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第二章 図書室

図書室(1)

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ちょっと明莉とのアレコレや、真白先生とのイザコザは、しばしお待ち下さい。
今日は新キャラが現れて少し膨らみます。

【本文】
 校舎を出ると太陽はほぼほぼ落ちていた。一月末の昼は短い。

 制服の上から羽織ったコートのポケットに手を突っ込む。

 西の方角を見ると校門の向こうに連なる住宅地の屋根の上に沈む夕日の残滓が見えた。
 太陽の姿はほぼ見えなくて、ただ山の輪郭が地平線沿いに赤く滲んでいる。

 渡り廊下から続く先の体育館。出入り口からは大きなスポーツバッグを背負った集団が数人ずつで集団を作りながら出てきていた。校門へ続く通路に立つ幾本かの街灯が、健康的な汗をかいた男子高校生たちを照らしている。

 そんな彼らを見て、一時間ほど前に見た、篠宮明莉の肌に浮かんだ汗を思い出した。
 同じ高校生でも、放課後にかく汗に色々な汗があるのだな、と知る。
 それもまた青春の汗なのか。


「――おお、悠木じゃん! 今帰り?」

 体育館の前を無機質に通り抜けて校門に向かって歩きだしたタイミングで、その一群の中から声を掛けられて振り向いた。
 バスケ部の集団から手を振るのは少し茶色い髪の男前。いわゆるイケメン。
 
 水上みずかみ洋平ようへい

 僕は部活にも所属していない上に、さして友達付き合いも良くないので、学校で話す相手も限られている。そんな僕にこうやって気兼ねなく声を掛けてくれるのは、水上くらいのものかもしれない。
 さして良いリアクションもしないまま渡り廊下の手前で突っ立っていると、「わりぃ、じゃあな!」と連れ立った数人のバスケ部のメンバーに手を振って、小走りに近づいてきた。

「よっ。悠木、今帰り? 帰宅部なのに遅いじゃん。何? 居残り? 補習でもあった? って、お前は成績良いもんな。無いか~」
「無いよ」

 一息にしゃべると、僕の短い返しに、水上は弾んだ息で「だな」と笑った。

 水上のその息が宙に浮いて、白くなった。改めて冬の寒さに気づく。

 僕はわざと首をマフラーの中に引っ込めて、ブルッと体を震わせた。

「水上はバスケ部――だよな。毎日、練習お疲れさん」
「ん? あぁ、まぁ、好きでやってることだしな! バスケは好きだし、それに面倒くさい先輩とかもいなくなったしな」

 栗色の髪の友人は、そう言って悪戯っぽく笑った。

 バスケ部を始め多くの運動部で三年生は春や夏にある一番大きな大会が終わると引退していく。遅くとも秋の大会。
 だから冬休みが明けた今はもう水上たちは部活の最高学年。
 やりたい放題の学年ということか。

 そのまま帰るのかと思ったら、図書室に立ち寄るのだというので、何故だか流れで付き合うことになった。
 僕も、あんなことがあった後だから、友人との日常会話にでも興じて自分の心理状態を少しでも平常心に戻すのも良いかもしれない――だなんて思った。
 だから用もない図書室にまで付き合うことにしたのだ。

 廊下を歩いて、階段を登る。
 

「悠木は、あれか? 撮影? ……あ、それとも篠宮さん待ちとか」
「――撮影。って、いうかなんでここで明莉の名前が出てくるんだよ?」
「ん? だって悠木がわざわざ放課後に学校にいるってなったら、映像の話か、篠宮さんのことくらいしか無くない?」

 たぶん図星だ。

 それ以外、放課後に用事なんてない。

 放課後という空虚な空間は好きだけれど、たぶん放課後は僕のことが好きではない。

 何の部活にも入っていない僕は、放課後の校舎に疎外されているのだ。

 だから撮りたくなったんだろうな。

 そして絶望するんだろうな。


「――悠木が篠宮さんのことを好きなのはモロバレだしな」


 わざわざ耳元に口を寄せて、潜めた声で水上は囁いた。
 誰もいない廊下で、そんなことをしなくても誰に聞かれるわけでもないのに。
 彼は悪戯っぽくニヒヒと笑う。


「――って、否定しないのかよ?」
「まぁ水上相手に否定しても、仕方ないしな。明莉のことは、お前の言う通りだし」
「いや、それはまあ、そうなんだけどさ。ていうか、多分、本人以外はみんな気づいてんじゃね?」
「そうなのか? ――そうなのかもな。まぁ、別にそこまで気をつけて隠しているわけでもないし、いいんだけどな」
「――まぁ、本人が気付いていないのが不思議なくらいだよなぁ。傍から見ていると」
「それが『幼馴染』の難しいところなんじゃねーの?」
「へー、そうなの?」
「知らんけど。いわゆる一般論として」
「――なんだよ。幼馴染一般論って。ウケるわっ!」

 そう言って、水上は僕の左肩を軽く叩いた。基本的にスキンシップの多い奴だ。
 
 ――幼馴染一般論。
 
 もしそんなものがあるとすれば、幼馴染同士は付き合って、幸せな結末を迎えるのだろうか? 幼馴染はハッピーエンドか? それともビターエンドか。

 いろんな漫画や小説じゃ、幼馴染は当て馬ヒロインの定番だったりする。
 結局、幼馴染は負けキャラで、最終的には寝取られエンドってことなんだろうか。

 別の男の股間をしゃぶって、跨がって、胸をはだけてよがるのが、幼馴染一般論から導出される「幼馴染の定理」だと言うのだろうか。そんな数学は嫌だな。


 漫画や小説が描き出す青春なんて、結局のところ現実を体よく切り取った断面だ。

 現実の幼馴染は、最終的には寝取られる。
 まぁ、そういうこと――なのかもしれないな。


「――で、実際のところは撮影? 篠宮さんじゃなくて?」
「そう。あ、まぁ、両方かもな」
「そうなの? やっぱり篠宮さんと放課後校内デート?」
「ちげーよ。明莉とはちょっと立ち話しただけ」
「してたんだ。立ち話?」
「……立ち話くらいするよ」

 嘘はついていない。

 理科実験室で、僕らは立ち話をした。
 二人っきりではなかったし、あれを校内デートだと言うならば、それこそ寝取られ願望の性的異常者だと思うのだけれど。


 薄暗い放課後の廊下を歩く。
 壁面の掲示場には掲示物も少なくて、なんだか閑散としていた。冬だ。
 
 感染予防のポスターだとか、政府からの広報ニュースとか、そんなどうでもいい感じの張り紙が漫然と貼ってあった。そういう情報は僕たちの青春とは何の関係もない。

 春になれば新入部員募集のビラところ狭しと貼られるのだけれど、今は青春の休業期間と言ったところか。一年生に春に見た、可愛らしい放送部のビラをなんとなく思い出した。あの頃は僕も、もう少し夢見がちだったのかもしれない。

 図書室の扉は薄暗い廊下の突き当りにあって、のぞき窓から煌々と光を放っていた。
 水上が手を掛けて横開き開いた。

 横開きに開く扉に既視感覚えて、生唾を飲み込む。冷や汗が流れる。
 もしかすると僕の中にはトラウマってやつが出来てしまったのかもしれない。

 それでも平静を装って、水上のあとに従って図書室の中へと足を踏み入れた。
 蛍光灯の光で漫然と照らされた図書室の閲覧コーナーにはもう誰も居なかった。
 なんだろう。――ほっと胸を撫で下ろす。


「まぁ、篠宮さんは可愛いっていうか、清楚っていうか、それにどこか大人びた感じもあるからなぁ。あんな子が幼馴染だったら、好きになっちゃうのもわかるかもな」
「……そうか? 昔からの付き合いだから、あいつが他の男からどう見えてるのかとか、いまいちわからないからなぁ」
「篠宮さんは、可愛いし清楚だし成績もいいし性格もいいし、手が届くなら彼女にしたいって思う男子はたくさんいると思うよ」

 図書室の入口の脇にある貸し出しカウンターに左手を突いて、水上洋平は肩を窄めて見せた。

「――悪かったわねぇ。ガサツで可愛げのない彼女で……! どーせ、あーしは篠宮さんみたいに頭の良いかわいい系ハイスペ女子じゃないですよーだっ!」

 そう割り込んで来たのは貸し出しカウンターに図書委員として座る、くりくりとした茶髪を肩まで伸ばしたギャルっぽい女子だった。

「やぁ、美樹ちゃん、お待たせ。彼氏の登場だよ?」
「もう! 今日もめっちゃ待ったんだからねっ!」

 そう言って顔を上げ上目遣いでむくれて見せたのは、水上洋平の恋人――もり美樹みきだった。

 ギャルっぽい容姿と、図書委員というお仕事に、なんだかギャップ感がある。
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