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3巻
3-3
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その後は慣れてきたアルンが率先してスケルトンを相手取り、アニアとレイレに止めを刺させた。
一体であれば問題はないようなので、そろそろ効率重視に切り替えよう。
「ポッポちゃんは皆の護衛に回ってね。三人は俺が動けなくしたスケルトンの止めを刺してくれ。無理はするなよ。怪我したらすぐにポーションを飲むんだ、不味いけど」
ポッポちゃんは「かしこまりなのよ!」と凛々しい顔でクルゥ! と鳴いた。
すぐに三人の前に躍り出ると、頭をクルクルと回して周囲を警戒している。三百六十度確認出来るとか、流石だわ……
子供達にはポッポちゃんという強力な護衛がいるので、俺は一人で廃村の中心部へと進んで行く。
かつて林業を中心に栄えていたこの村には、五百人近い人が暮らしていたらしい。だが、その全てがアンデッド化してしまい、今では近付いた者を無差別に襲う危険な村と化している。
数度の討伐で大分片付いているが、まだまだ百体以上のアンデッドがうろついていて、この先にはスケルトンだけでなく、お肉が付いたゾンビがいるという情報も冒険者ギルドで聞いていた。
「あっ、久しぶりにあれ使うか」
俺はマジックボックスの中から【天水の杖】を取り出した。手に入れてからあまり使う事がなかったので、いい機会だろう。
まず『サモンウォーター』の魔法で水を作り出し、それを【天水の杖】で操り、自分の周囲に漂わせる。変幻自在になった水を【天水の杖】に巻きつけて、水の槍を作り上げた。
俺は更に廃村の中心に進んで行き、群がるアンデット達を視界に捉えた。
「結構いるな。皆ちょっとその場で待機ね。思ったより多いから、落ち着いたら呼ぶわ」
ぱっと見ただけで二、三十の人影が見える。スケルトンが七割にゾンビが三割といったところか。中にはグールなどの一段階強力なアンデットもいるらしいが、探知でも気配は感じないので、気にせず進んでみる事にした。
俺が近付いていくと、ゾンビ達が濁った瞳をこちらに向けて、ノソノソと歩み寄ってくる。スケルトンはまだ俺を認識する距離ではないみたいだが、ゾンビの動きに追随する形で接近してきた。
「十程度か。投擲したくなってくるけど、ここは我慢、と」
これ以上奥に入ると、もっと数が増えてしまうので一度ここで足を止める。
アンデッド達が近付くにつれて、ゾンビが放つ腐敗した臭いが漂ってきた。スケルトン以上に見た目が気持ち悪いので、これは出来る限り遠くで仕留めたくなる。普通の冒険者ならば退治出来る強さなのに、いつまでも放置されているのは、この臭いが原因なのかもしれない。
俺の後ろでも三人が「うぇ~」や「気持ち悪い……」等の声を上げていた。
そんな事を言っても、ここまで来たらやるしかない。
俺は水の槍の長さを最大にして敵を迎え撃つ。
水の槍の長さは三メートル近くに達したが、不思議とそれほど重さは感じない。これはアーティファクトである【天水の杖】の力だろう。
一体目のゾンビが射程距離に入った。まずは首を狙って横から薙ぐ。すると、水の刃はゾンビの頭と胴体を綺麗に分断した。
頭が取れたゾンビの体はその場に倒れたが、地面に落ちた頭部は俺を見つめたまま口をカチカチと動かし続ける。あまりに気持ちが悪いので、つい水の槍で叩いて潰してしまった。
「うぇ……やっちまたな……」
なんだかゾンビの頭でスイカ割りをしたようで、少し微妙な気分だ。
とにかく気を取り直して、向かってくるアンデッド達を無力化していく。水の槍は切れ味が良く、振り下ろせば腕が飛ぶし、払えば足が飛んでいった。ゾンビの体が柔らかいだけかもしれないが、今はアーティファクトの力の賜物だと思っておこう。
「よーし、動かなくなった奴を交替で倒して」
目的は子供達のレベル上げなので、三人を呼び寄せて無力化したアンデッドに止めを刺させる。
作業化したレベル上げに飽きてきたので、俺はふと思いついた疑問を口にした。
「レイレ、このゾンビやスケルトンは元々人でしょ? 倒したら、彼らの魂は救われるのかな?」
「熱心に神殿に通うような信仰心の強い人は、そう考えているでしょうね。休日に墓場に行って倒している人もいましたよ」
なるほど、敬虔な信者ってのは、この世界にもいるのか。奴隷のマートさんは、週一で賭け事の神様に祈る為に神殿に行っているので、今度どうなのか聞いてみようかな?
しかし、神殿か……。この世界に来てから一度も行った事はないけど、一度ぐらいは神様に転生させてもらったお礼をしに行くべきかな?
でも、俺が最初に攻略したダンジョンは穴だらけにしちゃったし、正攻法で攻略した訳じゃないから、ちょっと行き辛いんだよな。藪を突いたら蛇が出たなんて事になったらどうしよう……。加護をくれたから怒ってないと思うけど。
早めに一度行くべきか、それとも放置すべきか。うーん、悩ましい問題だ。
それにしても、信仰心が薄い俺が神殿に行ったところで、本当に神様に声が届くか疑問だな。
アンデッドの無力化作業の傍らでそんな事を考えているうちに、段々と陽が傾きだしたので、今日のレベル上げは終了する事にした。
「あは、あははは。もうゾンビ嫌。ゼン様、他の場所に行きましょ、そうしましょう」
レイレがゾンビのような生気のない目で俺を見る。
「ひぃっ! スープの中に骨がっ!」
アニアは骨に過剰反応するようになってしまい、スープの中に入っている骨付き肉を見つけてガタガタと震えていた。昨日は元気だったのに、今日はそこまで嫌だったのか……
「ほね~ほね~。僕はレベル10になったんだ~」
そんな二人とは対照的に、レベルが上がって上機嫌なアルンは、笑顔でパンを頬張っている。アルンはアニアの皿から骨付き肉を取って、代わりに食べてやっている。
ただ、食べ終わった骨をそこら辺に投げ捨てるのはどうだろう。どう考えても明日アニアが見つけて、また驚くんだから止めてやれよ……。仕方がない、後で回収しておいてやろう。
若干精神が病むほどスパルタになってしまったのは予想外だが、三人ともレベルは順調に伸びている。ここからは倒す数が必要になるので、明日はもっと奥まで行く事を皆に伝えて床に就く。
今日はアルンと寝る番だ。
「ゼン様、僕早くお役に立てるよう頑張ります」
アルンは俺の背中にそんな事を言うと、疲れているのかすぐに寝息を立てはじめた。
アルンの献身的な性格を好ましく思いながら、俺も眠りに落ちた。
◆
「おー、終わったか。ご苦労さん。じゃあ、早速お楽しみタイムを始めようか」
連日この廃村でアンデッドを土に還し続け、ようやく全てのゾンビとスケルトンを排除する事が出来た。少なくとも太陽が出ているこの時間ならば、安全は確保されたと言っても良いだろう。
実はこの村のアンデッドはゾンビとスケルトンだけではない。夜になるとレイスやゴーストといった、幽霊のような実体のないアンデッドが出るのだ。魔法や銀武器を使えば倒せるらしいが、浮遊して魔法を使ってくる敵は三人には荷が重いので、今回は無視する。
さてそのお楽しみタイムだが、簡単に言えば建物に残っている色々な品物を頂いて帰るという事だ。これは別に犯罪ではなく、れっきとしたアンデッド討伐の報酬である。
三人は俺の奴隷なので、本来ならば奴隷の物は俺の物だ。だが、それでは可哀そうなので、見つけた物の一部をご褒美として出すと言ったところ、かなりのやる気を見せた。
「三人とも何か欲しい物あるの?」
帰り道で俺がそう尋ねると、三人はすぐに口を開いた。
「私はお人形さんが欲しいのです!」
「僕は槍を買います」
「私は……高級ブラシと甘い物ですね」
それくらい言ってくれれば買ってやるのに、と口にしそうになったが、止めておいた。
レイレはともかく、アニアとアルンは初めて稼いだ金で買い物をするのだ。初任給で欲しい物を買うのは大事なイベントだろう。
しかし、本当ならアルンの槍は俺が提供すべき物なんだよな。武器防具は仕事道具だからね。これはちょっと考えないとな。
こうして初のパワーレベリングは終わった。多少のばらつきはあるのだが、これでスキルさえ覚えれば、オーク程度は倒せるようになるはずだ。
◆
ラーグノックの街に来てから、約一年の月日が流れた。
俺は十二歳になり、背も伸びて年上のナディーネの身長に殆ど追いついている。まだ少し背伸びしなければならないのは悲しいが、それもすぐに必要なくなるだろう。
この一年で大きな環境の変化はないが、日々着実に進んでいるといった感じで、皆それぞれに仕事や家事、訓練に勤しんでいた。
アニアは魔法を中心に弓術を鍛えている。弓術はスキルレベル1、魔法技能に関してはスキルレベル2が目前だ。
アルンは槍術を主に訓練をして、そこに魔法技能を加えた方向性に進んでいる。槍術は俺が直接教えられるので、既にスキルレベル2に達している。その分、魔法技能に関してはアニアに後れを取っており、習得も若干遅かった。魔法の才能はアニアの方が上なのだろう。
訓練はいつもポッポちゃんが手伝ってくれている。実戦の時、常に二人に付き添って保護する姿は、母親のようでもある。
だが最近は、アニアとアルンの強さがポッポちゃんに追いつきつつあった。
ポッポちゃんはその事が気になり焦りはじめたのか、早くレベル上げをさせろと俺を急かしてくる。
双子には甘いのに、俺には容赦ないポッポちゃん、可愛いよ。
ナディーネとレイレは魔法技能だけを伸ばしている。
二人は基本的に家事と商売が忙しいので仕方がない。そもそも、戦う気がある訳でもないし、魔法が使えれば便利、程度にしか考えていないのだ。俺も護身が出来れば十分だと思っているから、これで良い。
商売に関しては、漆器作りにかなり進展があった。
マートさんとオーレリーさんは、この世界にはまだ出回っていない漆という素材にすっかりのめり込んでいる。数ヵ月前には、それまでとは比較にならないほどの艶と輝きを持つ朱と黒の二色の漆器が出来上がっていた。しかしマートさんはその出来に納得する事なく更なる改良を重ねて、先日やっと完成品というべき物が仕上がった。
あと数日で漆器販売の用意が出来るだろう。レイレも準備に駆り出されて大忙しだ。
ターゲットは金持ちに限定して、とにかく高級路線で攻める予定だ。以前商人に試作品を見せた事があるが、その時はかなり反応が良かった。あの食い付き具合ならば、それなりに期待出来る。
「ゼン様、どうですかこの魔法!」
森の木々から少し離れた場所で、アニアがゴブリンに魔法を放つ。
今日は皆で街の近くにある丘までピクニックに来ている。
ポッポちゃんにアニアやアルン、ナディーネはもちろん、マーシャさんやミラベルも一緒だ。
「あら、アニアちゃん。私だってそれくらい。ほらっ!」
「僕だって、ナディーネ姉さんには負けませんよっ!」
ナディーネとアルンも負けじとこれに対抗する。魔法技能スキルレベル1のアロー系魔法だが、ゴブリン相手ならば威力は十分だ。
ポッポちゃんは追加のゴブリンを森から引っ張ってきて、羽をパタパタさせて三人に撃てと促す。
「せっかく遊びに来たのに、なんで狩りを始めるんだよ……」
無駄に張り切る三人と一羽の様子に呆れて、俺は小さく嘆息した。
「ねえ、お兄ちゃん。ミラもまほうっ!」
三人が羨ましくなってゴネはじめたミラベルを、マーシャさんがなだめる。
「もう、ミラベル。ゼンお兄ちゃんを困らせないの。六歳になってからって約束でしょ?」
「そうだぞミラ。あと半年で使えるようにしてあげるから、今は修業の時だぞ。お砂動かすの好きだろ?」
そう言って俺は、魔法技能の訓練道具、マジックグローブを手渡す。
「うん! お砂グルグルするの好きなの」
最近じゃミラベルまで魔法技能のスキルレベルが上がっている。後は覚える為のスクロールさえ使わせてやれば、すぐにでも魔法が使える状態だ。だが、水や火を出す生活魔法でさえ使い方を間違えれば怪我をする。五歳児に覚えさせるのには慎重にならざるを得ない。
マーシャさんと相談の上、六歳になったら暴発しても問題のない、周囲を照らすだけの魔法――『ライト』を覚えさせる事にしている。
相談といっても、マーシャさんは「全てお任せするわ」としか言わないんだけどね。
アニア、ナディーネ、アルン、ミラベルの四人と――今日はいないが――レイレには、俺が定期的に魔法技能の訓練をつけている。
その結果、三人はゴブリン程度なら問題なく魔法で倒せるようにまで成長していた。
三人がゴブリンを焼き殺したり、風の刃で切り裂いたりするのに夢中になっている間、俺はマーシャさんが作ってくれたサンドイッチを頂く事にする。
香草類のほのかな苦みがパンに挟んである肉の旨味を引き出していて、実に美味い。
少しすると、疲労困憊した様子のナディーネが戻ってきた。
「あ~、気持ち悪い。MP使いすぎたわ」
「ナディーネお姉さん、またゲーゲーするのです?」
アニアが心配そうにナディーネの顔を覗き込む。
魔法を連発してMPを使いすぎれば、体に不調が生じて、大抵の人間は気分が悪くなる。ナディーネはこの前森で虫の大群にたかられて魔法を連発した挙句、木の陰で〝それ〟をしたばかりだ。
「あいつら……人が飯食ってる時に、その話やめてくれよ……」
「皆早く食べないと、全部ゼン君に食べられちゃうわよ!」
「マーシャさん、それはどう考えても無理でしょ」
「そうかしら、最近また背伸びたでしょ? 食べる量も増えてるし、これくらいペロッといっちゃいそうだわ」
ドカンと盛られた食べ物の山を前に、マーシャさんがにこやかに微笑んだ。
「六人分ですよ? 成長期だからって食べられませんよ!」
◆
ピクニックから三日が経ち、漆器を納める梱包も大分出来上がってきた。木材で作った箱にオーレリーさんがエルフ伝統の細工を施していく。和風のデザインとは違うのだが、草木のモチーフは不思議と漆器の風合いとも調和が取れている気がした。
「坊ちゃん、ようやくですねぇ」
マートさんが感慨深い様子で呟く。
「えぇ、でもこれが始まりですからね。沢山売れる予定なので、大量に作ってもらいますよ」
「ははは、若様は自信家ですね。でも、これなら確かに売れるでしょう。何せ他所の職人には真似出来ませんからね」
「売れたらちゃんとボーナスを出しますから、頑張ってくださいね。あっ、そうそう。漆器の改良案があるので、夕食後にでも話しましょう」
マートさんもオーレリーさんもこの一年、本当に良くやってくれた。これが成功したらボーナスと数日の休みをあげて、色々と発散してきてもらおう。
翌日、俺はこの漆器をどの商店から流すかを決めるべく、ポッポちゃんを連れて街に出て、実際に店舗を回りながら考えていた。
ラーグノックの街にある多くの店には度々買い物に訪れているし、店員と互いに名前を呼びあうくらいの仲の店もある。だが、取引相手として考えると印象が変わってくるものだ。
直接販売も考えたのだが、販路やコネが一切ない状態から商売をスタートするよりは、実績のある商店に一度卸す方が軌道に乗せやすいだろう。それに、顧客との間に発生する問題や交渉事も引き受けてもらえるなら、悪い選択ではないはずだ。でも、結論はなかなか出ない。
半日も歩いていると流石に疲れてきたので、オープンテラスの居酒屋に入った。昼は喫茶店みたいな物なので、子供でも問題なく利用出来る。
俺は果実水を、ポッポちゃんには果物を注文してあげた。
「はぁ、どこにすればいいのか全く分からない。ポッポちゃん、いい案ない?」
ポッポちゃんは「……果物が多い店がいいのよ!」と、鳩らしい意見をくれた。たまに鋭い事を言ってくれるポッポちゃんだが、商売に関しては全く役に立ちそうにない。
ポッポちゃんを撫でながら、しばらく頬杖をついて考え事に没頭する。
ふと、目の前の通りを行く人に視線を向けると、どこか見覚えのある男性の姿が目に入った。
誰だったかと気になって、しばらく見つめていると、向こうも俺に気付いたのか、驚いた顔をしてこちらに近付いてくる。
ようやくその人が誰だか思い出した俺は、失礼がないように席から立ち上がって出迎えた。
「お久しぶりです、グウィンさん」
「これはこれは、お久しぶりです、ゼン殿。その節は、お嬢様が本当にお世話になりましたね」
「ど、殿はやめてくださいよ」
「それではゼン君で宜しいですかな?」
彼との出会いは、俺が亜人達の集落を出てからしばらくお世話になっていたブロベック村での事だ。
グウィンさんはそこに旅商として訪れていた一行の長である。彼がいるという事は、つまり……
「ジニーは一緒なんですよね!?」
短い間だったが、彼女にせがまれて剣術スキルの訓練をした日々が思い出される。ポッポちゃんを胸に抱いて微笑むジニーの可愛らしい顔が浮かんできた。
「はい、是非会ってください。今でもゼン君の話をしていますから、とても喜ぶと思いますよ」
そう言って、グウィンさんは俺を家に招待してくれた。
グウィンさんに連れられてやってきた場所は、住宅地の一画。この辺りではごくありふれた石造りの二階建ての家だった。敷地内に馬車を二台も止める事が出来るので、それなりに広い。
グウィンさんが木のドアをノックすると、片目に眼帯をした壮年の男性が扉を開いて出迎えた。
「お帰りなさいませ。お客さんですか?」
「えぇ、お嬢様にお友達が来たと伝えてください」
「分かりました」
眼帯の男が一礼して下がった。腰に剣を帯びているので、旅商の警護でも担当しているのだろう。外見はもとより、俺の探知で感じる気配からも、かなりの使い手だと分かる。
家の中はガランとしていて広さの割に家具などは少なく、一時的に借りているのだという印象を受けた。一つの場所に留まる事をしない旅商だ。俺のように高性能なマジックボックスがあれば別だが、家具を持たずに身軽にしているのかもしれない。
一階の応接間で待っていると、二階からドタドタと走る音が聞こえてくる。すぐに俺のいる部屋のドアが音を立てて勢いよく開いた。
そこには少しだけ身長が伸び、頭の上でポニーテールにしている髪が長くなったジニーの姿があった。ジニーは俺の顔を見るなり、大きく口を開けて驚きの声を上げる。
「わぁっ! 本当だ! どうしたの? なんでいるの?」
ジニーは早歩きで目の前まで来ると、俺の両手を取ってブンブンと上下に振った。
「久しぶりだね、ジニー。元気にしてたみたいだね」
ジニーの変わらぬ元気っ子ぶりに、俺は湧き出る懐かしさを抑えきれず、思わずデレッとした情けない笑みを浮かべてしまう。
腰を下ろそうとすると、ジニーも手を握ったまま隣に座った。
「ねえ、ゼンはなんでこの街にいるの?」
ジニーはニコニコとした笑みを崩さずに質問を口にした。
俺は貴族との一件は省きつつ、これまでの経緯を説明していく。
「じゃあ、今度は一杯遊べるね。嬉しいわゼン!」
今はこの街に住んでると伝えると、ジニーは歓声を上げて握ったままの俺の手を振り回した。
物凄いテンションの上がりようだが、そこまで俺との再会を喜んでくれているなら、俺も嬉しい。
グウィンさんが果実を搾ったジュースを持ってきてくれた。
話を聞くと、彼らがエゼル王国に入国したのはつい先日。今まではシーレッド王国を移動していたが、これからはこの国で活動するつもりらしい。当然ジニーも数年はラーグノックの街に滞在するとの事だ。
「なら、また訓練するか? 今ウチでは訓練が日課だから、ジニーも一緒にやればいいんじゃない?」
俺がそう聞いてみると、ジニーが目を輝かせてグウィンさんの顔色を窺いだした。
「そうですね、最近のお嬢様は鍛錬をサボりがちでしたので、少しゼン君にお任せするのも良いかもしれません。しかし、当然ロレインを付けますし、授業料はお嬢様のお小遣いから出してもらいますよ? 実績があるゼン君にタダという訳にはいきませんからね」
「い、良いわよ。ゼンと遊べるならそれくらい、なんて事ないわ」
「遊びじゃないぞ、ジニー……」
ジニーの顔が若干引きつっているが、とりあえず、訓練に参加する事は決定みたいだ。だが、別にお金はいらないんだよな。受け取っちゃうと義務が発生する気がして、ちょっと嫌だし。
……待てよ。そういえばこの人達は商人じゃん。俺の悩みを解決してくれるんじゃ……
「グウィンさん、ちょっとこれを見てもらえますか?」
俺はマジックボックスから漆器を取り出して、机の上に置いた。
グウィンさんはすぐにその美しさに目を奪われたようだ。
「これは……木材ですかな? この塗料は初めて見ましたが美しい……。まさかゼン君が作ったのですか?」
俺は職人の奴隷を使っている事や、これを売って商売をするつもりである事を話した。
「もしよかったら、グウィンさんのところで扱ってもらえませんか? とりあえず一セット置いていくので、検討してください」
グウィンさんは眉間に皺を寄せながら、俺の提案を真剣に吟味する。
「これ程の物ならば、どんな値を付けても確実に売れるでしょう。本来ならこちらから頭を下げてお願いする話ですよ、ゼン君」
漆器から俺へと視線を移したグウィンさんは、そう言って顔をほころばせた。
交渉は成立したようだ。
ジニーは難しい話に口を挟む気がないのか、ポッポちゃんを撫で回しながら話し掛けている。
ポッポちゃんも一応再会を喜んでいるようで、「金髪また遊ぶのよ?」とクルゥと鳴いた。
グウィンさんと漆器の値段や売る相手等の話をしていると、ドアをノックする音が聞こえてきた。
グウィンさんはすぐに席を立って、ドアの外の人物を迎え入れた。
「あっ、兄様だ」
ポッポちゃんに夢中だったジニーが訪問者に気付いて顔を輝かせる。
「失礼するよ」
そう言ってドアから部屋に入ってきた人物は、見た感じでは俺と同年代。ジニーの兄らしく、彼女と同じ金髪が美しい、元気そうな少年だ。
整った顔立ちは、成長すれば確実にイケメンになると想像出来る。
少年は一直線で俺の前まで来ると、立ち止まって手を差し伸べた。
「君がゼンだよね? 俺はエア。ジニーの兄だよ。よろしく」
「あぁ、よろしく。そういえば、ジニーも兄ちゃんがいるって言ってたな」
エアと名乗った少年は、外見だけでなく仕草もなかなか洗練されており、これはグウィンさんの教育の賜物だろう。
イケメンめ! と、普段なら妬ましく思うところだが、エアはジニーと似ているから、むしろ物凄く好ましい。
「ゼンと俺は同い年だから、気安く接してくれよな」
わざわざこんな事を言うなんて、普段からよほど周りに気を遣われているのか?
ジニーにしてもお嬢様と呼ばれているし、もしかしたら窮屈な生活をしているのかもしれないな。
それに旅商だと各地を転々とするから、あまり友達も作れないだろう。
「おう、分かったよ。今度ジニーと一緒にウチに来いよ。歓迎するぜ」
「えっ!? 本当か? 絶対に行くからな!」
俺が努めて子供らしく振る舞うと、エアは随分嬉しそうに話に乗ってきた。
俺の所に来て息抜きが出来るなら、いつでも大歓迎だぜ?
その後はエアも同席して商売の話や、今後の訓練に関する話をした。
ジニーとエアは同年代の子供の家に呼ばれる事が初めてらしく、その喜びようといったら、ついていくのが大変なくらいだ。
グウィンさんはそんな俺達を終始愛おしげな目で見守っていた。二人が愛されているのだと分かり、なんだか俺も心が温かくなるな。
「んじゃ、二人とも、またな明日な」
玄関を振り返り、ジニー達に手を振る。
「うん! 明日絶対に行くからね!」
「ゼン、遊びに行く時は本当に何も持っていかないでいいのか? 失礼じゃないのか!?」
「だから気を遣うなって……気安くしろって言ったのはエアの方だろ?」
エアがしきりに手土産の心配をするので、俺は思わず苦笑してしまった。
家に帰る道すがら、俺はあの家の中にいた数人の手練れの事を考えていた。あの家はそこそこ広いが、俺の探知の範囲に全て入ってしまう。自然と家の中にいる人達を捉えてしまい、少し気になったのだ。
この街に住んでからの経験を踏まえると、あの家にいた数人は旅商やその護衛としては過剰な力量を持っていた。魔物や盗賊など、旅には多少の危険が伴う。それを考えれば、強力な護衛を揃えるのは理にかなっている。だが、少しばかり違和感があるのも確かだ。
自分一人で暮らしているならこの程度の事は気にしないのだろうが、今はナディーネをはじめ、守るべき存在を抱えている。そのせいで俺が少し過敏になっているだけなのかもしれないが。
とはいえ、彼らの長であるグウィンさんはとても友好的だ。子供の俺に対しても誠実かつ紳士的に接する彼の態度や、ジニーとエアの事を考えれば、俺の違和感など些細な事だ。少なくとも、彼らは俺に害をなす存在ではないだろう。
俺はそう結論を出し、胸に抱いているポッポちゃんを撫でながら家路に就いたのだった。
一体であれば問題はないようなので、そろそろ効率重視に切り替えよう。
「ポッポちゃんは皆の護衛に回ってね。三人は俺が動けなくしたスケルトンの止めを刺してくれ。無理はするなよ。怪我したらすぐにポーションを飲むんだ、不味いけど」
ポッポちゃんは「かしこまりなのよ!」と凛々しい顔でクルゥ! と鳴いた。
すぐに三人の前に躍り出ると、頭をクルクルと回して周囲を警戒している。三百六十度確認出来るとか、流石だわ……
子供達にはポッポちゃんという強力な護衛がいるので、俺は一人で廃村の中心部へと進んで行く。
かつて林業を中心に栄えていたこの村には、五百人近い人が暮らしていたらしい。だが、その全てがアンデッド化してしまい、今では近付いた者を無差別に襲う危険な村と化している。
数度の討伐で大分片付いているが、まだまだ百体以上のアンデッドがうろついていて、この先にはスケルトンだけでなく、お肉が付いたゾンビがいるという情報も冒険者ギルドで聞いていた。
「あっ、久しぶりにあれ使うか」
俺はマジックボックスの中から【天水の杖】を取り出した。手に入れてからあまり使う事がなかったので、いい機会だろう。
まず『サモンウォーター』の魔法で水を作り出し、それを【天水の杖】で操り、自分の周囲に漂わせる。変幻自在になった水を【天水の杖】に巻きつけて、水の槍を作り上げた。
俺は更に廃村の中心に進んで行き、群がるアンデット達を視界に捉えた。
「結構いるな。皆ちょっとその場で待機ね。思ったより多いから、落ち着いたら呼ぶわ」
ぱっと見ただけで二、三十の人影が見える。スケルトンが七割にゾンビが三割といったところか。中にはグールなどの一段階強力なアンデットもいるらしいが、探知でも気配は感じないので、気にせず進んでみる事にした。
俺が近付いていくと、ゾンビ達が濁った瞳をこちらに向けて、ノソノソと歩み寄ってくる。スケルトンはまだ俺を認識する距離ではないみたいだが、ゾンビの動きに追随する形で接近してきた。
「十程度か。投擲したくなってくるけど、ここは我慢、と」
これ以上奥に入ると、もっと数が増えてしまうので一度ここで足を止める。
アンデッド達が近付くにつれて、ゾンビが放つ腐敗した臭いが漂ってきた。スケルトン以上に見た目が気持ち悪いので、これは出来る限り遠くで仕留めたくなる。普通の冒険者ならば退治出来る強さなのに、いつまでも放置されているのは、この臭いが原因なのかもしれない。
俺の後ろでも三人が「うぇ~」や「気持ち悪い……」等の声を上げていた。
そんな事を言っても、ここまで来たらやるしかない。
俺は水の槍の長さを最大にして敵を迎え撃つ。
水の槍の長さは三メートル近くに達したが、不思議とそれほど重さは感じない。これはアーティファクトである【天水の杖】の力だろう。
一体目のゾンビが射程距離に入った。まずは首を狙って横から薙ぐ。すると、水の刃はゾンビの頭と胴体を綺麗に分断した。
頭が取れたゾンビの体はその場に倒れたが、地面に落ちた頭部は俺を見つめたまま口をカチカチと動かし続ける。あまりに気持ちが悪いので、つい水の槍で叩いて潰してしまった。
「うぇ……やっちまたな……」
なんだかゾンビの頭でスイカ割りをしたようで、少し微妙な気分だ。
とにかく気を取り直して、向かってくるアンデッド達を無力化していく。水の槍は切れ味が良く、振り下ろせば腕が飛ぶし、払えば足が飛んでいった。ゾンビの体が柔らかいだけかもしれないが、今はアーティファクトの力の賜物だと思っておこう。
「よーし、動かなくなった奴を交替で倒して」
目的は子供達のレベル上げなので、三人を呼び寄せて無力化したアンデッドに止めを刺させる。
作業化したレベル上げに飽きてきたので、俺はふと思いついた疑問を口にした。
「レイレ、このゾンビやスケルトンは元々人でしょ? 倒したら、彼らの魂は救われるのかな?」
「熱心に神殿に通うような信仰心の強い人は、そう考えているでしょうね。休日に墓場に行って倒している人もいましたよ」
なるほど、敬虔な信者ってのは、この世界にもいるのか。奴隷のマートさんは、週一で賭け事の神様に祈る為に神殿に行っているので、今度どうなのか聞いてみようかな?
しかし、神殿か……。この世界に来てから一度も行った事はないけど、一度ぐらいは神様に転生させてもらったお礼をしに行くべきかな?
でも、俺が最初に攻略したダンジョンは穴だらけにしちゃったし、正攻法で攻略した訳じゃないから、ちょっと行き辛いんだよな。藪を突いたら蛇が出たなんて事になったらどうしよう……。加護をくれたから怒ってないと思うけど。
早めに一度行くべきか、それとも放置すべきか。うーん、悩ましい問題だ。
それにしても、信仰心が薄い俺が神殿に行ったところで、本当に神様に声が届くか疑問だな。
アンデッドの無力化作業の傍らでそんな事を考えているうちに、段々と陽が傾きだしたので、今日のレベル上げは終了する事にした。
「あは、あははは。もうゾンビ嫌。ゼン様、他の場所に行きましょ、そうしましょう」
レイレがゾンビのような生気のない目で俺を見る。
「ひぃっ! スープの中に骨がっ!」
アニアは骨に過剰反応するようになってしまい、スープの中に入っている骨付き肉を見つけてガタガタと震えていた。昨日は元気だったのに、今日はそこまで嫌だったのか……
「ほね~ほね~。僕はレベル10になったんだ~」
そんな二人とは対照的に、レベルが上がって上機嫌なアルンは、笑顔でパンを頬張っている。アルンはアニアの皿から骨付き肉を取って、代わりに食べてやっている。
ただ、食べ終わった骨をそこら辺に投げ捨てるのはどうだろう。どう考えても明日アニアが見つけて、また驚くんだから止めてやれよ……。仕方がない、後で回収しておいてやろう。
若干精神が病むほどスパルタになってしまったのは予想外だが、三人ともレベルは順調に伸びている。ここからは倒す数が必要になるので、明日はもっと奥まで行く事を皆に伝えて床に就く。
今日はアルンと寝る番だ。
「ゼン様、僕早くお役に立てるよう頑張ります」
アルンは俺の背中にそんな事を言うと、疲れているのかすぐに寝息を立てはじめた。
アルンの献身的な性格を好ましく思いながら、俺も眠りに落ちた。
◆
「おー、終わったか。ご苦労さん。じゃあ、早速お楽しみタイムを始めようか」
連日この廃村でアンデッドを土に還し続け、ようやく全てのゾンビとスケルトンを排除する事が出来た。少なくとも太陽が出ているこの時間ならば、安全は確保されたと言っても良いだろう。
実はこの村のアンデッドはゾンビとスケルトンだけではない。夜になるとレイスやゴーストといった、幽霊のような実体のないアンデッドが出るのだ。魔法や銀武器を使えば倒せるらしいが、浮遊して魔法を使ってくる敵は三人には荷が重いので、今回は無視する。
さてそのお楽しみタイムだが、簡単に言えば建物に残っている色々な品物を頂いて帰るという事だ。これは別に犯罪ではなく、れっきとしたアンデッド討伐の報酬である。
三人は俺の奴隷なので、本来ならば奴隷の物は俺の物だ。だが、それでは可哀そうなので、見つけた物の一部をご褒美として出すと言ったところ、かなりのやる気を見せた。
「三人とも何か欲しい物あるの?」
帰り道で俺がそう尋ねると、三人はすぐに口を開いた。
「私はお人形さんが欲しいのです!」
「僕は槍を買います」
「私は……高級ブラシと甘い物ですね」
それくらい言ってくれれば買ってやるのに、と口にしそうになったが、止めておいた。
レイレはともかく、アニアとアルンは初めて稼いだ金で買い物をするのだ。初任給で欲しい物を買うのは大事なイベントだろう。
しかし、本当ならアルンの槍は俺が提供すべき物なんだよな。武器防具は仕事道具だからね。これはちょっと考えないとな。
こうして初のパワーレベリングは終わった。多少のばらつきはあるのだが、これでスキルさえ覚えれば、オーク程度は倒せるようになるはずだ。
◆
ラーグノックの街に来てから、約一年の月日が流れた。
俺は十二歳になり、背も伸びて年上のナディーネの身長に殆ど追いついている。まだ少し背伸びしなければならないのは悲しいが、それもすぐに必要なくなるだろう。
この一年で大きな環境の変化はないが、日々着実に進んでいるといった感じで、皆それぞれに仕事や家事、訓練に勤しんでいた。
アニアは魔法を中心に弓術を鍛えている。弓術はスキルレベル1、魔法技能に関してはスキルレベル2が目前だ。
アルンは槍術を主に訓練をして、そこに魔法技能を加えた方向性に進んでいる。槍術は俺が直接教えられるので、既にスキルレベル2に達している。その分、魔法技能に関してはアニアに後れを取っており、習得も若干遅かった。魔法の才能はアニアの方が上なのだろう。
訓練はいつもポッポちゃんが手伝ってくれている。実戦の時、常に二人に付き添って保護する姿は、母親のようでもある。
だが最近は、アニアとアルンの強さがポッポちゃんに追いつきつつあった。
ポッポちゃんはその事が気になり焦りはじめたのか、早くレベル上げをさせろと俺を急かしてくる。
双子には甘いのに、俺には容赦ないポッポちゃん、可愛いよ。
ナディーネとレイレは魔法技能だけを伸ばしている。
二人は基本的に家事と商売が忙しいので仕方がない。そもそも、戦う気がある訳でもないし、魔法が使えれば便利、程度にしか考えていないのだ。俺も護身が出来れば十分だと思っているから、これで良い。
商売に関しては、漆器作りにかなり進展があった。
マートさんとオーレリーさんは、この世界にはまだ出回っていない漆という素材にすっかりのめり込んでいる。数ヵ月前には、それまでとは比較にならないほどの艶と輝きを持つ朱と黒の二色の漆器が出来上がっていた。しかしマートさんはその出来に納得する事なく更なる改良を重ねて、先日やっと完成品というべき物が仕上がった。
あと数日で漆器販売の用意が出来るだろう。レイレも準備に駆り出されて大忙しだ。
ターゲットは金持ちに限定して、とにかく高級路線で攻める予定だ。以前商人に試作品を見せた事があるが、その時はかなり反応が良かった。あの食い付き具合ならば、それなりに期待出来る。
「ゼン様、どうですかこの魔法!」
森の木々から少し離れた場所で、アニアがゴブリンに魔法を放つ。
今日は皆で街の近くにある丘までピクニックに来ている。
ポッポちゃんにアニアやアルン、ナディーネはもちろん、マーシャさんやミラベルも一緒だ。
「あら、アニアちゃん。私だってそれくらい。ほらっ!」
「僕だって、ナディーネ姉さんには負けませんよっ!」
ナディーネとアルンも負けじとこれに対抗する。魔法技能スキルレベル1のアロー系魔法だが、ゴブリン相手ならば威力は十分だ。
ポッポちゃんは追加のゴブリンを森から引っ張ってきて、羽をパタパタさせて三人に撃てと促す。
「せっかく遊びに来たのに、なんで狩りを始めるんだよ……」
無駄に張り切る三人と一羽の様子に呆れて、俺は小さく嘆息した。
「ねえ、お兄ちゃん。ミラもまほうっ!」
三人が羨ましくなってゴネはじめたミラベルを、マーシャさんがなだめる。
「もう、ミラベル。ゼンお兄ちゃんを困らせないの。六歳になってからって約束でしょ?」
「そうだぞミラ。あと半年で使えるようにしてあげるから、今は修業の時だぞ。お砂動かすの好きだろ?」
そう言って俺は、魔法技能の訓練道具、マジックグローブを手渡す。
「うん! お砂グルグルするの好きなの」
最近じゃミラベルまで魔法技能のスキルレベルが上がっている。後は覚える為のスクロールさえ使わせてやれば、すぐにでも魔法が使える状態だ。だが、水や火を出す生活魔法でさえ使い方を間違えれば怪我をする。五歳児に覚えさせるのには慎重にならざるを得ない。
マーシャさんと相談の上、六歳になったら暴発しても問題のない、周囲を照らすだけの魔法――『ライト』を覚えさせる事にしている。
相談といっても、マーシャさんは「全てお任せするわ」としか言わないんだけどね。
アニア、ナディーネ、アルン、ミラベルの四人と――今日はいないが――レイレには、俺が定期的に魔法技能の訓練をつけている。
その結果、三人はゴブリン程度なら問題なく魔法で倒せるようにまで成長していた。
三人がゴブリンを焼き殺したり、風の刃で切り裂いたりするのに夢中になっている間、俺はマーシャさんが作ってくれたサンドイッチを頂く事にする。
香草類のほのかな苦みがパンに挟んである肉の旨味を引き出していて、実に美味い。
少しすると、疲労困憊した様子のナディーネが戻ってきた。
「あ~、気持ち悪い。MP使いすぎたわ」
「ナディーネお姉さん、またゲーゲーするのです?」
アニアが心配そうにナディーネの顔を覗き込む。
魔法を連発してMPを使いすぎれば、体に不調が生じて、大抵の人間は気分が悪くなる。ナディーネはこの前森で虫の大群にたかられて魔法を連発した挙句、木の陰で〝それ〟をしたばかりだ。
「あいつら……人が飯食ってる時に、その話やめてくれよ……」
「皆早く食べないと、全部ゼン君に食べられちゃうわよ!」
「マーシャさん、それはどう考えても無理でしょ」
「そうかしら、最近また背伸びたでしょ? 食べる量も増えてるし、これくらいペロッといっちゃいそうだわ」
ドカンと盛られた食べ物の山を前に、マーシャさんがにこやかに微笑んだ。
「六人分ですよ? 成長期だからって食べられませんよ!」
◆
ピクニックから三日が経ち、漆器を納める梱包も大分出来上がってきた。木材で作った箱にオーレリーさんがエルフ伝統の細工を施していく。和風のデザインとは違うのだが、草木のモチーフは不思議と漆器の風合いとも調和が取れている気がした。
「坊ちゃん、ようやくですねぇ」
マートさんが感慨深い様子で呟く。
「えぇ、でもこれが始まりですからね。沢山売れる予定なので、大量に作ってもらいますよ」
「ははは、若様は自信家ですね。でも、これなら確かに売れるでしょう。何せ他所の職人には真似出来ませんからね」
「売れたらちゃんとボーナスを出しますから、頑張ってくださいね。あっ、そうそう。漆器の改良案があるので、夕食後にでも話しましょう」
マートさんもオーレリーさんもこの一年、本当に良くやってくれた。これが成功したらボーナスと数日の休みをあげて、色々と発散してきてもらおう。
翌日、俺はこの漆器をどの商店から流すかを決めるべく、ポッポちゃんを連れて街に出て、実際に店舗を回りながら考えていた。
ラーグノックの街にある多くの店には度々買い物に訪れているし、店員と互いに名前を呼びあうくらいの仲の店もある。だが、取引相手として考えると印象が変わってくるものだ。
直接販売も考えたのだが、販路やコネが一切ない状態から商売をスタートするよりは、実績のある商店に一度卸す方が軌道に乗せやすいだろう。それに、顧客との間に発生する問題や交渉事も引き受けてもらえるなら、悪い選択ではないはずだ。でも、結論はなかなか出ない。
半日も歩いていると流石に疲れてきたので、オープンテラスの居酒屋に入った。昼は喫茶店みたいな物なので、子供でも問題なく利用出来る。
俺は果実水を、ポッポちゃんには果物を注文してあげた。
「はぁ、どこにすればいいのか全く分からない。ポッポちゃん、いい案ない?」
ポッポちゃんは「……果物が多い店がいいのよ!」と、鳩らしい意見をくれた。たまに鋭い事を言ってくれるポッポちゃんだが、商売に関しては全く役に立ちそうにない。
ポッポちゃんを撫でながら、しばらく頬杖をついて考え事に没頭する。
ふと、目の前の通りを行く人に視線を向けると、どこか見覚えのある男性の姿が目に入った。
誰だったかと気になって、しばらく見つめていると、向こうも俺に気付いたのか、驚いた顔をしてこちらに近付いてくる。
ようやくその人が誰だか思い出した俺は、失礼がないように席から立ち上がって出迎えた。
「お久しぶりです、グウィンさん」
「これはこれは、お久しぶりです、ゼン殿。その節は、お嬢様が本当にお世話になりましたね」
「ど、殿はやめてくださいよ」
「それではゼン君で宜しいですかな?」
彼との出会いは、俺が亜人達の集落を出てからしばらくお世話になっていたブロベック村での事だ。
グウィンさんはそこに旅商として訪れていた一行の長である。彼がいるという事は、つまり……
「ジニーは一緒なんですよね!?」
短い間だったが、彼女にせがまれて剣術スキルの訓練をした日々が思い出される。ポッポちゃんを胸に抱いて微笑むジニーの可愛らしい顔が浮かんできた。
「はい、是非会ってください。今でもゼン君の話をしていますから、とても喜ぶと思いますよ」
そう言って、グウィンさんは俺を家に招待してくれた。
グウィンさんに連れられてやってきた場所は、住宅地の一画。この辺りではごくありふれた石造りの二階建ての家だった。敷地内に馬車を二台も止める事が出来るので、それなりに広い。
グウィンさんが木のドアをノックすると、片目に眼帯をした壮年の男性が扉を開いて出迎えた。
「お帰りなさいませ。お客さんですか?」
「えぇ、お嬢様にお友達が来たと伝えてください」
「分かりました」
眼帯の男が一礼して下がった。腰に剣を帯びているので、旅商の警護でも担当しているのだろう。外見はもとより、俺の探知で感じる気配からも、かなりの使い手だと分かる。
家の中はガランとしていて広さの割に家具などは少なく、一時的に借りているのだという印象を受けた。一つの場所に留まる事をしない旅商だ。俺のように高性能なマジックボックスがあれば別だが、家具を持たずに身軽にしているのかもしれない。
一階の応接間で待っていると、二階からドタドタと走る音が聞こえてくる。すぐに俺のいる部屋のドアが音を立てて勢いよく開いた。
そこには少しだけ身長が伸び、頭の上でポニーテールにしている髪が長くなったジニーの姿があった。ジニーは俺の顔を見るなり、大きく口を開けて驚きの声を上げる。
「わぁっ! 本当だ! どうしたの? なんでいるの?」
ジニーは早歩きで目の前まで来ると、俺の両手を取ってブンブンと上下に振った。
「久しぶりだね、ジニー。元気にしてたみたいだね」
ジニーの変わらぬ元気っ子ぶりに、俺は湧き出る懐かしさを抑えきれず、思わずデレッとした情けない笑みを浮かべてしまう。
腰を下ろそうとすると、ジニーも手を握ったまま隣に座った。
「ねえ、ゼンはなんでこの街にいるの?」
ジニーはニコニコとした笑みを崩さずに質問を口にした。
俺は貴族との一件は省きつつ、これまでの経緯を説明していく。
「じゃあ、今度は一杯遊べるね。嬉しいわゼン!」
今はこの街に住んでると伝えると、ジニーは歓声を上げて握ったままの俺の手を振り回した。
物凄いテンションの上がりようだが、そこまで俺との再会を喜んでくれているなら、俺も嬉しい。
グウィンさんが果実を搾ったジュースを持ってきてくれた。
話を聞くと、彼らがエゼル王国に入国したのはつい先日。今まではシーレッド王国を移動していたが、これからはこの国で活動するつもりらしい。当然ジニーも数年はラーグノックの街に滞在するとの事だ。
「なら、また訓練するか? 今ウチでは訓練が日課だから、ジニーも一緒にやればいいんじゃない?」
俺がそう聞いてみると、ジニーが目を輝かせてグウィンさんの顔色を窺いだした。
「そうですね、最近のお嬢様は鍛錬をサボりがちでしたので、少しゼン君にお任せするのも良いかもしれません。しかし、当然ロレインを付けますし、授業料はお嬢様のお小遣いから出してもらいますよ? 実績があるゼン君にタダという訳にはいきませんからね」
「い、良いわよ。ゼンと遊べるならそれくらい、なんて事ないわ」
「遊びじゃないぞ、ジニー……」
ジニーの顔が若干引きつっているが、とりあえず、訓練に参加する事は決定みたいだ。だが、別にお金はいらないんだよな。受け取っちゃうと義務が発生する気がして、ちょっと嫌だし。
……待てよ。そういえばこの人達は商人じゃん。俺の悩みを解決してくれるんじゃ……
「グウィンさん、ちょっとこれを見てもらえますか?」
俺はマジックボックスから漆器を取り出して、机の上に置いた。
グウィンさんはすぐにその美しさに目を奪われたようだ。
「これは……木材ですかな? この塗料は初めて見ましたが美しい……。まさかゼン君が作ったのですか?」
俺は職人の奴隷を使っている事や、これを売って商売をするつもりである事を話した。
「もしよかったら、グウィンさんのところで扱ってもらえませんか? とりあえず一セット置いていくので、検討してください」
グウィンさんは眉間に皺を寄せながら、俺の提案を真剣に吟味する。
「これ程の物ならば、どんな値を付けても確実に売れるでしょう。本来ならこちらから頭を下げてお願いする話ですよ、ゼン君」
漆器から俺へと視線を移したグウィンさんは、そう言って顔をほころばせた。
交渉は成立したようだ。
ジニーは難しい話に口を挟む気がないのか、ポッポちゃんを撫で回しながら話し掛けている。
ポッポちゃんも一応再会を喜んでいるようで、「金髪また遊ぶのよ?」とクルゥと鳴いた。
グウィンさんと漆器の値段や売る相手等の話をしていると、ドアをノックする音が聞こえてきた。
グウィンさんはすぐに席を立って、ドアの外の人物を迎え入れた。
「あっ、兄様だ」
ポッポちゃんに夢中だったジニーが訪問者に気付いて顔を輝かせる。
「失礼するよ」
そう言ってドアから部屋に入ってきた人物は、見た感じでは俺と同年代。ジニーの兄らしく、彼女と同じ金髪が美しい、元気そうな少年だ。
整った顔立ちは、成長すれば確実にイケメンになると想像出来る。
少年は一直線で俺の前まで来ると、立ち止まって手を差し伸べた。
「君がゼンだよね? 俺はエア。ジニーの兄だよ。よろしく」
「あぁ、よろしく。そういえば、ジニーも兄ちゃんがいるって言ってたな」
エアと名乗った少年は、外見だけでなく仕草もなかなか洗練されており、これはグウィンさんの教育の賜物だろう。
イケメンめ! と、普段なら妬ましく思うところだが、エアはジニーと似ているから、むしろ物凄く好ましい。
「ゼンと俺は同い年だから、気安く接してくれよな」
わざわざこんな事を言うなんて、普段からよほど周りに気を遣われているのか?
ジニーにしてもお嬢様と呼ばれているし、もしかしたら窮屈な生活をしているのかもしれないな。
それに旅商だと各地を転々とするから、あまり友達も作れないだろう。
「おう、分かったよ。今度ジニーと一緒にウチに来いよ。歓迎するぜ」
「えっ!? 本当か? 絶対に行くからな!」
俺が努めて子供らしく振る舞うと、エアは随分嬉しそうに話に乗ってきた。
俺の所に来て息抜きが出来るなら、いつでも大歓迎だぜ?
その後はエアも同席して商売の話や、今後の訓練に関する話をした。
ジニーとエアは同年代の子供の家に呼ばれる事が初めてらしく、その喜びようといったら、ついていくのが大変なくらいだ。
グウィンさんはそんな俺達を終始愛おしげな目で見守っていた。二人が愛されているのだと分かり、なんだか俺も心が温かくなるな。
「んじゃ、二人とも、またな明日な」
玄関を振り返り、ジニー達に手を振る。
「うん! 明日絶対に行くからね!」
「ゼン、遊びに行く時は本当に何も持っていかないでいいのか? 失礼じゃないのか!?」
「だから気を遣うなって……気安くしろって言ったのはエアの方だろ?」
エアがしきりに手土産の心配をするので、俺は思わず苦笑してしまった。
家に帰る道すがら、俺はあの家の中にいた数人の手練れの事を考えていた。あの家はそこそこ広いが、俺の探知の範囲に全て入ってしまう。自然と家の中にいる人達を捉えてしまい、少し気になったのだ。
この街に住んでからの経験を踏まえると、あの家にいた数人は旅商やその護衛としては過剰な力量を持っていた。魔物や盗賊など、旅には多少の危険が伴う。それを考えれば、強力な護衛を揃えるのは理にかなっている。だが、少しばかり違和感があるのも確かだ。
自分一人で暮らしているならこの程度の事は気にしないのだろうが、今はナディーネをはじめ、守るべき存在を抱えている。そのせいで俺が少し過敏になっているだけなのかもしれないが。
とはいえ、彼らの長であるグウィンさんはとても友好的だ。子供の俺に対しても誠実かつ紳士的に接する彼の態度や、ジニーとエアの事を考えれば、俺の違和感など些細な事だ。少なくとも、彼らは俺に害をなす存在ではないだろう。
俺はそう結論を出し、胸に抱いているポッポちゃんを撫でながら家路に就いたのだった。
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