月明かりの街

ドルドレオン

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王宮の穏やかな日常は、突如として破られた。シャロンが哲学に浸り、内面的な平穏を求めていたその時、王宮内で一人の密通者が発覚した。誰にも気づかれぬように情報を他国に渡していたその男は、王国の安全を脅かす存在であった。彼の行為が明るみに出たのは、ある高官が彼の通信記録を偶然発見したことからだった。

それから数日後、隣国からの使者が王宮に到着した。使者は冷徹な顔で言った。「貴国の裏切り者の行動が明らかとなり、我が国は貴国に対して戦争を宣言する。三日以内に軍を動かす。これが最後の通告だ。」

シャロンはその言葉を聞いた瞬間、身体が固まった。数日前まで哲学に心を寄せていた彼は、今、王としての重責を再び感じざるを得なかった。内戦の危機、国を守るという責任が、再び彼の肩に重くのしかかった。戦争の予兆が、王宮を包み込んでいった。

シャロンは部屋に戻り、しばらく黙って考え込んだ。その後、決断を下すと、すぐに執事のトールを呼び寄せた。

「トール、今すぐ軍の司令官たちを集めて、戦の準備を進めさせろ。」シャロンは鋭い眼差しを見せた。「戦争を避けることはできない。国を守るために、今すぐ動かねばならない。」

トールはその言葉に深く頷き、即座に指示を出すために部屋を離れた。シャロンもまた、心を決めて立ち上がり、王としての役割を全うするべく、戦略会議が開かれる場所へと向かった。哲学に没頭していたあの日々は、彼の心の奥深くで色褪せていった。今や、彼の最も重要な役目は戦争を防ぐこと、そして王国を守ることに他ならなかった。

王宮内での動きは急を要し、昼夜問わず、シャロンは軍事の指導に力を注いだ。彼は寝る間も惜しんで、軍の指揮官たちと戦略を練り、情報を集め、国境を固めるために必要な措置を講じた。戦争を避けるための交渉も試みたが、隣国の態度は冷徹そのもので、もはや交渉の余地はないようだった。

シャロンは、以前とは違う自分に変わっていった。王としての務めを果たすため、戦の準備に没頭する日々が続いた。昼も夜も、戦略会議、兵士たちの訓練、補給ラインの確保、そして何よりも心の中で、戦争という現実と向き合わせられながら、彼は次第に自分の哲学的な探求心を放棄していった。

王として、軍事の知識を学びながら、彼の頭の中は戦のシナリオでいっぱいになっていった。戦争が始まれば、数多くの命が失われ、王国の未来がかかる。その重みを感じるとともに、シャロンは自分がどれほど無力であるかを痛感することもあった。しかし、彼には選択肢がない。王として、彼は決断を下さなければならなかった。

ある夜、シャロンはふと自室の机に戻った。仕事に疲れ果て、頭を少し休めたくなったのだ。机の上には、しばらく開かれることなく置かれていた哲学の本があった。以前は心の拠り所だったその本が、今では遠く感じられた。彼は本を手に取ることなく、そのまま机に向かって俯いた。哲学的な問いを再び深く考える余裕など、今はどこにもなかった。

その時、トールが静かに部屋に入ってきた。彼の目には、シャロンを気遣う優しさがあったが、同時にその表情には、王としての重圧を感じ取ることができた。

「陛下、少しお休みになった方がよろしいのでは?」トールは優しく提案した。

シャロンは疲れた表情を浮かべた。「もう少しだ。国が戦争に突入するかもしれない今、休むわけにはいかない。」

トールは黙って見守りながら、静かに答えた。「陛下、哲学が無駄だとは思いません。しかし、今はその時ではないのでしょう。戦争の準備が整うまでは、心を奮い立たせ、王としての務めを果たすことが最も重要です。」

シャロンはしばらく黙って考え、再び目を伏せた。その言葉が、彼にとってどこか痛みを伴うものであることを感じていた。哲学は確かに彼を支え、彼に深い洞察を与えていた。しかし、今はその問いを追い求める時間ではない。今は、ただ王として国を守り、戦争を止めるために全力を尽くすべき時だ。

「わかった、トール。今は戦争に備え、すべてを捧げる。哲学は後回しだ。」シャロンは、力強く言い切った。

その言葉が響くとともに、シャロンの心は再び王としての使命感で満たされた。夜が更け、王宮内での戦争準備は着々と進んでいった。シャロンは、再び王としての道を歩むことを決意したのだ。

しかし、彼の心の奥底では、戦争が終わった後に訪れるべき「哲学的な問い」を忘れることはなかった。それがどんなものであれ、今の自分には答えを出すことはできないとしても、その問いを胸に、シャロンは戦い続けるのであった。

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