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1章出会い

方針

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 あの一触即発の雰囲気が一気に弛緩した後、ヨハンとアレクから話を聞く。



 ……弁明すると、綾人も何となく、治癒魔法の事かなとは思っていたけど、主語も無い会話で、具体的に治癒して欲しいと言われたわけでもなく、治癒魔法以外にも言語能力や無属性魔法、奴隷に対する考え方とか転生者であるとか、心当たりが多すぎたのだ。



 想定が外れた時のリスクを考えると、素直に何の話をしているか質問して、余計な情報を渡してしまうリスクを防ぐ方が正解だろう。

 ……察し能力の低い馬鹿だと思われるかもしれないが。。



 案の定、少し呆れたような目をしつつもヨハンが丁寧に説明をはじめた。



「私は、第一王子、第二王子、第三王子を個人で比べたら第三王子であるアレクセイ殿下が、一番王に相応しいと今でも思っております。ですが、ローゼンベルト王国の場合基本的には長子が継ぐ事が慣例であり、母君の身分の差、本人の意思を鑑みて、第一王子が王太子になる事に異はありませんでした。

 ですが、第一王子も第二王子も目立った瑕疵が出来てしまったなら、第三王子が王太子になる事も何ら不思議なことではないでしょう。

 ましてや、アレクセイ殿下には乱れた国内をまとめ上げる事ができる能力があります。

 逆に今の状況を打破できるのはアレクセイ殿下しかいないのです。

 それならばご本人に未来の王になる意思が無くても、王族の義務として祖国に殉じなければならないでしょう。

 この3年間の事でアレクセイ殿下のお気持ちも察しますが、これは一個人の感情ではなく王族として生まれ育ってしまった者の義務なのです」



 アレクがボソッと

「察せられるなんて簡単に言うな」

 と呟いたがヨハンは気にする事なく言葉を続ける。



「そんな訳で、私はアレクセイ殿下を国へ連れ帰り、王太子になっていただこうと思っていましたが、アヤト様の治癒魔法の能力を見て、選択肢が増えました。

 そう。今回国が荒れる騒動になった原因を取り除けば良いのです。

 即ち、第一王子が怪我をしなければ、既に王太子となっている第一王子がそのまま王になる事が決定していたのですから、アヤト様の治癒魔法で王太子の怪我を治してしまえば、アレクセイ殿下は王太子にならずに済み、第一王子が王太子の今までと変わらない為、国の混乱も収まる筈です。

 アヤト様もご存知のように、既に時間が経ち状態固定してしまった怪我を元に戻す事が出来る"聖女"クラスのレベルの治癒魔法を扱える者は現在我が国や周辺諸国にはおりません」



 ……存じておりませんでしたとは言いえない雰囲気だ。

 綾人としては、レアだろうなとは思っていたものの、そこまで希少なものだとは思っていなかった。



 ヨハンの話は続く。



「アレクセイ殿下の失明した左目を治したアヤト様でしたら、王太子の半身不随を治すのも可能なのではないでしょうか?

 もしそれが可能であれば、王位継承権問題は解決し、個人的にはアレクセイ殿下には国へ戻って来ていただきたいと思いますが……、王位継承権問題が解決していれば、最悪第三王子は居なくてもなんとかなるでしょう。

 つまり、王位継承権を放棄して、アヤト様とお付き合いをする事も可能という事です」



 長々とした説明とその内容の重さで、綾人の頭はパンクしそうだ。

 のんびりまったり平和なスローライフを目指していた筈が、綾人の決定で国を左右するような事になるとは本当に頭を抱えたくなる。

 購入した奴隷がまさかの第三王子と判明にした時に感じた嫌な予感は当たってしまったようだ。

 ただ、責任は重大だし、トラブルにも巻き込まれそうではあるが、両思いになった現在、厄介だからという事を理由にアレクと離れたいとは思えない。

 本来であれば一般人の綾人と王族のアレクが奴隷から解放された時点で、2人が交わる道は一生無かった筈だった。

 それが、多少大変だとしても、アレクと一緒になれる道が提示されているのだ。

 側から見ればアレクの方が綾人に執着しているように見えるかもしれないが、表にあまり出さないだけで、綾人も今はアレクを手放したくないと強く思っているのである。



 綾人は前世では得られなかった愛を今手に入れたのだ。



 前世のように無難に生きてた人生ですら、突然終わりを告げるのだから、この新しい人生、手に入れた愛を守る為に出来るだけ足掻いてみるのも良いかもしれない。



 アレクはどう思っているのだろうか?



「アレクはどうしたい?」



 綾人は背中に張り付いているアレクを仰ぎ見る。



「私は……アヤトが側にいてくれるのなら何でも良い。もう二度と祖国の地を踏めなくても、何ら問題はない」



 少し困ったような顔をしながら、語るアレク。

 澄んだ青い瞳はやはり綺麗で目が外せない。



 と、左目の傷痕ももう、うっすらとしかない端正な顔が近づいて来たと思ったら、唇に柔らかい感覚。



「一生アヤトの側にいる」



 再度アレクより甘いキスがおくられた。





 日本では当たり障りのない友人はいっぱいいた。

 だけど、距離が近い友人、恋人はいつまで経っても出来ず、歩みよれば重いと言われ、距離をおけば離れたまま重なる事もなく、この先愛が分からない自分には愛する人が出来る事は無いのだと思っていた。



 それが、こんな得体の知れない面倒臭い綾人と一生を共にしたいと言ってくれる貴重な存在。



 ここで逃げてしまったら、もう二度と祖国へ帰る事はできないかもしれない、それに今まで築いてきた地位も名誉も全て要らないと言い切るのは簡単な事ではないと言うのに、奴隷契約が無くても側に居てくれると言う。



 同性だとか関係なく、人間として愛しい存在。



 綾人の心は決まった。





 ヨハンの方へ向き直ると



「ちゃっちゃと王太子の半身不随を治して、アレクは俺が貰う事にする!」



 と宣言した。



 因みにアレクは綾人からの突然のプロポーズ宣言とも取れる言葉に、驚き目を見開いたものの徐々に顔を火照らし恥ずかしげに、でも幸せそうな表情をしていた。

 ヨハンは国元では今まで見たことがないような表情のアレクに心底驚かされていた。



 そんなレアなアレクが見えていない綾人は、いつも(まだ数回しか会ってないが)澄ました感じのヨハンが驚きで一瞬真顔になるのを目撃し、"そんなに手を貸す事を出し渋ると思っていたのかな?"と少しズレた事を思っていた。





 ――因みに。

 余談だが、アレクと結ばれた後に恐る恐るステータスを確認したら

------------------------------

称号:器用貧乏、女神の愛子への接触により見守り対象(可愛い愛子を悲しませたらXXX)

------------------------------



 と、相変わらずのメッセージ欄。

 "注視"対象から"見守り"対象はちょっと優しい方面に昇格したのではと思いきや、初めての伏字。

 え? 文字変換ミス? それとも3文字のヤバイ表現とか?

 戦々恐々としながらステータスを閉じた綾人だった。
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