ワルプルギスの夜

まゆり

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「チカさんは、やっぱりこういうのおかしいと思うでしょ」
 別れる間際に、ルリがまっすぐ私の目を見て言ったことを思い出し、私はため息をつく。こういうの、と言うのはおそらく乱交サークルのことを指しているのだろう。
「別におかしいとは思わないけど」
 職業柄、性風俗で働く女性たちと毎日のように接している。生活のために仕方なくやっている子もいるし、自分を傷つけるためにやっている子もいるし、セックスが好きでやっている子だってもちろんいる。だから志賀やルリのような人たちのことは否定しない。
「大体の人が、信じられないって感じか、勝手にしろっていうふうに反応するの」
 そこで、自分を大切にしなさい、みたいなお説教をしたがる人も、おそらくたくさんいるに違いない。自分を大切にしたいのにできない子に対しては、私もやっぱり諭したくなる。
「編み物が好きな人は編み物をするし、セックスが好きな人はセックスをするって、ただそれだけのことなんじゃないかしら」
「私は志賀が好き。もう四年も付き合ってる。でも誰とでもできるし、変態的なこともする。上手く言えないけど、私は世界と繋がっていて、それを愛しているの。私とセイラは、精神的双生児って思うくらいにすごいシンクロしてて、ふたりでいろんなことをした。でも、あの子はお金に目がくらんでしまったみたいで」
 世界と繋がっていて、それを愛しているというのは素晴らしいことなのかも知れない。でも新宿という街に、そんなファンタジーワールドは存在し得ない。女の性が切り売りされ、搾取される仕組みがすでに出来上がっていて、必ず誰かが匂いを嗅ぎつけて食い荒しにやってくる。新宿というのはそういうところだ。

 東口から改札を出て地下通路を歩き、階段を上がる。横断歩道を渡り、待ち合わせをする人々でごった返しているアルタの前に出る。たった今、東京中から人がいなくなるんじゃないかってくらいの混雑を成田空港で見てきたばかりなのに、新宿も成田に負けないくらいの混雑ぶりだ。かつては大きな果物屋さんだった居酒屋の脇を通って、靖国通りに抜け、横断歩道を渡り、東宝ビルのファーストフード店でエクリとマコト君と落ち合った。エクリはドンキ・ホーテの角で待機させておいて、私とマコト君がシャクティに客の振りをして入り、マコト君がドアを蹴破るという筋書きだ。打ち合わせを終え、私達はいったん靖国通りに戻り、シャクティに向かった。尾行がついていないかも一応確認した。何しろ私は面が割れているのだ。曲がり角のところで、エクリと別れた。
「マコト君は警察官になりたいと思ったことある?」
 いきなり変な質問をしてしまった。でもマコト君を見ていると、本当に若いときのシゲキにそっくりで、娘のファザコンぶりを見せ付けられているようだと思う。
「俺高校中退だし、警察なんてそもそも大嫌いです」
 しかも、この反骨精神。
「国家権力に迎合して適当にやってこうなんて人材は、実はどこに行ってもやって行けないんだな。そういうのを憎んでる人こそ、いい仕事するんだよ」
「そういうもんですかね。俺にはよくわからないです」
「そういうもんだってば」
 今日の歌舞伎町は、看板持ちとビラ配りがやたら多い。金曜日で月末だからなんだろうか。
「ねえさん、遊ぶ金は足りてるか?」
 担保なし、即貸しとでかでかと書いた看板を持った男に声をかけられた。ヤスだった。
「何してんのよ、そんなところで」
「そういうチエちゃんこそ、今夜は歌舞伎町には絶対来るなって言ったろ」
 周りを見回すと、ビラ配りも看板持ちも、ガタイがでかくて目つきの鋭い男ばかりだ。
「それより、乗り込むのは予定通り」
「そうだ。中にも何人か送り込んである」
 最近はガサ入れに備えて、中から鍵をかけて営業している店もあると聞いたことがある。私は志賀からもらった鍵をヤスに渡した。
「SMルームの檻の鍵」
「チエちゃん、ありがとう。で、とっとと帰れ」
「わかったよ」
 靖国通りから三台ほど連なって車が入って来た。面パトだ。マコト君はあっけに取られてことの成り行きを見守っている。
「出番だ」
 ヤスはそう言うと、看板をマコト君に渡した。
「マコト君はちょっと看板持ってて。私たちはここでちょっと様子見」
 面パトから捜査員が次々と降りて来て、シャクティに向かっている。ヤスと、何人かの客引きに扮した私服警官が加わった。

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