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第十二章 本願
本願(5)
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話題を昨日の出来事へと移す。明莉の部屋のベッドに座って。
昨日の生徒指導室、真白先生は僕へと見せつけるように明莉の制服を脱がして犯した。
「――昨日は……ごめんね」
先に口を開いたのは明莉だった。
彼女から謝罪が漏れる。そんな言葉は聞きたくもないのだけれど。
「真白先生があそこまでやるなんて思っていなくて……。恥ずかしかったんだよ? 私も」
「でも明莉――あまり抵抗していなかったよね?」
むしろ気持ちよさそうだった。
快楽を求めるようによがっていた。
「ごめん……。初めのうちは恥ずかしかったし、駄目だって思ったんだけど。――だんだんよく分かんなくなってきて……」
明莉は少し反省するように、椅子の上で折った膝に顎を乗せる。
そんな彼女を見て、僕は仕方なく溜め息をついた。
「――ああいうのを見てさ、僕が何とも思わないと思うのかい?」
彼女は少しだけ目を開き、ゆっくりと左右に首を振った。
「――ごめん」
明莉は自らの非を認めた。
昨日のことが契約違反なことは明白だから。
「――学校で、あんなことやるなんて、信じられないよ……ごめんだけど。二週間前、僕は言ったよね? 明莉? 真白先生との不純異性交遊は許さないって。――少なくとも卒業までは。それが僕の動画を消す条件だって――」
明莉は下唇を噛んで、小さく頷いた。
彼女は非を認めた。だから僕はそこを起点にして語り始める。
認めた彼女の負い目に軸足を置いて。――ここからは僕のターンだ。
発散しそうな糸を束ね、僕は正しい世界線へと収束させていく。
虚構で現実を上書きして、僕らはきっと新しい世界へと至る。
真白先生はあのフェラチオ動画で僕に対する抑止力を得た気になっていたのだろう。でも僕に理屈が通ることと、明莉に理屈が通ることは別問題なのだ。
「――でも秋翔くんだって……真白先生の奥さんと……奥さんと変なことしてたじゃん!」
綺麗な顔に眉を寄せて、明莉が恐い顔をする。
やっぱり真白先生は明莉にあの動画を見せていたのだ。――心が痛む。
純粋な明莉は、きっとその動画を見て、僕の浮気を疑ったのだろう。
こんなにも真っ直ぐに明莉のことを思っている僕の浮気を。
彼女は嫉妬したのだろうか?
――そうだったら良いなと思う。
「――明莉、それはそれ、これはこれだよ」
「え、何よ、その論理。……秋翔くんだって、不倫でしょ……? しかも先生の奥さんだなんて」
「明莉――今は明莉と真白先生のことを話しているんだ。誤魔化すのはやめよう」
「ご……誤魔化してなんか……」
「約束――破ったんだよね?」
僕たちはあの日――すべてが始まった理科実験室で約束した。
彼女と真白先生が卒業まで交際を控えることが、動画を消す条件だって。
それが守られなければ僕はこの動画を校長先生なりPTAなりへ差し出す。
佐渡先輩の盗作問題の責任を僕らに押し付けて揉み消した教頭先生や校長先生が、この動画を受け取って適切に扱ってくれるのかは分からない。
でもカードは僕の手の中にあるのだ。教育委員会やPTA、果にはマスコミへのリークさえ可能なのだ。校長先生にだって揉み消せるものではない。
佐渡盗作問題を一緒に揉み消した真白先生を切り捨てなければならないことを、あの二人がどう思うかは知らない。ただ心を痛めてくれることを祈る。
「動画を……どうするの? まさか本当に……」
真白先生はいつか言った。
僕の弱点は篠宮明莉を好きすぎることだって。
それは一面では正解だけど、もう一面では見誤っている。
僕がどれだけ明莉ことを好きかを――見誤っている。
もしちゃんと分かっていたら、僕の動画を安易に抑止力として使ってこなかっただろう。いくらEL-SPYで僕の動画を逆流させて手に入れたからといって。
分かっていてやっているなら、それは多分に冷静さを失った判断だ。
もしかすると先生も香奈恵さんを僕に寝取られて冷静さを失っていたのかもしれないが。
「ああ、校長先生と教頭先生に見せようと思う。――あと必要ならPTAにも」
これは二週間前の約束そのものだ。
あの時、動画を消さなかったのは僕の約束違反かもしれない。
だけど片務的な契約が強制力なしで実質的に成立するわけはないのだ。
僕が動画を消さなかったのはその意味で合理的な行動そのものと言える。
「――やめて……お願い! 秋翔くん、私たち幼馴染じゃん。……お願い、そんなことされたら私――」
――人生が終わるのだろう。
この動画をYoutubeにでもアップロードすれば余計に明莉の人生が終わる。
「ねぇ、やめてよ、ねぇ、秋翔くん……」
困惑するように、懇願するように、明莉が少しずつ椅子を動かして近づく。
顔は蒼白になっていく。
「僕は――明莉のことが心配なんだよ? 真白先生と一緒にいて、……ほら、やっぱり離れられずにいる。先生と生徒は付き合っちゃだめなんだ。――特に不倫は法律的にもアウトなんだよ。それに明莉は未成年だから」
「――でも私のことが心配なら余計に……ほら、その動画を人に見せるとか……ね? 良くないよ……」
明莉が僕に縋る。浅ましくも。動画を誰かに見られることを恐れて。
でもそんな彼女もやっぱり可愛い。
「それに先生も言っていたよ? もし秋翔くんがその動画を流出させるなら、秋翔くんの動画も使って秋翔くんのことも問題にするんだって!」
「関係ないよ」
「か……関係ないって……?」
そう――関係ないのだ。
真白先生は見誤っている。
僕という人間を。僕の明莉への愛の深さを。
確かに僕と香奈恵さんのフェラチオ動画で僕は学園を追われるかもしれない。僕の人生は潰されるかもしれない。
でもそれは必ずしも、僕と明莉が一緒になれないことを意味しない。そこにも明莉と共に生きる世界線は存在するのだ。
一方で真白先生と明莉がのうのうと付き合い続ける状況は、明莉と僕が一緒になれる世界線ではない。世界線は正しい経路から発散する。
真白先生が想定した核抑止力による冷戦状態の構築は――不十分なのだ。
――僕は明莉のことを好きすぎる。
それを本当に理解していれば分かったはずなのにな。
「僕にとって――そのくらい大切なことだから」
僕はポケットからスマホを取り出してかざす。
ロックを解除したそこには、あの日の動画が映っている。
――明莉が真白先生の肉棒を咥えた、あの時の動画が。
「――お願い、許して、秋翔くん。その動画は……動画だけは誰にも見せないで。――私、もう先生とはあんなことしないし、秋翔くんの言うことを、何だって聞くから」
目を潤ませて、明莉は祈るように僕へと近づく。
椅子を降りて、ベッドに座る僕の隣へと腰を下ろした。
彼女の綺麗で丸いお尻が僕の直ぐ側に来る。
「――何だって聞いてくれるの? 明莉?」
「え……、あ、う……うん」
彼女は戸惑ったように頷く。
状況は整った。空気は支配した。非現実を展開する準備はできた。
虚構は現実を覆う。具現化された発話や行為が現実を上塗りしていく。
それならば僕も、そこに道をつけよう。僕が手にしたカードを使って。
「――じゃあ、明莉。僕にフェラチオしてよ。あの日、真白先生にしていたみたいにさ――」
僕は彼女と至近距離で見つめ合う。
幼馴染の目が開かれる。
「――僕の肉棒を咥えてよ」
だって君のことがずっと好きだったから。
昨日の生徒指導室、真白先生は僕へと見せつけるように明莉の制服を脱がして犯した。
「――昨日は……ごめんね」
先に口を開いたのは明莉だった。
彼女から謝罪が漏れる。そんな言葉は聞きたくもないのだけれど。
「真白先生があそこまでやるなんて思っていなくて……。恥ずかしかったんだよ? 私も」
「でも明莉――あまり抵抗していなかったよね?」
むしろ気持ちよさそうだった。
快楽を求めるようによがっていた。
「ごめん……。初めのうちは恥ずかしかったし、駄目だって思ったんだけど。――だんだんよく分かんなくなってきて……」
明莉は少し反省するように、椅子の上で折った膝に顎を乗せる。
そんな彼女を見て、僕は仕方なく溜め息をついた。
「――ああいうのを見てさ、僕が何とも思わないと思うのかい?」
彼女は少しだけ目を開き、ゆっくりと左右に首を振った。
「――ごめん」
明莉は自らの非を認めた。
昨日のことが契約違反なことは明白だから。
「――学校で、あんなことやるなんて、信じられないよ……ごめんだけど。二週間前、僕は言ったよね? 明莉? 真白先生との不純異性交遊は許さないって。――少なくとも卒業までは。それが僕の動画を消す条件だって――」
明莉は下唇を噛んで、小さく頷いた。
彼女は非を認めた。だから僕はそこを起点にして語り始める。
認めた彼女の負い目に軸足を置いて。――ここからは僕のターンだ。
発散しそうな糸を束ね、僕は正しい世界線へと収束させていく。
虚構で現実を上書きして、僕らはきっと新しい世界へと至る。
真白先生はあのフェラチオ動画で僕に対する抑止力を得た気になっていたのだろう。でも僕に理屈が通ることと、明莉に理屈が通ることは別問題なのだ。
「――でも秋翔くんだって……真白先生の奥さんと……奥さんと変なことしてたじゃん!」
綺麗な顔に眉を寄せて、明莉が恐い顔をする。
やっぱり真白先生は明莉にあの動画を見せていたのだ。――心が痛む。
純粋な明莉は、きっとその動画を見て、僕の浮気を疑ったのだろう。
こんなにも真っ直ぐに明莉のことを思っている僕の浮気を。
彼女は嫉妬したのだろうか?
――そうだったら良いなと思う。
「――明莉、それはそれ、これはこれだよ」
「え、何よ、その論理。……秋翔くんだって、不倫でしょ……? しかも先生の奥さんだなんて」
「明莉――今は明莉と真白先生のことを話しているんだ。誤魔化すのはやめよう」
「ご……誤魔化してなんか……」
「約束――破ったんだよね?」
僕たちはあの日――すべてが始まった理科実験室で約束した。
彼女と真白先生が卒業まで交際を控えることが、動画を消す条件だって。
それが守られなければ僕はこの動画を校長先生なりPTAなりへ差し出す。
佐渡先輩の盗作問題の責任を僕らに押し付けて揉み消した教頭先生や校長先生が、この動画を受け取って適切に扱ってくれるのかは分からない。
でもカードは僕の手の中にあるのだ。教育委員会やPTA、果にはマスコミへのリークさえ可能なのだ。校長先生にだって揉み消せるものではない。
佐渡盗作問題を一緒に揉み消した真白先生を切り捨てなければならないことを、あの二人がどう思うかは知らない。ただ心を痛めてくれることを祈る。
「動画を……どうするの? まさか本当に……」
真白先生はいつか言った。
僕の弱点は篠宮明莉を好きすぎることだって。
それは一面では正解だけど、もう一面では見誤っている。
僕がどれだけ明莉ことを好きかを――見誤っている。
もしちゃんと分かっていたら、僕の動画を安易に抑止力として使ってこなかっただろう。いくらEL-SPYで僕の動画を逆流させて手に入れたからといって。
分かっていてやっているなら、それは多分に冷静さを失った判断だ。
もしかすると先生も香奈恵さんを僕に寝取られて冷静さを失っていたのかもしれないが。
「ああ、校長先生と教頭先生に見せようと思う。――あと必要ならPTAにも」
これは二週間前の約束そのものだ。
あの時、動画を消さなかったのは僕の約束違反かもしれない。
だけど片務的な契約が強制力なしで実質的に成立するわけはないのだ。
僕が動画を消さなかったのはその意味で合理的な行動そのものと言える。
「――やめて……お願い! 秋翔くん、私たち幼馴染じゃん。……お願い、そんなことされたら私――」
――人生が終わるのだろう。
この動画をYoutubeにでもアップロードすれば余計に明莉の人生が終わる。
「ねぇ、やめてよ、ねぇ、秋翔くん……」
困惑するように、懇願するように、明莉が少しずつ椅子を動かして近づく。
顔は蒼白になっていく。
「僕は――明莉のことが心配なんだよ? 真白先生と一緒にいて、……ほら、やっぱり離れられずにいる。先生と生徒は付き合っちゃだめなんだ。――特に不倫は法律的にもアウトなんだよ。それに明莉は未成年だから」
「――でも私のことが心配なら余計に……ほら、その動画を人に見せるとか……ね? 良くないよ……」
明莉が僕に縋る。浅ましくも。動画を誰かに見られることを恐れて。
でもそんな彼女もやっぱり可愛い。
「それに先生も言っていたよ? もし秋翔くんがその動画を流出させるなら、秋翔くんの動画も使って秋翔くんのことも問題にするんだって!」
「関係ないよ」
「か……関係ないって……?」
そう――関係ないのだ。
真白先生は見誤っている。
僕という人間を。僕の明莉への愛の深さを。
確かに僕と香奈恵さんのフェラチオ動画で僕は学園を追われるかもしれない。僕の人生は潰されるかもしれない。
でもそれは必ずしも、僕と明莉が一緒になれないことを意味しない。そこにも明莉と共に生きる世界線は存在するのだ。
一方で真白先生と明莉がのうのうと付き合い続ける状況は、明莉と僕が一緒になれる世界線ではない。世界線は正しい経路から発散する。
真白先生が想定した核抑止力による冷戦状態の構築は――不十分なのだ。
――僕は明莉のことを好きすぎる。
それを本当に理解していれば分かったはずなのにな。
「僕にとって――そのくらい大切なことだから」
僕はポケットからスマホを取り出してかざす。
ロックを解除したそこには、あの日の動画が映っている。
――明莉が真白先生の肉棒を咥えた、あの時の動画が。
「――お願い、許して、秋翔くん。その動画は……動画だけは誰にも見せないで。――私、もう先生とはあんなことしないし、秋翔くんの言うことを、何だって聞くから」
目を潤ませて、明莉は祈るように僕へと近づく。
椅子を降りて、ベッドに座る僕の隣へと腰を下ろした。
彼女の綺麗で丸いお尻が僕の直ぐ側に来る。
「――何だって聞いてくれるの? 明莉?」
「え……、あ、う……うん」
彼女は戸惑ったように頷く。
状況は整った。空気は支配した。非現実を展開する準備はできた。
虚構は現実を覆う。具現化された発話や行為が現実を上塗りしていく。
それならば僕も、そこに道をつけよう。僕が手にしたカードを使って。
「――じゃあ、明莉。僕にフェラチオしてよ。あの日、真白先生にしていたみたいにさ――」
僕は彼女と至近距離で見つめ合う。
幼馴染の目が開かれる。
「――僕の肉棒を咥えてよ」
だって君のことがずっと好きだったから。
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