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第1章

128話 伯爵家の進軍Ⅰ

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ザッザッザッ

伯爵家から進軍した軍勢三百名は最初に制圧する場所であるアリムへと駒を進めていた。ここは農作物を運ぶ商街道の中心ともいえる場所でここを押さえておくことで物資補給の明確なラインが出る要所である。

今までジーグルト伯爵家は中立主義者であり他の場所に軍勢を派遣した例は無かった。冒険者ギルドから派遣されたユウキが陣頭に立ち此度の進軍を当主に決断させた。

そうして、アリムの目前までやってきた。

「止まれ。ここで陣地を構築する」

『ははっ』

ユウキの命令でアリム近辺に陣地を構築する伯爵軍、防衛用の柵を立てて中に野営用のテントを設営する。ユウキに鍛えられた兵士らは急ぎ陣を整えていく。

その中で、テーブルを置いて重臣らを集めて作戦会議をするユウキ。

「さて、今回の進軍の目的は聞いているね」

『はい』

全員が迷いなく答える。

「ここ、アリムはいくつもの商街道で中継地点となる要所でありそこを確保することで補給線が強固になる。それは誰にでもわかること。だからこそ、良からぬ事を考える輩も存在する」

ここを拠点としている複数の世襲貴族らのことだ。商人らと結託して賄賂を取ったり警備兵と称する私設兵を集めている可能性が高いと。

「たしか、冒険者ギルドとの古の協定ではそうした者らを雇い入れた場合は報告義務がある。ここには一応そうした組織があるが五十名までとなっている」

だけども、実際にはその倍以上は確実にいるであろうと。

「本当でございますか?」

重臣の一人が疑問を唱える。それが本当なら多い分の兵士らは何者なのであろうかと。そのような疑問が当然浮かんでくる。

「年月が流れれば規模が大きくなり拡張したり衰退し放棄したりする場所は結構ある。冒険者ギルドの調査が行われたのは数十年も前だから当然今とは違うはず」

なのに、増員の報告がされていない。

これは明らかにおかしいことだった。

「ローウェン」

「はっ」

「そなたに命を与える」

三十人ほどを率いて拠点の内情を確認して来いと。

「いかにも鎧を着こんで武装した兵士らがいきなり出てくると住民が不安を覚える」

最低限の装備だけをして長老らと話をしてこい。そのような命令だった。

「これはあくまで拠点の対応を見るだけだから下手に刺激はしないで」

無理矢理制圧すると民に不安が生まれてしまうためだ。穏便に話し合いで済むならばその方がいい。

「それと」

内部の警備体制や家々の場所、民の様子なども調査して来いと。敵の情報を手に入れるのはどこでも同じだ。ユウキ様の予想では相当警備の人数が厚いとのことである。

そうして、命を受けた者らは行動を開始する。

数時間後。

「お帰り。どうだった?」

偵察から戻った者らの報告を聞く。

「ユウキ様の予想した通りでした」

拠点の内部に入ると明らかに武装した連中が目に映った、それも相当な人数が。各所に進軍を阻む柵が設置されていて明らかに防戦準備を整えていたこと。

そいつらは例外なく威張り散らし民衆に不安を植え付けていた。そうした報告が次々と上がってくる。

「ユウキ様、これは明らかにおかしいですぞ」

「そうだね。ジーグルト伯爵家が基本的に外に出てこないからその影響が及ばないところではこうした連中が幅を利かせているんだろうね」

「では、やはり……」

「そういうこと。予想通りであったことが良くないね」

治安維持をするべきはずの世襲貴族が武装して拠点を占領し悪銭を取っているのだと確信する。

「なぜ奴らはそんなことを?」

「たしか、世襲貴族で領地を最初からもらえるのは男爵からだよね。それより下は年金だけ、それでは足りないと考えても不思議ではない」

「奴らめ、こんなところでも評判を落としているのか!」

貴族とは名ばかりの狼藉者の存在に怒りを覚える。

「ここまで証拠が上がったのだから兵を進める大義名分は立つね」

「そのとおりです」

「じゃ、予定していた通りに」

『ははっ!』

ジーグルト伯爵軍は占領されている拠点の解放という大義名分の書類とともに準備を整えていく。

翌朝

ザッザッザッ

ユウキを先頭として伯爵軍はアリムに足を進める。全員が武装していた。

「ど、どちらさま、でしょうか?」

入口に立っている兵卒らしき男に伝える。

「我々はジーグルト伯爵家の軍勢だ。この拠点が不穏な輩に占領されているとの情報が入った。大至急検閲させてもらう!私は隊長のバーフェルだ。これよりこの拠点はジーグルト伯爵家の統治下に入ってもらう」

『!?』

いきなり伯爵家の軍勢が現れて兵卒は驚きの表情を隠せない。警備を放り出して中に伝える。





「素直に従うでしょうか?」

「絶対に拒否する」

すると、入口の扉が閉ざされ閂がかけられてしまう。

「オイっ!我々は伯爵家の軍勢だ。なぜ扉を閉めて閂をかける?」

すると、上の方から男が現れた。

「伯爵家の軍勢が何用だ!ここはアーゼム男爵様の占領地なんだよ。あんたらはお呼びじゃねぇ!!」

とっとと帰れと。

ここで不穏な輩が隠れている可能性を伝えるが、

「ハハハっ、不穏な輩か、そいつは俺らの目の前にいるぜ!」

なぁ?と。それに続いて大声が上がる。

「我らは伯爵家の軍勢だぞ!」

「そんなのがここを占領されちまうと俺らが追い出されちまうんだよ!」

正規の軍勢が治安維持をするとそれを受け入れられない連中からすると行動が制限されてしまうのだから反抗するのだ。典型的な占領地の絵だった。

「さぁ、とっ」

「五月蠅い」

僕はそいつを弓で撃ち殺す。矢は狂いなく心臓に突き刺さる。

「全軍、事実確認は取れた」

これより、不穏分子を一掃すると命令する。全員が武器を抜き梯子を用意する。

「制圧開始!」

「か、頭!?」

さすがに一息で殺されたのに驚いたのだろうがそれも一瞬のこと、拠点に入るには高い壁を登らなくてはならない。防衛に徹すればこれだけの軍勢では落とせるはずがない。

僕がいなければ、だが。

僕は城壁にすぐさま接近し、

「なぁっ!」

垂直の壁を一足で登ってしまう。

「く、くそっ!」

さすがに四メートルの壁を一気に飛び越える相手などと出会ったことなどないのだろう。防備の兵はほとんどが弓矢装備だった。そいつらを瞬時に殺して進路を確保する。

「登れ!」

そこを梯子を持った兵士らが接近し梯子をかける。堀はなく壁だけなので兵を殺せば接近するのは至極簡単だった。すぐさま梯子が掛けられる。

「バーフェルはここで指揮をとって」

僕は急いで門に向かう。梯子からの攻撃では時間がかかりすぎるので急いで門を開く必要があるのだ。

『てめぇは!』

門には数人の男がいた。こんな簡単に入られるなど予想してなかったのだろう。こいつらに時間はかけられないのですぐさま心臓を短剣で脇から貫いて殺す。

「これぐらいならいけるな」

まずは閂を取り外す。門は数人がかりで動かす仕組みになっていた。

「うんっ、せっ」

門を内側から無理矢理押してこじ開ける。ゴゴゴ、という音が出て入口が開くと待っていた兵士らが入ってきた。

「ユウキ様、お疲れさまです」

「お礼は後で」

敵の数がまだ不明なので急がないとならないが民衆の安全も配慮しないと。入ってきた兵士らを分散させて内部の鎮圧に移動する。

予想していた通り各所からならず者が現れる。

「死ねぇ!」

皮鎧を着た複数の男ら。それを僕は、

「うざい」

魔法のバッグから投擲用の短剣を取り出して一息で仕留める。いつもの武器では大きすぎて小回りが利かないためだ。そうして出てくる連中を次々と殺していく。

「ユウキ様」

隊長を任せているバーフェルがやってきた。どうやら上の方は制圧できたようだ。彼の剣も鎧も返り血がベットリと付いていた。

「町中にまだ連中が隠れている可能性があるから内部の鎮圧を急いで」

「はっ」

僕はいまだに反抗してくる連中を追い出す仕事を始める。

約3時間ほどでこの拠点に巣食っていた不穏分子は一掃された。

「こんなもんか」

気楽そうに言うけど五十人は間違いなく殺しただろう。追い出す仕事を優先させたので殺した数としては少ない方だ。

「ユウキ様、長老らが感謝の言葉を伝えたいと」

「そうか」

そうして、長老衆との短い話が始まる。

「此度は町に住まう狼藉者らを追い出してもらい感謝の極みです」

「僕はユウキ。ジーグルト伯爵家当主の意を受けて周囲一帯の治安維持のために兵を派遣しております」

冒険者ギルドから小隊長に任じられていることも伝える。

「おおっ!ジーグルト伯爵家がついに軍勢を動かしたのですな!」

それはとても良いことだと。何でも、複数の世襲貴族らが私兵を配置して民衆が怯えていそうだ。予想通りなのだが、いたたまれなさがあるな。

「今後はどうなさるので?」

長老らが返事を求めている。

「今後ここはジーグルト伯爵家の支配下に入り正規兵が治安維持をいたします。意見要望などがあれば書類に書き治安隊長にお渡しください」

伯爵家が後ろ盾になるので安心しろと。すると、傍にいた人々らも頭を下げてきた。この様子では相当悪政を敷いたのだろう。

ひたすら感謝された。

続いて、証拠となる物証の確保に入る。

「どう?」

連れてきていた中には計算に強い文官もいる。彼らに近年の収支の書類を調査させていたのだ。

「ひどいものですよ。兵士や装備の拡充の方に予算が多く割り振られていて実入りが少ない」

「そうか」

「我らが来なければここは間違いなく悪党の蔓延る温床になっていたでしょうな」

結構商業通路としては使われているはずなのに書類の中身は酷い数字だった。かなり商人らから賄賂を取っていたのだろう。

「物証は複写してジーグルト伯爵家と冒険者ギルドに送っておいて」

「畏まりました」

多分、こんな状態になっていることは冒険者ギルドでも知らないはずだ。定期的な調査や審査を誤魔化していたのだろうな。こんな事実が伝われば冒険者ギルドは激怒して拠点や町や村の調査に人を派遣するだろう。

ここはもうバーフェル隊長らに任せていいだろう、逃げ出した連中の方は気がかりだが他の拠点の制圧が優先だ。

「ムーガルド」

「はっ」

「他の兵士らに十分休息をとらせていたな」

もちろんです、と。次の拠点はムーガルドに隊長をやってもらう。僕がやってもいいけど制圧した場所には兵士達と隊長を任命しなくてはならない。そのため、実践的な経験を積んでもらうため隊長らはあえて伯爵家の家臣らに命じている。

「先の戦の様子を聞いていたな」

「はっ」

「この分では他の拠点も同じような状態だろう」

やるべきことを確認する。

「殺し合いになどだれも好んではいかない。だが、そうしないとならない場合もある」

「わかっております」

彼には殺し合いをした経験はない。だが、それを越えてもらわないとならない。

「世襲貴族らがこのようなことを……」

アランが震えていた。本来貴族とは民衆の盾となり模範となるべき者らなのにこのような悪を平気で行っていることに複雑な感情を抱いていた。

彼は結構教育をまともに受けていることは確認している。だからこそ、このような現実が受け入れがたいのだろう。

『世襲貴族が民衆を支配し悪政をひいて私利私欲を満たしている』

そんな現実を見れば思い悩むのは考えられる。その現実を見てもなお思い悩む。

「(だからこそ連れてきたんだけど)」

正直世襲貴族らの行動は限度を超えている。何か針の一刺しで崩壊してもおかしくないようぐらいに。

それらこれらを変えるためには模範となる人物がいなければならない。そう考えて僕はアルベルトに進軍を迫った。彼もこのような結果は不本意だろう。だけども、民衆を救わないといずれ自分らに武器を向ける可能性が大きい。

世の中とは不便な物である。
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