木苺ガールズロッククラブ

まゆり

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Twenty-second Transaction by サキ

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 十二歳のサキは狂おしく山根を求め、十八歳のサキは十二歳のサキに冷徹に指令を下した。手足の戒めが解かれ、服を剥ぎ取られる。今までに何度となく山根とそうなることを想像した。そのときはうっとりするような美しい下着をつけていたいと思っていた。
 シャツを脱ぎ、ベルトを緩める山根を、サキは熱のこもった視線で注視し、待ちきれなくなって、腰に手をかける。拳銃は帯びていない。どこに隠してあるのだろう。
 六年も待ったのだから山根のすべてが欲しい。欲しいなどという生ぬるいないものではなく、奪う。そのためにやってきた。
 時間は逆行したり、同じところループしたり、突き抜けて止まってしまったりしたけれど、サキも山根もまったく気にせずに執拗に求め、貪り合った。
 途中山根の携帯が一度だけ鳴り、書類のありかを再度聞かれた。嘘をついていたことがばれるとまずいと思って、しらを切りとおした。りり子か繭が持ち出したんだと思う、そこで待っていれば戻ってくる、嘘じゃない、信じて。山根はサキが言ったそのままを電話の相手に告げた。ふたりとも、汗と粘液にまみれていた。
「ねえ、昔みたいにお風呂に入れて」
 六歳のサキが、十八歳のサキに入れ知恵をした。ずっと昔、さつきがまだ赤ちゃんだったころ、何回か山根に風呂に入れてもらったことがある。さつきは手のかかる赤ん坊で、サキは山根にべったり懐いていた。山根は服をびしょびしょに濡らしながら、サキにシャワーをかけたり、ごしごしと頭を洗ってくれた。
「いつまで経っても、さつきちゃんは子供だな。わかった、お湯を入れよう。さつきちゃんもいっしょにおいで」
 山根はベッドから起き上がり、サキの手を取ると、ベッドサイドのテーブルに置いてあったサキの携帯を持って、浴室に向かった。完全に信用されているわけではなかったのだ。
 おそらくリフォームされてから間もないのだろう、建物の古さに似つかわしくない清潔でモダンな雰囲気の浴室には、床に半分ほど埋め込まれた浴槽があった。山根が身をかがめて、浴槽をシャワーで流している間に、縁に置かれた携帯を手に取り、電源を入れた。上体を起こした山根に見つかり、ひったくられ、携帯は三センチほど溜まった浴槽の湯の中に落ちた。山根の顔に猜疑心がありありと浮かぶ。最悪の展開。
「さつき、ううん、みなちゃんのことが心配だったの。非通知でいいから、水那に電話をかけさせて」
 山根の表情は硬いままだ。また縛られたりしたら元も子もない。
「わかった」
 山根に二の腕をつかまれて、寝室に戻った。サキの携帯は水没してしまったので、財布のなかから三宅の名刺を出して山根に渡す。
「いいか、余計なことを言うなよ」
「わかってる」
 山根が携帯をサキの耳に当てる。
「三宅さん? サキよ。さつきの姉。さつきは大丈夫?」
「僕の家にいます。お姉さんのことが心配でごはんも食べられないみたいです。家に帰してあげちゃダメなんですか?」
「もう少し預かってて。わたしは大丈夫だから、連絡するまで。わたしがここにいることは誰にも言わないで。叔母さんにも、警察にも。それからさつきと話をさせて」 
 三宅がさつきを呼ぶ。
「お姉ちゃん、さつき今まで悪い子でごめん。早く帰ってきて」
 最後のほうは涙声だった。サキまで泣きそうになる。
「わたしのほうこそ、わたしのせいでこんなことになってごめん。怖かったでしょ」
「ううん、さつきが意地悪だったから、お姉ちゃんが家を出たくなっちゃたんだよね」
「違うわ。さつきみたいな才能も根性もなくて、不貞腐れただけ。もうすぐ帰れると思うから、そこでいい子にしてて。ちゃんとごはん食べるのよ、お菓子ばっかりじゃなくて」
「わかったよ」
 電話を切って、山根に今度は家に電話をかけさせた。さつきはサキといっしょにに友達のところにいて、もう少ししたら帰るとだけ言っておいた。
 妹思いのお姉さんを演じたのが功を奏したのか、山根の表情は再び和らいだものに戻った。
「お湯、入ったかしら?」
「そろそろだな」
 山根について、再び浴室に入る。浴室はまだ六分目ぐらいまでしか満たされていなかったので、カランの湯を出しっぱなしにしておいて、互いに体を洗い合う。
「本当に綺麗になった。あの頃はほんの子供だったのに。体つきがあゆみさんにそっくりだ」
 あゆみというのは、母の芸名だ。
「母と寝たの?」
「ああ、一度か二度だけど」
「まさか、さつきは山根さんの子?」
「可能性はゼロではないけど、違うと思う。本当にすまないと思っているんだ。湯川さんはものすごく金持ってて、あのくらいへでもないと思ってた」
 山根は、母とそんなことをしていながら、陥れて逃げた男なのだ。ずっと触れられていて敏感になった肌を隅々まで丁寧に体を洗ってもらって、欲望に霞みかけた頭の中で殺意だけが固いしこりになる。腕力にいまいち自信がなかったので、ポンプに入ったシャンプーを風呂釜の上に置いておいた。こんなものが役に立つかはわからない。シャワーで石鹸を流して、浴槽のなかで、ひとつになることにした。
「先に入って」
 と、サキが言うと、山根が浴槽に体を沈めた。あとからサキが浴槽に入り、山根の肩に手を置いて、山根の体に覆いかぶさる。腰を弾ませ、体をのけぞらせながら、山根の肩を思い切り湯の中に沈め、頭の上に全身で伸しかかる。浮力が働いているので、あまり有効な重しにはならない。山根がサキの二の腕をつかみ、サキの側面に回りこんで沈めようとする。後頭部を押さえつけられて、顔が沈む。いくらもがいても、山根の腕はびくともしない。息が苦しい。サキはここで死ぬのだと思い始めた。突然山根がサキを押さえつける力をゆるめ、サキは浮上した。浴槽の縁に頭をぶつけたようだった。もう一度ありったけの力を込めて山根の後頭部を打ちつけると、山根は意識を失った。サキは浴室から出て、寝室に駆け込み、シーツで体の水滴を拭って服を身につけた。反応しなくなった携帯をつかみ、ダイニングに残されたブリーフケースに入れ、奪われた拳銃を探した。台所の物入れの中から発見し、玄関から走り出た。あたりを見回して空車のタクシーを探したけれど、拾えそうになかったので、地下鉄の駅までの道を走った。道を覚えていたことが不思議だった。三宅に連れられて、道順にはさほど注意を払っていなかったのだ。
 山根は死んだのだろうか。殺すつもりだった。でも、もしかしたらさつきの父親かもしれないと思うと、心が痛む。親を失うつらさは、サキもさつきも嫌というほど知っている。公衆電話から、一一九番に電話をかけて、さっきまでいたビルの特徴を告げると、サキは地下鉄のホームに降りた。そういえば、繭とずっと連絡を取っていなかった。携帯の電源を山根に切られ、その上水没させてしまった。電車が入ってきたので、乗った。繭に電話する前に、一刻も早く豊洲から離れたほうがいいような気がしたので、地下鉄を乗り継いで上野のウィークリーマンションに戻り、そこの電話から、繭の携帯に電話をかけた。
「繭、もう心配ないから安心して。純花も一億円も探す必要なくなったから」
「サキ、今どこにいるの?」
 繭が心配そうに聞いた。
「上野のウィークリーマンション」
「助かったのね、よかった」
「詳しい話はあとで、繭は今どこにいるの?」
 山根を殺してしまったかもしれない。救急車も呼んだので、サキが捕まるのも時間の問題だろう。繭には会わず、どこか遠いところに逃げたほうがいいかもしれない。
「渋谷の木山パレスのそば。これからウィークリーマンションに名簿を取りにいってから、豊洲の倉庫に行こうと思っていたところなの。石塚が手形を割った現金は純花から取り返した。りり子と高村は木山パレスに靴とテープを取りに行った」
 木山パレスに寄るだって? 山根に、名簿は渋谷の木山パレスにあると言ってしまった。上野のウィークリーマンションには繭がいるかもしれないと思ったからだ。何でりり子と高村はそんなところに行ったのか? しかも、そこで待ち伏せしていれば誰か帰ってくるかもしれないとまで言ってしまった。
「なんで、りり子と高村が一緒なの? ってか、繭、こっちには来なくていいから、すぐに渋谷に向かって。繭が上野のウィークリーマンションに戻っていると思って、山根に、名簿は渋谷の木山パレスに置いてきたって嘘をついたの。わたしもすぐそっちに向かう」
 サキは電話を切り、上野のウィークリーマンションを飛び出した。
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