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零章 第四部『加速と収束の戦場』

八十七話 「RD事変 其の八十六 『冷美なる糾弾⑫ オーガとザーラ』」

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「ほら、またイクわよ」

 ナサリリスのリヴィエイター皇型が、ニードルソードを振るう。それを受けるブリキ壱式。剣と剣が衝突した瞬間―――

「くはぁああっ―――!」

―――達した

 それは今まで自分で感じてきたものとは違い、全身を貫くような衝撃。身体全部が、性感帯になってしまったかのように痙攣し、最初に激しく、そして断続的に続きながら弱まる衝撃に、アミカは打ち震える。

(これで三度目―――かっ…!)

 貪るように空気を吸いながら、快感に耐える。

 発情して、まだそれほど時間が経ったわけではない。その間に、三度も激しい絶頂を迎えたアミカは、汗と涙と体液に塗れ、全身がぐしょぐしょに濡れていた。

 興奮と快楽で顔は紅潮し、のぼせたようにクラクラする。ジンジンと下から脳へ、脳から下へと送り込まれる快楽の振動が、筋肉を弛緩させ、心地よくも気だるい気分にさせる。

 もしここが布団の上だったならば、即座に眠りに落ちているところだ。その眠気をぐっと我慢し、アミカは立ち続ける。

「今のは、なかなか良かったわぁ。ぐっときたもの」
「ひゃっ、はっ、ふぅ……、何が…目的らぁ? おまへらはぁ」
「ふふ、あなたに言った通りよ。女性だけの国を創るの。それだけのために生きているもの」
「ちがふっ! おまえらぁはっ……お前たちのぉおお!」
「ああ、【彼の】、ね。…つまらないことを気にするのね。そんなことを聞いてどうするの? この目的以上に崇高なものはないでしょう」
「ここはぁ…わらしの国らぁっ―――!」

 壱式が駆ける。が、その足取りは完全に千鳥足。足の筋肉が弛緩していることで、所々で転びそうになる。それでも必死に向かっていく姿は、決死の覚悟を決めたサムライのもの。

 その姿に、ナサリリスはさらに興奮する。

「いいわぁ! その顔、その心! もっと私を感じさせてちょうだい!」

 リヴィエイターは避けない。避ける必要性がない。真正面に立ち、壱式の剣撃を簡単にいなしていく。この結果は仕方がない。むしろこの状態で、いまだ剣が振れるアミカが天晴れである。

(なんたるザマだ! 女であることが、ここまで足を引っ張るとは!!)

 アミカはよく知らないが、男は出せばすっきりして、より意識がクリアになるという話を聞いたことがある。なんと羨ましい。そのことでまた彼女は、自分が女であることに対しての嫌悪感が増していく。

(女でなければ…このような! なんという不条理だ!!)

 なぜ、女なのか。
 どうして、女に生まれたのか。

 女などになりたくなかった。
 自分は、男に生まれたかったのだ。

 だが、こればかりはどうしようもない。女として生まれたからには、それを否定することはできない。たとえ男を装っても、性転換を図っても、所詮は仮初めのものにすぎない。

 それでも―――悔しい。

 納得できない。

 そんな考えが頭の中でぐるぐると回って、もう戦いどころではない。すでに同心を維持することも難しいほど、アミカの精神は追い込まれていた。

 周りを見る余裕などはない。
 ただただ自分の制御に手一杯である。

(このまま身を任せれば…それはそれで幸せなのか? それが女の幸せなのか?)

 たしかに、すごい快楽である。アミカの特性なのか、たまたま溜まっていたものが噴き出たせいかはわからないが、まったく際限というものがない。

 達しても、即座にまた準備が整う。快楽を何度も味わえる。味わおうと身体は望んでいる。もしこれが続くのならば、肉体的快楽を求める者たちにとっては、まさに楽園とでも呼べる世界だろう。

 初めて感じる女の悦びに、アミカの心が揺らぐ。

(ふふ、折れそうね。心が折れれば、もう私のもの。一気にいただくわ)

 ナサリリスは、戦いながらアミカの状態をつぶさに観察していた。そして、もうすぐ折れそうだと判断する。

 レフォーズ・ベルに抵抗できる者は、そう多くない。アミカも、これでも相当抵抗した部類である。まったく抵抗力のない女性だと、一瞬で心を奪い去れるほどに強力である。

 この魔鈴を手に入れてから、ナサリリスもさまざまな実験をしたものだ。街行く一般女性から、貞淑だと噂される淑女、学生、主婦、キャリアウーマンから老婆まで、相当な実践を重ねてきた。

 その結果、すべての者の心を奪うことができた。

 彼女たちは、それがナサリリスの攻撃だと気がつかずに、あらゆる場所、衆人環視の中でも発情し、人目を憚らず何度も達していた。男たちの好色な視線は不快だったが、こうやってすでに種は蒔いているのである。

 その時(建国の時)が来れば、蒔いた種を開花させ、一気に女性たちを支配することができるだろう。

 唯一、メラキ序列二位のレイアースや上位バーンのマーガ・タフィー、アイテムで防御をしているシャッジーラには通じなかったが、あれは特殊な事例だと思ったほうがよいだろう。

 また、任務でいなかったバーン序列一位のパミエルキ、序列四位のマッドプリンには試していないが、おそらく効かないだろう。

 実に惜しい人材だが、諦めるしかない。自分より遥かに強い存在を手に入れても、さすがに御しきれる自信はない。今は着実に支配下に置ける人材を集めるべきだろう。まずは、それなりの質と数で満足すべきだ。

「満足…かぁ?」
「ん?」
「こんな力れぇ……勝っれぇ…。こんなぁ力れぇ…支配しれ……満足か!?」

 武人一直線のアミカには、ナサリリスの思想は到底理解できないものである。しかも、このような呪具を使って得たものに、どれだけの価値があるのだろうか。

 それは奴隷と同じである。

 ナサリリスに支配される民が、どれだけ幸せなのか。そうアミカは思う。されど、それもまた一つの見方にすぎない。

「ええ、満足よ」
「な…に?」
「あなたにはまだ理解できないと思うけど、女性の可能性は凄いの。そして、偉大なのよ。それを男から守るためなら、どんなことだってするわ」


―――「私にとって、これは正義であり、【愛】よ」


 ナサリリスは、はっきりと言いきる。
 その言葉には、何一つ迷いがない。

 強靭な精神とは何か。

 それは、一つのことに集中する力である。

 他からの影響力を受け付けず、自分が集中したものに突き進む力である。太陽光も、散らばっていては火は起こせない。一点に集中することで、初めて強い力として顕現するのである。

 ナサリリスの思想がどうあれ、彼女がそう思い至ったことには理由があり、経緯があり、たどり着いた先に信念が生まれた。

 男性が嫌いというよりは、女性が大好きな彼女にとって、それはもう動物愛護に等しいくらい当然の【正義】であり、【慈愛】である。

 虐げられた子猫を救うのに、何の理由がいるのだろうか。狭いケージに閉じ込められた犬を助けるのに、そんなに理由がいるのだろうか。そこに満足感など必要ない。

「女性を虐げる蛆虫ども! やつらは許せない!! だから私は、どんな手を使っても成し遂げる!! 奪われたものを、男たちから奪い取る!」

 ナサリリスの戦気が、静かな青い炎となって周囲に展開する。いや、これは炎ではない。

 水気の上位属性―――【凍気】である。

 周囲の温度が一気に低下し、アミカの火照った身体に、ひんやりとした心地よさが舞い降りる。

 ナサリリスは戦気が燃えれば燃えるほど、凍気となって広がっていく。これは意識してやっていることではない。昔から、無意識のうちに凍気になっていくのだ。

 彼女が怒れば、周囲は凍りつく。青ざめて硬直するだけではなく、実際に凍り漬けにされる。警官時代も、男たちが彼女に近寄ろうものならば、一瞬で凍らされたものである。

 それは、【拒絶の力】でもあった。

「これが私の力。本質。あなたもきっと、ここにはたどり着けない。その前に凍ってしまうから」

 ビシビシと音を立てて、大地が凍っていく。あらゆるものが静かに、静謐せいひつの中に閉じ込められていく。彼女に触れる前に、すべてが消える。

 彼女は、単体ですでに完成されている。他を寄せ付けない美貌は、その表現にすぎない。彼女の心が、他を求めていないのだ。それに気がついてから、人生が一気につまらなくなった。

 近寄ろうとしても、凍ってしまう。
 自分の心が、相手の存在が。

 遠ざかろうとしても、凍ってしまう。
 自分の心が、すべての時間が。

「苦しかったわ。そんな自分が、嫌で嫌でたまらなかった。でも、私は求めているの。私の存在そのものを。私が生きる場所を。そして、同じように苦しんでいる女性が、一緒に生きていける場所を!! あなたもそうよ! 閉じ込められ、もがいているあなたこそ、私が救うべき相手なの!!」

「身勝手なぁ…ものらなぁ…。お前とわらしはぁ…一緒か? はは、はははははぁは! これは…愉快らぁな! こんなおんなろぉ、同じかぁ!」

 アミカは笑う。自分がナサリリスと同じだと思われていることを。
 そして、自分でもそう思うことを。

(私は、拒絶してきたか。たしかにそうだ)

 自分が女であると知ってから、他のすべてを拒絶してきた。嫌で嫌で仕方がなかったものを、嫌々受け入れ、それでいながら反発し、結局従うしかなかった自分。

 それに苛立ち、常に気持ちが一杯一杯で、張り詰め、攻撃的になり、すべてを敵だと思ってきた。だから、もともと細目だった目がさらに鋭くなり、「アミカちゃんの目、怖い」と言われるようになってしまったのだ。

 男への笑顔は、媚びへつらうものだと思った。女の弱さだと思った。だからアミカは笑わない。どんなときも自分の中にいたから。周りと隔絶した世界にいたから。

(女が、男の世界で生きることは無理なのか? この女の言うように、別々に生きるしかないのか?)

 アミカには、もう何が正しいのかわからなくなっていた。身体の感覚も失われつつあり、ただただ気だるさしか残っていない。それがナサリリスの狙いであれ、こう思うことは、アミカ自身に問題がある証拠であった。

「わらしは……わらしはぁ……ダレを…頼ればぁ……」



「立ちなさい。自分の足で」



「えっ―――!?」


「ひゃぁあああ―――!!」

 そして、巨大な何かが飛んできた。

 呂貌によって掴まれ、引きずるように連れてこられた、リヴィエイター乙女型に乗るクマーリアである。引手によって投げられ、転がるようにナサリリスの皇型に突っ込んでいく。

「クマーリア!!」

 皇型から、大量の凍気が発せられる。かなりの速度で突っ込んできた乙女型にも動じず、その速度に合わせるように徐々に氷が生まれ、ほとんど反動なく乙女型を受け止めた。

 これだけで、いかにナサリリスが優れた存在かがわかる。凍気を自然に、いともたやすく操っている。生まれながらの天才。生まれながらに氷に愛された女性なのだ。

「うう、あつっ!」

 アミカは、クマーリアのことに驚くより、背後から向かってくる【熱量】に驚く。



―――太陽が現れた



 あらゆるものをき、溶かし、融解させ、それでいながら包み込み、同化し、与え、豊穣を生み出す炎を宿す。まとった炎は光となり、世界そのものを照らした。

 まだ距離があるのに、その熱は周囲に浸透し、すべてのものを熱していく。凍気で冷えたアミカでさえ、再び熱を感じさせる強さである。

 ただそれは、温かく、強く、広がっていく熱。
 すべてを受け入れる力。

 その女性、臨気をまとったネルジーナの呂貌が、ボロボロのアミカの前に立つ。

「あなたが、アミカちゃんね」
「あならぁ…は?」
「あなたのことは、よく知っているわ。だって、散々声を聴かせてもらったもの。嫌でもわかってしまうわ」
「くぅうっ」

 アミカの声は、ネルジーナにもずっと聴こえていた。自分の嬌声を聴かれるほど恥ずかしいものはない。ただただ恥ずかしく、アミカはうつむこうとする。

 が、ネルジーナは、それを制止。

「どうして、恥ずかしがるの」
「え!?」
「あなたは女よ。それがどうして悪いの?」
「それは…そのぉ」
「まったく、あの人たちが教えられるのは、武術だけなのかしら。困ったものね」

 呂貌は、壱式の前で手を広げる。アミカは、頭に「?」を浮かべながら、ネルジーナの行動を見ていた。今の彼女に思考能力がなかったせいもあるが、これは完全に油断。

 そして―――



「さっさと目覚めなさい!!」



―――引っぱたく



「ぎゃひぃいいいいいいいいいいいい!!」


 アミカの尻を、思いきり引っぱたく。正確に述べれば、壱式の尻の部分を呂貌が叩いたのだ。

 完全に無防備だったアミカは、まったく無警戒で張り手を受けてしまった。尻が痺れ、燃えたように熱い何かが、一気に全身を駆け巡った。

 熱い、熱い、熱い。
 信じられないほど―――熱いっ!!

 燃えるという言葉が陳腐に思えるほど、熱い。それも当然。ネルジーナの臨気を圧縮して、機体越しにアミカに注入したのだ。火の最上位属性である臨気の性質は、やはり炎なのである。

 尻が燃える。
 身体が燃える。

―――魂が燃える。

 心の奥底に眠っていたものが、一気に爆発。苦しいほどの圧力が、内部で爆発していく。

「かはっ―――!! はぁっ―――!!!!」

 呼吸困難になったかのように、必死に空気を吸おうとする。だが、どうしても入ってこない。そのことにパニックになり、掻きむしろうとする。

「呼吸は短く! 連続して、強く!!」
「はっーー、はっーー! はっ、はっ、はっ、はっ!!!」
「もっと続けて!!」
「はっ、はっ、はっ、はっ はっ、はっ、はっ、はっ はっ、はっ、はっ、はっ はっ、はっ、はっ、はっ はっ、はっ、はっ、はっ はっ、はっ、はっ、はっ!!」

「力が足りない!! 腹に力を込めて吸う!!」
「はひぃいいいいいーーーーー!」

 バチィイインッ、という音が聴こえそうな張り手を、再度お見舞い。実際には、重い金属同士がぶつかり合う音が響いたのだが、アミカの叫びが、その音を生み出したように錯覚させた。

「おばさん!! 壱式が壊れちまうよ!!」

 音と会話で状況を察したリュウが、必死に懇願する。今の壱式は、強化外装がないのだ。装甲は、もはや紙に等しい。恐るべきパワーの呂貌が叩いたら、それだけで壊れてしまいそうだ。

 だが、このネルジーナが、そんなことを気にかけるわけがない。

「リュウ君、ちゃんと彼女に教えたんでしょう?」
「い、一応は。でもよ、女のことなんて、わからないから…」
「甘いわねぇ。いや、優しいのかしら。女の子に優しくするのは大事よぉ。うちの馬鹿みたいにならなくて、本当に安心。でもね、優しいだけじゃ―――」


―――バチィイイイイイインッ


「あひぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!」


 三発目の注入である。

 もうアミカの身体は、まっかっか。
 全身が燃えるように熱い。いや、実際に燃えている。

「はっ、はっ、はっ! ひっ、ひっ、ひっ!! ふっ、ふっ、ふっ!!」
「そうそう、馴染んできたわね。それでいいのよ。ほら、言葉を出しなさい。自分で立って、自分ではっきりと意思を紡いで!!」

 そして、問いかける。

「あなたは、誰!? さあ、名乗りなさい!!」
「わ、わたし…、私は……!!!」

 喉が焼けるように熱い。燃えている。そんな溢れるパワーに負けないように、必死に足を踏ん張って、短く強い呼吸を繰り返し、全身全霊をもって叫ぶ。


「エルダー・パワー、剣士第九席!!!」


「アミカ・カササギ―――だぁぁぁぁっぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」


―――快楽


 達したような快楽を感じる。ただそれは、ナサリリスが与えたような、冷たく絡みつくようなものではなく、からっとした陽気な光であり、全身を駆け巡る活力であった。

 健全なる快楽。

 そんなものがあるのかはわからないが、人間が許された範囲で快楽を得たとき、これと同じような達成感と充足感を得る。

 無理をして快楽を得れば、次第に鈍痛となるように、それは健全でもなく健康的でもない。されど、正しく力を使い、流れを生み出し、放出すれば、今のように開放的な気分になれるのだ。

 これが臨気。
 真なる炎の気質である。

「アミカちゃん、やれるわね」
「あ、あの…、あなたは?」
「あら、覚えていない? 昔、会ったことがあるわよ」
「え? え? ええと…」
「なんてね。二十年近くも前のことですもの。覚えているわけがないわね」

 きょとんとした顔のアミカに、ネルジーナは笑いかける。その表情には、どこか懐かしさが宿っていた。

 ネルジーナは、自分には子供が産まれないことを薄々感じていた。不妊治療をすることも考えたが、それよりは孤児たちの中から養子を迎えたほうがいいかもしれない、と考えるようになった。

 そこで一度だけ、エルダー・パワーの里に、子供たちを見に行ったことがあった。そこには数多くの孤児がいたので、その中から選ぼうと思ったのである。

 今の陸軍はエルダー・パワーのことを知らないが、旧陸軍の一部の将校の中では名が知られた存在であった。ネルジーナも、陸軍の中心メンバーとして、彼らとのつながりを持っていた。

 その時は結局、まだ早いと思って取りやめたが、子供たちのことは今でも覚えている。

「あの頃は、あなたはまだ普通の女の子だったわ。そこからいろいろとあったのでしょうけど、私たちは女をやめることはできないわ。どうあがいても、ね。だって、性別だもの。変えようがないわ。でも、それでいいのよ」
「おばさ……おば様も、乗り越えたのですか?」
「あらっ、おば様!! いい響きね!! じゃあ私のことは、ネルジーナおば様って呼んでね! やっぱり女の子はいいわぁ。リュウ君は恥ずかしがって、絶対にそう呼んでくれないし」
「は、はい! ネルジーナ…おば様」

 お姉様もいいが、さすがに歳を取りすぎていて、ちょっと違和感があった。それよりは、おば様のほうが馴染むだろうと、当人はかなり気に入ったらしい。

 そして、アミカが苦しんでいることなど、とうにお見通しと言わんばかりに、ネルジーナが人生の先輩としてアミカを諭す。

「乗り越える、か。そうね。若い頃は迷うのが自然よ。でも、一度済んでしまえば、あとは簡単。そんなもんか、ってことね。処女だって同じことよ。たかが膜の一つや二つ、あってもなくても同じよ」
「っ!! それはぜひ、忘れてください!!」
「べつにいいじゃない。他人の目なんて、本当にどうでもいいことよ。大切なことは、あなたがどうありたいか、ってこと。他人から見たあなたではなく、本当の自分を見つけるってことよ」
「本当の…私…」
「さあ、おしゃべりは、あとでいくらでもしましょう。まずは、この場を片付けないとね」

 ネルジーナは、ゆっくりと向こうを見る。こうして呑気に話していられたのは、ナサリリスもクマーリアの介抱をしていたからだ。

「ああ、クマーリア!! こんな姿になって…!! かわいそうに!!」
「お姉様、ごめんなさい! 私はまた…こんな醜い姿に…」
「醜くなんてないわ!! あなたは美しいままよ! ええ、そうよ! その黒い身体に綺麗でないところなんて、一つもないの! 私がそう決めたのだから、あなたは信じなくては駄目よ!!」
「お姉様、まだ私を愛してくれますか…?」
「当たり前よ!! 私があなたを嫌うなんて、絶対にありえない! この世界がすべてを否定しても、私だけはあなたを愛するわ。すべて、すべてあなたのためだもの!!」
「ああ、お姉様!!」

(向こうは、ぶれないな…)

 アミカは、ナサリリスの変わらぬ精神に、心底感服した。

 これはお世辞でも皮肉でもない。彼女があれだけの呪具を操れるのも、その支配を受けないのも、自らに強い信念があるからだ。たとえ、拒絶の力が発端になっていたとしても、彼女はぶれないのだ。

 自分を、さらけ出しているから。
 自分自身を素直に表現しているから。

 それが変質的であれ、彼女は自分が女であることを恥じていない。意識していない。自然に受け入れ、表現している。

(変な言い方だが、会えて良かった)

 アミカの中で、何かが少しずつ変わっていくのを感じた。彼女たちと出会えなければ、こうして自分を見つめることもできなかっただろう。

 だから、勝つ。
 勝たねばならない。

「アミカちゃん、まだやれるわね」
「はい、おば様!」
「いい返事ね」

 ネルジーナの言葉に、ナサリリスが視線を向ける。それは、獲物を見つめる猛獣の目。皇型が立ち上がり、再びニードルソードを構えた。ネルジーナたちも臨戦態勢に戻る。

 その佇まいを見て、ナサリリスは感嘆する。

「素晴らしいわ。なんて完成された力なの。まさか【最終目標】が向こうからやってきてくれるとは…、これぞ女神の導きね!!」

 周囲に凍気が満ちては、臨気に燃やされて蒸発していく。ナサリリスの威圧感を正面から受け止めても、まったく動じていない。

 ネルジーナ・ゼントーベル。ダマスカスの激情鬼。ナサリリスにとって、最後に手に入れられればよいと考えていた最高の人材が、向こうからやってきてくれたのだ。

 そう思えることが、異常。ネルジーナの圧力を受けても、まだそう思えるだけの力がある証拠。

 そして、両者が対峙。

「あなた相手ならば、全力を出してもいいわね!!」

 ナサリリスが戦気を解放。さきほどとは比べ物にならない凍気が発せられ、細かな氷の粒を生み出す。それがブリザードのように吹き荒れ、周囲を切り刻んでいく。

 これは技ではない。ただ単に凍気を解放しただけ。それだけで、彼女の攻撃的な気質は周囲を傷つけるのだ。

 そのブリザードに巻き込まれた基地内の機材が、一瞬にして破砕。その後に凍結し、バラバラに砕け散る。

「これほどとは!」

 戦気に触れただけで、おそらくアミカの壱式はバラバラになる。強化外装がない今、彼女と打ち合うなど不可能である。

 アミカにさえわかる。
 ナサリリスの力量は、確実に自分を超えていると。

 剣技を見てジン・アズマと同等だと感じた存在が、さらに遠くに感じる。そもそもナサリリスは接近戦もできるが、本領は中距離戦闘なのだ。それをアミカに合わせて、わざわざ剣だけで戦っていたにすぎない。

 スキミカミ・カノンも使わず、リヴァイアードですらない。その段階で、彼女は実力のすべてを出していないのだ。そして、この凍気もアミカの時には使わなかった。それだけ手加減されていたのだ。

 だが今、その一つが解放され、実力差が浮き彫りになる。
 バーン序列五十三位という、圧倒的な実力者が現れたのだ。

(どうすれば! 突っ込めばやられる! だが、引いても勝ち目はない!)

 攻撃しようか防御しようか迷っているアミカに対し、この女性の選択肢は一つしかない。

 そのブリザードに、呂貌が突っ込む。

「ふっ、ふっ、ふっ! ああ、我慢するって大変ね。もう抑えられないわ」
「おば様!」
「はぁあああああああああ!!」
「―――っ!!」

 呂貌の臨気がさらに拡大し、ブリザードと衝突。周囲を一瞬にして切り裂く氷の刃が、彼女に触れるだけで溶解していく。臨気は炎の気質。この程度の凍気でどうなるものでもない。

 そのまま一気に距離を詰めようと加速。

(速い!! 私の時とは全然違う!)

 クマーリアは、その加速の鋭さに驚愕する。自分と戦っていた時と比べれば、二倍以上の速度である。その姿は、肉食動物が一瞬で距離を詰める速度に似ている。

 対する自分たちは、足の遅い人間。

 人間と猛獣の足の速さでは、比べるほうに無理がある。筋肉を躍動させ、爆発させて飛び出す速度は、クマーリアの全速すら超える。

「いいわ!! すごくいい!! 正面から受け止めてあげる!!!」

 皇型は、壱式にやったようにニードルソードを構えて迎え撃つ。ナサリリスの目は、ネルジーナの速度でもしっかりと捉えていた。しっかりと狙いをつけ、突き出す。

 呂貌は、右手を使ってニードルソードを受け止めた。手に宿した臨気の力でコーティングされ、損傷はない。がっしりと掴む。

「お姉様! 引っ張られる!」

 クマーリアの脳裏に、自分がやられた引手のイメージが浮かぶ。呂貌の引手があれば、そのまま引っ張られ、ニードルソードごと奪われてしまう。

 だが、もともとこれは何だったか。
 そう、今はソードの形をしているが、これの本質は【銃】である。

「あはははは!! 貫くわよぉおお!!!」

 ナサリリスが、ニードルガンを発射。ドリルのように固められたニードルが、そのまま弾丸として撃ち出される。呂貌の手を弾き、そのままの勢いで機体を貫こうとする。

 その回転力、加速力は引手では対処できない。このままでは、いくら臨気をまとっているとはいえ、大きなダメージを受けてしまう。

 ―――と思っていた。

 呂貌の力は、引く力。引っ張る力であると思っていた。だがそれは、あくまで普通のネルジーナが得意とする技でしかない。

 激情鬼となった彼女が使う技は、もっとえぐい。

き裂けろぉおおおお!!」

 呂貌の手が、強烈な鋭角的な臨気に覆われ、トゲトゲのものに変化する。そして、そのまま引っ張る。

 するとどうなるか。


―――挽かれるのだ


 それはまるで、荒い大根おろし器を使って、柔らかい大根を思いきり擦りつけたような状況。恐ろしい握力を持って、トゲトゲの手袋をして、目の前のものを挽き裂いた光景。

 ニードルが荒々しく飛び散り、その波動はさらに、リヴィエイター皇型の右腕を挽く。

「ぐうううううう!!」

 激しい余波が、基地内部を焼き尽くす。触れれば挽き裂かれ、離れていても臨気の余波でダメージを負う。皇型の右腕がずたぼろになり、ナサリリスの腕が真っ赤に染まった。

 これが、真なる【挽手ひきて】。

 呂貌が持つ、本来の力である。

 彼女の力は、引っ張る力。そこに激情鬼の荒々しい臨気を付け加えることで、それ自体が恐るべき兵器と化す。腕を握られれば、ボロボロにされながら引きちぎられ、抉り取られ、引き裂かれる。

 そして、これを振るうだけで―――

「はぁああああああ!」

 臨気が炎の榴弾と化して、周囲にばら撒かれる。それらは手榴弾のように爆発し、周辺一体を焦土とする。ナサリリスの凍気さえ吹き飛ばすので、その威力がいかに凄まじいかがわかるだろう。

「クマーリア、上に行くわよ! この場所は不利だわ!」

 その攻撃力を見て、ナサリリスは距離を取る。迂闊にも接近戦で対処した自分が悪い。この右手の裂傷は、激情鬼を甘く見ていた証拠である。戒めねばならない。

 リヴィエイター皇型は、氷を作って上への足場を生み出し、跳躍。上の階層、地表部に躍り出る。それに乙女型も追走。

「お姉様! お怪我は!?」
「大丈夫よ。氷で止血したわ」
「お姉様に血を流させるなんて…!」

 ナサリリスが怪我をするほどの相手。それだけの強さに恐怖しつつ、彼女を傷つけられたことへの怒りを感じる。

「いいのよ。戦いとは、こうでなくてはいけないわ。私たちはけっして、余裕をもって事を成そうだなんて思っていないもの。これが困難な道のりだとわかっているわ。だからこそ、私たちは戦うのよ! 血に塗れても、どんなに穢れても!」
「お姉様…の理想」
「私のだけじゃないわ。あなたも一緒よ。あなたが一緒でなければ、そこに意味はないのよ。あなたが安心して暮らせる世界を創りたいの!」
「ああ、ナサリリスお姉様!! あなただけが、私のすべて!」
「私もよ、クマーリア!!」

 二人が抱き合う。もちろん、機体のまま抱き合うので、なかなかシュールな光景である。乙女型が大きいため、皇型が捕獲されたかのようにさえ映る。

「あらあら、若いのね」

 ネルジーナとアミカも、地表部に上がってくる。

 やはりネルジーナ、ダマスカスの激情鬼は強かった。その強さに偽りはない。だからこそ、ナサリリスも出し惜しみはしない。

「さすが、ダマスカス軍で最強の武人。凄い強さだわ。まともに戦えば、私でもどうなるかわからないわね。でも―――私には【コレ】がある」

―――≪キンキンキンキン≫

 また甲高い音が響く。当然、レフォーズ・ベルの音である。

 そう、ナサリリスには、この力がある。相手が女性ならば、圧倒的有利に立つことができる魔鈴があるのだ。これは大きなアドバンテージである。

 加えて、クマーリアのように、女性劣位化という現象もない。相手が年上の女性であっても、女尊の国の支配者である彼女にとって、すべてが自分の下に位置するものなのだ。

 言ってしまえば、【全女性優位化】である。

 すべての女性の頂点に立つ。それこそがナサリリスの願望であり、思想の根幹にある。要するに、欲望丸出しである。が、その欲望こそが彼女の力の源であった。

 周囲に、再びレフォーズ・ベル〈氷女の魔鈴〉の音が響き渡る。
 対象者は、アミカとネルジーナの二人。

 この鈴はもともと、広範囲への無差別攻撃しかできなかったが、ナサリリスの支配によって、対象者を限定する能力を得た。彼女が至る所で実験を繰り返した結果、そうした能力が生まれたのだ。

 ただし、音波なので完全に対象を絞ることはできず、多少ながら漏れてしまうこともあるが。

「あいつ、また使うつもりか!!」

 その音に、反射的にアミカの背筋が震える。まだ筋肉は緩んでおり、完全に戻っていない。それだけ何度もイカされてしまったのだ。その恥辱と屈辱に、思わず赤面する。

「おば様、あれは危険です!!」

 と、アミカが叫んでも、音は待ってくれない。音が聴こえている段階で、すでに影響力は発揮されているのだ。アミカの中に、ねっとりとした熱いものが走る。

「ぎゃひぃいいいい!!」

 この声は、アミカのものである。

 ただし、嬌声にしては品がない。こんな声を上げる女性がいれば、男性は興醒めしてしまうに違いない。なので、これは嬌声ではない。

「おば…様…! 痛い!!」

 これは再びアミカ(壱式)の尻を、ネルジーナが叩いたために発せられた声である。アミカが影響力に支配される前に、活を入れたのだ。

 臨気を注入されたアミカは、性的快楽よりも違う熱気に意識が集中し、一時的に呪縛から逃れた。痛みという、違う意識によって。

「アミカちゃん、どんな攻撃にだって絶対なんてないのよ。特に精神系の術式は、こちらの精神力にも左右されるの。こちらが相手より強ければ、問題ないわ」
「えっと…?」
「気合を入れろ、ってことよ」
「そ、そんなことで!?」
「そう、そんなことよ。戦気が良い例ね。気持ちっていう、一見すれば不確かなもので威力が上がるのですもの。これも同じことよ」

 精神術式は、相手の精神領域に干渉して攻撃する。その方式は、術式によってさまざまだが、レフォーズ・ベルの場合、対象の精神パターンを辿って快楽中枢に侵入し、神経に作用し、感度を異常に発達させる。

 それから、所有者の声紋パターンを対象の精神に刻み、音声によって性的興奮を増幅させる【通路】を生み出す。バックドアと同じで、これが構築されれば、相手の承諾なく無条件で快楽中枢に干渉ができる。

 これを防ぐためには、紅虎たちがやっていたように、最初から監視(防御術式)をつけるやり方がある。術式を誤誘導させ、囮に食いつかせる方法である。

 そのまま囮が術式を受け続けられれば、それで効果は発揮されないし、もし破壊されそうならば、隔離する術式を組み込めばいい。これが一般的な予防策である。

 もう一つが対症療法、つまりは対抗策である。予防できず、いきなり攻撃された際には、どう対応すればよいのか。

 もちろん、相手の術式を解読して、その通路を塞げばよいのだが、これは術者にしかできないし、時間がかかる。短期間で対応するのは、よほどの実力差がなければ難しい。

 となれば、最後の手段は簡単。

 耐えるのみ。

 相手が精神に攻撃を仕掛けてくるのならば、その精神作用を、より強大な意思で受け止めればよいのだ。言ってしまえば、【欲望を抑え込む】わけである。耐えて、【理性を保つ】わけである。

「我慢、我慢する!」
「そう、我慢よ。抑制するのは、そんなに難しいことじゃないわ」
「本当ですか!?」
「…慣れれば、ね」
「えっ!?」

 二人は防御態勢に入る。

 アミカは、やり方はよくわからなかったが、なんとなく心を防御するイメージを念じた。かなり不安定だが、これでもだいぶ違う。相手が何をやろうとするかがわかれば、それだけで多少は対応できるようになる。

 しかし、ナサリリスの余裕は消えない。

「それがわかっても、耐えられないから呪具なのよ!!! さあ、あなたも踊って!! 私と一緒に、美しく、輝かしい、快楽の海で溺れましょう―――!!! 私の世界へ、ようこそおぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!! ひゃはあーーーーー!!」

 ナサリリスの声が、レフォーズ・ベルが生み出した通路を通って、ネルジーナに襲いかかる。

 彼女の快楽中枢に侵入し、感度を上げ、過去のデータを検索し、より興奮状態を維持するように努める。そのために作られ、そのために使われる呪具の威力は凄まじい。

 抵抗していても、その影響は受けてしまう。

「ふっ、ふっ、ふっ!! ふっ、ふっ、ふっ、ふっ、ふっ、ふっ、ふっ、ふっ、ふっ!! いいわ、いいわね、これ! なかなかいいじゃない! 久々に熱くなってきたわ!」

 ネルジーナの肌が震え、ぞわぞわとした刺激が走る。感度が上がり、まるで若くなった頃のように、触れるあらゆるものが新鮮に感じられる。

 流れる空気が心地よい。
 パイロットスーツが、心地よい。
 MGの姿勢制御板すら、刺激的だ。

「ねえ、いいでしょう!? これって、最高でしょう!? ああ、感じるわ! あなたの鼓動! あなたの燃えるような、すんごい波動を!!! ああ、いい! これ、いい!! あなたは、私とはまったく違う!! 熱くて、融けるようでぇえええええ!! 素敵よぉおお!!」

 ネルジーナの炎は、ナサリリスの氷とは正反対。すべてを熱し、融解させ、溶かして一緒くたにしてしまう力。今までの誰よりも情熱的で、まるで自分の意識すら融けてしまうかのような快楽であった。

「若いのね。それなら、何度だってイケそうね」
「ええ、そうよ!! 私は、女性の頂点に立つのですから!! さあ、あなたもどうぞ!」
「ふふっ、まだまだよ。私だって、ご無沙汰だものね」
「あなたも【固い】のね! いいわ、それをほぐすのが、私の―――シ・メ・イ!! だものねえええええ!」

 ナサリリスの使命は、あらゆる女性に快楽を与えること。若い女性は、放っておいても解消できるだろうが、歳を取ると、なかなかそうはいかない。感度は上がっていっても、社会的、身体的、経済的要素で絶頂を味わう機会が減る。

 そんな女性を解放するために、この力がある。

 だからこそ、【ご無沙汰】のネルジーナの欲求不満も解消してあげたいのだ。

(そういえば、最後にしたのはいつかしら?)

 ネルジーナは、自分の身体が震えるのを感じながら、過去の性行為に関して思いを馳せる。

 一応バクナイアとは、定期的に愛を確かめ合っている。十年近く前までは、それなりの回数をこなしていた。若い頃を除けば、あの頃が近年では、もっとも快楽を堪能した時期であっただろうか。

 ただし、それはバクナイアが【鬼封じ】のために、必死になって奉仕した結果である。褒め称え、貢ぎ物をし、性を満足させ、愛を与える。自分のすべてを差し出すことで、激情鬼を封じてきた男の、涙ぐましい努力の結晶である。

 しかしながら、最近はご無沙汰である。

 ここ数ヶ月は、市場動向が不明瞭だったため、ダマスカス国内でもかなり騒動になっていた。東部金融市場が凍結された時には、バクナイアもずっと働き詰めで、家に帰る余裕すらなかったほどだ。

 それ以前も、体力的な衰えを理由に、なかなか応じてくれなかった記憶がある。

(うちの相方ったら、【早い】のよね)

 久々にやっても、普段の疲れと久しぶりの刺激に、すぐに終わってしまう。残念ながら、ネルジーナを満足させるには至らないことが多い。いや、もっと言ってしまえば、最近では達した記憶すらあまりない。

 それでも、バクナイアのがんばりは知っているので、そのことに対して責める気持ちはない。彼は夫として、やれることはやっている。

 ただ、そうした不満が募って「教えて君」製造などに熱中した可能性も否めない。結局のところ、欲求不満だったのだろう。

(なるほどね。慣れていない若い子には、これはしんどいわ)

 一方、ナサリリスの与える快楽は、男性との性交渉を遥かに超える快楽を与えてくれる。余計な行為を必要としないメリットもあり、単純に強い快楽を簡単に受けることができる。まさに理想の力だ。

 この状態で絡み合えば、さらに強い刺激を得ることができるだろう。それに神経が耐えられれば、であるが。

「はぁあ、いいわぁ! やっぱり、これはいいわぁ!!」

 舌を出し、唾液を振りまきながら、ナサリリスも快楽に震える。

 ナサリリスもまた、レフォーズ・ベルで繋がっている間は、アミカの快楽と同じものを受け続けていた。アミカが三度絶頂を味わったのならば、彼女もまた同じ絶頂を味わっていたことになる。

 そしてまた、こうして感度を上げ続けても、ナサリリスに疲労というものが見られない。それは、同じ通路で快楽を共有しているネルジーナにも、簡単に把握できることである。

 そして、あることに気がつく。

 それはたまたま、本当に偶然に閃いたこと。
 されど、自分の体験が、それが真実であると告げていた。

「なるほど。あなたも、私と同じってわけね」
「何がかしら?」
「あなたも、欲求不満ってことよ。それも、私よりも、ずっとずっと不満なのね」
「どうして…そう思うの?」



「だってあなた、本当にイッたこと―――ないでしょう?」



「――――――っ!」


 ネルジーナの言葉に、ナサリリスが凍りつく。一瞬、すべての表情、動き、凍気すらも止まり、それが真実であることを示す。実にわかりやすい女性である。

「何を…!!」
「偽らなくてもいいわ。こうして繋がれば、自然とわかってしまうものよ」
「そんなわけが! 私が、そんな!! そんなこと!!」

 だが、否定すればするほど、彼女の焦りが大きくなっていく。あの余裕が、こんなことで簡単に崩れるなど、普通はありえないのだ。

 だからこそ、真実。

 絶対にそうであるかはともかく、思い当たる節があるということ。
 それにはクマーリアも驚愕。

「お、お姉様!? だ、だって、あんなに気持ちよさそうにしているのに、達していないなんてことが…私としている時だって…!」
「く、クマーリア、それは……」
「お姉様、嘘でしょう!? それとも本当に…満足されていないのですか!?」
「違う、違うのよ、クマーリア! 私は、だって、私はぁあああ!」

 レフォーズ・ベルによって、ネルジーナの快楽が伝わってくる。昇ってくる。上がってくる。しかし、どんなに上げられても、それが終わることはない。永遠に上がり続ける。

 そう、終わりがないのだ。

 彼女の快楽には終わりがない。収束地点がない。
 達する点が―――ない。

 どこまでも上がっていく快楽は、着地点を失い、狂ったように周囲にぶつけられるだけ。それはつまり、欲求不満なのである。お腹が膨れない化け物が、永遠に食べ物を食べ続けるのと同じ。

 空しく、儚い、永遠の地獄である。

「うう、どうして、あなたに…!! あなたにはわかったの!」
「わかるわよ。だって、昔の私にそっくりだもの。いつも欲求不満で、男を見下して、足蹴にして、踏み潰して、蔑んで、全部を自分の中に閉じ込める。そんな女が、心をさらけ出せるわけがないじゃない」


 そして、言い放つ。


「身体は手段にすぎない」



―――「イクっていうのはね、心の開放なのよ」



「だから、あなたはイケない。心が凍っているから」

 他者を必要としない拒絶した存在だから。完璧すぎて、完全に凍っているから。だから、ナサリリスは永遠に解放されない。

「くっ、ううう!! ううううう!! だったら…、だったら、どうするの!! 私はいいのよ! 私がイケなくても、あなたたちに快楽を与えられれば、それでいいの!!」



「私が、世界を変えるのよぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」



 ナサリリスの心臓が、青白く輝いていく。それと同時に凍気が吹き荒れ、さらに、さらに、さらに、凍り輝いていく。限界を超え、極限にまで高まっていく。

 皇型が、青白い輝きに包まれた。

 水気の上位属性である凍気。そのさらに上の最終属性―――【命気めいき】に包まれた姿は、神々しく、凛々しく、すべての女性をひれ伏すために降臨した凍眼鬼ザーラ


「さあ、本気で行くわよ! あなたを、完全に私のものにするわ!!」


 それに対するは、激情鬼オーガ

 すべてを力づくで挽き裂き、思い通りになるまで暴れまくる、破壊の化身。バクナイアが、この世でもっとも怖れる存在。


「それじゃ、このネルジーナおば様が、若いあなたに本当の熱を教えてあげようじゃないの!! 叩きつけて、挽きつけて、練り込んであげるわ!!! 痛みっていう快楽をね!!」


 ここに今、二人の鬼が全面衝突する。

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