰してからは優等生そのものだ」
まるで真面目な生徒を褒めそやすように、真白先生は話す。
話しかけられると板書に集中できないのだけれど。
熱を持ってくらくらする頭をなんとか支えながら、僕は白い文字を黒板に書き連ねた。
真白先生が僕の答案を確認する。そこで先生は声を潜めた。
「――でもだからって先生の大切なものを傷つけるのは良くないよ? あまり調子に乗っていると――僕は君を本当に許せなくなるかもしれない。君は気づくべきだ……周囲を傷つけているのは――君自身なんだって」
剥き出しの言葉。僕は弾かれたように振り向いた。
隣で僕の板書を目で追っていた真白先生もこちらを向いて、――目が合った。
明莉を傷つけているのは僕で、香奈恵さんを傷つけているのも僕で、森さんを傷つけているのも僕なのか。彼女たちの幸せを願うなら、この世界から消えるべきは――僕なのか。
真白先生の瞳が真紅に染まる。
彼の瞳孔から僕に向かって漆黒が吹き出してくる。
「――真白先生……」
「悠木――くん?」
世界が暗闇に染まる。足元の感覚が失われる。
軋んだ心にひびが入って、――砕け散った。
春に味わった懐かしい感覚。
全てが闇に溶けて崩落する感覚。
――そして僕は意識を手放した。
それが映し出していたのは真白先生と香奈恵さんのベッドシーンだった。
これから授業を受ける教師と、その奥さんが液晶画面でまぐわう。
真白先生が香奈恵さんの乳房を揉み、香奈恵さんがせがむように真白先生の唇を求める。
香奈恵さんの上体を後ろに倒すと、その屹立した槍を股間へとあてがった。
理科実験室で明莉が咥えていた肉棒がずぶずぶと香奈恵さんの中に侵入していく。
僕がこの二週間で何度も抱いた女性が、動画の中で別の男に抱かれている。
面と向かって「愛している」とまで言った女性が。
僕はいったい何を見ているのだろう?
授業開始時間前にどうしてこんなものを見ているのだろう?
どうして香奈恵さんは僕にわざわざこんな動画を送ってきたのだろう?
他人に抱かれる香奈恵さんの姿を見て、――それでも僕の股間は激しく勃起していた。
香奈恵さんは真白先生の奥さんだから、セックスするのは当たり前と頭は理解している。
ただどこかで香奈恵さんは僕のものになってくれているのだという淡い期待もあった。
僕へと寄りかかる彼女。だから真白先生とのセックスは拒否しているのだと。
そうではなかった。
もちろん一昨日彼女が言っていた言葉を実行に移したということなのかもしれない。
――「あの人ともエッチして、アリバイを作っておかなきゃ」という言葉。
中出しした僕の子種が着床していた時に、真白先生の子供だと思わせるアリバイづくり。
でもそうだとすれば、それを匂わすやり取りをLINEでやるべきではないだろう。
――この回線はEL-SPYで監視されているのだ。
チャイムが鳴った。前方の扉が開いて真白先生が入ってくる。
薄手のセーターの上にジャケットを羽織り、黒縁眼鏡を掛けた美形の物理教師。
いつもと同じスタイル。女子生徒に人気の若い先生がカツカツと教卓へと近づく。
理科実験室で明莉にフェラチオをさせて、生徒指導室で僕にセックスを見せつけた。
僕に盗作疑惑をなすりつけた。そして今でも香奈恵さんのことは抱き続けている。
全てはこの男のせいだ。この男が……この男が――僕の世界を歪めている。
喉元に込み上げてくるものを覚える。
胸の奥で心が軋む。
目眩がした。
――起立、礼、……着席!
日直の号令で授業開始が告げられる。
真白先生がいつものようによく通る声で授業内容の説明を開始した。
前回やった内容の復習から、本日の大まかな概要まで。
教室の中で生徒たちが教科書を開く音が聞こえる。
真白先生の授業は比較的人気だから、多くの生徒が素直に先生の話に耳を傾けている。
もちろん中には早速机に突っ伏して、話を開きさえしない生徒もいるけれど。
明莉も、森さんも、まっすぐに真白先生の方を見つめていた。
教室を見回すと他の女子たちも皆、真白先生のことを見上げている。
机の中のスマートフォンでは香奈恵さんが真白先生の上に跨り、腰を振っていった。
分からない。もう分からない。何もかもが分からなくなってきた。
「――じゃあ、ここの部分を誰か解けるか? ちょっと難しいから――悠木秋翔。ちょっと解いてみてくれ」
突然名前を呼ばれて、僕は驚いて顔を上げる。
教壇の上の物理教師――真白先生と目が合った。
彼は目を細めている。落ち着いた表情。
一見穏やかな表情の奥の瞳は、必ずしも笑っていない。
僕はスマートフォンを机の奥にしまった。
「――すみません。ちょっとボケッとしていました。――問題……ですか?」
「正直だなぁ。授業を聞いていなかったのを堂々と表明するなんて。……まぁいいや、聞いていなかったのがこの瞬間だけだったと期待するよ」
真白先生が拗ねたように冗談っぽく肩を竦めると、教室からクスクスと笑い声が生じた。
内容は電磁気学の問題。ファラデーの電磁誘導の法則を使ったただの数学問題。
だから問題は――きっと解ける。
「――わかりました」
僕は立ち上がると、教室中の視線を感じながら、一歩ずつ教壇へと向かった。
教室中の視線が僕に刺さる。突然の不安感が僕を襲い始めた。
視界に靄がかかる。動悸が激しくなる。頭が熱を持ち始める。
ようやく黒板の前に到達した僕は、白色のチョークを手に取った。
その色は誰かのキャミソールの色みたいだと思った。
「ちょっと気を抜いていたとしても、悠木くんなら解けるんじゃないかな?」
「――買い被りだと思いますけれど?」
チョークを掲げて、答案を黒板へと刻み始める。
隣に立った真白先生が語りかけてくる。
「最近は悠木くんも課外活動が忙しいみたいだけれど、だからと言ってすぐに勉学に影響が出たりしないのは、さすがだね。――秋に復帰してからは優等生そのものだ」
まるで真面目な生徒を褒めそやすように、真白先生は話す。
話しかけられると板書に集中できないのだけれど。
熱を持ってくらくらする頭をなんとか支えながら、僕は白い文字を黒板に書き連ねた。
真白先生が僕の答案を確認する。そこで先生は声を潜めた。
「――でもだからって先生の大切なものを傷つけるのは良くないよ? あまり調子に乗っていると――僕は君を本当に許せなくなるかもしれない。君は気づくべきだ……周囲を傷つけているのは――君自身なんだって」
剥き出しの言葉。僕は弾かれたように振り向いた。
隣で僕の板書を目で追っていた真白先生もこちらを向いて、――目が合った。
明莉を傷つけているのは僕で、香奈恵さんを傷つけているのも僕で、森さんを傷つけているのも僕なのか。彼女たちの幸せを願うなら、この世界から消えるべきは――僕なのか。
真白先生の瞳が真紅に染まる。
彼の瞳孔から僕に向かって漆黒が吹き出してくる。
「――真白先生……」
「悠木――くん?」
世界が暗闇に染まる。足元の感覚が失われる。
軋んだ心にひびが入って、――砕け散った。
春に味わった懐かしい感覚。
全てが闇に溶けて崩落する感覚。
――そして僕は意識を手放した。
0
お気に入りに追加
194
あなたにおすすめの小説
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち
ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。
クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。
それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。
そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決!
その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。
元おっさんの幼馴染育成計画
みずがめ
恋愛
独身貴族のおっさんが逆行転生してしまった。結婚願望がなかったわけじゃない、むしろ強く思っていた。今度こそ人並みのささやかな夢を叶えるために彼女を作るのだ。
だけど結婚どころか彼女すらできたことのないような日陰ものの自分にそんなことができるのだろうか? 軟派なことをできる自信がない。ならば幼馴染の女の子を作ってそのままゴールインすればいい。という考えのもと始まる元おっさんの幼馴染育成計画。
※この作品は小説家になろうにも掲載しています。
※【挿絵あり】の話にはいただいたイラストを載せています。表紙はチャーコさんが依頼して、まるぶち銀河さんに描いていただきました。
〈社会人百合〉アキとハル
みなはらつかさ
恋愛
女の子拾いました――。
ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?
主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。
しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……?
絵:Novel AI
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる