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「私も行ってくる。マコトくんはここで待ってて」
ミリちゃんは私のことを知っているので、救出の役に立てるかもしれないと瞬時に計算した。それに、突入となったら、カップルに見せかける相手役は必要ない。むしろマコトくんには店の外で待機していてもらったほうが心強い。
捜査員たちがシャクティが入っているビルのエントランスに入ったのを見届けてから、呆気に取られたマコトくんを置いて猛ダッシュして、エレベーターに乗った。五階で降りて、赤いドアを軽く押したら、開いたのでそのまま中に入った。どうやら騒ぎはパーティルームのほうで繰り広げられているようだ。全員連行されるんだろうか。怒鳴り声と、女の叫び声が聞こえる。SMルームの前まで行って、様子を伺う。異様に静かだった。鍵もかかっていない。静かにドアを開ける。
銃声、と同時に何者かに突き飛ばされた。パーティールームから女の叫び声が聞こえてくる。私のすぐ横に銃創を負った男が倒れる。鮮血に濡れた肩と、拳銃を握ったまま震える手は、ヤスのものだ。
床に突っ伏したまま、硝煙の立ち昇る拳銃を構えたまま棒立ちになっている男を盗み見た。あまり場慣れしているとは思えない若い男だった。瞬間的に勝負を計算し、ヤスの手から銃を掴み取る。男に銃口を向け、セイフティを外した。
「私の男を撃って、タダで済むと思ってんの?」
撃ち合う気なんてない。そのためには気迫で蹴倒すのだ。これは、危険に巻き込まれても自力で危機回避できるようにと、シゲキに叩き込まれていたことだ。
男がにじり寄ってくる。
「これ以上近づくと、本当に撃つわよ」
男はすでに発砲している。だから二発目を躊躇することはないだろう。怖かった。でも気迫では誰にも負けない。
「何が目的なんだ」
「ミリちゃんを返して」
「お前は興龍会の回し者かよ」
「違うわ。ただの女性相談員」
「だったら、銃を渡せば無傷で帰してやるよ。うちの女の子が世話になってるからな」
速い身のこなしで体を屈めた男に腕を掴まれた。手首に衝撃が走り、ごとりと音を立てて、銃が床に落ちる。その瞬間に男が叫び声を挙げ、床に蹲る。ヤスに股間を蹴り上げられたのだ。
「チエちゃん、鍵」
ヤスから、檻の鍵を受け取り、SMルームに入る。ミリちゃんは檻の中で不安気に膝を抱えている。檻の鍵を開け、ミリちゃんをぎゅっと抱きしめた。
「ミリちゃん、かけっこ早い?用意ドンで走るよ」
と言うと、ミリちゃんはこっくりとうなずいた。
部屋を出たところで押さえ込まれそうになったのを振り切り、店を走り出た。開いていたエレベーターに乗り込む。ビルを出て、マコトくんの姿を探すと、元いた位置で看板を持ちながらビルのエントランスを凝視している。ミリちゃんの手を引いて、マコトくんのいるところまで一直線に走った。何人かの男が追いかけて来た。追いつかれそうになったところで、銃声が聞こえ、人が路上に倒れる乾いた音がした。振り返らずに走った。それが、合図かなにかであったように、あちこちから銃声が聞こえてきた。
「マコトくん、ミリちゃんをお願い」
「俺に任せてください」
マコトくんは、ミリちゃんを抱き上げ、看板を持ったまま走って行った。パトカーのサイレンが聞こえてくる。
私はもと来た道を全速力で走った。ミリちゃんとマコトくんは大丈夫だろうか。なんとか切り抜けてくれ。看板があれば弾除けにもなるんだし。この辺をうろうろしていたのは警察だけじゃなかったんだ。犯行予告までしていたんだから、興龍会の鉄砲玉たちがうろうろしててもおかしくはない。ミリちゃんが解放されたのを見た瞬間に小競り合いが激化したのだ。
ヤスが心配だった。撃たれたのは右肩だった。ヤスが私のことを突き飛ばしてくれなかったら、あの弾は私に当たっていた。どこからともなくパトカーが何台もやってきて、通り中が埋まっていた。シャクティからは沢山人が連行されて、護送用のバスに乗せられているところだった。ヤスが二人の捜査員に脇から抱えられていた。
「ヤスごめん。私が余計なことをしたばっかりに」
「チエちゃん、なかなかやるな」
「あの時、突き飛ばしてくれなかったら、私が弾に当たってた」
「……頼まれたんだよ。約束は守らないと」
「約束って?」
「シゲの野郎にさ、チエとエクリをよろしく頼むって。俺が嫌だって言う前に死にやがった」
私に黙って勝手にそんなことを約束するなんて、悔しくて腹が立って、涙が出た。
「私の男って言われてぐっときた。それだけでも撃たれた甲斐があった」
「ちょっと、何言ってんのよ。違うんだってば」
なぜそんなことを言ったのか、わからない。咄嗟の判断だった。
思わず殴ってやろうと思ったところで、ヤスは気を失った。こんな絶妙なタイミングで気絶しやがって、ますます悔しくなって泣いた。
ミリちゃんは私のことを知っているので、救出の役に立てるかもしれないと瞬時に計算した。それに、突入となったら、カップルに見せかける相手役は必要ない。むしろマコトくんには店の外で待機していてもらったほうが心強い。
捜査員たちがシャクティが入っているビルのエントランスに入ったのを見届けてから、呆気に取られたマコトくんを置いて猛ダッシュして、エレベーターに乗った。五階で降りて、赤いドアを軽く押したら、開いたのでそのまま中に入った。どうやら騒ぎはパーティルームのほうで繰り広げられているようだ。全員連行されるんだろうか。怒鳴り声と、女の叫び声が聞こえる。SMルームの前まで行って、様子を伺う。異様に静かだった。鍵もかかっていない。静かにドアを開ける。
銃声、と同時に何者かに突き飛ばされた。パーティールームから女の叫び声が聞こえてくる。私のすぐ横に銃創を負った男が倒れる。鮮血に濡れた肩と、拳銃を握ったまま震える手は、ヤスのものだ。
床に突っ伏したまま、硝煙の立ち昇る拳銃を構えたまま棒立ちになっている男を盗み見た。あまり場慣れしているとは思えない若い男だった。瞬間的に勝負を計算し、ヤスの手から銃を掴み取る。男に銃口を向け、セイフティを外した。
「私の男を撃って、タダで済むと思ってんの?」
撃ち合う気なんてない。そのためには気迫で蹴倒すのだ。これは、危険に巻き込まれても自力で危機回避できるようにと、シゲキに叩き込まれていたことだ。
男がにじり寄ってくる。
「これ以上近づくと、本当に撃つわよ」
男はすでに発砲している。だから二発目を躊躇することはないだろう。怖かった。でも気迫では誰にも負けない。
「何が目的なんだ」
「ミリちゃんを返して」
「お前は興龍会の回し者かよ」
「違うわ。ただの女性相談員」
「だったら、銃を渡せば無傷で帰してやるよ。うちの女の子が世話になってるからな」
速い身のこなしで体を屈めた男に腕を掴まれた。手首に衝撃が走り、ごとりと音を立てて、銃が床に落ちる。その瞬間に男が叫び声を挙げ、床に蹲る。ヤスに股間を蹴り上げられたのだ。
「チエちゃん、鍵」
ヤスから、檻の鍵を受け取り、SMルームに入る。ミリちゃんは檻の中で不安気に膝を抱えている。檻の鍵を開け、ミリちゃんをぎゅっと抱きしめた。
「ミリちゃん、かけっこ早い?用意ドンで走るよ」
と言うと、ミリちゃんはこっくりとうなずいた。
部屋を出たところで押さえ込まれそうになったのを振り切り、店を走り出た。開いていたエレベーターに乗り込む。ビルを出て、マコトくんの姿を探すと、元いた位置で看板を持ちながらビルのエントランスを凝視している。ミリちゃんの手を引いて、マコトくんのいるところまで一直線に走った。何人かの男が追いかけて来た。追いつかれそうになったところで、銃声が聞こえ、人が路上に倒れる乾いた音がした。振り返らずに走った。それが、合図かなにかであったように、あちこちから銃声が聞こえてきた。
「マコトくん、ミリちゃんをお願い」
「俺に任せてください」
マコトくんは、ミリちゃんを抱き上げ、看板を持ったまま走って行った。パトカーのサイレンが聞こえてくる。
私はもと来た道を全速力で走った。ミリちゃんとマコトくんは大丈夫だろうか。なんとか切り抜けてくれ。看板があれば弾除けにもなるんだし。この辺をうろうろしていたのは警察だけじゃなかったんだ。犯行予告までしていたんだから、興龍会の鉄砲玉たちがうろうろしててもおかしくはない。ミリちゃんが解放されたのを見た瞬間に小競り合いが激化したのだ。
ヤスが心配だった。撃たれたのは右肩だった。ヤスが私のことを突き飛ばしてくれなかったら、あの弾は私に当たっていた。どこからともなくパトカーが何台もやってきて、通り中が埋まっていた。シャクティからは沢山人が連行されて、護送用のバスに乗せられているところだった。ヤスが二人の捜査員に脇から抱えられていた。
「ヤスごめん。私が余計なことをしたばっかりに」
「チエちゃん、なかなかやるな」
「あの時、突き飛ばしてくれなかったら、私が弾に当たってた」
「……頼まれたんだよ。約束は守らないと」
「約束って?」
「シゲの野郎にさ、チエとエクリをよろしく頼むって。俺が嫌だって言う前に死にやがった」
私に黙って勝手にそんなことを約束するなんて、悔しくて腹が立って、涙が出た。
「私の男って言われてぐっときた。それだけでも撃たれた甲斐があった」
「ちょっと、何言ってんのよ。違うんだってば」
なぜそんなことを言ったのか、わからない。咄嗟の判断だった。
思わず殴ってやろうと思ったところで、ヤスは気を失った。こんな絶妙なタイミングで気絶しやがって、ますます悔しくなって泣いた。
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