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第1章

169話 謎の女史からの依頼 Ⅳ

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デッサン用の木炭を手に取り大雑把に線を引く、あくまでも下書きなのでこの段階ではまだ太く書かない。何本か線を引いたらその中から最も綺麗に映る線だけを残してパンくずで消す。

それを何度か繰り返して全体像を仕上げる。

「よし。こんなものかな」

「圧倒的に早いですねぇ。修正するところはないのですか?」

ミーティアさんはあまりにも下書きが速いので手抜きしたのではないかと思っているようだ、普通にやるならばもっと基本を練ってから書く方が望ましいが僕にとってはこれが普通なのだ。

グダグダ下書きに悩むならば最初から修正しない意思を決めて書く方が良い絵になると先生から教えられた。先生は現役の美術大学助教授なのでその手の技術知識は知り尽くしている。美術の全てを叩き込まれ修復画の手伝いや材料採取の手伝いにも同行したことがある。

こっちの異世界には科学的な画材が殆ど存在しないので自然素材から色を抽出し使われている、だからある程度資金が無いと絵は描けないし学べない。教える先生もいないことはないがあまり優れているとは言い難かった。美術の基礎すら知らないのにお金持ちの子というだけで絵を書いてる道楽もいるぐらいだ。

それに比べれば先生の教えたことがこの異世界では有用だということを実感できる。絵の具の材料すら自分で作るか取ってこなくてはならないからだ。フィールドワークの大事さや視野の広さ行動速度の大切さを教えられた。

下書きに書いた太めの線の上から絵の具をつけた筆を動かす。

サッサッサッ

時に大胆に、時に繊細に、色の使い分けと筆の大小を使い分けて作品を書いていく。

作品は自然派に近い感じで当たり前にある風景を描いていた。緑色を多く使い自然の風景を描いていく。そこに現れるのはごく普通の自然の風景。当たり前にある風景なのにどことなく温かい感じがする。

そうして、作品が出来上がった。

「ふぅ、こんなものかな」

久しぶりに筆を手にしたけど作品自体は中々の出来だと思う。作品が創られるのを見ていたミーティアさんは、

「すごい……。題材はごく普通なのに絵の印象に作風がすごく出ています。しかも、まるで自分がそこにいるかのような感じがしてとても不思議です」

絵を見てとても喜んでいた。

少し休んでから二つ目の絵に取り掛かる。今度は人物画だ。先に描いた絵は自然乾燥させるために他の場所に置いておく。

先と同じようにキャンバスに木炭で人物の線を何本も描きその中から一番綺麗に映る線だけを強く書き残りを消す。題材は神官にした。題材となる神官はやや高齢の神官とする。

顔を中心に服装を描き出す。人物画なので周りは教会の中にいるような感じの石造り。祭壇も小さく書いておく。これで大まかにデザインは完成だ。

いよいよ着色に入るが神官の服装の色は白と大抵決まっているのでその色が必要なのだが白色は入手が難しくあまり絵の具に余裕が無い、すべて白にすると無機質になるので多少他の色も混ぜるか。

素早く筆を動かして色を付けていく。

「よしっ、終わり」

彩色が終わり絵が完成する。

「ふむぅ、題材はポピュラーな神官ですが絵のタッチが他の画家と明らかに異なりますね」

ミーティアさんはやはり感想を述べてくる。

時間は少ないが3つ目を描くことにした。題材の建築物は城である。

石造りの堅固な城を頭の中で描きつつデッサンを進めていく。デザインこそ特徴らしき特徴が無いが国や貴族の紋章や旗などを書いてはならない決まりがある。そこに気を付けつつ進める。大まかにデザインが決まると着色をするのだが普通に書いてはただの城の絵になってしまう。

ここで僕は先生から教わった秘伝の技術を使うことにした。光の陰影を強く強調する技法と風景を同化させる技法の二つを使い城の近くに水辺を作り色の濃淡を使い分けて城を描いていく。

さらに城を古めかしい古城に見せるためにやや色のぼかしを入れる。これで真新しい城ではなく古く歴史のある城へと魅せることが出来るのだ。

疲れを感じているが筆を動かしていく。

「よし、完成」

やや外の気配が薄暗くなる頃に三枚目が完成した。久しぶりにガッツリ書いたので体が硬く感じるな。

「これはまた、すごいですねぇ」

やはりというか、ミーティアさんはここでも感想を述べてくる。

「とりあえず、三点描いてみたけど」

「素晴らしい、実に素晴らしいです。今まで沢山の画家を見てきましたけどこの独特のタッチでありながらも繊細で明確に題材の特徴を出した絵は初めて見ます」

「もう、納品までにあまり時間が無いから陶器の製作ではなく絵を描いて出そうと思うけど」

「是非ともそうしてください」

今日はもう遅いので翌日になってから絵を書くことにしよう。僕は休むために部屋に戻るがミーティアさんはずっと絵の前に立っていた。




~ミーティア視点~

「何という素晴らしい絵なのでしょう。題材こそ違いますが明確に作者の技術が見えているこの絵を見れば誰もが欲しがるでしょう」

我が主の命によりユウキの元に派遣されてきた私はとんでもなく幸運だった。出会いはトウキという聞きなれない作品を見た時から始まったのだ。

『これは器なのか?芸術品なのか?とにもかくにも説明できない品だ』

我が主は冒険者ギルドが認めた芸術家シシンの作品を秘かに手に入れその鑑定を行ったのだがそれにどのような技術知識を用いたのか何一つとして分からなかったのだ。不思議な光沢と手触り、何よりその頑強さに虜になった。それを生み出したのがまだわずか十代の青年というのだから。

我が主はその作品をとても気に入り直接会える機会を待っていた、しかしその時はまだジーグルト伯爵家に行っており手が出せない状態だった。

その後も情報を集めると素晴らしい結果を出していることが明白となり何とか繋がりを得たいと望む我が主は強引な手段に出た。特権を利用し初級官史本試験に介入したのだ。

通常であれば許される行為ではないが我が主はどうしても会いたかったのを誰もが理解していた。

そうして、ようやく会うことが出来たのだ。

『こんな年若い人物が本当に』

出会うと人当たりが良い青年という感じでありとても頼りなく思えたがジーグルト家で立てた戦功とシシンとして生み出した芸術品は確かに存在した。

とにもかくにも傍に居ない事には何も始まらない。その判断で私は派遣された。

トウキの製作工程は今までの芸術品の常識では考えられない高熱を使い作成しうるものでありそのような発想すら思い描かなかった私の常識を根底からひっくり返した。生み出された作品を見て、

『これは偉大な歴史を生み出すのかもしれない』

確信したのだ。

そして、シシンが描いた絵を見てその考えが間違いないと。この絵は現存する絵とは根本的に違う。綺麗だとか奥深いとかいう、そんな言葉では表現できない域に達していた。

私は一刻も早くこの絵を主の元に持ち帰りたいと、心の中に火がともるのを感じるのだった。
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