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小編 ゴブリン討伐

第89話 略奪者の心 ーヴィダルー

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 ゴブリン・セイジを殺したザビーネは返り血で真っ赤になっていた。

「……おいヴィダル。テメェずっと見てやがっただろ。出てこい」

 擬態魔法ディスガイズを解除し、ザビーネの前へと姿を現す。

「……なぜ助けなかった? アタシの声は聞こえてただろうが」

「血族となったお前の力を見ておきたかったからな。この場所で本来のお前が現出するよう命令を与えた」

「テメェ!!」

 ザビーネが猛烈な勢いで飛び掛かって来る。

 しかし。

「止まれ」

「ぐ……っ!?」

 俺が命令を口にした瞬間、彼女はピタリと動きを止めた。

「クソがぁ!! なんで体が動かねぇんだよ!?」

「俺達血族の者にお前は逆らえない。その意思よりも命令が優先される」

「この野郎ぉっ!! アタシから全てを奪いやがって!!」

 この状態では精神の制御は難しいか。

「女王の座を返せ!! アタシの国を返せぇ!! アタシの苦労を返せえええぇ!!」

 動かない体のまま、彼女が叫ぶ。その姿が敗北者としての哀愁を漂わせていた。

「無理だ。失った物は取り返せはしない」

「……殺してやる!! 絶対に殺してやるぞヴィダル!!」

 それでいい。

 表の懺悔ざんげと内なる後悔の狭間でお前は生きる。その苦しみがバジンガル達への贖罪しょくざいとなる。お前はそうやって生きて行くんだ。

 ……。

戻れ・・ザビーネ」

「がっ……!?」

 ザビーネが糸の切れた人形のように崩れ落ちる。その手に握られた聖大剣が地面へと落ち、周囲に金属音が響き渡った。


 しばらくすると、再び彼女が目を覚ました。その瞳は先程までの殺意が篭ったものではなくなっていた。

「うぅぅぅ~酷いですよぉ~ザビーネを囮にするなんてぇ」

「そう泣くな。お前の力なら楽に倒せる敵だと判断してのことだ」

「私……怖くて……助けてって言ったのに……」

 泣きながら顔を覆う彼女から先程の姿は想像も付かないな。

 だが、先程の怒りのキッカケも「俺が救いを求める声に答えなかったこと」だ。

 ということは……今目の前にいる彼女はザビーネの深層心理に近いものなのかもしれない。

 凶悪なザビーネの中には「怯える心」が眠っている……か。

 ……。

「敵に気付かれない為にと思っていたが、説明はすべきだったかもしれない」

 ザビーネが驚いた顔で俺を見る。

「……本当に危なかったら、助けてくれました?」

「……ああ」

「なぜですか?」

「お前の役割は罪をつぐなうこと。それが成されるまでは死なせる訳にはいかない」

 彼女は、俺の言葉の意味を考えるように唸った後、ポツリと呟いた。

「なら、その、ゆ、許してあげますぅ」

「お前が俺を許すだと?」

「ヒィィィィっ!? ごめんなさいごめんなさい! 調子に乗りましたぁ!!」

 怯えながら頭を庇うザビーネの手を取り立ち上がらせる。
 
「まぁいい。さっさと戻るぞ」

「は、はい……」

 ルナハイムへの者達へその後の処理を任せ、俺達は魔王国へと帰還した。


◇◇◇

 ——魔王国。玉座の間。

「報告は以上か?」

「ああ。これでルナハイムの者達も役割に集中できるはずだ」

 デモニカは玉座の上で足を組んだ。

「ザビーネ」

「は、はひぃっ!」

 デモニカの視線に射抜かれたザビーネは、体をビクリと震わせる。

「な、なんでしょう?」

「そう怯えるでない。我は貴様の働きを評価している」

「え?」

「ヴィダル。ザビーネをイリアスの部隊へと配属せよ。双方にとって有益な影響を与えるであろう」

「承知した」

「え、えっとぉ……ザビーネは怒られないのですか? あの、ヴィダル様へ危害を加えようと……」

「貴様に討たれるほど我が軍の知将はやわではない。とがめるつもりもない。それが貴様の特性だと認識しよう」

「あ、ありがとうございます……」

 ザビーネへと耳打ちする。

「デモニカ様の振る舞い、行動……考え。良く見ておくことだ。お前にとっては何よりも必要なことだからな」

「わ、分かりました」

 ザビーネ・レムスは戸惑ったような顔をする。

 だが、俺はその中に垣間見た気がした。僅かにだが喜びの感情を。

 人は誰しも認められたいものだ。必要とされたいものだ。それは俺も彼女も同じ。

 例え悪人であったとしても。

 彼女は今後も俺達に利用され続ける。ホークウッド村の者達への贖罪しょくざいを、永遠に。

 だが、俺達は利用すると同時に……。


 彼女の心を支えよう。壊れてしまわないように。


 その働きを評価しよう。最後まで成し遂げられるように。


 血族の者として扱おう。彼女が与えられなかった物を与えるために。


 もしかすると、それ・・が与えられていたのであれば、彼女は……。


 ……かもしれないのだから。
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