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ゴールデンウィークを目前にした成田空港は、どこもかしこも人でいっぱいだった。指定されたターミナルのチェックインカウンター付近で、なんとか、志賀を見つけた。シャクティで見かけたときよりもずっと育ちのよさそうな人だった。志賀の彼女らしきルリも一緒だった。首輪にチェーンで繋がれていた女だ。あの時も綺麗だとは思ったけど、白いシャツにジーンズという飾り気のない服装がかえって楚々とした美しさを引き立てている。ふたりはラウンジのベンチソファに座って、ガイドブックに見入っていた。声をかけると、志賀も私の顔を思い出したようだった。
あまりに混雑していて落ち着かないので二階のカフェに入った。
「チカさんは、警察か探偵社の人?」
開口一番に聞かれて、口も利けないほど驚いた。
「ううん、私は区で女性相談員をしているの。仕事柄、警察官の知り合いはいるけど」
志賀は、シャクティの裏事情を知っていそうなので、小細工はやめて素性を明かした。
「私たちはもうあそこへは行かないわ。警察の手入れも近いって噂があるし、危険すぎる」
ルリがためらいがちに口を挟んだ。
「私たちは、マネージャーのセイラの古い友達なんです。セイラが学生のときにサークルを通して知り合ったの。薬のことにすごく詳しくて、ピルの個人輸入サイトを始めたあたりから、あの子はおかしくなった。組織に取り入られたんだと思うの」
サークル活動って話はセイラから聞いた。スワップとか、乱交とかSMのサークルみたいなものは全国にいくらでもある。
「組織って?」
「くわしくはわからないけど、大陸から来た新興勢力。新宿初進出がセイラの店なの」
どうりで、興龍会が躍起になって潰そうとしているわけだ。
「サクラをやっていた子が殺されたのよ。私のところに何度か相談に来たことのある子なの」
「知ってるよ。セイラにはこれ以上興龍会の息のかかった風俗店から、サクラを引き抜くのはやめろって警告した。最終的には大陸から密入国させた女の子をサクラとして入れるのが目的だから、何人殺されても痛くも痒くもないって……そんなことを言う子じゃなかったんだ。でも、セイラだって、店もサイトも軌道に乗ったら当然お払い箱だ」
時計をちらりと見ると、九時二十分だった。ふたりの話をもう少し聞きたいところだけど、時間がない。
「ごめんなさいね。チカさんは鍵を受け取りにわざわざ来てくれたのよね」
私の様子に気がついたのか、ルリが話の流れを変えてくれた。
「あそこに何があるか、チカさんは知ってる? セイラは何か隠していて、改装中だっていうのが嘘だってことはわかってたんだけど」
志賀も気づいていたんだ。
「誘拐した子供をあそこに隠しているんだと思うの。殺されたミカって子と、興龍会のナンバーツーの息子との間の子供」
早くミリちゃんを助けてあげたいところだけど、ミリちゃんが開放されたら、今まで均衡が保たれていた両者は戦争に突入するのか。後は警察に任せたほうがいい。ヤスに電話して鍵を渡したら私の役目はおしまいで、後は静観する。志賀が、キーケースから鍵を取り出した。
「返さなくていいよ。くれぐれも、無理しないで」
志賀とルリに礼を言うと、私はインフォメーションカウンターに急いだ。新宿まで一番早く帰れるのは、やはり成田エクスプレスのようだったので、その場で指定券を買って、JRのホームに降りた。
ヤスの携帯に電話してみた。電源が切られている。もう突入態勢に入っているんだろう。こういうときは、警察内で使う無線以外はすべて外部との連絡を絶つのだ。もう少し早く連絡しておけばよかった。でも最後の最後まで鍵を手に入れられる確証がなかった。警察が踏み込むのは十一時なので、その時間に客の振りをしてシャクティに行って、踏み込んできたところで、どさくさにまぎれて、SMルームのドアを蹴破る。やはり男手がいるか。ちょっと頼りないけど、マコト君を借りようか。あの靴ならドアの一枚ぐらいは簡単にいけそうだ。私は自宅に電話をかけた。マコト君は喧嘩とか出入りとかそういうものを想像したらしく、大乗り気だった。エクリはものすごく不満そうだったけど、マコト君と一緒に新宿まで出てくると言って電話を切った。窓の外で、夜の闇が少しづつ深みを増していく。ワルプルギスの夜が更けていく。
あまりに混雑していて落ち着かないので二階のカフェに入った。
「チカさんは、警察か探偵社の人?」
開口一番に聞かれて、口も利けないほど驚いた。
「ううん、私は区で女性相談員をしているの。仕事柄、警察官の知り合いはいるけど」
志賀は、シャクティの裏事情を知っていそうなので、小細工はやめて素性を明かした。
「私たちはもうあそこへは行かないわ。警察の手入れも近いって噂があるし、危険すぎる」
ルリがためらいがちに口を挟んだ。
「私たちは、マネージャーのセイラの古い友達なんです。セイラが学生のときにサークルを通して知り合ったの。薬のことにすごく詳しくて、ピルの個人輸入サイトを始めたあたりから、あの子はおかしくなった。組織に取り入られたんだと思うの」
サークル活動って話はセイラから聞いた。スワップとか、乱交とかSMのサークルみたいなものは全国にいくらでもある。
「組織って?」
「くわしくはわからないけど、大陸から来た新興勢力。新宿初進出がセイラの店なの」
どうりで、興龍会が躍起になって潰そうとしているわけだ。
「サクラをやっていた子が殺されたのよ。私のところに何度か相談に来たことのある子なの」
「知ってるよ。セイラにはこれ以上興龍会の息のかかった風俗店から、サクラを引き抜くのはやめろって警告した。最終的には大陸から密入国させた女の子をサクラとして入れるのが目的だから、何人殺されても痛くも痒くもないって……そんなことを言う子じゃなかったんだ。でも、セイラだって、店もサイトも軌道に乗ったら当然お払い箱だ」
時計をちらりと見ると、九時二十分だった。ふたりの話をもう少し聞きたいところだけど、時間がない。
「ごめんなさいね。チカさんは鍵を受け取りにわざわざ来てくれたのよね」
私の様子に気がついたのか、ルリが話の流れを変えてくれた。
「あそこに何があるか、チカさんは知ってる? セイラは何か隠していて、改装中だっていうのが嘘だってことはわかってたんだけど」
志賀も気づいていたんだ。
「誘拐した子供をあそこに隠しているんだと思うの。殺されたミカって子と、興龍会のナンバーツーの息子との間の子供」
早くミリちゃんを助けてあげたいところだけど、ミリちゃんが開放されたら、今まで均衡が保たれていた両者は戦争に突入するのか。後は警察に任せたほうがいい。ヤスに電話して鍵を渡したら私の役目はおしまいで、後は静観する。志賀が、キーケースから鍵を取り出した。
「返さなくていいよ。くれぐれも、無理しないで」
志賀とルリに礼を言うと、私はインフォメーションカウンターに急いだ。新宿まで一番早く帰れるのは、やはり成田エクスプレスのようだったので、その場で指定券を買って、JRのホームに降りた。
ヤスの携帯に電話してみた。電源が切られている。もう突入態勢に入っているんだろう。こういうときは、警察内で使う無線以外はすべて外部との連絡を絶つのだ。もう少し早く連絡しておけばよかった。でも最後の最後まで鍵を手に入れられる確証がなかった。警察が踏み込むのは十一時なので、その時間に客の振りをしてシャクティに行って、踏み込んできたところで、どさくさにまぎれて、SMルームのドアを蹴破る。やはり男手がいるか。ちょっと頼りないけど、マコト君を借りようか。あの靴ならドアの一枚ぐらいは簡単にいけそうだ。私は自宅に電話をかけた。マコト君は喧嘩とか出入りとかそういうものを想像したらしく、大乗り気だった。エクリはものすごく不満そうだったけど、マコト君と一緒に新宿まで出てくると言って電話を切った。窓の外で、夜の闇が少しづつ深みを増していく。ワルプルギスの夜が更けていく。
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