愚者の哭き声 ― Answer to certain Requiem ―

譚月遊生季

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第1章 Come in the Rain

29. ある創作者達の喧騒

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 ローランドくん、だったかな。彼がいつの間にか姿を消していて、ボク達も医院の外へ追い出された。
 カミーユは自分の首をどうにか頭に乗せ直し、「……よし」と呟く。

「ちょっと絵描いていい?」

 そうだね。しばらく描けていないから欲求不満だろうね。でも今は我慢しててくれるかい? この状況、それどころじゃないだろう。

「でも僕さ、描かないと落ち着かないんだよね」

 わかる。そういえばボクもそうだった。
 えー、どうしようかなあ。カミーユに落ち着きがなかったら普段より数倍増しで鬱陶しいし、ここらへんで発散させておくべきかもしれない。ノエル、どう思う?

「描ける時に描かせておきなさい。そのうち数倍どころか数百倍めんどくさくなるわよ」

 わかる。

「ねぇ、僕なんだと思われてるわけ?」

 よし、とりあえず好きにやっててくれ。たまには息抜きも大事だろうからね!



 ***



 ……って、カミーユ。いつまで描くつもりなんだい?
 もう同じ場所で数時間書いてるじゃないか。いい加減退屈になってしまったよ。いや、時間の感覚なんてここでは曖昧だし、そもそも時間って概念があるかも分からないのだけどね。

「今さ、壮大なインスピレーションが瞼の裏で鮮明なイマージュとしての彩りを……あんた何言ってんの? 人間の言語喋りなさい? ……だからノエル、僕の口で喋るのやめてってば」

 あー、これは何を言ってもダメだね。
 どうしようかな。満足するのを待つしかないか。

「あの」

 あっ、声をかけられているよ!
 カミーユ! 早く反応したまえ!

「警察の者ですが、少しお話させていただいても?」
「は?」
「先程から数時間、同じ場所で絵を描いているように見えるのですが……何をしているのでしょうか?」
「え? 何って……同じ場所で絵を描いてるんだけど?」

 ほら、言わんこっちゃない。不審に思われているじゃないか。

「あのさ、何で数時間絵を描いてるだけでケチをつけられるわけ? 君何様?」
「いえ、ずっと動いていなかったので」
「僕特に何もしてないよね? 絵描いてただけだよね? 怪しいことしてたなら言って?『絵を描くこと』が怪しい行為なの?」

 こらこら、キレるんじゃない。余計にめんどくさい人に思われるじゃないか。
 ……ん? なんで警察がいるんだ? もしかして、いつの間にか現実世界に流れ着いていたのかな?

「この場所は薄暗くて不気味ですし、なんと言いますか……雰囲気が不審だったもので」
「雰囲気が何? ああうん真剣だったよねごめんね。僕本気だから。この場所薄暗くて不気味なのに……って、だからこそでしょ。絵描きが皆似たような絵だったら芸術すぐ廃れるって」

 カミーユ、落ち着くんだ。向こうもお仕事をしているだけだろう。腹が立ったのはわかるけど、キミが不審なのは残念ながら事実だ。普段はキミが無駄に美形だからなんやかんやどうにかなっていただけだし、本来はこれくらいの扱いが妥当なんだよ。

「君新入り? 僕みたいなのに構ってるってどれだけ暇なの? 来たばっかりだから『街』のこと知りたいけど怪しい奴が結構多かったからとりあえず声かけた……なら分かるよ」

 言っておくけど、怪しいやつ筆頭はキミだ。
 あとその人が来たばっかりかどうかも分からないだろう! もしかしたら会ったことがないだけで、古参の可能性だってある。もう少し落ち着きたまえ!

「いえ、念の為と言いますか……」
「でも、声かけるのにいきなり警察ですとか言ってお堅い挨拶されるとイラッときて当然だと思う。そんなに偉い立場なわけでもないし。何か言いたいなら言えば?」

 ダメだ、全く人の話を聞く気がない。作業に邪魔が入ると大抵こうだからね。いやぁ、めんどくさい。
 金髪の警官さん、本当に申し訳な……あれ?
 何やら様子がおかしいね。

「……僕は……正義の……ため……分かって……」

 んん? 髪の色が変わった?
 茶髪? 瞳の色も茶色から青色に……おや? これは……見覚えのある風貌だね。

「……! 君は……!?」

 カミーユの表情が嫌悪から驚愕へと変わる。
 青年はふらつきながら地面に膝をつき、血の気の失せた唇から途切れ途切れに言葉を紡いだ。

「お、れは……キース、なんて……名前じゃ……な……」

 ……やっぱり、ローランド君か。
 なんだか、ややこしいことになってるみたいだねぇ。



 ***



 とりあえずそこら辺にローランド君を寝かせておき、カミーユはいおりクンからのメールを確認する。
 庵クンの方は「霊媒」によって多くの情報を入手できたらしく、カミーユが絵を描いている間に、既に何通か送られてきていた。
 しかし、やけに積極的に協力してくれるね。いや、その方が助かるんだけど。

「……友達が怨霊化しちゃったこと、気にしてるみたいだしね」

 友達、というのは、もう一人の「伊織いおり」クンのことかな。
 多感な年齢だからね。ああ見えて、それなりにショックを受けていたのかもしれない。

「あの子、特殊な能力者ではあるけど……両親もそうだから、生まれた時から付き合い方も『霊媒師』の世界も学べたらしいね。だからこんな状況でも余裕があるのかも」

 ある意味では、運がいいと言えるかもしれないね。……それでも、常人とは比べ物にならない苦労をしてきたはずだけど。
 この空間では、情報は何より重要だ。巻き込むのは申し訳ないが、こちらも手段を選んでいる暇はない。協力してもらおうじゃないか。

「……あ、これ、そのままロデリック君に転送してみる?」

 ふむ。情報提供というわけか。良いと思うよ。彼は「街」の外で情報を精査することもできる。
 ……問題は、上手く情報が渡ってくれるかどうか、だけど。エラーになったり、文字化けメールが届いたりする可能性だってあるからね。

「上手く届かない時は、手当たり次第送ったら良くない?」

 …………。
 なるほど、一理あるね!!

「……う……」

 お、ローランドくんは目が覚めたみたいだよ。
 大丈夫かな。ちょっとでも正気が残っていれば話しやすいんだけど……。

「狂ってたら狂ってたで意志の疎通自体は可能でしょ。特定の部分でダメになるっぽいけど……その時はその時じゃない?」

 カミーユ、キミ、さては絵を描けたからハイになってついでに大雑把になってるだろう?
 もしくは目の前の彼の苦悶を見たからちょっと気持ちよくなって……どっちもか……。

「いやいやいや、いいオカズ……じゃなかった。いいインスピレーションにはなるけどさ、さすがにそこまで感じてないよ……」

 今とんでもない言葉が聞こえた気がするけど、気のせいってことにしていいかい。
 むしろ気のせいにさせてくれ。

「……あれ……俺、今……何してたんだっけ……」

 ローランドくんは頭を押さえつつ、呟いている。
 緑がかった青の瞳が光をたたえては澱み、妙に光を乱反射して、また濁る。かなり、不安定な状態のようだ。

「……よし。丁度良かった。読んで欲しいものがあってさ」

 カミーユ、それ……庵クンが書いてたメモだね?
 確か、レヴィくんの記憶を視てもらったんだったか……
 うん? 待ってくれ。あれを見せるのかい? ローランドくんは触らない方がいい、って庵クンが言ってなかったかい?

「あれ? そうだったっけ?」

 って、もう渡してるじゃないか!! ああもう、すぐに徹夜だのエナジードリンクで限界まで作業だのするから……!!

「……L、e、v、i……これ……Leviticusレビ記……?」

 ……レビ記……旧約聖書のエピソードだったかな。

「レビ記? レヴィくんの名前の由来じゃ……あれ、違ったっけ」

 そういえば、その記憶……聖書の一節に似た文言があったような気がする。
 ええと、何だったかな。どんなことが書いていたっけか……

「──祭司が生贄を捧げて贖えば、彼の犯した罪は許される」
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