4 / 32
序章 前日譚
4. ある死者の追憶
しおりを挟む
その日も雷雨が轟いていた。
すっかり肉の腐り落ちた身体を掘り返され、そのまま棺桶に移されて、俺の屍は車で教会へと移動した。
急な病に倒れて臥せっていた長男が命を落とした……と、大方そんなシナリオだったのだろう。プライドの高い父のことだ。真実はどうにか隠そうとしたに違いない。
……どのような最期だったかは、まだ思い出せない。
父が買収したであろう教会は、俺の死体を神に仕えているとは思えないほど粗雑に扱った。既に半ばほど折れていた腰骨は無惨にも砕け、上半身と下半身が分かたれる羽目になった。
棺桶の蓋は開けられないまま、葬儀に参列した家族の声を聞いていた。……泣き喚く少年の声に、聞き覚えがあった。
未練もあったし、無念もあった。……それでも、身体は動かなかった。
だが、観念して地中で眠りにつこうとした時、その声が届いたのだ。
──ロジャー、にいさん……
それは、あまりにも苦しそうな慟哭だった。
あまりにも悲痛に助けを求め、あまりにも懐かしい響きの、そんな声だった。
……そうだ、思い出した。
今、俺を呼ぶ声も、あの雨の日と同じ……
「……ローか?」
ローランド。……俺の、実の弟だ。
パチリと、またピースが噛み合った。
声を聞こうとして、意識を研ぎ澄ませる。深淵から響くような声に、耳を傾ける。
──痛い
そして、気付いた。
……気付いてしまった。
──痛い、痛い痛い、痛い、痛い……痛い痛い痛い痛い痛い、いた、い……
壊れたように、虚ろに同じ言葉ばかり繰り返す、無惨な姿に。
……いや、壊れたように、ではない。……おそらくもう、壊れて……
「……ッ」
思い出そうとして、電流が走ったような「拒絶」を感じた。
まだだ。まだ壊れていない。まだ、生きようとしている。……まだ、足掻いている。
だからこそ、触れられたくないのだ。迂闊に触れれば、そこから崩れてしまう。……あいつはきっと、それを恐れている。
だが、断片は手に入れた。……私がなぜこの世に留まっているか……その理由も、ぼんやりと掴み取れた。
意識が再び過去に向かう。
──にい、さん
俺は肉体が使い物にならず、相手は精神が壊れかけていた。
……だから、助け合ったのだ。どちらも1人では存在すらできなくなったからこそ、歯車はピタリと噛み合った。
限られた者の隣でしか存在できない、いびつな存在となってなお……俺は過去に未練があり、あいつは未来に切望があった。
「ロー。苦しいだろうが、まだ耐えてくれ。私は諦めきれないのだよ」
確かに、肯定された感覚があった。
骨の肉体が新たな輪郭を纏っていく。……張りぼてのようなものだが、取り繕って人間らしい形を為していく。
1歩、1歩と、歩を進める。見覚えのある光景を進むなか、徐々に霧が濃くなり……そして、ようやく人影を捉える。
金髪の男が、青ざめた表情でこちらを見ていた。喉元から噴き出した鮮血が、真っ赤に白いシャツを染めあげている。……どう見ても、生きた人間ではない。
「……僕は間違ってない……」
ふらふらとこちらに歩み寄りながら、男は俺達の肉体をすり抜け、またふらふらと歩き去っていった。……視線がどこを見ているのかもわからず、何を聞いているのかもわからない。
あの希薄な存在感を見るに、消滅するのも時間の問題に思えた。……とはいえ、消滅と真っ当な死の違いはよく分からない。
とにかく、先へ進もうと足を進める。何か、この場所に関する手がかりも見つけたい。
……そして、因縁が私を手招いた。
立ち込めた霧の向こう、ヘーゼルの瞳が俺を射抜く。
「ロジャー」
もし、運命というものがあるのなら、遥か遠い昔より私達は殺し殺される関係だったのだと、
……そう、感じざるを得ない。
俺が殺した竹馬の友は、焼き尽くされた顔面を隠すことなくそこに立っていた。
すっかり肉の腐り落ちた身体を掘り返され、そのまま棺桶に移されて、俺の屍は車で教会へと移動した。
急な病に倒れて臥せっていた長男が命を落とした……と、大方そんなシナリオだったのだろう。プライドの高い父のことだ。真実はどうにか隠そうとしたに違いない。
……どのような最期だったかは、まだ思い出せない。
父が買収したであろう教会は、俺の死体を神に仕えているとは思えないほど粗雑に扱った。既に半ばほど折れていた腰骨は無惨にも砕け、上半身と下半身が分かたれる羽目になった。
棺桶の蓋は開けられないまま、葬儀に参列した家族の声を聞いていた。……泣き喚く少年の声に、聞き覚えがあった。
未練もあったし、無念もあった。……それでも、身体は動かなかった。
だが、観念して地中で眠りにつこうとした時、その声が届いたのだ。
──ロジャー、にいさん……
それは、あまりにも苦しそうな慟哭だった。
あまりにも悲痛に助けを求め、あまりにも懐かしい響きの、そんな声だった。
……そうだ、思い出した。
今、俺を呼ぶ声も、あの雨の日と同じ……
「……ローか?」
ローランド。……俺の、実の弟だ。
パチリと、またピースが噛み合った。
声を聞こうとして、意識を研ぎ澄ませる。深淵から響くような声に、耳を傾ける。
──痛い
そして、気付いた。
……気付いてしまった。
──痛い、痛い痛い、痛い、痛い……痛い痛い痛い痛い痛い、いた、い……
壊れたように、虚ろに同じ言葉ばかり繰り返す、無惨な姿に。
……いや、壊れたように、ではない。……おそらくもう、壊れて……
「……ッ」
思い出そうとして、電流が走ったような「拒絶」を感じた。
まだだ。まだ壊れていない。まだ、生きようとしている。……まだ、足掻いている。
だからこそ、触れられたくないのだ。迂闊に触れれば、そこから崩れてしまう。……あいつはきっと、それを恐れている。
だが、断片は手に入れた。……私がなぜこの世に留まっているか……その理由も、ぼんやりと掴み取れた。
意識が再び過去に向かう。
──にい、さん
俺は肉体が使い物にならず、相手は精神が壊れかけていた。
……だから、助け合ったのだ。どちらも1人では存在すらできなくなったからこそ、歯車はピタリと噛み合った。
限られた者の隣でしか存在できない、いびつな存在となってなお……俺は過去に未練があり、あいつは未来に切望があった。
「ロー。苦しいだろうが、まだ耐えてくれ。私は諦めきれないのだよ」
確かに、肯定された感覚があった。
骨の肉体が新たな輪郭を纏っていく。……張りぼてのようなものだが、取り繕って人間らしい形を為していく。
1歩、1歩と、歩を進める。見覚えのある光景を進むなか、徐々に霧が濃くなり……そして、ようやく人影を捉える。
金髪の男が、青ざめた表情でこちらを見ていた。喉元から噴き出した鮮血が、真っ赤に白いシャツを染めあげている。……どう見ても、生きた人間ではない。
「……僕は間違ってない……」
ふらふらとこちらに歩み寄りながら、男は俺達の肉体をすり抜け、またふらふらと歩き去っていった。……視線がどこを見ているのかもわからず、何を聞いているのかもわからない。
あの希薄な存在感を見るに、消滅するのも時間の問題に思えた。……とはいえ、消滅と真っ当な死の違いはよく分からない。
とにかく、先へ進もうと足を進める。何か、この場所に関する手がかりも見つけたい。
……そして、因縁が私を手招いた。
立ち込めた霧の向こう、ヘーゼルの瞳が俺を射抜く。
「ロジャー」
もし、運命というものがあるのなら、遥か遠い昔より私達は殺し殺される関係だったのだと、
……そう、感じざるを得ない。
俺が殺した竹馬の友は、焼き尽くされた顔面を隠すことなくそこに立っていた。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説

視える棺2 ── もう一つの扉
中岡 始
ホラー
この短編集に登場するのは、"視えてしまった"者たちの記録である。
影がずれる。
自分ではない"もう一人"が存在する。
そして、見つけたはずのない"棺"が、自分の名前を刻んで待っている——。
前作 『視える棺』 では、「この世に留まるべきではない存在」を視てしまった者たちの恐怖が描かれた。
だが、"視える者"は、それだけでは終わらない。
"棺"に閉じ込められるべきだった者たちは、まだ完全に封じられてはいなかった。
彼らは、"もう一つの扉"を探している。
影を踏んだ者、"13階"に足を踏み入れた者、消えた友人の遺書を見つけた者——
すべての怪異は、"どこかへ繋がる"ために存在していた。
そして、最後の話 『視える棺──最後の欠片』 では、ついに"棺"の正体が明かされる。
"視える棺"とは何だったのか?
視えてしまった者の運命とは?
この物語を読んだあなたも、すでに"視えている"のかもしれない——。

終焉の教室
シロタカズキ
ホラー
30人の高校生が突如として閉じ込められた教室。
そこに響く無機質なアナウンス――「生き残りをかけたデスゲームを開始します」。
提示された“課題”をクリアしなければ、容赦なく“退場”となる。
最初の課題は「クラスメイトの中から裏切り者を見つけ出せ」。
しかし、誰もが疑心暗鬼に陥る中、タイムリミットが突如として加速。
そして、一人目の犠牲者が決まった――。
果たして、このデスゲームの真の目的は?
誰が裏切り者で、誰が生き残るのか?
友情と疑念、策略と裏切りが交錯する極限の心理戦が今、幕を開ける。
視える棺―この世とあの世の狭間で起こる12の奇譚
中岡 始
ホラー
この短編集に登場するのは、「気づいてしまった者たち」 である。
誰もいないはずの部屋に届く手紙。
鏡の中で先に笑う「もうひとりの自分」。
数え間違えたはずの足音。
夜のバスで揺れる「灰色の手」。
撮ったはずのない「3枚目の写真」。
どの話にも共通するのは、「この世に残るべきでない存在」 の気配。
それは時に、死者の残した痕跡であり、時に、境界を越えてしまった者の行き場のない魂でもある。
だが、"それ"に気づいた者は、もう後戻りができない。
見てはいけないものを見た者は、見られる側に回るのだから。
そして、最終話「最期のページ」。
読み進めることで、読者は気づくことになる。
なぜ、この短編集のタイトルが『視える棺』なのか。
なぜ、彼らは"見えてしまった"のか。
そして、最後のページに書かれていたのは——
「そして、彼が振り返った瞬間——」
その瞬間、あなたは気づくだろう。
この物語の本当の意味に。


百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる