上 下
91 / 109
第十二章 本願

本願(5)

しおりを挟む
 話題を昨日の出来事へと移す。明莉の部屋のベッドに座って。
 昨日の生徒指導室、真白先生は僕へと見せつけるように明莉の制服を脱がして犯した。

「――昨日は……ごめんね」

 先に口を開いたのは明莉だった。
 彼女から謝罪が漏れる。そんな言葉は聞きたくもないのだけれど。

「真白先生があそこまでやるなんて思っていなくて……。恥ずかしかったんだよ? 私も」
「でも明莉――あまり抵抗していなかったよね?」

 むしろ気持ちよさそうだった。
 快楽を求めるようによがっていた。

「ごめん……。初めのうちは恥ずかしかったし、駄目だって思ったんだけど。――だんだんよく分かんなくなってきて……」

 明莉は少し反省するように、椅子の上で折った膝に顎を乗せる。
 そんな彼女を見て、僕は仕方なく溜め息をついた。

「――ああいうのを見てさ、僕が何とも思わないと思うのかい?」

 彼女は少しだけ目を開き、ゆっくりと左右に首を振った。

「――ごめん」

 明莉は自らの非を認めた。
 昨日のことが契約違反なことは明白だから。

「――学校で、あんなことやるなんて、信じられないよ……ごめんだけど。二週間前、僕は言ったよね? 明莉? 真白先生との不純異性交遊は許さないって。――少なくとも卒業までは。それが僕の動画を消す条件だって――」

 明莉は下唇を噛んで、小さく頷いた。
 彼女は非を認めた。だから僕はそこを起点にして語り始める。
 認めた彼女の負い目に軸足を置いて。――ここからは僕のターンだ。

 発散ダイバージェンスしそうな糸を束ね、僕は正しい世界線へと収束コンバージェンスさせていく。
 虚構で現実を上書きして、僕らはきっと新しい世界へと至る。

 真白先生はあのフェラチオ動画で僕に対する抑止力を得た気になっていたのだろう。でも僕に理屈が通ることと、明莉に理屈が通ることは別問題なのだ。

「――でも秋翔くんだって……真白先生の奥さんと……奥さんと変なことしてたじゃん!」

 綺麗な顔に眉を寄せて、明莉が恐い顔をする。
 やっぱり真白先生は明莉にあの動画を見せていたのだ。――心が痛む。
 純粋な明莉は、きっとその動画を見て、僕の浮気を疑ったのだろう。
 こんなにも真っ直ぐに明莉のことを思っている僕の浮気を。
 彼女は嫉妬したのだろうか?
 ――そうだったら良いなと思う。

「――明莉、それはそれ、これはこれだよ」
「え、何よ、その論理。……秋翔くんだって、不倫でしょ……? しかも先生の奥さんだなんて」
「明莉――今は明莉と真白先生のことを話しているんだ。誤魔化すのはやめよう」
「ご……誤魔化してなんか……」
「約束――破ったんだよね?」

 僕たちはあの日――すべてが始まった理科実験室で約束した。
 彼女と真白先生が卒業まで交際を控えることが、動画を消す条件だって。

 それが守られなければ僕はこの動画を校長先生なりPTAなりへ差し出す。
 佐渡先輩の盗作問題の責任を僕らに押し付けて揉み消した教頭先生や校長先生が、この動画を受け取って適切に扱ってくれるのかは分からない。
 でもカードは僕の手の中にあるのだ。教育委員会やPTA、果にはマスコミへのリークさえ可能なのだ。校長先生にだって揉み消せるものではない。
 佐渡盗作問題を一緒に揉み消した真白先生を切り捨てなければならないことを、あの二人がどう思うかは知らない。ただ心を痛めてくれることを祈る。

「動画を……どうするの? まさか本当に……」

 真白先生はいつか言った。
 僕の弱点は篠宮明莉を好きすぎることだって。
 それは一面では正解だけど、もう一面では見誤っている。
 僕がどれだけ明莉ことを好きかを――見誤っている。
 もしちゃんと分かっていたら、僕の動画を安易に抑止力として使ってこなかっただろう。いくらEL-SPYで僕の動画を逆流させて手に入れたからといって。
 分かっていてやっているなら、それは多分に冷静さを失った判断だ。
 もしかすると先生も香奈恵さんを僕に寝取られて冷静さを失っていたのかもしれないが。

「ああ、校長先生と教頭先生に見せようと思う。――あと必要ならPTAにも」

 これは二週間前の約束そのものだ。
 あの時、動画を消さなかったのは僕の約束違反かもしれない。
 だけど片務的な契約が強制力なしで実質的に成立するわけはないのだ。
 僕が動画を消さなかったのはその意味で合理的な行動そのものと言える。

「――やめて……お願い! 秋翔くん、私たち幼馴染じゃん。……お願い、そんなことされたら私――」

 ――人生が終わるのだろう。
 この動画をYoutubeにでもアップロードすれば余計に明莉の人生が終わる。

「ねぇ、やめてよ、ねぇ、秋翔くん……」

 困惑するように、懇願するように、明莉が少しずつ椅子を動かして近づく。
 顔は蒼白になっていく。

「僕は――明莉のことが心配なんだよ? 真白先生と一緒にいて、……ほら、やっぱり離れられずにいる。先生と生徒は付き合っちゃだめなんだ。――特に不倫は法律的にもアウトなんだよ。それに明莉は未成年だから」
「――でも私のことが心配なら余計に……ほら、その動画を人に見せるとか……ね? 良くないよ……」

 明莉が僕に縋る。浅ましくも。動画を誰かに見られることを恐れて。
 でもそんな彼女もやっぱり可愛い。

「それに先生も言っていたよ? もし秋翔くんがその動画を流出させるなら、秋翔くんの動画も使って秋翔くんのことも問題にするんだって!」
「関係ないよ」
「か……関係ないって……?」

 そう――関係ないのだ。

 真白先生は見誤っている。
 僕という人間を。僕の明莉への愛の深さを。

 確かに僕と香奈恵さんのフェラチオ動画で僕は学園を追われるかもしれない。僕の人生は潰されるかもしれない。
 でもそれは必ずしも、僕と明莉が一緒になれないことを意味しない。そこにも明莉と共に生きる世界線は存在するのだ。
 
 一方で真白先生と明莉がのうのうと付き合い続ける状況は、明莉と僕が一緒になれる世界線ではない。世界線は正しい経路から発散ダイバージェンスする。
 真白先生が想定した核抑止力による冷戦状態の構築は――不十分なのだ。
 ――僕は明莉のことを好きすぎる。
 それを本当に理解していれば分かったはずなのにな。

「僕にとって――そのくらい大切なことだから」

 僕はポケットからスマホを取り出してかざす。
 ロックを解除したそこには、あの日の動画が映っている。
 ――明莉が真白先生の肉棒を咥えた、あの時の動画が。

「――お願い、許して、秋翔くん。その動画は……動画だけは誰にも見せないで。――私、もう先生とはあんなことしないし、秋翔くんの言うことを、何だって聞くから」

 目を潤ませて、明莉は祈るように僕へと近づく。
 椅子を降りて、ベッドに座る僕の隣へと腰を下ろした。
 彼女の綺麗で丸いお尻が僕の直ぐ側に来る。

「――何だって聞いてくれるの? 明莉?」
「え……、あ、う……うん」

 彼女は戸惑ったように頷く。
 状況は整った。空気は支配した。非現実を展開する準備はできた。

 虚構は現実を覆う。具現化された発話や行為が現実を上塗りしていく。
 それならば僕も、そこに道をつけよう。僕が手にしたカードを使って。

「――じゃあ、明莉。僕にフェラチオしてよ。あの日、真白先生にしていたみたいにさ――」

 僕は彼女と至近距離で見つめ合う。
 幼馴染の目が開かれる。

「――僕の肉棒を咥えてよ」

 だって君のことがずっと好きだったから。
しおりを挟む
感想 21

あなたにおすすめの小説

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち

ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

元おっさんの幼馴染育成計画

みずがめ
恋愛
独身貴族のおっさんが逆行転生してしまった。結婚願望がなかったわけじゃない、むしろ強く思っていた。今度こそ人並みのささやかな夢を叶えるために彼女を作るのだ。 だけど結婚どころか彼女すらできたことのないような日陰ものの自分にそんなことができるのだろうか? 軟派なことをできる自信がない。ならば幼馴染の女の子を作ってそのままゴールインすればいい。という考えのもと始まる元おっさんの幼馴染育成計画。 ※この作品は小説家になろうにも掲載しています。 ※【挿絵あり】の話にはいただいたイラストを載せています。表紙はチャーコさんが依頼して、まるぶち銀河さんに描いていただきました。

〈社会人百合〉アキとハル

みなはらつかさ
恋愛
 女の子拾いました――。  ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?  主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。  しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……? 絵:Novel AI

処理中です...