月明かりの街

ドルドレオン

文字の大きさ
5 / 11

しおりを挟む
戦争の足音が王国に迫る中、シャロンは夜も昼もなく働き続け、軍の指揮を執った。王宮内での会議、戦略の立案、そして兵士たちの訓練が続く日々。だが、戦争という現実に心を奪われている間に、町の住人たち、特に子供たちの目には、恐怖と不安が色濃く浮かぶようになった。

町の外れに住んでいた少年、エルもまたその影響を受けていた。エルは王宮の近くの町で育ち、シャロン王と偶然出会ったことがきっかけで、彼の哲学的な話に触れることができた。それが彼にとって、世界の見方を変える貴重な体験となった。しかし、今、エルの目の前に広がるのは、教えられた理想とは裏腹に、混乱と恐怖に満ちた現実だった。

エルは、町の端にある小さな小屋で家族と共に過ごしていた。父親は兵士であり、母親は町の市場で商売をしていた。だが、今はどちらも戦争の影響を受け、家計も日々厳しくなっていた。エル自身も、街のあちこちで聞こえる兵士たちの足音や、遠くから聞こえてくる戦の準備の音に心を痛めていた。

ある日、エルは町の広場に出かけると、思わず足を止めた。広場の中央には、町の兵士たちが集まり、戦争の準備をしているところだった。戦争のために集められた若い兵士たちは、無表情で訓練に励み、彼らの周りには、家族や町の人々が不安げに見守っていた。

エルはその光景をしばらく見つめた。普段は見慣れた町の風景が、今はどこか異様なものに変わっていた。兵士たちの顔には決意と不安が入り混じり、彼らの手に持つ剣や槍は、戦の現実を象徴しているようだった。その中に、少年たちも紛れている。エルと同じくらいの年齢の少年たちが、戦争に巻き込まれ、命をかける準備をしている。

エルはその中で、自分がどうすべきかを考え始めた。かつてシャロンと話したことが、ふと脳裏に浮かぶ。
「考えることは、誰にも奪われない。」
あの日、シャロンが語った言葉が、彼の心の中で今も強く響いていた。だが、その言葉が今の現実の中でどう生きるのか、エルはまだ分からなかった。

彼はその場を離れ、町を歩きながら、自分の足元に視線を落とす。足元には、地面に落ちた枯れ葉や土が散らばっていた。エルはその中に、自分の未来を見つけることができるのか、という問いを感じ取った。戦争の影が町全体に広がっている今、自分がどのようにこの世界を見つめ、どう行動すべきか、まだその答えは見つからなかった。

その日、エルはふと思い立ち、王宮の方へ向かうことにした。シャロンがどのようにこの戦争を迎えているのか、その答えを知りたかったからだ。彼は町の外れにある小道を歩きながら、しばらくの間、静かな心で思索を重ねた。

王宮に到着すると、彼は警備の兵士に通され、王の書斎へと案内された。シャロンはその時、少し疲れた表情で机の前に座っていた。だが、エルが入ってくると、彼は少し驚いた顔をして、立ち上がった。

「エル、君か。」シャロンは微笑みながら言った。「どうした、こんな時に。」

「僕は…戦争のことが、どうしても気になって。」エルは言葉を選びながら答えた。「戦争は、何のために起こるのでしょう? 戦う意味、守るべきものは何なのか、僕にはまだ分からなくて…」

シャロンはしばらく黙っていたが、やがて深いため息をついて答えた。「戦争というものは、時に避けられないものだ。国を守るため、民を守るために戦わなければならない時が来る。だが、何よりも大切なのは、戦の先にあるべき未来を見据えることだ。戦争が終わった後、この国がどんな姿をしているのか、それを考えることが必要だ。」

エルはその言葉を胸に刻みながら、再び問いかけた。「でも、どうして戦争が起きるのでしょう? なぜ、人々は戦い、命を懸けるのでしょうか?」

シャロンは少しの間黙っていたが、最終的にこう言った。「戦争は、誰もが望むことではない。しかし、時には自分たちの理想や未来を守るために、戦うしかない時がある。そのために、時には自分の哲学をも超えて、行動しなければならない。」

エルはその言葉を反芻しながら、王の目を見つめた。シャロンが語る言葉には、痛みが込められていることが伝わってきた。戦争は、ただの勝敗だけではなく、その先にある大きな問いに対して、答えを出さなければならないものだと、エルは感じ取った。

その晩、エルは自分の部屋に戻り、窓の外の月明かりを見つめながら考えた。シャロンの言葉が心に響く一方で、エル自身は何をするべきか、どこへ向かうべきかがわからなかった。ただ一つ確かなことは、戦争という現実を前にして、自分が何かをしっかりと記録しておかなければならないということだった。

「この戦争の光景を、忘れたくない。」
エルはその決意を胸に、静かな夜の中で思った。戦争が終わり、平和が訪れるその時、彼はきっとこの瞬間を、そしてこの世界の姿を忘れないだろうと。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

無用庵隠居清左衛門

蔵屋
歴史・時代
前老中田沼意次から引き継いで老中となった松平定信は、厳しい倹約令として|寛政の改革《かんせいのかいかく》を実施した。 第8代将軍徳川吉宗によって実施された|享保の改革《きょうほうのかいかく》、|天保の改革《てんぽうのかいかく》と合わせて幕政改革の三大改革という。 松平定信は厳しい倹約令を実施したのだった。江戸幕府は町人たちを中心とした貨幣経済の発達に伴い|逼迫《ひっぱく》した幕府の財政で苦しんでいた。 幕府の財政再建を目的とした改革を実施する事は江戸幕府にとって緊急の課題であった。 この時期、各地方の諸藩に於いても藩政改革が行われていたのであった。 そんな中、徳川家直参旗本であった緒方清左衛門は、己の出世の事しか考えない同僚に嫌気がさしていた。 清左衛門は無欲の徳川家直参旗本であった。 俸禄も入らず、出世欲もなく、ただひたすら、女房の千歳と娘の弥生と、三人仲睦まじく暮らす平穏な日々であればよかったのである。 清左衛門は『あらゆる欲を捨て去り、何もこだわらぬ無の境地になって千歳と弥生の幸せだけを願い、最後は無欲で死にたい』と思っていたのだ。 ある日、清左衛門に理不尽な言いがかりが同僚立花右近からあったのだ。 清左衛門は右近の言いがかりを相手にせず、 無視したのであった。 そして、松平定信に対して、隠居願いを提出したのであった。 「おぬし、本当にそれで良いのだな」 「拙者、一向に構いません」 「分かった。好きにするがよい」 こうして、清左衛門は隠居生活に入ったのである。

剣客居酒屋草間 江戸本所料理人始末

松風勇水(松 勇)
歴史・時代
旧題:剣客居酒屋 草間の陰 第9回歴史・時代小説大賞「読めばお腹がすく江戸グルメ賞」受賞作。 本作は『剣客居酒屋 草間の陰』から『剣客居酒屋草間 江戸本所料理人始末』と改題いたしました。 2025年11月28書籍刊行。 なお、レンタル部分は修正した書籍と同様のものとなっておりますが、一部の描写が割愛されたため、後続の話とは繋がりが悪くなっております。ご了承ください。 酒と肴と剣と闇 江戸情緒を添えて 江戸は本所にある居酒屋『草間』。 美味い肴が食えるということで有名なこの店の主人は、絶世の色男にして、無双の剣客でもある。 自分のことをほとんど話さないこの男、冬吉には実は隠された壮絶な過去があった。 多くの江戸の人々と関わり、その舌を満足させながら、剣の腕でも人々を救う。 その慌し日々の中で、己の過去と江戸の闇に巣食う者たちとの浅からぬ因縁に気付いていく。 店の奉公人や常連客と共に江戸を救う、包丁人にして剣客、冬吉の物語。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

処理中です...