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第三章【不安の彩り】

3 伝わる温もり、逃がしたくない体温

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 華の余命はあと一ヵ月ほど。華と交際してから二ヵ月が経っていた。
 未だにいつも横で笑っている華がいなくなってしまうとは思えないし、そんなの思いたくもない。
 一緒にいるうえで、華から余命という言葉も感じない。本当に余命はあるのか、そう疑ってしまうほどだ。
 だが「本当に余命つきですよ」という証か、先日華が倒れた。俺は慌てて救急車を呼び、一命は取り留めた。
 病状はまだ何も聞いていない。

「ごめんなさい、貴方はクラスメイトの方かしら…?」
 華の母親と対面したのは初めてだ。
 俺はそんな華の母親の質問に、「はい」か「いいえ」のどちらで答えるか迷った。
 考えた末、正直に言うことにした。
「いいえ、俺は華と付き合わせてもらっている者です。黙っていて、申し訳ありませんでした…。」
 華の母親は、酷く驚愕したような表情をしていた。
「華の余命のことは?」
「余命のことは承知のうえで交際させてもらっています。」
「あら、そう…。華にも彼氏が…。」
 華の母親は、疲れているのか目は半開き。もしかして不眠なのかもしれない。
「九条蓮といいます。えっと、華の病状を訊いてもいいでしょうか?」
「ええ、もちろんよ。」
 それから聞いた話だ。どうやら余命二ヵ月の頃に入院していない時点で奇跡だったらしい。普通は余命半年ほどから入院をしている人が多く、華は珍しいとのこと。
 また、昨日倒れた時点で死の可能性も十分にあったということ。
 そして、華は病院で死を迎えることになるということ──。
 つまりもう、華は学校には行けないのだ。当たり前だった日常が、一日で消え去ったのだ。
 俺はすべての事実を知らされたあと、華との面会を進められた。
 静寂に包まれた病室。どうやら華は一人部屋らしい。
「蓮、心配かけたよね…。ごめんね。」
 そんな重い静寂を破ったのは、華の謝罪の言葉だった。
「私、明日死ぬかもしれない。今日死ぬかもしれない。」
「うん…。」
「そう考えると、未来に行きたくないって思っちゃうの…。時間はどんどん進んでいくのに、私だけ止まることなんてできるはずもないのに…。」
 華は泣くという感情よりも無心といったようで、涙も忘れた様子だった。
「それは、俺も、華の立場だっ、たら、そう、な…ると、思う…。」
 上手く言葉を紡げない。
「恐いの。明日が恐い。明日蓮と離ればなれになるかもしれない…。」
「うん……。」
「死にたく…ないよ……。」
 華の声は震えていた。見た目では泣いていなくても、心が泣いているような。
 俺は泣いていた。華は我慢しているというのに、俺は駄目な彼氏だ。
「なんで私なの…?なんで、せっかく幸せに辿り着いたのに。なんで…?」
 華はすっかり放心状態だった。精神を追い詰めたように斜め下を向いて、静かに呟いている。
 俺には答えをあげることも、同調することもできない。俺は、無力だ。
 その日はとりあえず帰って、明日また華に会いに来るという話に落ち着いた。
 俺が帰ろうと席を立ち上が──。
「蓮…。」
 手首には温かい華の手が、俺を引き留めていた。
 華の手は、一ヵ月後にこの世を去るとは思えないほど温かくて、傍にあったその温もりが消えることが信じられない。
 むしろ俺よりも体温を感じられて、ここが病院で華が病人なことが信じられないほど。
「ごめん、またね。」
 俺から手を離して眉を下げて笑う華は、どこか無理をしていることが滲み出ていた。
 そんな彼女の辛さに気づいていても、俺は何をすることもできずに病室を後にした。
 
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