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3巻

3-2

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 ◆


 翌日、早速三人に試作中の漆器しっきを見てもらう事にした。
 これは俺が以前暮らしていた森の集落の亜人達が作った物で、リザードマン達が集めたうるしすすを混ぜて木製のうつわに塗った品だ。
 器は手先が器用なコボルト達が大量生産していて、品質もかなり良くなってきているが、漆の色にはまだ改良の余地があると思っている。

「へぇ~、こんな方法があるとは、森の住人と言われるエルフの私でも知らなかったですよ。接着剤として使っているとは聞いた事がありますが、かぶれるから皆嫌がってたんですよね」
「なるほど……坊ちゃん、これはご自分で考えたんで? まだまだ完成には遠いという事ですが、この色、このつや、なかなかお目にかかれる物じゃないですよ。あっしの残り短い人生をけて完成させやす」

 マートさんとオーレリーさんははじめて見る漆器を手に取って、興味深そうに検分しはじめた。
 レイレも俺の隣からのぞき込んで感想を述べる。

「これ塗料じゃないんですよね。黒以外に赤もあるんですか。私は赤の方が好きですね」
「今日からこれは三人に任せます。漆の質が低いのが原因だと思うけど、まだ荒い気がしますね。濾過ろかを繰り返せばマシになるかもしれません」
「お任せくだせえ。しかし坊ちゃん、この作業はレイレにはちょっと難しいと思いやすよ。もし体に着いちまったら、毛の色が染まっちまう」

 確かにマートさんの言う通りだ。体中を毛で覆われたレイレにこの作業は向いていない。彼女はほとんど一目惚れで連れてきてしまったので、そこまで考えが及んでいなかった。

「まあ、若様。レイレには雑用と若様のお世話をさせれば良いじゃないですか。当分は実験中心になるので、私とマートさんだけで十分でしょう」
「そうですね。では、レイレは当分こっちで預かります。あぁ、ベッドの素材とかは外に置いておくので、使ってくださいね」

 マートさん達はかなりやる気に満ちているので、漆器作りは任せて、俺はレイレを連れて家に戻る。
 家ではマーシャさんをはじめ、幼いミラベルまでもがせっせと家事にいそしんでいた。

「ゼン様、私もお掃除を手伝ってきます。宜しいですか?」

 レイレは何もしていない事に居心地の悪さを感じたらしく、自ら掃除の手伝いを申し出てきた。
 俺も一緒に雑巾ぞうきんがけでもしようとしたのだが、なぜかナディーネが立ちはだかった。

「ゼン君、掃除は私たちがやるわ。家の事は全部任せて! 今日はお出かけするんでしょ?」

 こえぇ……、なんでちょっと怒ってんだよ……。綺麗きれいな顔で怒られると、妙な迫力があるんだよな。
 家賃を負担している俺に家事までさせないように、気をつかっているのだろう。
 その気持ちは分からないでもないので、今日のところは街の細工屋へと足を運ぶ事にする。
 庭で遊んでいるポッポちゃんに、付いて来るかと聞いたのだが、珍しく断られてしまった。
 最近は地面を掘り起こすのに忙しいらしい。それにきると、馬と一緒になって駆け回るという謎の生活を送っている。本人が楽しそうなので放っておいているのだが、そろそろ俺と一緒に遊んでくれてもいいんじゃないかと思う。


 ラーグノックの職人街に着いた俺は、外見的には特に目立ったところもない一軒の店に入った。

「こんちはー、おっちゃんいる?」

 俺は店番の娘さんに店主の在否ざいひを確かめた。

「あっ、らっしゃい。おとーさん、お客さん来たよ」
「おう、来たか。頼まれてた物は出来上がってるぞ。ちょっとこっちに来い」

 奥の方から返事があり、俺は娘さんに誘導されて店の奥に足を踏み入れた。
 扉を開けた先はまさに工房という感じで、作業台を中心に大小様々な道具が並べられている。こういうのはとても男心をくすぐられるものだ。

「うおぉ、かっけえぇ! おっちゃんのセンス最高だね」
「ふははは、これが分かるか。やはり男の職場は男にしか分からないんだな!」

 ずんぐりとして恰幅かっぷくのいい細工屋の店主は、長い髭を揺らしながら豪快ごうかいに笑った。
 男にしか分からないって発言からすると、娘さんに何か言われてるのか? 確かに一見すると汚い作業場なのはいなめないからな。

「おっと、これだ。予定通り三つ出来上がったぞ。瞳石ひとみいしの大きさに合わせたから、少し太くなってしまったが、その分装飾そうしょく豪華ごうかにしておいた。これなら誰に見せても恥ずかしくないだろ」

 そう言って手渡された腕輪には、力強い竜の模様が描かれていて、俺が注文時に出した「格好いい奴」という超曖昧あいまいな要望を見事に満たしていた。

「言われた通り、一つは可愛くって注文だったから、これは俺の知り合いに装飾してもらったぞ」

 差し出された腕輪は花をモチーフにした女性向けの装飾で、これもとても満足がいく出来だ。
 いずれの腕輪も俺の持っていたミスリルインゴットで製作してもらった為、光の加減によっては複雑な薄碧はくへきの輝きを放つ。

「やはり、俺の目利めききは正しかったわ」

 数ある店の中から俺がこの店を選んだ理由……それはこのおっちゃんがドワーフだからだ!
 エルフがいるならドワーフもいる。ファンタジー世界の絶対的なお約束の一つだろう。
 ドワーフは鍛冶かじや細工などを得意とする種族とされる事が多いが、それはこの世界でも通用する常識だったようだ。俺が依頼した品の出来映えを見ても明らかである。

「そう言ってもらえると、職人としては嬉しい限りだ。あぁ、余ったインゴットから指輪をいくつか作っておいたぞ。魔石は魔法店で買うといい」
「そうしたいんだけど、店だと大したものが売ってないんだよね」
「なら自分で調達するしかあるまい。これだけのミスリルを手に入れられるんだ、そう大した問題でもないだろ? さて、腕輪の方はどうする? 瞳石のめ込みもこちらで出来るが」

 今回依頼したミスリルの腕輪は、マジックボックスを作る為の物だ。俺が持っているマジックバッグ――見た目の容量以上に大量の品を収納出来るかばん――の上位版に当たるのだが、腕輪にした方がセキュリティーが高く、利便性もよいという話を聞いて発注する事にした。
 残り二つの腕輪は、今後更に瞳石が手に入ったらマジックボックスに加工して、アニアとアルンにプレゼントするつもりだ。

「じゃあ、お願いしようかな。ちょっと待ってね」

 俺は腰に着けていたマジックバッグに手をかけて、そこからこの不思議な収納のコアである瞳石を取り外した。どんな原理なのかは知らないが、鞄から瞳石を外しても、マジックバッグの中身が全部出てしまうような事はない。中身の情報などは全て瞳石が持っているらしい。

「お前これ……初めて見たぞ、こんなハッキリとした瞳石は」

 俺から瞳石を受け取ったおっちゃんは、その模様に驚いたようだが、すぐに作業に取りかかって腕輪に石を嵌めこんでくれた。

「よしいいぞ、お前は慣れているみたいだから大丈夫だろうが、常時瞳石に触れていてマジックボックスにアクセスする感覚は、慣れが必要だから気を付けろよ」

 少し心配そうな顔のおっちゃんから腕輪を受け取る。
 早速腕に通してみたのだが、マジックバッグは普段から事あるごとに使っている物なので、違和感は全くなかった。腕輪化して常に瞳石が肌に触れているので、意識しただけで今収納されている物のリストが頭に浮かんでくる。
 しかも、魔法金属ミスリルだけあって、装着した瞬間にサイズが変わり、俺の体にぴったりと合う。合い過ぎてすきがないくらいだが、取ろうと思えば簡単に外せるから不思議だ。今後の体の成長に合わせて大きさも勝手に調整してくれるらしい。
 ミスリル君、武器に使えないから駄目な金属とか思ってて、ごめんなさい。

「追加料金はいらない。これで仕事は終わりだな。また面白い素材が手に入ったら持って来いよ?」

 そんなおっちゃんの言葉を背に受けて、俺は店から出た。おっちゃんの腕は確かだし、人柄も好い。今後は贔屓ひいきにさせてもらおう。


 次に向かうのは、街の中心から少し離れた場所にある大型の炉を持つ工房だ。ここへは俺の戦いを二度にわたり助けてくれた、巨大な金属くいの解体を行う為にやってきた。
 一撃必殺の威力は魅力的なのだが、流石に使える状況が限定的すぎるので、素材として有効活用しようという訳だ。

「こんにちは、予約してたゼンです」
「待ってたよ、もう用意は出来てるから、すぐにでもやれるよ。武器職人も今日はこっちに連れてきているから、好きなだけこき使ってくれ。彼らもルーンメタルで武器が作れると聞いて、昨日から楽しみにしているみたいだよ」

 ここは普段、大きな鉄製品の製造等を行う工房なのだが、今日は俺が依頼して時間をもらっている。
 予約の時間よりも少し早めに来たのだが、既に準備万端という感じで、待機している職人さんやその弟子達は期待に目を輝かせていた。

「ここで出していいんですか?」
「あぁ、倒れるとまずいから、この砂の上に出してくれ」

 職人に言われたとおり、俺は高く盛られた砂の上にマジックボックスから取り出した金属の杭を突き立てた。ズンッと地響きを上げて砂の山に刺さった金属の杭は、倒れる事なくまっすぐの姿勢を維持していた。

「先端部分はルーンメタルだが、中身は鉄か。……話に聞いていたとはいえ、これは凄いな」

 金属の杭を取り囲んでいる職人たちは、誰もが驚愕きょうがくしている様子だ。

「あぁ、こんな量のルーンメタルなんて、戦時の工房でもお目にかかれんぞ……」
「これだけの容量なら鉄だけでもかなりの価値がある……。おいっ! これダンジョン産か!?」

 職人達は皆、巨大杭に驚嘆きょうたんの声を上げつつ、解体作業の段取りをはじめた。

「しっかし、これは難儀なんぎだな。これをそのまま溶かす訳にもいかんから、少しずつがしていくか?」
「だな、その為に火虎ひとらの粉を用意してるんだろ?」

 その後も職人達の相談は続いたが、俺はやる事がないので、一人で少し離れた場所に座って、彼らの話を聞いていた。
 今気付いたけど、作業が終わるまで相当暇だ……。
 仕方がないのでマジックグローブで魔法技能の訓練をしながらしばらく作業を見ていると、職人に剥がしたルーンメタルをどうするか尋ねられた。
 作業場に近付くと、数人の職人が「火虎の粉」という物を用いて着火し、温度の上がったルーンメタルを剥ぎ取っていた。普通の炉や燃料ではルーンメタルを溶かすほど温度が上がらないので、この粉を用いるのだそうだ。
 職人の弟子達は主に鉄の部分を炉で溶かして、インゴットにする作業に従事している。
 一時間ほどかかって、およそ三割程度の進捗しんちょく具合といったところか。
 金床かなどこの前にいた職人さんに注文を伝える。

「ん~、とりあえず作る物は、ナイフとショートソード、投擲とうてき用の槍、あとは普通に突いて使う槍をお願いします」
「へへっ、お任せを。最高の物作ってみせますよ!」

 職人さんはニヤリと笑って応えてくれた。
 彼らが作業を開始すると、またたく間に武器達が仕上がっていく。スキルで鑑定をすると、全て高品質ハイクオリティーと出ていた。流石この日の為に呼ばれた人だけあって、素晴すばらしい腕前だ。
 結局、大量のインゴット製作は弟子達だけでは追いつかず、俺も手伝う羽目になった。子供の俺が弟子達と同レベルの鍛冶スキルを持っている事を驚かれたが、こうやって大人数で和気あいあいと作業するのは楽しい。


 陽が落ちはじめた頃、ようやく全ての作業が終わった。
 汗まみれになったので、『サモンウォーター』の魔法を使って、汗だくの皆にぶっ掛けた。

「おぉ、気持ちいい――って、あれ? 魔法まで使えるのか! 坊ちゃんは貴族か何かか?」

 俺の魔法を受けて職人さんが驚きの声を上げる。

「至って普通の平民ですよ」

 そう答える俺の肩に、後ろから他の職人さんが手を掛けた。

「なるほど、それでいつわしの弟子に来る? なんなら明日からでも良いのだが」
「おいふざけるな、坊ちゃんはウチに来るんだよな!」

 俺が使ったのは一番簡単な魔法だが、職人さん達には大好評で、いつでも弟子に来いと争奪戦がはじまってしまう。
 なんか喧嘩けんかに発展しそうになってるんだけど、どんだけ魔法使える奴が欲しいんだよ……
 今回作った武器、そして余ったルーンメタルと鉄のインゴットを、全てマジックボックスに収める。
 ついでに火虎の粉を頂いたので、ルーンメタルの加工が出来るようになった。
 いざ報酬ほうしゅうを払う段になって、彼らは現金よりも今回溶かした鉄のインゴットをゆずってくれないかと持ちかけてきた。ダンジョン産の鉄は希少性が高いからだろう。
 俺としても現金を減らすよりは現物支給の方が助かるので、当然快諾かいだくする。彼らは更に残りのインゴットも高値で買い取ってくれた。彼らに売ってもまだインゴットの在庫には余裕があるので、ここで売らない手はない。仕事を依頼した側だったのだが、逆に手持ちの現金が増える事になり、俺はホクホク顔で帰路に就いた。


 家に帰ってナディーネ達と揃って食事を取る。
 少し話があると言って、食後にアニアとアルンを俺の部屋に呼んだ。

「お、お仕置きですか!? 私は何もしてません! オーレリーさんにトマト食べてもらったのは、欲しいって言われたからなのです!」

 俺に好き嫌いをとがめられると思ったアニアは、言い訳を重ねて勝手に自爆している。
 オドオドする姿が可愛いので、俺はしばらく無言を貫いてアニアを見つめた。だが、段々瞳がうるんできたので、あふれる前にめておく。

「アニア、冗談だよ。トマトが食べられないのは、少しずつがんばろうな?」

 俺がそう口にすると、アニアの表情が一気に晴れた。子供だから仕方ないが、単純すぎるぞ!
 アルンは子供らしい対抗心で少し大人ぶってみせる。

「アニアは小さい時からトマト駄目だよね。僕なんて、もうピーマンも食べられるからね」

 気を取り直して、二人に説明をはじめる。

「えっとな、二人には明日から数日間、俺と一緒に街の外に出てもらう」
「食べられる草を取りに行くのです?」
「そういえば、キノコが少なくなってきたって、マーシャさんが言ってました」

 げっ、マジかよ。キノコは貴重な旨味うまみ成分が豊富な食い物だから、なくなると困るなあ。
 ――って、今はキノコはいいんだよ。

「いや、修業だ……」
「修業? アニア達がですか?」
「おぉ! ついに僕も修業を!?」

 アルンは乗り気だが、アニアはいまいちな感じだな。まあ、男の子と女の子の違いって奴かな?

「明日の昼頃に家を出るから、マーシャさんに言って持っていく物を用意してもらうんだよ。アニアはちゃんとパンツの替えを多めに持ってこいよ、またおしっこ漏らすかもしれないからな」
「なっ! あれはゴブリンが悪いのです! もう大丈夫なのですっ!」

 シーレッド王国から逃げてきた一ヵ月の道中では、度々亜人の襲撃があった。その際、荷馬車まで近付いたゴブリンを見て、アニアはお漏らしをしてしまったのだ。
 まあ、俺もなんの力を持たずにオークに襲われたりしたら大きい方を漏らす自信がある。アニアの反応が可愛いのでついからかってしまうが、ほどほどにしないとな。
 という訳で明日から二人は修業に入る。ポッポちゃんと同様に、とりあえずレベルだけは上げておきたい。こんな可愛い子達だ。いつ悪の手が伸びてきてもおかしくはない。それを考えただけで怖くなるので、スパルタになってしまってもレベル上げは必要だ。
 そういえば、レイレも手が空いているし、連れて行こうかな?


 ◆


「なんでわざわざこんな場所に来たのですか!? 怖いのです!」

 目の前に広がる不気味な廃村を見たアニアが、俺の左腕にすがりついた。
 レイレも先ほどから不安そうな表情を見せている。

「アニアの言う通りですよ。あれ……? ここって、もしかしてブートル村ですか? ヤバいですっ! 早く帰りましょう!」

 アルンはレイレの様子が急に変わった事を不思議そうに見つめていた。
 俺達はラーグノックの街から一日ほど離れた小さな森の中にある、ブートルという廃村に来ている。
 ここは数年前に何者かの襲撃に遭って全滅したと言われている場所だ。

「まだ何も出てないだろ。そんなに怖がらなくても大丈夫だよ」

 俺はそう言いながら廃村へと足を踏み入れていく。
 俺の隣ではポッポちゃんがキリッと真剣な顔をしながら並走している。どうやら既に彼女は、何か出ると分かっているらしい。
 村に入ってすぐのところにある古びた家のそばを通り掛かった時、誰も居ないはずの家の中で人影が動いた。

「ほ、骨っ! ゼン様、骨がいるのです!」
「やっぱり出るじゃない! 何してるんですか、早く逃げましょうよ!」

 家の中から出てきたスケルトンに驚いて、アニアとレイレが俺にしがみついた。
 筋肉もないのに動く仕組みは全くもって分からないが、スケルトンはカラカラと音を立てながらこちらに近付いてくる。

「初めて見たけど、凄いなぁ。アルンどうだ、怖いか?」
「怖くないですよ! ゴ、ゴブリンを狩るんじゃなかったんですね!」

 怖くないと言う割に、アルンは腰が引けていた。明らかに強がっていて可愛いぞ。アルンはゴブリンでレベル上げをすると思って来たようだが、当てが外れたみたいで悪いな。

「ポッポちゃん、俺はちょっと試してくるから、皆を守ってて」

 俺は腕にからみついたアニアとレイレを剥がして、一人で前に進んで行く。
 スケルトンは片手に持った木の棒を引きずりながら、俺の方へと向かってきた。

「ちょっと二人とも、ゼン様を止めないで大丈夫なの!?」

 後ろからレイレのそんな声が聞こえてくる。アルンは既に冷静さを取り戻して、「いつもの事ですから」と言って、レイレをなだめていた。
 とりあえず、自分が前に出ないで済むと分かって安心しているようだ。
 俺はマジックボックスから鉄の槍を取り出して、スケルトンと対峙たいじする。
 スケルトンは間合いに入った俺の脳天に向かって木の棒を振り下ろした。

「よっと!」

 さほど力が入っていないように見える速度だが、いくらなんでも頭に食らうのはマズイので、攻撃を避ける。スケルトンの動きを見てから動いたのだが、大分余裕があった。
 スケルトンはそのまま次の攻撃を仕掛けるつもりなのか、地面を叩いた木の棒で俺をなぎ払う構えだ。

「大体分かったな。これくらいでいいか」



 その攻撃が放たれるよりも早く、俺は手にした槍でスケルトンの肩を叩きつぶし、右腕を体から切り離した。その衝撃で大きくよろめくスケルトンの足を払い、転ばせて両ひざを砕く。

「じゃあ、まずはアルン、こっちおいで」

 俺はアルンを呼び寄せて軽めの槍を手渡した。

「頭を砕いてとどめを刺すんだ。こう、腰に力を入れて、ドンッ! ってやるんだぞ」

 残った片腕で地面をって向かってくるスケルトンを見て、アルンは「うわぁ」と可愛い声を上げていたが、意を決して槍を高く振りかぶる。

「え、えいっ! あれ? やぁ! えぇ……。やああああっ!」

 一度では骨を砕く事が出来ず、アルンは数度の挑戦の末、ようやく頭部を破壊した。

「おぉぉっ! やったっ! ゼン様、レベルが上がりました!」

 スケルトンの経験値は大体ゴブリン以上、オーク未満。まだレベル2のアルンなら一体倒しただけでレベルが上がるらしい。アルンは自分の身体が変化した事に若干戸惑とまどっているようだが、持っている槍の重さが軽くなったように感じたのか、先ほどよりも力強く振り回す。
 続くアニアはビビりまくりで、槍に全く力が入っていなかった。

「ほ、骨怖いのです! ああぁぁ! えいっ!」
「アニア、もっと腰に力入れて。こう、ズンッてやれよ」
「そんな事言われてもー」

 俺も色々アドバイスをするが、それでもやたらと時間が掛かり、結局アニアは十分以上かけてようやくスケルトンにとどめを刺す事が出来た。

「にゃ、にゃーっ!」

 レイレも最初はビビっていたが、自分より年下の二人が見事にやりげたのを見て奮起ふんきしたのか、槍を持ったらすぐにスケルトンを倒してみせた。でも、やっぱり掛け声は猫なんだ……
 今回俺が行っているようなパワーレベリングは、別に珍しい行為ではない。貴族や裕福な家庭が冒険者を雇って実施したり、冒険者自身が自分の身内に対して行ったりする事があるようだ。
 皆が初の魔物討伐を終えた後も、交替でスケルトン狩りは続く。

「やあっ!」
「えいっ!」
「にゃっ!」

 三人とも回数を重ねるごとに戦闘に慣れてきて、レベルアップの恩恵おんけいで力が強まった事もあり、日暮れ頃になると、動かないスケルトンを一撃で倒せるようになった。
 夜になるとこの廃村は危険度が増すらしいので、俺達は早めに村を離れて、あらかじめ草原に準備していたキャンプに戻ってきた。


 火を囲みながら皆で食事を取る。

「僕はもうスケルトンなんて怖くないですよ!」
「私もなのです! 頭を潰せば倒せるのです!」
「二人とも私の動きを見てなかったのかな? 華麗かれいな動きで一番早く倒してたでしょ?」

 三人ともまだ興奮が収まらない様子で、今日の戦闘について熱く語りあっている。
 あぁ、これってレベルアップの高揚こうよう感かもな。

「明日もあの廃村に行くからね。俺は先に寝るけど、火の始末はちゃんとしてくれよ」

 食事を済ませ、俺は明日の為にも早めに寝る事にした。人里離れた場所での野宿だが、何が来てもポッポちゃんと俺の探知で分かるので、見張りは必要ない。
 動物の革を張って作った簡易ベッドに体を横たえると、すぐにアニアがもぐり込んできた。ベッドは二つしかないので、今日はアニアと寝る事になっている。

「最初は怖かったけど、段々楽しくなりました。明日もがんばるのです!」

 アニアが俺の胸元で愛くるしい笑顔を見せる。

「じゃあ、早く寝ないとな。お休みアニア」

 頭をでてやり、はみ出さないように毛布で体を包んでやる。
 身を寄せるアニアを抱くようにして、俺はゆっくりと眠りに落ちていった。


「ちょ、ちょっとゼン様、無理ですってこれっ! にゃっ! 危ないっ!」

 レイレが悲鳴を上げながらスケルトンから逃げ回る。

「一発でも食らったら、すぐにポーションを使うから大丈夫だって」
「アニアっ! 後ろに回れ! やぁっ!」
「わっわっ、アルン早くするのです! こっち来たっ! いやぁー」

 今日の訓練は実戦。先日のレベル上げで皆レベル5になったので、木の棒しか持っていないここのスケルトンの攻撃ならば、一撃は余裕で耐えられるはずだ。この日の為に銀製の武器も用意した。アルンに槍を、アニアとレイレには剣を渡してある。
 ポッポちゃんが引っ張ってきたスケルトンを三人が取り囲む。
 昨日までは殆ど動かない相手を攻撃していたから、やはり勝手が違うようで、アルン以外は攻撃を避ける事に重点を置いてしまい、なかなか勝負が決まらない。

「てええぇぇいっ! や、やった! ゼン様やりました!」

 アルンが放った銀の槍がスケルトンの白い頭蓋骨ずがいこつを突き破った。アンデッドに有効な銀武器の威力は絶大で、アルン程度の力でも容易たやすく銀の刃が骨を貫通する。熱したナイフをバターに……って感じだな。
 最初は距離が取れるので、全員に槍を渡そうと思ったのだが、アニアとレイレは槍の重さに振り回されて危なっかしいので剣に変更した。もしかしたら、得意武器や適性があるのかもしれない。
 その点、アルンは突きだけならば今でも結構さまになっている。スキル持ちと比べるほどではないが、良い武器を持てばスケルトンは倒せるレベルだった。

「アルン、次は足とか腕を切り落として、とどめは二人に譲ってやってくれ」
「はい、ゼン様! アニア、行くよ!」
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